吉岡慶太郎*,関谷宗之*,島貫結衣*,入田 泉*,坂本 晋*,本間 栄**,岸 一馬*
*東邦大学医療センター大森病院呼吸器内科(〒143-8541 東京都大田区大森西6-11-1)
**東邦大学医学部びまん性肺疾患研究先端統合講座
A case of Japanese herbal medicine (shini-seihai-to)-induced interstitial pneumonia as a differential diagnosis of COVID-19 pneumonia
Keitaro Yoshioka*, Muneyuki Sekiya*, Yui Shimanuki*, Izumi Irita*, Susumu Sakamoto*, Sakae Homma**, Kazuma Kishi*
*Department of Respiratory Medicine, Toho University Omori Medical Center, Tokyo
**Department of Advanced and Integrated Interstitial Lung Diseases Re-search, School of Medicine, Toho University, Tokyo
Keywords:薬剤性間質性肺炎,漢方薬,辛夷清肺湯,新型コロナウイルス肺炎/drug-induced interstitial pneumonia, Japanese herbal medicine, shini-seihai-to, Coronavirus disease 2019 pneumonia
呼吸臨床 2022年6巻1号 論文No.e00143
Jpn Open J Respir Med 2022 Vol. 6 No. 1 Article No.e00143
DOI: 10.24557/kokyurinsho.6.e00143
受付日:2021年10月22日
掲載日:2022年1月7日
©️Keitaro Yoshioka, et al. 本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。
症例:72歳,女性。
主訴:発熱,呼吸困難。
既往歴:70歳;慢性副鼻腔炎。20XX年7月14日より辛夷清肺湯を処方されていた。
生活歴:喫煙;なし,飲酒;機会飲酒,ペット;なし,旅行;半年以内なし,自宅;築50年鉄筋コンクリートマンション,カビなし,加湿器;使用なし,ペット飼育;なし,その他;20XX年8月中旬よりスポーツジムに通所。
現病歴:慢性副鼻腔炎に対して近医で加療されており,20XX年7月14日より辛夷清肺湯を内服していた。8月24日より38℃台の発熱,労作時の呼吸困難が出現し前医を受診。胸部単純X線写真で肺炎を指摘され,8月26日に当院に紹介となり入院となった。
入院時身体所見:身長 167 cm,体重 47.2 kg,BMI 16.9 kg/m2,体温 37.6 ℃,脈拍60回/分,呼吸数 20 回/分,血圧 120/70 mmHg,SpO2 95%(室内気)。意識清明。眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし,頸部リンパ節腫脹なし。胸部聴診上,呼吸音は清でラ音聴取せず。心音は異常なし。明らかな皮疹なし。下肢浮腫なし。
入院時検査所見:血液検査では軽度の貧血と肝機能障害を認め,白血球数は正常で好酸球数の上昇はなかった。LDH 493 U/L,CRP 15.4 mg/dLと上昇し,KL-6 438 U/mLと正常範囲であったが,SP-D 221 ng/mL,SP-A 73.1 ng/mLと上昇を認めた。自己抗体は陰性で,鼻咽頭拭いによる新型コロナウイルス(severe acute respiratory syndrome coronavirus 2:SARS-CoV-2)の抗原検査,PCR検査は共に陰性であった(表1)。胸部単純X線写真では右中下肺野優位に両肺のすりガラス陰影と浸潤影を認めた(図1)。胸部CTでは両側上葉に中枢側優位のすりガラス陰影を認め,両側下葉には中枢から末梢に拡がる広範なすりガラス陰影を認め,一部では網状影も混在していた(図2)。
表1 入院時検査所見
図1 入院時胸部単純X線写真
両肺のすりガラス陰影と浸潤影を認めた。
図2 入院時・第9病日・第110病日胸部CT
入院時のHRCTでは両側上葉に中枢側優位のすりガラス陰影を認め,両側下葉には中枢から末梢に拡がる広範なすりガラス陰影と一部では網状影も混在していた(A-1,2,3)。第9病日には両肺のすりガラス陰影は著明に改善し(B-1,2,3),第110病日にはすりガラス陰影の増悪は認めなかった(C-1,2,3)。
