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呼吸臨床
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【投稿/症例報告】メマンチンが被疑薬と考えられた薬剤性肺障害の1例


小林孝行*,**,林 伸好*,湯澤 基*,松本建志*


*さいたま市民医療センター内科(〒331-0054 埼玉県さいたま市西区島根299-1)
**がん・感染症センター東京都立駒込病院呼吸器内科

A case of drug-induced lung disease in which memantine was considered a suspect drug

Takayuki Kobayashi*,**, Nobuyoshi Hayashi*, Motoi Yuzawa*, Kenji Matsumoto*

*Department of Internal Medicine, Saitama Citizens Medical Center, Saitama
**Department of Respiratory Medicine, Tokyo Metropolitan Cancer and Infectious Diseases Center Komagome Hospital, Tokyo

Keywords:メマンチン,薬剤性肺障害,アルツハイマー型認知症,器質化肺炎/memantine, drug-induced lung disease, Alzheimer's disease, organizing pneumonia


呼吸臨床 2023年7巻1号 論文No.e00162
Jpn Open J Respir Med 2023 Vol. 7 No. 1 Article No.e00162

DOI: 10.24557/kokyurinsho.7.e00162


受付日:2022年11月14日
掲載日:2023年1月5日

©️Takayuki Kobayashi, et al.  本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。



要旨

 症例は81歳,女性。アルツハイマー型認知症に対してメマンチンによる治療中,右下葉に浸潤影が出現し入院となった。細菌性肺炎の治療を行い,退院後に薬剤による関与も考え,ここ1年以内に開始したメマンチン等の薬剤の内服は中止して肺炎は改善した。その後メマンチン等の薬剤が再開され,呼吸器症状が再燃した。精査の結果メマンチンの薬剤性肺障害と考えられ,メマンチンの服薬中止のみで肺炎は軽快した。メマンチンの薬剤性肺障害は本邦では報告されていないが,薬剤性肺障害と診断されずにメマンチンを中止して改善している症例が存在する可能性が示唆された。

はじめに

 2020年に65歳以上の人口は,3,619万人となり,認知症高齢者数と有病率の将来推計によると,2025年には65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症になると推定されている[1]。メマンチン塩酸塩(以下,メマンチン)は2011年にアルツハイマー型認知症の治療薬として承認され,浮動性めまいや傾眠以外に副作用が少なく,コリンエステラーゼ(cholinesterase:ChE)阻害薬より消化器系副作用が少ないことにより広く使用されている[2][3]。今回,メマンチンが被疑薬と考えられた薬剤性肺障害を経験したので報告する。

症例

 症例:81歳,女性。

 主訴:咳嗽および労作時呼吸困難。

 既往歴:72歳 高血圧症,72歳 脂質異常症,75歳 心房細動,80歳 アルツハイマー型認知症。

 生活歴:喫煙歴なし,飲酒歴なし。

 家族歴:特記事項なし。

 ペット飼育歴:なし。

 アレルギー歴:特記事項なし。

 内服薬:メマンチン塩酸塩20mg。プラバスタチンナトリウム10mg。ニフェジピン徐放剤10mg。アプリンジン塩酸塩40mg。ラベタロール塩酸塩100mg。

 現病歴図1):20XX年5月26日心房細動に対してアプリンジンおよびラベタロールが開始,さらに同年10月21日よりアルツハイマー型認知症に対してメマンチンの内服治療がA医院で開始された。10月下旬より湿性咳嗽および労作時呼吸困難にて11月4日筆者らの施設に救急搬送となり,胸部画像所見で右下葉の浸潤影を認め第1回目の入院となった。薬剤性肺障害の可能性も考慮したが,まずは細菌性肺炎が主な病態として,スルバクタムおよびアンピシリン配合剤(ABPC/SBT)の点滴による抗菌薬加療を行い第3病日よりメマンチン等の薬剤を再開した。症状改善し第13病日に抗菌薬を中止して退院となった。退院後再び咳嗽および労作時呼吸困難が出現し,胸部X線所見で右下肺野浸潤影の増悪あり,前回入院時の抗菌薬治療が不十分と考えて,11月26日よりアンピシリン(AMPC)およびクラブランおよびアモキシシリン(CVA+AMPC)の内服による抗菌薬治療を開始した。さらに薬剤性肺障害の関与もあると考えて,ここ1年以内に開始したメマンチン,ラベタロールおよびアプリンジンの内服は中止した。症状および胸部X線所見は改善し,抗菌薬による治療は終了した。20XX+1年1月7日からメマンチンを含めた新規の薬剤の内服がA医院にて再開された。開始14日後より咳嗽および労作時呼吸困難が再燃し,胸部X線所見で両肺野に浸潤影を認め,1月25日に当院第2回目の入院となった。

図1 臨床経過
 20XX.11.26にメマンチンの投薬を中止後,CRPおよび右下葉の浸潤影の改善をみたが,メマンチンの再開後また増悪している。第2回目入院,再度メマンチンの服用を中止してCRPおよび胸部陰影は改善し,その後再増悪していない。


