片桐 忍*1,両角延聡*2,和佐本諭*2,柳澤 悟*2,大浦也明*2,丸山来輝*1,遠藤秀紀*1,山本亮平*1
*1佐久総合病院佐久医療センター呼吸器外科(〒385-0051 長野県佐久市中込3400-28)
*2同呼吸器内科
A case of ST depression and bradycardia during bronchoscopic examination
Shinobu Katagiri*1, Nobutoshi Morozumi*2, Satoshi Wasamoto*2, Satoru Yanagisawa*2, Nariaki Ohura*2, Raito Maruyama*1, Hideki Endoh*1, Ryohei Yamamoto*1
*1Department of Thoracic Surgery, *2Department of Respiratory Medicine, Saku Central Hospital Advanced Care Center, Nagano
Keywords:気管支鏡,合併症,ST変化,徐脈/bronchoscopy, complications, ST changes, bradycardia
呼吸臨床 2021年5巻5号 論文No.e00128
Jpn Open J Respir Med 2021 Vol. 5 No. 5 Article No.e00128
DOI: 10.24557/kokyurinsho.5.e00128
受付日:2021年2月5日
掲載日:2021年5月21日
©️Shinobu Katagiri, et al. 本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。
患者:72歳,女性。
既往歴:右上葉肺癌(上皮内腺癌 TisN0M0 stage 0)。心血管系疾患およびそれらのリスク因子となるような高血圧,脂質異常症,糖尿病などの既往歴はなく,局所麻酔薬などのアレルギー歴も認めなかった。
生活歴:喫煙歴はなく,飲酒もほとんどしていない。
現病歴:10年前に右上葉肺癌(図1a)に対し胸腔鏡下右上葉肺部分切除術を施行し,以降定期的に外来経過観察を継続していた。6年前から病状評価目的の胸部CT検査で右上葉切除縫合断端上に充実性陰影が出現した(図1b)。その後も同陰影の経時的増大を認めたため,肺癌の断端再発を疑い組織診断目的で気管支鏡検査を施行した。
図1 胸部CT
a. 10年前に上皮内腺癌(TisN0M0 stage0)と診断された(↓)。
b. 6年前から切除断端縫合部付近に充実性陰影が出現し,徐々に増大した。
検査前身体所見:身長152.2cm,体重49.5kg,体温36.4℃,血圧132/103mmHg,脈拍68回/分,呼吸数18回/分,SpO2 97%(room air)。
検査前12誘導心電図:正常洞調律であり,ST変化やその他の波形変化は認めなかった。
気管支鏡検査経過(表1):2%リドカイン塩酸塩5mLによる喉頭麻酔を施行した後,鎮静のためにミダゾラム2.5mgを静注しBF-P290(OLYMPUS)を用いて検査を開始した。気管支鏡挿入直後から首を振るなどの抵抗がみられた。声帯に2%リドカイン塩酸塩3mLを散布し気管支鏡を気管内へ挿入した。気管への挿入はスムーズであったが,体動が続いていたためミダゾラム1.25mgを追加で静注した。気管分岐部から左右主気管支にかけて2%リドカイン塩酸塩20mLを散布し気管支内を観察した。B2bにガイドシースを挿入,気管支内腔超音波断層法(endobronchial ultrasonography using a guide sheath:EBUS-GS)で病変へのwithinを確認し経気管支肺生検(transbronchial lung biopsy:TBLB)を開始した。この時点では血圧139/87mmHg,脈拍83回/分,SpO2 96%(経鼻酸素3L投与)と安定しており,TBLBによる出血もほとんどみられなかった。5回目のTBLB施行中から不穏による体動が強くなり次第に全身の冷汗が出現した。体動により心電図モニターが外れていたため再装着し,心電図モニターの波形を確認すると脈拍30~40回/分と徐脈を認め,波形もST低下を認めた(図2a)。気管内出血がないことを確認し,速やかに気管支鏡を抜去しアトロピン硫酸塩0.5mgを静注した。その後血圧125/80mmHg,脈拍97回/分と徐脈は改善したものの,12誘導心電図を確認するとⅢ,aVF誘導でST上昇を認め,V3,V4,V5誘導でST低下を認めた(図2b)。意識状態はJCS Ⅱ-10程度であったためフルマゼニル0.25mgを静注し救急処置室へ搬送,循環器内科にコンサルトし諸検査を施行した。
表1 気管支鏡検査中の経過
図2 心電図
a. TBLB中のモニター心電図でST低下と徐脈を認めた。
b. 12誘導心電図でⅢ,aVF誘導のST上昇(↑)とV3~V5誘導のST低下(↓)を認めた。
血液検査所見:白血球数7,700/µL,AST 13IU/L,LDH 154IU/L,CK 78IU/Lと正常値であり,心筋逸脱酵素もトロポニンT 0.009ng/mL,CK-MB 4.0IU/L以下と心筋逸脱酵素の上昇は認めず,その他検査項目も正常範囲内であった。