臨床経過:COVID-19罹患者との濃厚接触はなかったものの,数日前のスポーツジムでの不特定多数との接触や発熱、胸部CT所見などから当初COVID-19肺炎が疑われた。入院時SARS-CoV-2の抗原およびPCR検査は陰性であったが,偽陰性である可能性も考慮し,ウイルス飛散の危険性の観点から,気管支鏡検査は施行しなかった。第2病日に再度SARS-CoV-2のPCR検査を行うも陰性であり,COVID-19肺炎は否定的と考えた。漢方薬の内服歴や画像所見から辛夷清肺湯による薬剤性間質性肺炎の可能性を考慮し,辛夷清肺湯は入院時より中止した。入院時は,非定型病原体を含めた細菌性肺炎も否定できなかったため,アジスロマイシン(azithromycin:AZM)とセフトリアキソン(ceftriaxone:CTRX)による治療を開始した。入院後,第2病日に呼吸不全が出現したため,辛夷清肺湯による薬剤性間質性肺炎として,メチルプレドニゾロン(methylprednisolone)1 g/日×3日間によるステロイドパルス療法を施行し,後療法としてデキサメタゾン(dexamethasone)を6.6 mg/日で継続した。第6病日にKL-6 570 U/mLと上昇し,辛夷清肺湯に対する薬物リンパ球刺激試験(drug lymphocyte stimulation test:DLST)は陰性であったが,臨床所見や投薬経過,SP-DやSP-Aの上昇,両側のすりガラス陰影主体の胸部CT所見などから辛夷清肺湯による薬剤性間質性肺炎と診断した。ステロイド治療への反応は良好で、速やかに酸素需要は減少し,第7病日には酸素療法は中止可能となり,第9病日の胸部CTにおける両肺のすりガラス陰影は著明に改善し,第10病日に退院となった。退院後,第23病日にはKL-6,SP-D,SP-Aは正常化し,ステロイドを漸減し,第110病日に中止後も自覚症状や胸部CT所見の増悪なく経過している(図2)。
本症例は,辛夷清肺湯による薬剤性間質性肺炎と考えられた症例であるが,胸部CT上,両肺のすりガラス陰影を呈し,類似する症状や画像を呈するCOVID-19肺炎との鑑別が問題となった。COVID-19による症状は発熱や咳嗽,倦怠感などであり,肺炎を伴うと呼吸困難を呈することがある[1]。COVID-19肺炎のCT所見は,両側末梢側優位のすりガラス陰影や浸潤影であり,両側性95%,すりガラス陰影98%,浸潤影64%と報告されている[2]。一方,薬剤性間質性肺炎の症状も発熱や咳嗽,呼吸困難等でCOVID-19肺炎と同様な臨床症状を呈し,CT所見は両側性のすりガラス陰影や浸潤影が多く,特に漢方薬による薬剤性間質性肺炎はびまん性のすりガラス陰影や斑状の浸潤影が特徴的であるとされている[3]。Enomotoらの報告によると,漢方薬による薬剤性間質性肺炎は両側性97%,すりガラス陰影89%,浸潤影69%と報告されている[4]。このようにCOVID-19肺炎と薬剤性間質性肺炎は症状だけでなく,胸部CT所見においても共通する点が多く,症状やCT所見だけでは鑑別することは困難である。本症例も当初は症状や胸部CT所見からCOVID-19肺炎が疑われていたが,抗原検査,PCR検査ともに陰性であり,薬剤内服歴を詳細に聴取したことで薬剤性間質性肺炎の早期診断に至った。
本症例の画像所見は,fibrosing organizing pneumoniaとしても矛盾はなく,膠原病肺も重要な鑑別疾患であった。COVID-19肺炎のCT画像所見は膠原病肺とも類似するとの報告もある[5][6]。COVID-19肺炎の悪化機序としては,ウイルスそのものによる肺障害ではなく,何らかの免疫反応に伴うサイトカインストームが重症化に関与していると考えられている[7]。このように免疫機序により生じる膠原病肺や薬剤性間質性肺炎は,機序の類似性からCOVID-19肺炎のCT画像所見が類似する可能性がある。本症例では自己抗体が陰性で膠原病を示唆する身体所見もなく,膠原病肺は否定的であった。
COVID-19肺炎の診断は,画像所見のみで診断,またはスクリーニングするべきではないとAmerican College of Radiologyは推奨しており[8],SARS-CoV-2の抗原検査またはPCR検査の陽性確認が必要である。PCR検査の感度は約70~80%,特異度は約90%と言われているが[9][10],感染初期のCOVID-19に対するPCR検査が偽陰性を示す可能性も報告されている[11]。本症例は,初診時の抗原検査,PCR検査が陰性であったものの,臨床経過,胸部CT等からCOVID-19肺炎を否定できず,入院翌日もPCR検査を繰り返し施行したが陰性であった。さらには,1カ月半前からの辛夷清肺湯の内服歴やその報告例の存在,発熱や呼吸困難などといった症状,両側性のすりガラス陰影や浸潤影などの胸部CT所見,SP-DやSP-A,LDHの上昇,治療反応性も比較的良好であったことから,DLSTは陰性であったものの,辛夷清肺湯による薬剤性間質性肺炎と診断した。
