【投稿/原著】ICS+LABAによる長期加療中の成人気管支喘息における呼吸機能の経年変化

木原令夫
千束呼吸器アレルギークリニック(〒145-0063 東京都大田区南千束1-1-6 南千束山本ビル 2F)
Aging changes in respiratory function in adult bronchial asthma during long-term treatment by ICS+LABA
Norio Kihara
Senzoku Kokyuuki & Allergy Clinic, Tokyo
Keywords:成人気管支喘息,吸入ステロイド+長時間作用性β2刺激薬,呼吸機能の経年変化/adult bronchial asthma,ICS+LABA,aging changes in respiratory function
呼吸臨床 2025年9巻4号 論文No.e00200
Jpn Open J Respir Med 2025 Vol. 9 No. 4 Article No.e00200
DOI: 10.24557/kokyurinsho.9.e00200
受付日:2025年2月10日
掲載日:2025年4月22日
©️Norio Kihara. 本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。
ICS+LABA使用中の成人喘息263例をA群(増悪年1回未満),B群(増悪年1~2回),C群(増悪年2回以上)に分け,ICS+LABA投与前,5年後,10年後の%FEV1および%PEF値を比較した。%FEV1はA群で10年後,B群で5年後,C群で5年後,10年後に,また%PEFではA,C群で5年後,10年後,B群で10年後に低下を認めたがJGLの管理目標である80%を上回っており,ICS+LABAは肺機能の経年低下の抑制に寄与すると考えられた。
日本アレルギー学会の喘息予防・管理ガイドライン(JGL)による喘息の管理目標はⅠ. 症状のコントロールとⅡ. 将来のリスク回避であり,前者では①気道炎症を抑制する,②正常な呼吸機能を保つ(PEF:peak expiratory flowが予測値の80%以上かつ日内変動が10%未満),後者では①喘息死を回避する,②急性増悪を予防する,③呼吸機能の経年変化を抑制する,④治療薬の副作用発現を回避する,⑤健康寿命と生命予後を良好に保つと記されている[1]。そして管理目標を達成すべく患者の重症度に応じてICS(inhaled corticosteroid)を基本とした治療が推奨されており,治療ステップ2以上ではICSに加えてLABA(long-acting β2-agonist)を併用することが多く,現在ではICS+LABAの配合剤を用いることが標準治療とされている[2]。成人喘息患者における肺機能の経年的低下は健常者と比べて大きいことが知られているが[3]〜[6],ICS+LABA配合剤を10年間継続使用した例における肺機能の経年変化を示した論文はこれまで見られない。今回,われわれはICS+LABAによる治療を遵守できているアドヒアランス良好の成人気管支喘息患者を対象としてFEV1およびPEFにおける変化を検討したので報告する。
10年以上ICS+LABA配合剤を使用中のアドヒアランス良好の成人気管支喘息患者263例(男性135例,女性128例)を対象とし,年間の増悪頻度から経口ステロイド薬のショートバースト[7][8]を要した回数が年1回未満の症例をA群,年1~2回の症例をB群,年2回以上の症例をC群の3群に分けた。増悪回数は全症例のカルテから経口ステロイド薬の処方回数を拾い出し10年間の全増悪回数/10年として群別した。アドヒアランス良好とは,正しく吸入ができている患者,治療薬の理解ができている患者,病態に対する理解ができている患者と定義[9]した。本研究は後ろ向き研究として10年間の肺機能検査からみた経年変化をまとめたものであり,患者に対して治療開始前に経過観察のため年に1回の肺機能検査が必要であること,経過良好の場合には後日臨床経過をまとめる旨の説明は全例に行っており,賛同を得られていない症例は対象とはしていない。
A群は193例(73.4%),B群は48例(18.3%),C群は22例(8.4%)であり,年齢は男性平均59歳(32~89歳),女性平均は65.3歳(36~91歳)である(表1)。
表1に各群の年齢,baselineの肺機能,喫煙歴,治療内容を示した。
表1 対象:10年以上ICS+LABA使用中の成人気管支喘息患者263例
対象除外例は悪性腫瘍,脳血管障害,精神疾患,好酸球増多症,喘息以外の呼吸器疾患(間質性肺炎,慢性呼吸不全など)の合併例,また喘息においてもLAMA併用例,ACO,全身性ステロイド薬持続投与例,生物学的製剤使用例である。また,経口ステロイドに加えてステロイドの点滴を要する例やSABA(short-acting β2-agonist)の習慣的な頻回使用例も対象としていない。検討内容はICS+LABA投与前,5年後,10年後の%FEV1および%PEFの推移を各群間でWelch t 検定を用いて比較した。肺機能検査機器はフクダ電子スパイロメーターSP-770 COPDおよびSP-790 COPDであり,基準値は日本呼吸器学会肺生理専門委員会肺機能検査指標基準値2001年版を用いた。肺機能検査は少なくとも年1回行っており,症状の安定した時を選んで測定した。
吸入のアドヒアランスや治療内容は10年間を通して全例変化なく,今回の成績に影響を及ぼすような逸脱症例は含まれていない。
A群は実線,B群は点線,C群は破線で示した。%FEV1の平均値推移の比較(図1)では,A群の前値91.76%に対して5年後では91.25%と大きな変化はなかったが,10年後では88.00%と明らかな低下がみられた(p<0.05)。B群では前値の86.54%に対して,5年後の79.09%と有意な低下がみられたが(p<0.05),10年後には81.96%であり明らかな変化ではなかった。C群では前値88.32%に対して5年後76.41%,10年後78.27%といずれも明らかな低下がみられた(p<0.05)。%PEFの平均値推移(図2)ではA群の前値104.09%に対して5年後96.30%,10年後95.19%と有意な低下がみられ(p<0.01),B群では前値92.76%であり,5年後では84.58%で明らかな変化がなく,10年後では83.38%であり有意な低下がみられた(p<0.05)。C群では前値95.55%に対して5年後では81.97%,10年後では83.50%と前値に比べていずれも明らかな低下がみられた(p<0.05)。B群の5年後を除き,いずれの群も5年後,10年後に%PEFの経年低下を認めたものの,すべての値がJGLの管理目標である80%を上回っていた。

