貫和敏博*
*東北大学名誉教授
[Essays] A tale of two domains: "breathing movement" and "gas-exchange/lung science"
- A personal history and the significance of breathing in the respiratory medicine
No 10-3: Everything starts from a bombardment sense in the deep body: the Nishino Breathing Method (3)
Taiki –Paired active expiration breathing, Connected-fascia sense, and Mirroring interoception
Toshihiro Nukiwa*
*Professor Emeritus, Tohoku University
呼吸臨床 2019年3巻5号 論文No.e00088
Jpn Open J Respir Med 2019 Vo3. No.5 Article No.e00088
DOI: 10.24557/kokyurinsho.3.e00088
掲載日:2019年7月22日
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さて,ヒトではまだfMRIなどの十分なデータがない“mirroring mechanism”の議論はこの程度にして,初心者が「対気」で自身や相手の身体Somaを体感する方法論に戻ろう。
右手,右足を前に出し,身体は相手に正対させて,手背を接触させて,手の甲をsensorとしながら,相手の中心と自分の中心との間でイメージでやりとり行う。そして熟達者のイメージでpairの相手の身体が反応する。
しかし,この記述では,当然ながら,十分な理解は得られない。
また腕を押すような動作自体,通常は「筋肉の力」という感覚しかないので,この説明のままでは,お互い相対して押し合いするような印象を与える。
補遺:同じような稽古体系が太極拳の「推手(英語ではpushing hands)」である。これは第11回(2)で動画を交え,詳しく検討する。
こうした意味で,初心者に相手との連携感(connectedness)を体感しやすいのが,「対気」の姿勢のまま,真っ直ぐ歩くという練習である(図7)(本来は指導員稽古で実践されていたものである。西野先生は「力で押すのでない」と声を掛けられていた)(動画8:ミュンヘンでの対気歩き稽古。相互一体感を理解しやすい)。
図7 「対気」感覚:「対気」姿勢での歩き
「対気」の稽古において,2人の間でシグナル交感(実態は不明)が存在するが,それは初心の間は容易に感覚できない。ここではその感覚理解への工夫を示している。
a. 手の平に乗せた果実の重さの推定。日常ではごく普通に行う行為。要点は掌の果実を上下させ,肘関節や肩関節の弾性を使いながら,重量を判断する。この弾性感覚同様に「対気」動作では,2人の手背を通して,相互の身体への弾性感覚の応用となる。
b. 東北大学における西野流呼吸法稽古での「対気歩き」風景。2人双方が「対気」の姿勢で,相互の手背を接したまま,直線上を片足ずつ歩く。部屋の端まで歩いたら,左右腕を入れ替えて,逆方向に歩く。この歩きの中で,手背は2人の身体認識のためのcontact pointになる。2人の腕は双方の弾性を感じながら伸びている(Fascia同士がconnectedされたような感覚)。いわゆる「曲がらない腕」の状況になる。この稽古は,その場での「対気」手技に比べ,歩行することにより真っ直ぐの方向性とともに,筋肉による押し合いになることが避けられるので,初心者への導入として優れた稽古である。
西野先生は,こうした初心者が体感すべき第一歩として「曲がらない腕」という言葉を使っている。これはわれわれの身体がFasciaで成立している事実を体感する重要な一歩である。「曲がらない腕」とは,筋肉の力でがっしりと関節を固めているから曲がらないという意味ではない。むしろ肘関節や肩関節が弾力を持ちながら,相手の腕と自分の腕が一体化(connected)している感覚である(動画9:対気歩きの反応,ミュンヘンでの稽古より)。
もう少しわかりやすい例を挙げてみる。例えば,八百屋でリンゴを取り上げて,その重量を推測する動作である。通常,手のひらを上にしてリンゴをのせ,肘関節や肩関節を上下動させながら,300gなどと重さを推測する,これは肘関節や肩関節の弾力性(Fasciaそのものは膠原線維で弾性体である,一部は膜構造の弾性体でもある)を使って,腱などの伸展度合いのシグナルが脳に送られて推測しているわけである。
この肘関節の「バネ」を,「対気」姿勢のまま,呼吸は「呼気」を主体にして,前方や後方に歩きながら,相手側の肘関節の「バネ」と一体化して相互の身体Somaを探索する。リンゴの場合は重さであるが,「対気」歩きにおいては,自分と相手の身体Fascia architecture(具体的には,例えばAnatomy trainsの図を参照)の感得である。また,歩くという動作により,腕の筋力の意識を軽減し,直進性や相互の身体軸も感覚しうる(動画10:対気歩きにおける相互の軸と意念の流れ)。
こうした状態が「曲がらない腕」であり,その状況になれば相互に“connectedness”,すなわち繋がった感覚になる。そしてこの身体的状況下で,初めて相手への「想い(意思,意念)」を発することができる。
問題は,西野流呼吸法「対気」では,現実に繋がった身体状況が実感されるのに,それを説明できる複数個体間の生理学(筆者はこれをpaired physiologyといっている)が存在しないことである。こうした領域への研究者の関心が生まれれば,相互に作用する実態を計測することは可能である。問題はまた,東洋系武道で認識されてきた,伝承の身体感や繋がりを,西欧医学的に解釈しようという問題意識がないことでもある。次回,この点を少し議論してみる。