薬剤性間質性肺炎患者213例の検討において,原因薬剤として抗悪性腫瘍薬が55.8%と最多であるが,漢方薬はそれに次ぐ13.4%と比較的頻度が高い[12]。漢方薬による薬剤性間質性肺炎は,1989年に慢性C型肝炎の治療薬として広く使用されていた小柴胡湯によるものが初めて報告され[13],以降報告件数が増加している。発症率は0.08%と頻度は低いが[14],死亡例の報告もあるため注意が必要である[4]。原因薬剤として,小柴胡湯,柴苓湯の報告が多いが,辛夷清肺湯が関与したと思われる報告は4例で,そのうちの3例が複数の漢方薬を使用しており,辛夷清肺湯単剤での報告は1例のみであった[15]〜[18]。辛夷清肺湯は副鼻腔炎の治療を目的として市販薬としても販売されており,比較的容易に入手可能であるため,薬剤内服歴聴取の際には市販薬についても詳細に確認する必要がある。
漢方薬の配合成分に着目すると,黄芩や桂皮を含むものが薬剤性肺障害を起こす頻度が高いとされている[19]。辛夷清肺湯の成分も黄芩をはじめ,山梔子,升麻,辛夷,石膏,知母,麦門冬,百合,枇杷葉が含まれており、黄芩以外の成分が原因である可能性は否定できないが,漢方薬による薬剤性間質性肺炎の約85%が黄芩や甘草が含まれた漢方薬であったという報告[4]もあり,本症例の薬剤性間質性肺炎は黄芩の関与も示唆された。
薬剤性間質性肺炎はCOVID-19肺炎と類似した胸部CT所見を呈するため,抗原検査やPCR検査で速やかにCOVID-19肺炎を否定し,詳細な問診で被疑薬を特定することが薬剤性間質性肺炎の早期診断につながるものと考えられた。
本症例の要旨は第243回日本呼吸器学会関東地方会(2021年2月,WEB開催)にて発表した。
利益相反:本論文に関連する開示すべき利益相反関係にある企業等はない。
Drug-induced interstitial pneumonia results when exposure to drugs results in inflammation, which progresses to fibrosis of the lung interstit-ium. We report on a case of drug-induced interstitial pneumonia caused by Japanese herbal medicine (
shini-seihai-to) that was difficult to differentiate from coronavirus disease 2019 (COVID-19) pneumonia due to similarities in clinical features and chest computed tomography (CT) findings. A 72-year-old woman visited a local clinic with complaints of fever and dif-ficulty with breathing and was referred to our hospital because of suspected pneumonia. Chest CT revealed ground-glass and reticular opacity in all lung fields bilaterally. Initially, we suspected COVID-19 pneumonia based on the CT findings and clinical features, but nasopharyngeal swab-based testing and PCR assay for severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) antigen were both negative. However, 45 days before ad-mission the patient had been treated for sinusitis with Japanese herbal medicine (
shini-seihai-to). Thus, we suspected drug-induced interstitial pneumonia caused by this herbal preparation. Corticosteroid therapy for drug-induced interstitial pneumonia was initiated with prompt improvement. This case highlights the fact that drug-induced interstitial pneumonia, spe-cifically Japanese herbal medicine (
shini-seihai-to)-induced interstitial pneumonia, may be considered in the differential diagnosis of COVID-19 pneumonia.