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呼吸臨床
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【投稿/症例報告】縦隔型A7+8+9+10を有した右下葉肺癌の1切除例


和泉宏幸*,多田浩之*,竹下宏樹*,石井博道*,山口正秀*,野口明則*


*松下記念病院外科(〒570-8540 大阪府守口市外島町5-55)

A case of lobectomy for right lower lobe lung cancer with mediastinal A7+8+9+10 branching


Hiroyuki Izumi*, Hiroyuki Tada*, Hiroki Takeshita*, Hiromichi Ishii*, Masahide Yamaguchi*, Akinori Noguchi*


*Department of Surgery, Matsushita Memorial Hospital, Osaka


Keywords:肺動脈分枝異常,右縦隔型底区枝,胸腔鏡手術/lung cancer, aberrant pulmonary artery,right mediastinal inferior lobar branch,video-assisted thoracoscopic surgery


呼吸臨床 2020年4巻12号 論文No.e00114
Jpn Open J Respir Med 2020 Vol. 4 No. 12 Article No.e00114

DOI: 10.24557/kokyurinsho.4.e00114


受付日:2020年11月7日
掲載日:2020年12月28日

©️Hiroyuki Izumi, et al.  本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。



要旨

 今回われわれは,非常に稀な肺動脈分岐異常である縦隔型右A7+8+9+10を有する右肺下葉肺癌の切除例を経験したので報告する。症例は81歳,男性。COPD経過観察中の胸部CTにて右肺S10に増大する腫瘤影を認めた。精査にて,腺癌(cT1bN0M0 Stage IA2)と診断された。手術は胸腔鏡補助下右肺下葉切除,リンパ節郭清(ND2a-2)を施行した。術前HRCTで認識できていた縦隔型A7+8+9+10は下肺静脈を切離すると認められ,葉間レベルで自動縫合器にて切離し,その背側に底区気管支が認められた。肺動脈縦隔型は非常に稀と思われ,それを術前に把握することで,合併症なく手術を完遂することができた。

はじめに

 肺切除において,肺動静脈も分枝形式や走行を術前に確認することは,手術を安全に完遂する上で重要なポイントである。今回,われわれは右主肺動脈本幹背側より右肺下葉に直接流入する縦隔型A7+8+9+10の非常に稀な肺動脈の異常を伴った右下葉肺癌の1切除例を経験したので報告する。

症例

 症例:81歳,男性。

 主訴:咳嗽,喀痰。

 既往歴:63歳 前立腺肥大手術,72歳 白内障手術,74歳 高血圧,78歳 COPD,79歳 発作性心房細動アブレーション。

 家族歴:父 肺癌。

 喫煙歴:15本/日を61年間。

 現病歴:かかりつけ医にて慢性閉塞性肺疾患の経過フォロ-中の胸部CTにて右肺S10に腫瘤影を指摘され,当院呼吸器内科紹介となった。精査にて,腺癌(cT1bN0M0 Stage IA2)と診断され,手術目的に外科紹介となった。

 身体所見:166cm,59kg,正常肺胞呼吸音,ラ音聴取せず。
 
 検査所見:血液・生化学検査に異常を認めず。

 腫瘍マーカー:CEAは13.3ng/mLと異常高値を認めた。CYFRA 1.1mg/mL,ProGRP 45.3pg/mLはいずれも正常範囲内であった。

 肺機能検査:%VC 71.2%,FEV1 1540mL,FVC 2030mL,FEV1% 75.9%と拘束性肺障害を認めた。

 胸部X線写真図1):右下肺野に16×15mm大の結節影あり。

図1 胸部X線写真
 右下肺野に結節影を認める。


 胸部CT:右肺S10に辺縁不整な胸膜嵌入像を伴う17×16mm大の腫瘤影あり(図2)。HR-CTでは,右主肺動脈本幹尾側からA1+3分枝前に分枝し,上肺静脈背側から上肺静脈と下肺静脈の間を通り,中間気管支幹から底区気管支の縦隔側を走行し,底区(S7-10)に分布している縦隔型底区肺動脈を認める(図3,4)。

図2 胸部CT
 右肺S10に辺縁不整で胸膜嵌入を伴う17×16mm大の腫瘤影を認める。


図3 胸部CT(HR-CT)
 縦隔型A7+8+9+10(黄色矢印)はA1+3より中枢側から分枝し,上肺静脈(superior pulmonary vein:SPV)の背側を走行し,SPVと下肺静脈(inferior pulmonary vein:IPV)の間を通りA7,A8,A9+10に3分枝して底区肺に還流する。


