藤原清宏
なにわ生野病院呼吸器内科(〒556-0014 大阪府大阪市浪速区大国1-10-3)
A case of chronic obstructive pulmonary disease with COVID-19 and acute pancreatitis following pneumococcal pneumonia
Kiyohiro Fujiwara
Department of Respiratory Medicine, Naniwa Ikuno Hospital, Osaka
Keywords:肺炎球菌肺炎,COVID-19,急性膵炎,慢性閉塞性肺疾患/pneumococcal pneumonia,COVID-19,acute pancreatitis,chronic obstructive pulmonary disease
呼吸臨床 2024年8巻11号 論文No. e00197
Jpn Open J Respir Med 2024 Vol. 8 No. 11 Article No.e00197
DOI: 10.24557/kokyurinsho.8.e00197
受付日:2024年9月9日
掲載日:2024年11月12日
©️Kiyohiro Fujiwara. 本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。
症例:86歳,男性。
主訴:呼吸困難,発熱。
家族歴:特記すべきことなし。
既往歴:COPDの増悪ため,約3年前に当院に入院となり,在宅酸素療法(HOT)が導入された。約1年毎にCOPDの増悪のため,合計3回の入院治療を要し,その際抗菌薬とともに,短期間プレドニゾロンを投与していた。
喫煙歴:18歳から80歳まで30本/日であったが,以後禁煙された。
現病歴:COPDに対し,吸入薬としてフルチカゾンフランカルボン酸エステル・ウメクリジニウム臭化物・ビランテロールトリフェニル酢酸塩ドライパウダーインヘラーを用い,HOTは経鼻カニューレで 2L/分で維持されていたが,約3日前から38℃台の発熱があり,呼吸困難も増強していたため,訪問した看護師が救急車を要請し,前医に救急搬送された。バイタルサインでは,意識清明,体温37.0℃,血圧 96/64 mmHg,脈拍 102 回/分,呼吸回数 18 回/分,酸素マスク5L/分で酸素飽和度(SpO2)92%であった。胸部CT(図1)では,背側を中心にコンソリデーションが認められ,左下葉は全体がコンソリデーションとなっていた。COPDのため,肺炎像はいわゆる「スイスチーズ」様外観を呈していた。腹部CTにおいて後方視的にみて,膵臓に特記すべき病変は認められなかった。検査結果は表1のごとくで,白血球増多,CRP高値,迅速検査のうち新型コロナウイルス抗原定性陰性,インフルエンザウイルス抗原陰性,尿中肺炎球菌抗原陽性であった。アンピシリン・スルバクタム3g,12時間毎投与が開始された。翌日,新型コロナウイルスのRT-PCR検査で陰性を確認され,当院に転送となった。
図1 前医入院時の胸腹部CT像
胸部CTで背側を中心にコンソリデーションが認められ,左下葉は全体がコンソリデーションとなっている。COPDのため,いわゆる「スイスチーズ」様外観を呈している。
腹部CTにおいて後方視的にみて,膵臓に特記すべき病変は認められない。
表1 前医入院時の検査所見
当院入院時現症:身長 146cm,体重 29kg。意識清明。体温 37.0℃,血圧 115/68 mmHg,脈拍 78 bpm 整,呼吸数 18回/分,SpO2 95%(酸素マスク5L/分)。心音 純,呼吸音湿性ラ音。腹部平坦,軟,圧痛なし。下腿浮腫なし。
当院入院後経過(図2):アンピシリン・スルバクタム3g×2回/日を継続し,重症の肺炎球菌肺炎のためプレドニゾロン40mg/日を5日間投与とした。嚥下評価が可能になるまで絶食とし,酸素投与はSpO2 95%程度を維持する方針とし,当初は酸素マスク5L/分を要していたが,第3病日には経鼻カニューレ2L/分に減量可能であった。前医でのNT-proBNPは高値であったが,当院では第1病日のBNP 77.7pg/mL,第7病日 32.0 pg/mLと改善がみられた。一方,第7病日において,発熱はなく経過していたが,上腹部痛を認め,検査所見(表2)で白血球数の急速な上昇とともにアミラーゼとリパーゼが高値を認め,アミラーゼアイソザイムではP型アミラーゼが多かった。同日の胸腹部CT(図3)では,両側肺のコンソリデーションは軽減し,肺炎は改善していたが,胸水貯留が認められた。膵臓は前医入院時と比較しびまん性に腫大し,腹水も認められた。厚生労働省急性膵炎重症度判定基準[3]で,予後因子のうち,年齢が70歳以上であり,軽症の急性膵炎と診断された。原因として薬剤性膵炎が鑑別に挙がり,自験例では以前にCOPDの増悪時においてアンピシリン・スルバクタム,プレドニゾロンの投与歴があったが,急性膵炎は発症していなかったため否定的であった。急性膵炎の治療としてナファモスタット10 mg/日の点滴を開始した。入院時の喀痰検査結果が第7病日に判明し,大腸菌が検出され,肺炎球菌とともに肺炎の起炎菌と疑われた。大腸菌はアンピシリン・スルバクタムに耐性であり,感受性のあるメロペネム0.5g×2回/日に変更した。第9病日に37.9℃の発熱が認められたため,院内感染対策上,COVID-19抗原検査をしたところ,陽性が確認された。COVID-19の潜伏期間が1〜10日とされている[4]が,感染経路は不明であった。個室隔離とし,院内感染対策を取りつつ,同日からレムデシビルを1日目200mg/日,2〜5日目 100 mg/日投与し,デキサメタゾン 6.6mg/日 7日間の点滴で対応した。アミラーゼ,リパーゼの最大値は,第14病日において,それぞれ832 U/L,545 U/Lで,漸次下降した。第16病日に血清カリウム値が 5.9 mEq/Lと上昇がみられたため,ナファモスタットからウリナスタチン50,000単位/日の投与に変更し,血清カリウム値は漸次,正常値に回復した。漸次,アミラーゼ,リパーゼの減少がみられ,第18病日から食事を開始した。第26病日の胸腹部CT(図4)では両側の胸水は消退しており,左下葉のコンソリデーションは瘢痕化していた。膵臓の性状は,前回とほぼ同様であったが,腹水は消退していた。呼吸状態の悪化はなく経過し,急性膵炎も改善していたため,リハビリテーションを行いつつ,第33病日に退院となった。
図2 当院入院後経過