 入院時身体所見:意識清明。身長145cm,体重54kg。体温36.5℃,血圧126/74mmHg,脈拍76/分・整,SpO2 96%(室内気),呼吸数18回/分,意識清明,貧血,黄疸なし。頸部リンパ節の腫脹はみられなかった。

 胸部:心音整,心雑音なし。

 呼吸音:右胸部から背部にかけてfine cracklesを聴取した。

 腹部:平坦軟,腸蠕動音正常で,自発痛および圧痛なし。また両側下腿浮腫なし。

 入院時血液検査表1):低酸素血症は認めなかったが,pH 7.467,PaCO2 31.1 Torr,PaO2 76.1 Torrと低二酸化炭素血症がみられた。白血球数は6,600/μLと正常であったが好酸球数は640/μLと軽度上昇しており,CRPが8.1mg/dLと炎症反応は亢進していた。また間質性肺炎のバイオマーカーではKL-6は251U/mLと正常であったがSP-Dは164.4ng/mLと高値であった。またその他検索した限りで自己抗体はすべて陰性であった。

表1 第2回目入院時検査所見


 胸部X線検査図2a):両肺野に広範囲にわたって浸潤影およびすりガラス影がみられた。

 胸部造影CT検査図2b,c):胸部単純CT検査では両側,上葉および中葉に気管支透亮像を伴う浸潤影を認めた。

図2 胸部画像所見
a. 単純X線写真。両肺野に広範囲わたって浸潤影およびすりガラス影がみられた。
b, c. 第2回目胸部CT検査。胸部単純CTでは両側,上葉および中葉に気管支透亮像を伴う浸潤影を認めた。


 臨床経過図1):第1回目入院治療後に肺炎が再燃したが,メマンチンを含むここ1年以内に開始した被疑薬のであるメマンチン,ラベタロールおよびアプリンジンの内服を中止することで,呼吸器症状の消失と胸部画像所見の改善を認めた。その後メマンチンを含めた被疑薬の内服を開始したのちに呼吸器症状が再燃していた。これらのことからメマンチン等の薬剤性肺障害を考えて,第2回目入院時にメマンチンを含めた被疑薬の内服を再度中止し,それらの薬の薬剤リンパ球刺激試験(drug lymphocyte stimulation test:DLST)を行った。またアンピシリン(AMPC)およびクラブランおよびアモキシシリン(CVA+AMPC)等の抗菌薬は第1回入院後に内服開始したので,DLSTは施行しなかった。右B4で気管支肺胞洗浄を,右B4aおよび右B2aより経気管支肺生検を行った。気管支肺胞洗浄液検査でリンパ球が50%以上に著増しており,CD4/CD8比は高値であった(表1)。経気管支肺生検による病理所見では肺胞壁の肥厚と線維化およびリンパ球の浸潤がみられ,肺胞腔内の線維性器質化が存在し,器質化肺炎と診断した(図3)。臨床経過およびメマンチンのDLSTにて陽性が判明したこともあり,メマンチンによる器質化肺炎と診断した(表1)。副腎皮質ステロイド剤投与による治療せず,メマンチンの服薬中止のみで,器質化肺炎は改善し,再度DLSTで陰性であったラベタロールおよびアプリンジンを再開しても肺炎が増悪することはなかった(図1)。

図3 経気管支肺生検の病理所見組織像
a. ヘマトキシリン・エオジン(hematoxyline-eosin:HE)染色。
b.エラスチカ・ワンギーソン(Elastica van Gieson:EVG)。一部の肺胞壁の肥厚と線維化およびリンパ球の浸潤みられ,肺胞腔内の線維性器質化物であり,器質化肺炎の像を示す。

考察

 「薬剤性肺障害の診断・治療の手引き」では薬剤性肺障害の診断基準として,①原因となる薬剤の摂取歴,②薬剤に起因する臨床病型の報告,③他の原因疾患の否定,④薬剤の中止により病態が改善,⑤再投与により増悪がある[4]。本症例は①はメマンチンの摂取歴あり,③は各種自己抗体や微生物検査(表1)で他の原因疾患が否定され,④に関してメマンチン休薬期間に症状が改善しており,⑤に関して細菌性肺炎と考え,薬剤肺障害の確定診断前にメマンチン再投与で増悪したことがあるため,②以外のすべての診断基準を満たし,メマンチンが薬剤性肺障害の被疑薬と考えられた。メマンチンによる薬剤性肺障害についての症例報告や原著論文は2022年9月の時点でPubMed,医学中央雑誌を用いて検索した範囲ではなかった。一方,米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)の有害事象報告システムを用いてメマンチンによる薬剤性肺障害を検索したところ,症状別の呼吸器関連有害事象の報告は,591例で,重複例もあるが,薬剤性肺障害の可能性がある症例は225例あった[5]。