図4 本症例の肺動脈分枝の模式図
 HR-CTより得られた,右肺動脈の分枝の模式図を示す。縦隔型A7+8+9+10は稀である。


 気管支鏡:右B10aより生検施行し,腺癌の診断を得た。

 PET-CT:右肺S10末梢の結節影に一致して強いFDG集積(SUVmax=9.6)あり。リンパ節や遠隔臓器に明らかな異常集積は指摘できず。

 手術術式と所見図5):アクセスポート(4cm)を第5肋間前腋窩線に,アシストポート(2cm)を第6肋間後腋窩線に,カメラポート(2cm)を第8肋間中腋窩線に作成し,3ポート完全鏡視下に手術を開始した。肺靭帯を切離し,下肺静脈を露出後にこれを自動縫合器にて切離した。下肺静脈切離により,その頭側にA7+8+9+10を認めた。中下葉間へ視野を移し,まず,中下葉間を自動縫合器にて形成後,A7+8+9+10を露出させた。これ以上この血管を中枢側へ露出するのはリスクが高いと考え,葉間レベルでこのA7+8+9+10を自動縫合器にて切離した。上下葉間は分葉不全で,下葉気管支,A6をなかなか同定できなかったため,アクセスポートを延長し直視併用とした。これにより底区気管支,A6を同定し,A6を結紮・切離後に底区気管支を自動縫合器にて切離した。上下間を自動縫合器にて形成後,最後にB6を自動縫合器にて切離し,下葉切除を終了とした,リンパ節郭清は,上縦隔まで郭清を行った(ND2a-2)。手術時間は3時間24分。出血は極少量であった。

図5 手術所見
 肺靭帯を切離後,IPVを切離し,下葉を頭側へ脱転すると,縦隔型A7+8+9+10が認められた(a)。中下葉間を形成後,このA7+8+9+10をテーピングし(b),自動縫合器にて切離した(c,d)。上下葉間を剥離し,A6,底区気管支を同定後,A6を結紮・切離した(e)。
 RML:right middle lobe,RLL:right lower lobe


 切除標本病理組織所見:病理標本では,腺扁平上皮癌と診断された。腫瘍径(=浸潤径)は18×14×12mmであったが,pl1,Ly0,V1であり,pT2aN0M0 Stage IBであった。

 術後経過:術後合併症なく経過し,6PODにドレーン抜去し,12PODに退院となった。術後補助化学療法は,高齢のため行わず,術後3年経過した現在も再発を認めていない。術後1年の造影CTでも縦隔型肺動脈の切離断端は造影され,血栓は認めていない(図6)。

図6 胸部CT(術後1年)
 縦隔型A7+8+9+10切除断端(黄色矢印)は造影され,血栓を認めない。

考察

 今回,われわれはA7+8+9+10がA1+3が分岐する中枢側の右主肺動脈尾側から分岐し,上肺静脈の背側を走行し,中間気管支幹とは並走せず下葉に流入するいわゆる縦隔型底区肺動脈を経験した。縦隔型肺動脈といえば,左肺において縦隔型A4+5をしばしば経験するが,縦隔型底区肺動脈の手術例は,われわれが調べた限りでは,本症例が24例目となる。左右別にみると,左肺動脈においては過去に15例報告されているが,右肺動脈では本症例で9例目の報告となり,左に比べると報告例は少ない。これら9例の報告についてのまとめを表1[1]〜[8]に示すが,本症例のように下葉肺動脈のうちA6を除く底区枝すべてが縦隔型となる症例はKawaiら報告[5]に続き2例目である。

表1 本邦における右縦隔型底区肺動脈の報告例
 3D-CT:three-dimensional computed tomography,MD-CT:multi-dimensional computed tomography,RML:right middle lobectomy,RLL:right lower lobectomy

