吉岡潤哉*,**,大西 尚*,二ノ丸平*,畠山由記久*,岡村佳代子*,吉村 将*
*明石医療センター呼吸器内科
**神戸大学大学院医学研究科内科学講座・呼吸器内科学分野(〒650-0017 兵庫県神戸市中央区楠町7-5-2)
A case of chronic aspiration pneumonia associated with Chari malformation difficult to distinguish from interstitial pneumonia
Junya Yoshioka*,**, Hisashi Ohnishi*, Taira Ninomaru*, Yukihisa Hatakeyama*, Kayoko Okamura*, Syo Yoshimura*
*Department of Respiratory Medicine, Akashi Medical Center, Hyogo
**Division of Respiratory Medicine/ Department of Internal Medicine, Kobe University Graduate School of Medicine, Hyogo
Keywords:誤嚥性肺炎,Chiari奇形/aspiration pneumonia, Chari malformation
呼吸臨床 2020年4巻7号 論文No.e00106
Jpn Open J Respir Med 2020 Vol. 4 No. 7 Article No.e00106
DOI: 10.24557/kokyurinsho.4.e00106
受付日:2020年5月28日
掲載日:2020年7月20日
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主訴:咳嗽,呼吸困難。
既往歴:特記事項なし。
内服薬:アジスロマイシン500mg/日。
喫煙歴:現喫煙(5本/日×11年)。
飲酒歴:機会飲酒。
生活歴:職業は栄養士。住居環境は築7年の鉄筋コンクリート造りの一軒家。羽毛布団の使用はなく,鳥との接触歴はない。加湿器の使用はない。
現病歴:X年12月上旬より咳嗽,呼吸困難を自覚し始めた。X+1年1月6日に当院内科を受診し,アジスロマイシンを処方されたが症状の改善を認めず,同月15日に当科を受診となった。
現症:身長165cm,体重72kg。意識レベルは清明。血圧131/81mmHg。脈拍86回/分(整)。体温36.8℃。呼吸数12回/分。SpO298%(室内気)。心音は整,雑音聴取せず。呼吸音は両側下肺野にcracklesを聴取する。下肢に浮腫なし。皮疹は認めない。
血液・尿検査所見(表1):白血球,CRP,KL-6の軽度上昇を認める。
表1 血液検査・尿検査
胸部X線写真:明らかな異常影の指摘はできない(図1)。
図1 胸部X線写真
明らかな異常影は指摘できない。
胸部CT:右S2を中心に上葉に小葉中心性の不鮮明粒状影を認め(図2a),両側下葉にすりガラス影と一部に小葉中心性の不鮮明粒状影を認めた(図2b)。陰影の分布は下肺野背側優位であった。
図2 胸部CT
a. 右S2に小葉中心性の不鮮明粒状影を認める。
b. 下葉にすりガラス影,一部に小葉中心性の不鮮明粒状影を認める。
経過:亜急性から慢性の経過であり,感染症ではなく,RB-ILD,HPなどの間質性肺炎を鑑別に挙げ,気管支鏡検査を施行した。左B4より気管支肺胞洗浄を施行し,気管支肺胞洗浄液(bronchoalveolar lavage fluid:BALF)は好中球・リンパ球の分画が上昇していた(表2)。左B3a,B8aより経気管支肺生検(transbronchial lung biopsy:TBLB)を施行した。病理組織は肺胞部分に好酸球を主体とした炎症細胞浸潤があり,肺胞には炎症細胞の集簇を認め,軽度肺胞壁の線維性肥厚,気管支周囲の平滑筋細胞の反応性増生があり,一部好中球の反応もあった。BALFの細菌培養ではStreptcoccus agalactiae(GBS)を検出した。気管支鏡検査の結果から診断を確定することはできず,BALFから検出したGBSはコンタミネーションと判断した。RB-ILDを念頭に禁煙にて経過観察としたが,症状は悪化したため,X+1年5月下旬に入院とした。入院時の問診にて手指のしびれ,嚥下障害などの訴えがあった。神経学的異常として,嚥下障害,構音障害,舌の委縮があり,頸部前屈と三角筋の軽度筋力低下を認めた。手関節より末梢で温痛覚障害を認めた。腱反射は上下肢ともに亢進していた。嚥下内視鏡検査では,嚥下反射の遅延があり,水分は梨状窩に貯留し喉頭に流入しており,嚥下障害による誤嚥が生じていた。上位頸髄障害の可能性を考え,脊髄,頭部MRIを施行した。頭部MRI検査(図3a)では小脳虫部が大孔へ脱出し,延髄を圧迫していた。脊髄MRI検査(図3b)では,C1〜2レベルの脊髄空洞症を認め,ChiariI型奇形,C1〜2レベルの脊髄空洞症と診断した。そして食形態を調整すると咳嗽や呼吸困難は改善した。Chiari奇形による嚥下障害,それに伴う慢性誤嚥性肺炎であると考えた。退院後に他院脳神経外科にてChiariI型奇形に対して大孔頭減圧術が施行され,嚥下障害を含めた神経所見は改善した。