図1 %FEV1平均値推移
NS:有意差なし,*p<0.05

図2 %PEF平均値推移
NS:有意差なし,*p<0.05 **p<0.01
今回,われわれは増悪が年1回未満をA群,増悪が年1~2回をB群,増悪が年2回以上をC群に群別したが,JGLの喘息コントロール状態[1]の評価に当てはめるとA群のみがコントロール良好であり,B,C群はコントロール不十分例となる。また,%FEV1の変化からみるとB群の5年後,C群の5年後,10年後に80%を下回っているものの,%PEFの変化をみると3群とも経年変化は80%以上を保っており,ICS+LABAの継続治療がJGLの管理目標の症状のコントロールにある正常な肺機能を保つ,また将来のリスク回避にある呼吸機能の経年低下を抑制するという点に十分寄与していると考えられる。現在,肺機能検査基準値は2014年版のものを使用することが日本呼吸器学会で推奨されているが,本研究の観察開始時点における肺機能検査基準値は2001年版のものであり,10年間の経年変化を比較する場合には同じ基準値を用いた方がより正しく評価できると考えて2014年版ではなく2001年版の基準値を用いて検討した。
今回われわれは,患者のQOLや満足度には十分考慮した上での長期治療成績をまとめたものであるが,改めて結果を振り返ってみるとLAMAの追加など治療の強化を試みた方がより経年低下を抑制できた可能性も否定しえない。
ICSが肺機能の低下を抑制することはRaissy[10]やShimodaら[11]の報告でも示されており,またJansonら[12]は喘息の自然経過における気道リモデリングの重要性について報告しており,ICSが気道リモデリングの強度を低下させ,肺機能の低下を穏やかにすることを示唆している。今回,われわれの対象例に高齢者も含まれているが,喘息における肺機能低下には年齢の影響は認められないという報告もあり[13],各群における年齢分布の影響はないものと思われる。
また,喫煙による一秒量の低下は非喫煙者と比べて大きいことが知られており[14],ステロイドに対する感受性を低下させることも示唆されている[15][16]。本研究の限界として,研究対象例において喫煙歴ありの例は過去喫煙だけでなく現喫煙者も含まれているが,その後の10年間の喫煙歴を調査できていないため喫煙が本研究における肺機能の経年変化にどのように影響したかは考察できない点がある。
また,Salvatoreら[13]は非喫煙の成人喘息患者における10年間の観察で,治療前期(1~5年)の急激な1秒量の低下と後期(6~10年)ではその低下が緩やかであったとする報告をしているが,本研究では観察開始から終了までの10年間におけるステロイドの処方回数を個々の症例のカルテから拾い出して年間の増悪回数を出したため,本論文では前半5年と後半5年での増悪頻度の違いと肺機能の変化への影響を論ずることは成しえていないことがあげられる。
喘息治療における基本的手段としてのICS+LABAを長期間継続して使用することは肺機能の経年低下の抑制に寄与し,健康寿命と生命予後を良好に保つためにも有用であると考えられた。
本論文の要旨は第72回日本アレルギー学会総会(2023.11東京国際フォーラム)にて発表した。なお,本研究は当クリニックの河野泰郎医師,山田浩之医師の長きにわたる協力のもとでまとめることができた。改めて両医師に深謝する。
利益相反:なし。
In this study, 263 adult asthmatic patients on inhalational corticosteroids (ICS) + long-acting beta-agonist (LABA) were divided into Group A (less than 1 exacerbation event per year), Group B (1–2 exacerbation events per year), and Group C (2 or more exacerbation events per year) to compare the forced expiratory volume percentage (%FEV
1) and peak expiratory flow percentage (%PEF) at three points of time (before intervention, after 5 years, and after 10 years after the initiation of ICS+LABA). A decrease in %FEV
1 value was seen after 10 years in Group A, after 5 years in Group B, and after 5 and 10 years in Group C. A decrease in %PEF value was seen after 5 and 10 years in Groups A and C; and after 10 years in Group B. These values exceed the target value of 80%, as mentioned in the Japanese guidelines for adult asthma (JGL). This suggests that treatment with ICS+LABA may contribute to suppressing longitudinal decline in lung function.
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