当院入院前日に尿中肺炎球菌抗原陽性。入院第7病日にアミラーゼとリパーゼ高値,入院時喀痰から大腸菌同定。第9病日にCOVID-19抗原検査陽性。
表2 当院入院第7病日の検査所見
図3 当院入院第7病日の胸腹部CT像
胸部CTでは,両側肺のコンソリデーションは軽減したが,胸水貯留が認められる。
腹部CTでは,膵臓は前医入院時と比較してびまん性に腫大し,腹水も認められる。
図4 当院入院第26病日の胸腹部CT像
胸部CTでは両側の胸水は消退し,左下葉のコンソリデーションは瘢痕化している。
腹部CTでは膵臓の性状は同様であったが,腹水は消退している。
COVID-19は上皮細胞に侵入する入り口となるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合する。膵臓においてもアンジオテンシンACE2とII型膜貫通セリンプロテアーゼ(TMPRSS2)を発現している[1][2]。COVID-19はウィルススパイク(S)タンパク質が細胞侵入のためにTMPRSS2によってプライミングされた後,ACE2に結合する。したがって,COVID-19は急性膵炎を含む直接的な膵臓障害を引き起こす可能性があるとされている[1][2]。
急性膵炎の診断には,改訂アトランタ分類[5]によると急性膵炎に一致する腹痛,血清リパーゼ活性,またはアミラーゼ活性が正常上限値の3倍以上であること,腹部画像検査で急性膵炎の特徴的な所見が認められることの3つの特徴のうち2つが存在することが必要とされ,自験例は急性膵炎と診断された。COVID-19に関連する膵臓の障害は主に2つのメカニズムによって発生すると仮定されている[1][2]。すなわち,第一に直接的な障害で,COVID-19がACE2受容体を利用してヒト細胞に感染するが,この受容体は膵臓の外分泌腺と膵島細胞の両方で発現していて,COVID-19の内分泌細胞と外分泌細胞に感染しうる。第二にウイルスが「サイトカインストーム」として知られる悪化した制御不能な免疫反応を引き起こし,膵臓を含む多臓器不全を引き起こすともあるされている。自験例では,細菌性肺炎の経過中にCOVID-19にも罹患しているが,画像所見で細菌性肺炎は軽快しており,呼吸状態が安定した第7病日に白血球増多とアミラーゼ,リパーゼ上昇が認められ,急性膵炎はCOVID-19の感染の関与が疑われた。薬剤性膵炎の原因を疑われる薬剤としては,プレドニゾロン,アンピシリン・スルバクタムが挙げられるが,COPDの増悪時に投与しており,以前の投薬により膵炎は発症していないので,これらの薬剤の関与は否定的と考えられた。令和3年4月改定の厚生労働省による重篤副作用疾患別対応マニュアルにおいて,ステロイド薬は古くより膵炎の原因薬剤として報告されてきたが,現在ではステロイド薬と膵炎発症との関連については否定的な意見が多いとしている[6]。Pandanaboyanaら[7]によれば,急性膵炎と同時感染したCOVID-19の患者は膵炎の重症度,入院期間,臓器不全が増すだけでなく,30日死亡率も有意に高いとしている。COVID-19の発症が判明した際には,消化器症状の確認とともにアミラーゼ・リパーゼの測定は急性膵炎の早期診断・治療に有用と考えられる。
セリンプロテアーゼ阻害薬であるナファモスタットは急性膵炎などの治療薬剤として本邦で開発され,長年にわたって用いられている。Hoffmannら[8]はSARS-CoV-2のスパイクタンパク質はTMPRSS2によってプライミングされるが,TMPRSS2阻害薬は侵入を阻止し,SARS-CoV-2に対してある程度の防御効果を発揮する可能性があると述べている。自験例でも急性膵炎の治療のみならず,COVID-19に対してもナフモスタットは有効であったと考えられた。Morpethら[9]によれば,COVID-19の治療でナファモスタットの投与に際し,副作用として高カリウム血症に注意すべきであり,中止により,速やかに改善するとしている。なお,厚生労働省の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き・第10.1版[4]においては,ナファモスタットは治療薬としての記載はない。
利益相反:開示すべき利益相反はない。
An 86-year-old man, who had been treated for chronic obstructive pulmonary disease and was previously hospitalized for acute exacerbation thrice times in 3 years at our hospital. The patient had a fever of 38°C for several days, and was urgently admitted to another hospital. A urine antigen test revealed pneumococcal pneumonia and he was transferred to our hospital the next day. His condition improved with intravenous ampicillin-sulbactam and prednislone. On Day 7 of hospitalization, rapidly increasing leukocytosis and elevated amylase and lipase levels were detected, which indicated acute pancreatitis, and he was treated with nafamostat. On Day 9, he underwent a rapid COVID-19 antigen test owing to the fever, and tested positive. Therefore, we attributed the acute pancreatitis to COVID-19, and intravenous infusion of remdesivir and dexamethasone was commenced, which stabilized the patient's respiratory condition and induced recovery from acute pancreatitis.