表2 気管支肺胞洗浄液
図3 MRI
a. 頭部MRI(T1強調像):脳内には明らかな異常は認めない。 小脳虫部が大孔へ脱出し,延髄の圧迫している。
b. 脊髄MRI(T2強調像):C1〜2レベルの脊髄空洞症を認める。
当初は間質性肺炎として気管支鏡検査を行ったが診断がつかなかった。しかし嚥下障害を含めた神経学的異常からChiari I型奇形を診断し,手術により嚥下障害,慢性的な誤嚥を改善することができた。
Chiari奇形は小脳扁桃が大後頭孔内に陥入する疾患である[1]。Chari奇形は脊髄髄膜瘤を合併しないI型と合併するII型に分けられる[7]。嚥下障害は,4〜47%で認められる[2][3][4]。Chiari奇形にはしばしば脊髄空洞症を伴う。嚥下障害は小脳扁桃の上にある舌下神経と嚥下中枢である延髄の圧迫によって生じる[8]。嚥下障害が唯一の症状である場合は稀であり,診断の際には他の主要な症状を伴っている[5][6]。本症例では初診時には嚥下障害を含めた神経症状の訴えはなかったが,入院後の問診で両手指の痺れの訴えを聴取でき,診断の参考になった。標準治療は大後頭孔減圧術であり,67.6%の症例で手術により嚥下障害が改善した報告されている[4]。本症例でも同じく,大後頭孔減圧術が施行され,嚥下障害を含めた神経学的異常は改善した。術後に当院で胸部CTの撮影を予定していたが,症状が改善し,当院を受診しなかったため術後の胸部CTを確認することはできなかった。Chiari奇形による誤嚥性肺炎の報告は本症例を除いて9例存在する[9]〜[11]。そのうち50歳以下の症例は3例と本症例のような若年の報告例は稀である。Chiari奇形は手術により可逆性があるため,嚥下障害の鑑別として頭に入れておく必要がある。
本症例の胸部CT所見は,両側下葉背側優位のすりガラス状影で一部に不鮮明な小葉中心性粒状影を伴っていた。本症例のように経過が亜急性もしくは慢性である小葉中心性粒状影を呈する肺疾患の鑑別として,抗酸菌感染症,HP,RB-ILD,びまん性汎細気管支炎などが挙がる。本症例は,陰影が上葉から下葉に分布しており,空洞影や気管支拡張像はなく抗酸菌感染症の可能性は低いと判断した。副鼻腔炎症状はなく,RB-ILDやHPといった気道の炎症を特徴とする間質性肺炎が鑑別に残った。一方で31歳と若く,嚥下障害が原因となる慢性誤嚥性肺炎を当初,想起できなかった。
一般的に誤嚥性肺炎は下肺野背側優位の分布を示すことが多いと知られている。誤嚥性肺炎53例のCT所見を検討した報告では,大葉性肺炎より気管支肺炎が多くみられ(15%対68%),背側優位の分布が92%であった。下肺優位の分布は47%,びまん性の分布は53%と報告されている[12]。一方で,嚥下障害を有する患者と健常者の胸部CTを比較した研究では,嚥下障害を有する患者で有意に下葉に誤嚥像を認めるという報告されている[13]。また市中肺炎,医療・介護関連肺炎のCTの検討では,誤嚥リスクがある場合は,gravity-dependent opacityを61%を認めていたと報告されている[14]。以上から誤嚥性肺炎は,必ずしも下肺野優位というわけではないが,重力に沿った下肺野背側の分布になる場合が多いと考えられる。本症例は,下肺野背側優位に分布しており,陰影の分布から誤嚥性肺炎と考えて矛盾はしない。また本症例でのTBLBの病理組織は肺胞に炎症細胞浸潤があり,軽度肺胞壁の線維性肥厚,気管支周囲の平滑筋細胞の反応性増生を認めていた。当初は気道の炎症を特徴とする間質性肺炎の可能性を考えたが,後方視的に検討すると慢性誤嚥性肺炎の所見でも矛盾しないと考えられた。このように胸部CT所見や病理組織像が慢性誤嚥性肺炎に矛盾しないにもかかわらず,慢性誤嚥性肺炎が当初,鑑別から外れた原因としては,症例が31歳の若年者であり,嚥下障害を有している可能性は低いという意識があったからとだと考える。
間質性肺炎との鑑別に苦慮したChari奇形に伴う慢性誤嚥性肺炎であった。小葉中心性陰影の鑑別には,本症例のような慢性誤嚥性肺炎の可能性を念頭に入れる必要がある。さらに嚥下障害の原因として治療により可逆性のあるChari奇形が存在することに留意を要すると考え報告した。
利益相反:本論文発表内容に関して特に申告なし。