貫和敏博*
*東北大学名誉教授
[Essays] A tale of two domains: "breathing movement" and "gas-exchange/lung science"
- A personal history and the significance of breathing in the respiratory medicine
No 11-2: Traditional Asian Soma and Breathing Method open up a Novel Paired Signaling Physiology: an Introduction
Toshihiro Nukiwa*
*Professor Emeritus, Tohoku University
呼吸臨床 2019年3巻10号 論文No.e00091
Jpn Open J Respir Med 2019 Vo3. No.9 Article No.e00091
DOI: 10.24557/kokyurinsho.3.e00091
掲載日:2019年10月19日
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第11回の後半では,2個体間の「呼吸」運動が関与する相互身体性に関して議論をする。これをpaired signaling physiologyと仮に呼ぶことにする。
その内容は,西洋医学の範疇にはない,東洋的経験身体学である。第11回前半では,中国の身体論を意図的に西欧の東洋研究者の著書内容として紹介した。それはなぜか?
いうまでもなく東洋的身体論としては日本や中国に多数の著書が存在する。しかしマスペロが指摘したように,解剖学を重視しなかった中国科学で身体論を述べると,現在の世界共通の身体科学的基盤に戻れないので,tautology的説明となり,論理的不満足感が残る。この意味で中国学として「客観的」に身体論を扱った西欧著書を引用して議論した。
一方,西欧医学は解剖学に基礎を置くといえども,それは死体解剖学であり,動的身体構造論としては,21世紀の現在といえども未だ到達していない。ところが,古来の中国身体論は,いわば経験的な動的身体論ではあるが,全くユニークな視点を持つ。しかしそれが教条的な,またtautology的記述にとどまっては,西欧医学理念へのtranslationができない。
「Paired signaling physiology序論」にあたっては,こうした点を考慮して,一つには通常の「記述的」logic展開を,Web空間に多数蓄積されている「動画」を提示することにより,ディジタル時代の視覚情報も合わせたlogic展開の可能性を探りたい。併せて,西欧医学へのtranslationを意識し,可能な限り欧米人による解説動画を取り入れ,その表現を論じたい。
Paired signaling physiologyへの着想には,もちろん著者の不思議な衝撃身体体験の「対気」が原点にある。またそれが今回の呼吸論を考える契機にもなった。この現象が単に静的現象であるなら,30年間も興味が持続しなかったであろうし,仙台の呼吸法groupも継続できなかったであろう。こうした点は第10回で解説した通りである。
第11回でデジタル時代のlogic展開として「対気」現象を考えるにあたって,一つには中国の太極拳推手(tui shou,push hands)のYouTube「動画」資料を用い,一方日本では合気道の源流である大東流合気柔術に見られる相手との不可思議な交流「動画」へのリンクを用い,これらを例示しながら議論する。
西野流呼吸法には,以前説明したように西欧身体操法としてのバレエと共に,日本の合気道,中国由来の拳法等の武道的な二個体間生理学の要素が入っているからである[15]。
さて,連載の第3回では,身体(Soma)を論じた。
西欧医学があまりに臓器・疾患中心の身体理解に止まる中で,いわゆる宇宙生命体としての,地球重力場での動物進化の結果であるわれわれの「生命誌」的身体を構築している,そのエッセンスとは何と考えればいいのか?
むしろ,肉眼解剖学よりはるかに詳細な,そうした進化を経た身体に共通している概念が,経験的な東洋的身体理解の中に取り込まれているのかもしれない。
その概念図を図7に示す。
要点は,地球重力場での動物進化の歴史や,ゲノム情報に基づく個体発生でのbody plan(形態形成)の実際を考えれば,生命維持に必須の諸臓器と同じように重要なものが,infrastructureとしてのFasciaである。
図7 「生命誌」的Soma
西欧医学は肉眼解剖学,顕微鏡下組織学で疾患の場である臓器医学として系統化されたが,それは全Somaの一部である。図ではSoma構造を「生命誌」的に把握し,重力下進化を踏まえたbody plan遺伝情報発現と,個体誕生後の成育過程の機能習得,本連載で説明してきたinfrastructureとしてのFascia膜系,神経系,脈管系から構成される。そしてこうしたSoma構造に統合性をもたらすのが「呼吸」運動による全身連携である。東洋系医学とは,経験医学として,こうした体系を技術論的に伝承してきたのではないか。
すなわち腱・筋膜系(都市論でいえば,道路・交通基盤,一部リンパ液も流れる),血管・リンパ管系〔都市論的に,水道・排水(酸素,栄養,液性情報,老廃物)基盤〕,末梢神経・自律神経系(都市論的に,情報基盤)の重要性である。前回「身体の中の生命誌」と述べたものである。その全体像は,複雑系*といわれる領域であり,もちろん当面は容易には把握し難いのも事実である。
*しかしこうした複雑系要素である進化的な,また個体発生における統括的な解析は,実は近年の分子生物学的技術革新で一部は始まっている[24]。
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こうしたinfrastructureへの働きかけこそがBodyworkであり,東洋においては「導引」として伝承されてきた。その「導引」に呼吸運動が伴うことは,インドにおける「ヨガ」でも古くから知られている。その長い伝承が生きている背景には,現代生物学が解明しつつある形態形成body planに,その伝承の教程が合理的に合致する点があるからではないのか?
一方,この「生命誌的」東洋的身体は,実はもう一方で東洋的武道としても展開している。ここで初めて,当初は一個体内の呼吸を伴うBodyworkであったものが,二個体の間(すなわちpaired signaling physiology)に展開したともいえる。言いかえれば東洋的武道は東洋的身体の上に成立している。現在,勝敗を目的とするスポーツとして扱われる武道的身体操法(martial arts)には,その原点に戻ると「導引」や「ヨガ」による健康増進の東洋的身体と呼吸法が存在するはずである。
個人の修養としての呼吸法が,いかに二個体間へ展開したのか?それを議論することは,西欧医学の範疇にない二個体間生理学(paired signaling physiology)を新たに切り拓く可能性を潜めるものである。