
藤原清宏
なにわ生野病院呼吸器内科(〒556-0014 大阪府大阪市浪速区大国1-10-3)
A case of chronic obstructive disease with hypokalemia and rhabdomyolysis due to pseudoaldosteronism induced by Shakuyaku-kanzo-to
Kiyohiro Fujiwara
Department of Respiratory Medicine, Naniwa Ikuno Hospital, Osaka
Keywords:芍薬甘草湯,偽アルドステロン症,低カリウム血症,横紋筋融解症/Shakuyaku-kanzo-to, pseudohyperaldosteronism, hypokalemia, rhabdomyolysis
呼吸臨床 2024年8巻4号 論文No. e00188
Jpn Open J Respir Med 2024 Vol. 8 No. 4 Article No.e00188
DOI: 10.24557/kokyurinsho.8.e00188
受付日:2024年1月9日
掲載日:2024年4月15日
©️Kiyohiro Fujiwara. 本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。
症例:70歳,女性。
主訴:倦怠感,筋肉痛,しびれ。
家族歴:特記すべきことなし。
既往歴:35歳時に腰椎腫瘍のため,摘出術と固定術を受けている。6カ月前から当院でCOPDと診断し,治療中である。
喫煙歴:20歳から10本/日,約50年間であったが,当院受診後禁煙。
処方薬:当院から吸入薬としてチオトロピウム臭化物水和物,ブテソニド・ホルモテロールフマル酸塩水和物。他医から芍薬甘草湯,ミロガバリンベシル酸塩,セレコキシブ。
現病歴:約1カ月半から,腰痛に対し,他医で芍薬甘草湯を処方開始されており,6gを分2朝・夕で内服していた。2週間前から倦怠感,筋肉痛,しびれ,下腿の浮腫を自覚するようになり,また,COPDに対する吸入薬で改善していた咳嗽,喀痰,呼吸困難も自覚するようになり,当院定期受診日に独歩で来院した。なお,当院では血液検査で電解質異常は認めていなかった。
入院時現症:身長154cm,体重40kg。意識清明。体温36.8℃,血圧136/63mmHg,脈拍65bpm 整,呼吸数18回/分,SpO2 90%(室内気)。心音 純,呼吸音 清。腹部平坦,軟,圧痛なし。下腿浮腫を認めた。
入院時検査所見:表1に後日判明分を含めて示す。血清K 1.4 mEq/Lで低カリウム血症を認め,CK 3,380 U/Lと高値であった。動脈血ガス分析では,pO2 47.1 Torrで低酸素血症であり,代謝性アルカローシスを認め,pH 7.606,HCO3− 58.2 mmol/Lと上昇し,代償性にpCO2 59.8 Torrと上昇し,呼吸性アシドーシスが認められた。後日判明したミオグロビンと尿中ミオグロビンの上昇,アルドステロン低値,レニン濃度低値,ACTH正常範囲内であった。迅速検査のうち新型コロナウイルス抗原定性陰性,インフルエンザウイルス抗原陰性,尿中肺炎球菌抗原陽性であった。
表1 入院時検査所見
入院時胸部CT像(図1):全肺野にわたり小葉中心性の肺気腫像を認めた。

図1 入院時の胸部CT像
全肺野にわたり小葉中心性の肺気腫像を認める。
入院時心電図(図2):ST-Tの下降,T波減高,陰転化,QT時間延長が認められた。

図2 心電図の推移
第1病日から第3病日にかけては,ST-Tの下降,T波減高・陰転化,QT時間延長が認められたが,第6病日には改善している。
a. 第1病日:K 1.4mEq/L b. 第3病日:K 1.3mEq/L c. 第6病日:K 3.1mEq/L
