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兼久 梢ほか |
呼吸臨床
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【投稿/症例報告】50%ブドウ糖液による胸膜癒着術を施行した
難治性気胸・胸水8症例の報告



兼久 梢*,鍋谷大二郎*,金城武士*,上野志穂*,瀬戸口倫香*,宮城一也*,原永修作*,藤田次郎*


*琉球大学大学院医学研究科感染症・呼吸器・消化器内科学(〒903-0215 沖縄県西原町字上原207)

Eight cases of refractory pneumothorax or pleural effusion treated by pleurodesis with 50% glucose solution

Kozue Kaneku*, Daijiro Nabeya*, Takeshi Kinjo*, Shiho Ueno*, Michika Setoguchi*, Kazuya Miyagi*, Shusaku Haranaga*, Jiro Fujita*

*Department of Infectious Diseases, Respiratory, and Digestive Medicine, Graduate School of Medicine, University of the Ryukyus, Okinawa

Keywords:胸膜癒着術,50%ブドウ糖液,気胸,胸水, pleurodesis, 50% glucose solution, pneumothorax, pleural effusion


呼吸臨床 2021年5巻11号 論文No.e00140
Jpn Open J Respir Med 2021 Vol. 5 No. 11 Article No.e00140

DOI: 10.24557/kokyurinsho.5.e00140


受付日:2021年8月25日
掲載日:2021年11月5日


©️Kozue Kaneku, et al.  本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。




要旨

 琉球大学病院で50%ブドウ糖液による胸膜癒着術を施行した気胸および胸水症例を後ろ向きに集積した(2015年8月~2018年5月)。気胸5例中4例,胸水3例中2例で癒着術が成功していた。半数で胸痛,1例で発熱があり対症療法で対処可能であったが,3例で胸水誘導による脱水を認め点滴補液を要した。本法は従来法と同等の効果でかつ比較的安全な癒着術であり,特定の場面では従来法よりも有用であると考えられる。

緒言

 胸膜癒着術は胸腔に薬剤を注入して臓側胸膜と壁側胸膜を癒着させる処置であるが,通常は炎症を惹起する薬剤を用いるため副反応として発熱や疼痛が生じることが多く,肺機能低下や肺障害に至った例も報告されている[1][2]。難治性気胸・胸水症例では胸膜癒着術が治療選択肢となるが,基礎疾患のために低肺機能や全身状態不良であることも多く,状態の悪化を懸念され実施が躊躇われることも少なくない。

 50%ブドウ糖液による胸膜癒着術(以下,ブドウ糖癒着術)は肺切除後の気瘻持続症例を中心に報告が散見され[3]〜[6],既存の癒着剤と比べ副反応が少なかったとされている。そのためこの方法は内科疾患による続発性気胸や胸水にも有効と考えられるが,報告はまれである。そこで過去に当科でブドウ糖癒着術を施行した難治性の気胸・胸水症例を後ろ向きに集積し,結果を報告する。

研究対象,方法

 2015年8月から2018年5月の間,当院にてブドウ糖癒着術を施行された気胸・胸水の症例を対象とした。当科ではブドウ糖癒着術は過去の報告[3][4]を参考に以下の手順で行っていた(ドレナージチューブより1%キシロカイン10mL,50%ブドウ糖液200mLの順に注入し,15分毎に4方向の体位変換を2セット行い,2時間後に排液し持続吸引を行う。気胸症例では術中に挿入部とドレーンバッグの間のチューブを高位に固定することでブドウ糖液を胸腔内に維持しながら空気を排出させる)。患者背景とブドウ糖癒着術の効果・副反応について診療録から後ろ向きに調査した。気胸・胸水症例ともドレーンチューブ抜去に至った場合に癒着術成功と判定した。

結果

 対象症例は気胸5例,難治性胸水3例であった(表1)。全例で十分な説明と同意のもとに処置が行われていた。

表1 症例の背景とブドウ糖癒着術の結果


 ブドウ糖癒着術は気胸症例では5例中4例で成功しており,いずれも1回の施行で1日以内に気漏は消失し,癒着術からチューブ抜去までの期間は平均で2.8日であった。失敗した1例は後にタルクで癒着術が成功していた。難治性胸水症例では3例中2例で成功しており,いずれも1回の投与で効果を認め,チューブ抜去までの期間は3日と4日であった。失敗した1例は肝性胸水の症例で,これ以降癒着術は断念され,増加時にその都度単回穿刺排液で対応されていた。

 胸水誘導に伴う500mL/日以上のドレーン排液は全8症例中6例で認め,そのうち3例は点滴補液を要する脱水/腎機能障害を認めた。なおそのうち2症例は非代償性肝硬変があり,アルブミン投与も要した。その他の副反応は胸痛が4例,38℃以上の発熱が1例あり,アセトアミノフェン投与による対症療法で対応されていた。また,糖尿病の2症例では定時の血糖測定にて術後に血糖値の上昇(200mg/dL以上)を認め,インスリン投与を要していた。