 認知症の高齢者は肺炎を発症する可能性が高く,約30%は肺炎で死亡している[6]。そのため認知症の高齢者に胸部X線所見で新たな浸潤影がみられた場合,まず細菌性肺炎を考えて抗菌薬の治療されることが多い。本症例も薬剤性肺障害の関与も考慮されたが,まず細菌性肺炎として抗菌薬による治療が行われた。その際アルツハイマー型認知症は誤嚥することが多く[2],メマンチンを含めた被疑薬の内服は中止することで,肺障害が軽快した。上述のように本邦ではメマンチンの薬剤性肺障害は報告されていないが,内服薬を誤嚥する可能性もあり,肺炎治療時に,本症例と同じように,メマンチンを中止して,薬剤性肺障害が軽快している症例が存在する可能性がある。

 抗悪性腫瘍薬,関節リウマチ治療薬,漢方薬,抗菌薬等の薬剤と比べて,メマンチンなどの中枢神経作用薬は薬剤性肺障害の原因となることは少ない[4]。

 メマンチンはグルタミン酸受容体のサブタイプの1つあるN-methy1-D-aspartate(NMDA)受容体拮抗を作用するアルツハイマー型認知症の治療薬である[2]。ChE阻害薬と比べてメマンチンは副作用少なく広く使用されているが[2][3],2005から2011年までフィンランドのアルツハイマー型認知症の全国調査では肺炎のリスクはChE阻害薬よりメマンチンが高いと報告されている(HR1.59,95%CI:1.48-1.71)[7]。

 認知症の患者は具合が悪くても症状の訴えが乏しいため,肺炎などの疾患が見逃されがちある。メマンチン内服治療中のアルツハイマー型認知症はメマンチンの薬剤肺障害も含めた呼吸器疾患の発症を十分に留意することが必要である。

 薬剤性肺障害の器質化肺炎パターンのBAL所見はリンパ球,好中球,好酸球,肥満細胞が種々の割合で混在し,増加しており,CD4/CD8比は低いとされている[4][8]。それに対して本症例はCD4/CD8比が5.8と高かった。今までに報告されている薬剤性肺障害でもCD4/CD8が低下していない症例がある。特発性器質化肺炎のBALの細胞成分は炎症の程度,BAL施行時期によって異なり,特に発症初期にはリンパ球比率は少ないが,病気の進行とともに増加していると報告している[8][9]。本症例のBAL施行時期はメマンチンを再投与後の肺障害が再燃化した時期であり,それがCD4/CD8比が高かったことに影響している可能性がある。

 抗菌薬治療およびメマンチン中止で一時的に肺炎が改善し,その後メマンチンの再投与で増悪した,メマンチンの薬剤肺障害を経験した。認知症の高齢者における肺炎罹患率は高く,その中には薬剤性肺障害と診断されずに存在する可能性が示唆された。

 以上の内容を第244回日本呼吸器学会関東地方会(2021年5月21日,WEB開催)に発表した。

 謝辞:本症例の病理診断に関してご指導いただいた当院病理診断科内間久隆先生および診療にご協力いただいた当院内科石川輝先生に深謝します。

 利益相反:なし。


Abstract

 An 81-year-old woman who was on memantine for Alzheimer’s disease, presented with a diagnosis of bacterial pneumonia and received treatment with antibiotics.  Memantine and other drugs initiated within the last year were discontinued after discharge from the hospital, and her pneumonia improved. However, when memantine and other drugs were resumed, respiratory symptoms recurred. The patient was diagnosed with memantine-induced lung disease based on a detailed examination. Although memantine-induced lung disease has not been reported in Japan, there may be undiagnosed cases in which this condition improved after memantine discontinuation.

図表


文献

  1. 内閣府. 令和3年版高齢社会白書(全体版)(PDF版). https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2021/zenbun/03pdf_index.html (2022年9月21日閲覧).
  2. 「認知症患診療ガイドライン」作成委員会. 認知症疾患診療ガイドライン2017. 医学書院, 東京, 2017.
  3. 中村 祐. アルツハイマー病治療薬の新たな展開:メマンチン. 日生物精医会誌. 2011; 22: 227-35.
  4. 日本呼吸器学会. 薬剤性肺障害の診断・治療の手引き第2版 2018. 日本呼吸器学会, 東京, 2018.
  5. FDA Adverse Events Reporting System(FEARS) . https://www.fda.gov/drugs/questions-and-answers-fdas-adverse-event-reporting-system-faers/fda-adverse-event-reporting-system-faers-public-dashboard (2022年9月21日閲覧).
  6. Manabe T, et al. Pneumonia-associated death in patients with dementia: A systematic review and meta-analysis. PLoS One. 2019; 14: e0213825. doi:10.1371/journal.pone.0213825.
  7. Lampela P, et al. Use of antidementia drugs and risk of pneumonia in older persons with Alzheimer's disease. Ann Med. 2017; 49: 230-9.
  8. 日本呼吸器学会びまん性肺疾患診断・治療ガイドライン作成委員会. 特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き2022改訂第4版. 南江堂, 東京, 2022.
  9. 松島秀和,ほか. ペメトレキセドによる薬剤性肺炎の1例. 日胸. 2016; 75: 1454-60.
  10. 伊東友好. 防風通聖散による薬剤性肺炎の1. 日胸. 2013; 72: 683-8.
  11. 吉野内猛夫, ほか. 特発性器質化肺炎(OP)におけるBALF細胞成分の検討. 気管支学. 1994; 16: 130-7.