西木慎太朗
博慈会記念総合病院呼吸器科(〒123-0864 東京都足立区鹿浜5-11-1)
A case of performing bronchial embolization using EWS in a bronchopleural fistula with cryptogenic chronic hemorrhagic pleurisy
Shintaro Nishiki
Department of Respiratory Medicine, Hakujikai Memorial Hospital, Tokyo
Keywords:Endobronchial Watanabe Spigot(EWS),気管支充填術,慢性出血性胸膜炎,気管支胸膜瘻/Endobronchial Watanabe Spigot (EWS), bronchial embolization, chronic hemorrhagic pleurisy, bronchopleural fistula
呼吸臨床 2020年4巻6号 論文No.e00104
Jpn Open J Respir Med 2020 Vol. 4 No. 6 Article No.e00104
DOI: 10.24557/kokyurinsho.4.e00104
受付日:2020年5月16日
掲載日:2020年6月29日
©️Shintaro Nishiki. 本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。
症例:83歳,男性。
主訴:湿性咳嗽,血痰。
現病歴:X-7年に左胸水,X年Y-5月に右胸水を指摘されていた。いずれの胸水も血性で,滲出性胸水であった。以後,通院を自己中断していた。約1週間前に血痰と湿性咳嗽が出現し継続したため,X年Y月外来受診となった。胸部X線と胸部CTで左胸腔内にニボーが出現しており,血液検査で炎症反応の高度な上昇を認めたため,精査加療目的に入院となった。
既往歴:緑内障,白内障。
職業歴:鋳物業(16~50歳)。
喫煙歴:前喫煙者,5本/日×10年間(30~40歳)。
家族歴:特記事項なし。
アレルギー歴:特記事項なし。
入院時現症:体温37.9℃,経皮的酸素飽和度92%(room air)。胸部;左呼吸音減弱。
血液検査所見(表1):RBC 373×104/μL,Hb11.7g/dL,Ht34.5%,CRP28.47mg/dL,ProGRP96.1pg/mLであり,炎症反応の高度な上昇を認めた。
表1 検査所見
左胸水分析所見(表2):X-7年はリンパ球優位の滲出性パターンでADA低値であった。X年に施行した左胸水の胸水分析検査では,気管支胸膜瘻出現時に好中球の増加を認めた。
右胸水分析所見(X年Y-5月):淡血性ほぼ透明の滲出性胸水で,細胞分画は好酸球13.0%,好中球0%,リンパ球83.0%,その他4.0%,中皮細胞0%だった。また,ADA37.2U/L,CEA1.1ng/mLで,原因は不明だった。胸水細胞診はClassIIで,炎症性変化を認めた。
画像所見(図1):今回X年Y月の胸部X線(図1d)および胸部CT(図1e)で,左胸腔内にニボー像を認めた。
図1 画像所見
a. 胸部X線(X-5年):左胸水を認める。
b. 胸部X線(X年Y-5月):両側胸水を認める。
c. 胸部CT(X年Y-5月):両側胸水を認める。左胸腔内は胸水で満たされている。
d. 胸部X線(X年Y月;湿性咳嗽出現時):両側胸水を認める。左胸腔内にニボー像を認める。
e. 胸部CT(X年Y月;湿性咳嗽出現時):両側胸水を認める。左胸腔内にニボー像を認める。
入院後経過:入院時に吸い込み肺炎を起こしていなかったため,抗菌薬投与と胸腔穿刺による胸水排液で加療を開始した。感染合併の可能性を考慮し,セフトリアキソンを点滴投与したところ,Y+1月Z日の血液検査でHb10.2g/dL,CRP6.81mg/dLとなり,炎症反応は改善した。しかし症状は逆に悪化したため,臨床経過より,気管支胸膜瘻から胸水が気道内に吸引されることが湿性咳嗽と血痰の原因と判断した。高齢を理由に胸膜生検を希望されなかったため,対症的に治療する方針となり,EWS充填術を行うこととなった。X年Y+1月に施行した1回目のEWS充填術では左B5にMサイズのEWSを挿入した。翌日から血痰,湿性咳嗽は改善し,X年Y+1月末に退院となった。
しかし,1カ月ほどしか効果が持続せず,胸水が増量すると症状が再燃するため,2週間毎に外来で胸腔穿刺による胸水排液を繰り返した。EWSが喀出されたため,1回目の充填術の4カ月後に2回目のEWS充填術を行った。湿性咳嗽出現の7カ月後頃より胸水が濃厚な血性となり,貧血も進行し,Hbが7.4g/dLまで低下した。また胸部CTで胸膜の凹凸不整が目立つようになり,悪性疾患の合併が否定できないと考えられた(図2)。
図2 画像所見
a. 胸部造影CT(X+1年Y-5月,肺野条件):左胸腔ドレナージ後。凹凸不整を伴う胸膜肥厚像を認める。