入院後経過(図3):他医の処方について問診したところ,芍薬甘草湯を約1カ月半前から開始されており,そのため偽アルドステロン症を発症し,低カリウム血症から横紋筋融解症も発症していると考えられた。入院治療とし,直ちに原因と考えられる芍薬甘草湯は中止した。高二酸化炭素血症に留意しつつ,経鼻カニューレO2 1L/分で酸素吸入を開始したところ,SpO2は92〜95%程度であった。胸部CT像では肺炎像は明らかではないが,尿中肺炎球菌抗原陽性であり,喀痰塗抹検査で白血球が多数認められていて,少なくとも急性下気道感染,気管・気管支炎が発症していると考えられた。セフトリアキソン1g×2回/日を点滴投与し,翌日には白血球数は6,900/μLまで下降し,7日間で終了した。低カリウム血症に対しては,カリウム負荷をとして塩化カリウムを持続点滴によって90 mEq /日で7日間行い,内服でL-アスパラギン酸カリウム1,800mg 分3で投与した。さらに,第2病日からカンレノ酸カリウムを300mg/日で静脈注射を6日間行った。第8病日から内服で,スピロノラクトン50mg 分2を開始した。第2病日には血清カリウム濃度は1.1 mEq / Lまで下降したが,以後は漸次上昇し,正常値に復した。横紋筋融解症については,第3病日にはクレアチンキナーゼは5,735 U/Lまで上昇したが,以後は下降した。動脈血ガス分析では図4に示すように,代謝性アルカローシスは徐々に改善した。すなわち,pHは第3病日まで上昇したが,以後下降し,pCO2も第3病日から下降した。pO2も漸次上昇し,第8病日は酸素吸入を中止した。第7病日に判明した喀痰検査の培養では,常在菌でもあるEnterococcus faecalis(2+)が検出されたが,CRP 0.36 mg/dLとなり,セフトリアキソンを終了した。Enterococcus faecalisの薬剤感受性試験の結果は表2のごとくで,ミノサイクリンに耐性が認められた。なお肺炎球菌は培養で検出されなかった。心電図については,図2に示すように第1病日から第3病日にかけては,ST-Tの下降,T波減高・陰転化が認められ,第3病日にはU波が出現し,QTc 0.504秒と延長していたが,第6病日には改善していた。リハビリテーションも行い,おおむね日常生活動作は可能となり,第13病日に退院し,外来での経過観察となった。なお退院時のクレアチニンは1.01 mg/dLと上昇していたが,退院後8日目には0.76 mg/dLと改善し,動脈血ガス分析では室内気でpO2 92.1 Torrに上昇していた。
図3 入院後経過
Kは第2病日にいったん下降したが,以後は改善した。 CKは第3病日にいったん上昇したが,以後は下降した。
図4 動脈血ガス分析の推移
第3病日から代謝性アルカローシスは徐々に改善し,pHの下降,pCO2の下降,pO2の上昇,HCO3−の下降
がみられた。なお、第8病日は室内気での測定である。
表2 Enterococcus faecalis 薬剤感受性試験
偽アルドステロン症は,甘草の慢性摂取により,低カリウム血症,低レニン血症,低アルドステロン血症を呈する疾患である。1968年Connら
1)が甘草の長期摂取により原発性アルドステロン症に似た症状をきたした症例を報告したのが最初である。腎臓の皮質集合管細胞にあるミネラルコルチコイド受容体(MR)に,アルドステロンとコルチゾールは等しい親和性で結合するが,通常,11β-hydroxysteroid dehydrogenase type 2によるコルチゾールからコルチゾンへの不活化により,アルドステロンが選択的にMRに結合する。甘草に含まれるグリチルリチンの代謝産物は,この酵素活性を可逆的に阻害することにより,腎臓内で上昇した内因性コルチゾールによりMRを活性化して,Na再吸収およびK排泄が亢進するのが偽アルドステロン症の病態である
2)〜
5)。偽アルドステロン症は少量の甘草でも発症することがあるが,その頻度は用量依存的であり,甘草を1日あたり1gの使用で1.0%,2gで1.7%,4gで3.3%,6gで11.1%にみられ,一般的に1日2.5g以上の使用でリスクが高まるとされている
6)。
偽アルドステロン症の自覚症状としては,四肢の脱力,筋肉痛,痙攣,全身倦怠感などがある。低カリウム血症による横紋融解症は毛細血管を収縮させ,筋肉への血液供給を減少させ,最終的には筋細胞の溶解と筋細胞の損傷を引き起すことによる