 われわれは,術前のHR-CTから縦隔型肺底区動脈を認識しており,手術時にはこの解剖学的異常を念頭に置いて手術を行うことができた。過去においては,左縦隔型肺動脈ではあるがA8+9を縦隔型A4+5と判断し,いったん切離したのちに動脈再建している報告もある[9]。表1に示した8例においても,この報告から3年経過した2012年が最初の報告になるが,すべての症例において術前の画像診断で解剖学的破格を認識されていた。以前は,plain CTやenhanced CTにて診断にいたっていたようだが,画像診断の進歩によりMD-CT,3D-CTが術前評価には有用という報告が出てきたため,近年の報告では,これらの検査による術前診断がなされている。当院では,本症例手術時には3D-CTが採用されておらず,本症例術後に必要性を認識し,3D-CTの導入を決意した。幸い,HR-CTのみで縦隔型肺動脈の認識はできていたが,上下葉間の分葉不全があったことと,術中葉間からA6のみでなくHR-CTでは認識できない底区動脈が分枝している可能性も念頭に入れていたこともあり,手術途中からアクセスポートの創を延長し,直視併用を行い,手術の安全性を担保し下葉切除を行った。諸家の報告では,術前の3D-CTにて認められた肺動脈の分岐形式は実際の術中所見と95〜98.5%一致していたということであり[10][11],3D-CTが撮影でき,葉間からの底区肺動脈の分枝が認められなければ,われわれの症例でも完全鏡視下に手術を完遂できた可能性が高い。ただし,3D-CTを行いながらも左縦隔型肺動脈(A8)を認識せず,術中に気づいた症例も報告されている[12]ことから,3D-CTを撮影しても,通常の水平断CTや矢状断,冠状断CTを含めたさまざまな画像を見比べる努力を怠らないことが重要である。

 本症例では,手術開始時には,完全鏡視下見上げ式で行っていたこともあり,肺靭帯を切離し,下肺静脈を切離後に縦隔型肺動脈を認めて,その後,中下葉間形成後に縦隔型肺動脈を切離するにいたった。過去の報告例では,中下葉間を形成したのちに縦隔型肺動脈を切離し,その後下肺静脈を切離した例[2][4][5]や,肺靭帯,下肺静脈切離後に,中下葉間形成は行わず縦隔型肺動脈を切離した例[1]もある。われわれは,下肺静脈と中下葉間形成を縦隔型肺動脈切離に先行して行うことにより,縦隔型肺動脈をあらゆる方向から観察することができ,安全に処理できたと考えている。

 縦隔型底区肺動脈の切離ラインとしては分岐直後の中枢側と葉間レベルの末梢側が考えられるが,過去報告例7例中6例において葉間レベルでの肺動脈切離が行われ,葉間より中枢側で切離した例は1例しか認められなかった[8]。この1例においても縦隔型底区肺動脈分枝後1~1.5cmであったであろうと報告されている。本症例おいても,中枢側へ縦隔型底区肺動脈を露出する際の血管損傷のリスクを懸念し,葉間レベルでの自動縫合器による切離を選択した。気管分岐下リンパ節の郭清には,できる限り中枢側での肺動脈処理が望ましいとされるが,気管分岐下リンパ節郭清には支障にならなかった。また,葉間レベルなど末梢側で肺動脈を処理すると,この断端への血栓形成が危惧されるとの報告もあるが,本症例では術後1年の造影CTでもこの断端に明らかな血栓は認めず,過去の報告と同様に問題はなかった。

 利益相反:本論文について申告する利益相反はない。

Abstract

 We report a case of lobectomy of right lower lobe lung cancer with mediastinal A7+8+9+10 branching, which is a rare pulmonary artery bifurcation abnormality. The patient was an 81-year-old man. Chest CT during COPD follow-up revealed an enlarged tumor shadow in S10 of the right lung. Upon close examination, adeno-carcinoma was diagnosed as c-stage IA2 (T1bN0M0). Video-assisted right lower lobectomy and lymph node dissection (ND2a-2) were performed. The mediastinal A7+8+9+10, which was noted on preoperative HR-CT, was found after dissecting the lower pulmonary vein and dissected using an endostapler at the interlobar level. This mediastinal pulmonary artery type may be markedly rare, and by confirming it preoperatively, the operation was completed without complication.


図表


文献

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  3. Atari M, et al. Abnormal branch of right pulmonary artery(A7): a case report and literature review. Surg Case Rep. 2016; 2: 16.
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  8. 梁 泰基, ほか. 術前3次元CT画像により安全に胸腔鏡か右下葉切除を施行できた右縦隔型底区肺動脈(A7)の1例. 日呼外会誌. 2020; 34: 72-6.
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