b. 胸部造影CT(X+1年Y-5月,縦隔条件):左胸腔ドレナージ後。凹凸不整を伴う胸膜肥厚像を認める。
そのため,出血源の確認と治療,悪性疾患の鑑別を目的として審査胸腔鏡手術を行う方針とした。審査胸腔鏡の術中所見では臓側胸膜,壁側胸膜のびまん性の肥厚,壊死物質の付着を認めたが,出血源は認められなかった(図3)。また,リークテストで瘻孔を確認することはできなかった。壁側胸膜の生検を行い手術は終了となった。病理所見は,広範に壊死物質が拡がり,炎症細胞が軽度混在していた。一部膠原線維が主体の結合組織がありヘモジデリン沈着がみられた。明らかな悪性所見は確認されなかった。
図3 画像所見
審査胸腔鏡(X+1年Y-4月)での胸腔内写真:臓側胸膜,壁側胸膜のびまん性の肥厚,壊死物質の付着を認める。
審査胸腔鏡施行後,3回目のEWS充填術を施行したがすぐに喀出された。そのため,4回目のEWS充填術を行った。左B5にSサイズとLサイズを縦列に充填,左B4に残存していたMサイズの手前に縦列にMサイズを1個充填した(図4)。その結果,4回目のEWS充填術後,約10カ月経っても喀出されない状態が続いた。血痰がほとんど出なくなり,症状改善を目的とした胸腔穿刺の必要がない状態で経過した。胸部X線と胸部CTの画像上,胸腔内のニボーが消失し,胸腔内は以前と同じように胸水で満たされた状態となった(図5)。また,胸部CTで悪性を疑う胸膜の変化も認めなかった。
図4 画像所見
a. 気管支鏡(X+1年Y-2月,4回目のEWS充填術):左B5と左B4に充填されたEWSを認める。
b. 胸部X線(X+1年Y-2月,4回目のEWS充填術):左気管支に挿入された複数のEWSを認める。
図5 画像所見
a. 胸部X線(X+2年Y-4月,4回目EWS充填術の10カ月後):左気管支に挿入された複数のEWSを認める。胸腔内にニボーを認めない。
b. 胸部CT(X+2年Y-4月,4回目EWS充填術の10カ月後):左胸腔内は胸水で満たされている。悪性を疑う胸膜の変化を認めない
胸腔鏡検査は安全で効果的な検査方法であり,患者の未確認の胸水に対する重要な診断的価値がある[4]。胸腔鏡下に胸膜生検を行っても腫瘍性細胞や乾酪性肉芽腫,血管炎所見などがみられず,炎症所見や線維化のみがみられる確定診断のつかない滲出性胸水症例は非特異的胸膜炎と総称される[5]。本症例は,X年Y月外来受診の7年前に左胸水を,5カ月前に右胸水をそれぞれ指摘されており,それらの胸水の性状はいずれも血性で,胸水分析の結果はいずれも滲出性であったが,診断には至らなかった。そのため,定義的には非特異的胸膜炎の概念に合致すると考えられた。しかし,出血を認めるほどに程度の著しい炎症であったことから,慢性出血性胸膜炎であると考えた。
胸水ヒアルロン酸値は,7年前の胸水では3,000ng/mLであり,悪性胸膜中皮腫の可能性は低いと考えられた[6]。胸水の原因は,長年鋳物業に従事していた職歴があるため,粉塵吸入が疑われた。しかし,鋳物業で認められる呼吸器障害は珪肺より二酸化ケイ素含有が少なく,他の酸化物の混合した「混合粉塵」による肺線維症が一般的であり,胸膜病変のみの報告はほとんどない。その一方,鋳物業は「石綿曝露の可能性がある産業」で,石綿含有製品である耐熱防護服,石綿手袋,作業着等が破損時に曝露したという報告があるため,良性石綿胸水である可能性は必ずしも否定できないと考えられた[7][8]。しかし,本症例では胸部CTで胸膜プラークを確認できなかったことから,良性石綿胸水の可能性は低いと判断した。
瘻孔形成時の胸水は,7年前の胸水と明らかに異なる性状を示していたため,胸腔内で二次的に別のイベントが起こったと推測された。気管支胸膜瘻が形成された原因としては,感染症,気胸などが考えられた。胸腔内にニボーが形成された時の胸部CTでは左舌区に陰影を認め,採血でCRP28.47mg/dLと高値であったことから,肺炎の合併により形成された可能性はあるものの,臨床的には,肺炎合併よりも,瘻孔が形成された結果として胸水が気管内に吸引されたために,炎症反応上昇が引き起こされた印象だった。
今回の症例では,1回目と3回目のEWSによる充填術では短期間で喀出されたのに対して,2回目と4回目のEWSによる充填術で比較的長期間にわたりEWSが留置された。特に4回目のEWSによる充填術で長期間EWSが留置された理由として,EWSを縦列に2個挿入するという工夫が効を奏した可能性があると考えられた。そのため,EWS挿入の状況別に,EWSがどの程度の期間留置されたかについて,データを蓄積し分析することが有用であると思われる。
EWSによる気管支充填術は,原因不明の慢性出血性胸膜炎に合併した気管支胸膜瘻において呼吸器症状改善に有効な治療法で,高齢者に対しても,安全に施行可能な手技であると考えられた。
本論文の要旨は第171回日本呼吸器内視鏡学会関東支部会(2019年,東京)で発表した。
利益相反:本論文について申告する利益相反はない。