4) 7) 8)。横紋筋融解症は通常,血清カリウム値が2.0 mEq / mL未満の場合に発生するとされる。低カリウム血症は不整脈を誘発する可能性があり,緊急治療が必要である。自験例ではただちにカリウム製剤の点滴と内服を行った。抗アルドステロン薬の投与も有用であり
2) 9),第2病日からカンレノ酸カリウム,第8病日からスピロノラクトンの投与を行った。低カリウム血症による心電図異常としては,T波平低化,U波出現,QT間隔の延長,ST低下,低電位などが認められるとしていて,自験例でも認められたが,血清カリウム値の上昇により改善した
3) 8) 10)。自験例では抗アルドステロン薬を第2病日から投与したが,第2病日まで血清カリウム値の上昇や第3病日まで代謝性アルカローシスの進行が認められており,入院当日から抗アルドステロン薬の投与を考慮すべきと考えられた。
本症例は肺炎球菌と
Enterococcus faecalisによる混合感染と疑われる急性下気道感染を併発していたが,セフトリアキソンの点滴で改善した。
Enterococcus faecalisは,腸管や気道の常在菌叢でみられており,市中肺炎の起炎菌としては稀であるが,基礎疾患のある症例ばかりでなく,健常人の報告もある
11)。肺炎球菌が培養で検出されなかった原因は明らかにできなかったが,検体採取後から処理までの時間や肺炎球菌が自己融解酵素を分泌したため等が考えられた。偽アルドステロン症における肺炎の併発例をOnishiら
12)が報告している。
COPDの症例で,急に低酸素血症を来す病態の鑑別診断として,COPDの急性増悪,心不全,肺塞栓などが挙げられる。本症例では,気道感染はあったが,軽度であり,問診と検査所見から甘草による偽アルドステロン症と診断され,低酸素血症も偽アルドステロン症の治療により改善した。Taniguchiら
13)は,甘草の偽アルドステロン症により重度の呼吸不全を呈した症例に対し,肺機能検査や最大吸気時と最大呼気時の胸部X線写真の比較などで,横隔膜機能不全が示唆されたとしている。本症例も低酸素血症を発症していたが,代償性の低換気や呼吸筋機能不全で低酸素血症を来したと考えられ,さらにCOPDもあったため,慢性的な肺の過膨張により増悪したと考えられた。レビューにおいてRicoyら
14)は,COPD,低カリウム血症,代謝性アルカローシスは,それぞれ横隔膜機能不全の原因となるとしている。偽アルドステロン症による代謝性アルカローシスで代償性に高二酸化炭素血症を伴う場合は,酸素流量を少なめにするなど,呼吸管理にも留意すべきと考えられた。
利益相反:開示すべき利益相反はない。
A 70-year-old woman, who had was treated for chronic obstructive pulmonary disease at our hospital, consulted us with a chief complaint of fatigue, myalgia, and numbness, and was taking Shakuyaku-kanzo-to as prescribed by another doctor for one and a half months. She exhibited symptoms of hypokalemia, metabolic alkalosis, and hyporenin-hypoaldosteronemia, and was diagnosed with pseudohypoaldosteronism. Her creatinine kinase levels were elevated, and she had developed rhabdomyolysis. Immediately, Shakuyaku-kanzo-to was discontinued, and she was treated with potassium loading, potassium canrenoate injection, and oral spironolactone, following which her condition improved progressively.