考察

 続発性自然気胸に胸膜癒着術を施行された185例についての研究によると,ミノサイクリンとタルクによる初回癒着術の成功率はそれぞれ78.5%と71.9%,チューブ抜去までの期間は中央値で2日と3日であったと報告されている[7]。今回提示した気胸症例におけるブドウ糖癒着術はこれらとほぼ同等の結果であった。なお,肺切除後の気漏症例を扱った46例の検討ではブドウ糖癒着術の成功率は約85%と高く[4],自然気胸症例でも同様の成功率が期待される。

 癌性胸水に対するブドウ糖癒着術については大規模な検討はなく,4例中2例で成功したという報告がある[5]。癌性胸膜炎におけるタルクによる癒着術ではチューブ抜去までの期間は平均4.7日と報告されているが[8],今回提示した癌性胸水の2症例はいずれも4日以内で抜去されていた。癌性胸水に対するブドウ糖癒着術の有効性は期待できるが,症例の蓄積が必要である。

 難治性の肝性胸水の治療では胸膜癒着術が選択されることがあり[9],過去の報告では肝性胸水に対する癒着術は平均3回の施行で約70%の成功率と報告されており[10],他の基礎疾患と比べて単回の癒着術での成功率が低いものと考えられる。癒着剤はOK-432やタルクが使用されており[9][10][11],ブドウ糖癒着術については報告がなかった。今回提示した肝性胸水の症例ではブドウ糖癒着術は成功しなかった一方で補液・アルブミン投与を要する脱水・腎機能障害が出現していた。

 今回提示した症例でも見られたように,ブドウ糖癒着術に伴う胸水誘導・ドレーン排液量増加は軽度のものまで含めるとほぼ全例で認められると考えられ,ブドウ糖癒着術成功例では術後胸水排液量が多い傾向にあったという報告もある[4]。一方で脱水を来すほどの胸水誘導には注意を要し,脱水により虚血性大腸炎を来した症例も報告されている[12]。術後はドレーン排液量,胸部画像検査,採血検査等をフォローし,必要があれば点滴補液を行うことが望ましい。また,非代償性肝硬変症例は血管内脱水の状態であることも多く,安易な点滴補液はサードスペースへの体液貯留を増加させるためアルブミンの併用を検討するなど,肝性胸水に対するブドウ糖癒着術ではより慎重な管理が必要と考えられる。

 ブドウ糖液による胸膜癒着の機序は明らかにはなっていないが,高張糖液の注入によって生じる浸透圧差が胸膜を刺激し肥厚させることで癒着する[3],あるいは胸腔内のマクロファージを刺激しサイトカインを放出させて下流の線維芽細胞を刺激することで癒着する[5],といった考察はされている。基礎研究での証明はされていないが,少なくとも従来の炎症を機序とする癒着術とは機序が異なるものと考えられる。ブドウ糖癒着術の方法については,過去の検討では注入するブドウ糖量以外は同様の手順で施行されており,従来の癒着術の手順と差異はない(キシロカイン胸腔内注入の併用,注入後の体位変換,1~2時間で排液した後持続吸引)[3]〜[6]。ブドウ糖液の最適な注入量は明らかになっていないが,1回200mLで実施している報告が最も多く[3][4][5],またこれより少ない量で実施している報告もないため,200mLが基本の注入量であると考えられる。浸透圧差が癒着機序と考えられるため胸水症例では注入後の希釈を考慮して注入量の増量も考慮されるが,1回注入量500mLで2回以上実施している症例を多く含む検討では術後合併症として膿胸が報告されており(18例中2例)[6],増量や反復投与を行う場合には感染徴候に注意する。

 自己血癒着術も通常と異なる機序の癒着術として有効性が報告されているが[13][14],同処置は貧血症例では選択しにくく,また術後は血液凝固によりチューブが閉塞することがあり癒着術が成功しなければ再留置が必要になる。今回の症例ではこれらを懸念され,ブドウ糖癒着術を選択されていた。またタルクは炎症を惹起するタイプの癒着剤ではあるものの,その有効性と安全性から低肺機能や全身状態不良の難治性気胸・胸水症例でも使用されることは多い。しかし,少数だが重篤な肺障害も報告されており[2],また反復投与や両側投与の安全性は確立していない。