CT所見:頭部単純CTでは明らかな頭蓋内出血や浮腫等は認めなかった。胸腹部単純CTでも明らかな肺動脈血栓や大動脈解離などは認めなかった。
救急処置室で心臓カテーテル検査の準備中に胸痛の訴えが出現したためニトログリセリンを舌下に2回噴霧し,その後心臓カテーテル検査を開始した。
心臓カテーテル検査所見(図3):冠動脈造影では左右共に有意狭窄は認めなかった。左室造影でも左室収縮は正常でありたこつぼ心筋症は否定的であった。
図3 冠動脈造影
明らかな狭窄は認めなかった(RCA:右冠動脈,LCA:左冠動脈)。
検査後経過:心臓カテーテル検査では有意狭窄を認めなかったものの,有症状時の12誘導心電図では明らかな波形変化を認めていたことから冠攣縮性狭心症が最も疑われた。心臓カテーテル検査後には症状は消失していたもののニコランジルの経口投与を開始し経過観察入院となった。第2病日も再発なく経過し,第3病日に退院となった。
その後は肺腺癌と診断されたため1カ月後に胸腔鏡下右肺上葉切除術を施行し,周術期から術後にかけて合併症や症状の再発なく経過し外来通院を継続している。心臓の精査については本人の希望により行われなかった。
2010年の呼吸器内視鏡学会によるアンケート調査によると,気管支鏡検査による循環器関連の合併症は観察のみで0.07%,鉗子生検で0.06%,擦過で0.04%,気管支洗浄で0.01%,針吸引生検(transbronchial needle aspiration:TBNA)で0.01%,気管支肺胞洗浄で0.02%と頻度は低く[3],検査中の低酸素血症や検査の侵襲による交感神経の興奮が原因と考えられている[4]。
気管支鏡検査中にST変化を来した報告を医中誌にて検索すると,会議録を含めた17報のうち15報が冠攣縮性狭心症か,それに続発するたこつぼ心筋症の報告であった。これらの発症の誘因として止血目的に使用した冷生食[1]のほか,検査に対する精神的・肉体的ストレス[5]も原因として挙げられていた。本症例も検査中のストレスが原因の冠攣縮性狭心症が最も疑われたが,その後の精査が行われず確定診断には至らなかった。
気管支鏡検査において気管支鏡が声帯を通過する時が最も苦痛が大きいとされ[6],循環器関連の合併症も気管支鏡が声帯を通過する時に最も高頻度にみられると報告されている[7]。これらを軽減するためには咽頭喉頭の局所麻酔と鎮静が重要であり,1%リドカインによる局所麻酔とミダゾラム+オピオイドによる鎮静が標準となっている[8][9]。しかし本症例では局所麻酔に2%キシロカインを合計28mL(560mg/body)と多量に使用していたため,局所麻酔中毒の心毒性も今回の合併症の可能性として考えられた。局所麻酔薬の散布による使用方法では1%と2%で有効性に差がないことから,気管支鏡検査の局所麻酔では1%リドカインの使用が推奨さており[10],本症例も1%リドカインを用いるべきであった。また鎮静についても,当院では日帰りの気管支鏡検査が主なためオピオイドを併用せずミダゾラムのみの鎮静で行っており,そのため鎮静が不十分となり興奮状態となったことも今回の合併症を引き起こした原因の1つと考えられた。
気管支鏡検査による循環器関連の合併症はまれであるものの,重篤な経過を辿る報告もみられ注意が必要である[1][2]。特に検査中のST変化を引き起こす要因としては検査中の止血処置によるものだけではなく,本症例のように不適切な局所麻酔や不十分な鎮静による苦痛が原因となり得るため大いに反省すべきであった。
A 72-year-old woman underwent thoracoscopic partial lung resection for lung cancer in the right upper lobe 10 years ago. At her current presentation, she underwent bronchoscopic examination due to the presence of a solid tumor near the staple line. During the procedure, the electrocardiogram monitor showed ST depression and bradycardia; hence, the study was stopped and emergency cardiac catheterization was performed. Coronary angiography showed no significant stenosis nor abnormalities in left ventricular systolic movement. Her symptoms improved after cardiac catheterization and there was no symptom relapse. Since ST changes during bronchoscopic examination can be caused by inappropriate techniques during the examination, standardized techniques should be used to reduce the burden on the patient.