 今回の結果と考察を踏まえてブドウ糖癒着術を選択する場面を考察すると,ブドウ糖癒着術は従来法と効果は同等ではあるものの副反応は軽微であるため,低肺機能の続発性気胸や全身状態不良の難治性胸水の症例において第一選択となり得る。タルクで癒着術が失敗した症例においても,タルクの連続投与を避ける目的で使用することもでき,タルクと比較し安価であることもメリットとなる。自己血癒着術も副反応の少ない癒着術であるが,チューブ径が細いなどで閉塞リスクが高い症例ではブドウ糖を優先し,脱水による重症化を避けたい症例では自己血を優先するといった使い分けが考えられる。なお,50%ブドウ糖液やミノサイクリンの胸腔内注入は適用外使用である。またOK-432とタルクも気胸に対する保険適用はない。特に気胸で癒着術を施行する場合は,いずれの癒着術を施行する場合でも十分な説明と同意を得ることが必須である。ブドウ糖癒着術の後ろ向き検討は複数あり[3]〜[6],実臨床でもしばしば実施されているが,いまだ前向き検討で有効性を評価されていない。この治療法が今後も存在し続けるためには単施設・小規模でも前向き研究が必要であり,この処置を実際に行っている施設では前向き研究を検討すべきと考える。当科でも前向き研究で検討を行い,今回の結果の裏付けを行いたい。

 本論文で提示した症例の一部は第59回日本呼吸器学会学術講演会(2019年4月,東京)にて発表した。また,本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。

Abstract

 From August 2015 to May 2018, eight patients with refractory pneumothorax or pleural effusion who underwent pleurodesis with a 50% glucose solution at the University of the Ryukyus Hospital were retrospectively reviewed. Four of five patients with pneumothorax and two of three patients with pleural effusion were successfully treated with pleurodesis with a 50% glucose solution. Chest pain and fever were seen in four patients and one patient, respectively. However, these symptoms were minimal and manageable with acetaminophen. Due to increased pleural effusion, dehydration and renal dysfunction were also seen in three patients, and they were treated with infusion. Our study suggests that pleurodesis with a 50% glucose solution is both practical and safe. Therefore, this procedure could be considered an alternative treatment for patients with refractory pneumothorax or pleural effusion.

図表


文献

  1. Ogawa K,et al. OK-432 pleurodesis for the treatment of pneumothorax in patients with interstitial pneumonia. Respir Investig. 2018; 56: 410-7.
  2. 東山将大,ほか. 術中にタルクを用いた胸膜癒着術後にARDS を発症した1例. 日呼外会誌. 2017; 31: 187-92.
  3. 藤野孝介,ほか. 50%ブドウ糖液を使用した胸膜癒着術の有効性. 日呼外会誌. 2013; 27: 670-4.
  4. Fujino K,et al. Novel approach to pleurodesis with 50% glucose for air leakage after lung resection or pneumothorax. Surg Today. 2016; 46: 599-602.
  5. 東郷威男,ほか. 気胸,術後肺瘻,癌性胸水における50%ブドウ糖液を用いた胸膜癒着術の検討. 日呼外会誌. 2016; 30: 800-5.
  6. Tsukioka T,et al. Pleurodesis with a 50% glucose solution in patients with spontaneous pneumothorax in whom an operation is contraindicated. Ann Thorac Cardiovasc Surg. 2013; 19: 358-63.
  7. Ng CK,et al. Minocycline and talc slurry pleurodesis for patients with secondary spontaneous pneumothorax. Int J Tuberc Lung Dis. 2010; 14: 1342-6.
  8. 小林研一,ほか. 癌性胸膜炎に対する滅菌調整タルクとOK-432による胸膜癒着術の後方視的比較検討. 日呼吸誌. 2016; 5: 297-301.
  9. 岩坪修司,ほか. 血液透析患者の肝性胸水に胸膜癒着術を施行した1例. 透析会誌. 2016; 49: 511-6.
  10. Lee WJ,et al. Chemical pleurodesis for the management of refractory hepatic hydrothorax in patients with decompensated liver cirrhosis. Korean J Hepatol. 2011; 17: 292-8.
  11. 妹尾純一,ほか. 緩和医療への移行を視野に入れて胸膜癒着術を施行した胸水合併肝細胞癌の3例. 肝臓. 2015; 56: 213-6.
  12. 高梨裕典,ほか. 50% ブドウ糖液を用いた胸膜癒着術に起因する脱水により虚血性大腸炎を来した1例. 日呼外会誌. 2015; 29: 527-30.
  13. Aihara K,et al. Efficacy of blood-patch pleurodesis for secondary spontaneous pneumothorax in interstitial lung disease. Intern Med. 2011; 50: 1157-62.
  14. Keeratichananont W,et al. Efficacy and safety profile of autologous blood versus talc pleurodesis for malignant pleural effusion: a randomized controlled trial. Ther Adv Respir Dis. 2018; 12: 1-10.