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【投稿/原著】後縦隔腫瘍手術における腫瘍局在部位と術後合併症の検討


片桐 忍*,遠藤秀紀*,西澤延宏*,山本亮平*,佐藤之俊**


*佐久総合病院佐久医療センター呼吸器外科(〒385-0051 長野県佐久市中込3400番地28)

**北里大学医学部呼吸器外科学


Tumor localization and postoperative complications in surgical cases with posterior mediastinal tumors


Shinobu Katagiri*, Hideki Endoh*, Nobuhiro Nishizawa*, Ryohei Yamamoto*, Yukitoshi Satoh**


*Department of Thoracic Surgery, Saku Central Hospital Advanced Care Center, Nagano

**Department of Thoracic Surgery, Kitasato University School of Medicine, Kanagawa


Keywords:後縦隔腫瘍,治療方針,手術,術後合併症/posterior mediastinal tumors, treatment approach, surgery, postoperative complications


呼吸臨床 2022年6巻6号 論文No.e00150
Jpn Open J Respir Med 2022 Vol. 6 No. 6 Article No.e00150

DOI: 10.24557/kokyurinsho.6.e00150


受付日:2022年3月30日
掲載日:2022年6月24日


©️Shinobu Katagiri, et al.  本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。





要旨

目的:当院で施行した後縦隔腫瘍手術患者について腫瘍の局在と術後合併症の関係を調査し,現在の治療方針の妥当性について検討した。方法:当院で施行された手術患者18例を対象に後方視的に解析した。結果:神経損傷による術後合併症が6例でみられ,特にTh4以上の高位に発生した腫瘍で有意に多くみられた。結論:Th4以上の高位に発生した後縦隔腫瘍の切除では亜全摘や被膜内核出など神経温存を優先する術式も考慮するべきと考えられた。

はじめに

 縦隔腫瘍のうち一般的に傍椎体領域に発生したものは後縦隔腫瘍と称され,その多くが神経原性腫瘍であるが,他にも髄膜瘤や脊椎傍軟部組織由来の腫瘍,髄外造血,横隔膜ヘルニアや,気管支または消化管由来の嚢胞性疾患のような中縦隔病変の後縦隔進展など様々な腫瘍が該当する[1]。後縦隔腫瘍では術前の病理学的な確定診断が困難であることが多く,また縦隔腫瘍の多くは外科的切除が第一選択とされているため[2],当院では診断と治療を兼ねた外科的切除を行っており,腫瘍の全摘を基本としている。しかし経験上後縦隔腫瘍のほとんどは良性かつ無症状であるものの術後に合併症を呈した患者も経験しているため,当院における現在の後縦隔腫瘍の治療方針について検討する必要があると考えられた。
 今回,当院で施行した手術患者において腫瘍の局在やその他の臨床的特徴と術後合併症の関係を調査し,現在の後縦隔腫瘍に対する治療方針の妥当性について検討した。

対象および方法

 本検討では国際胸腺悪性腫瘍研究グループ;International Thymic Malignancy Interesting Group(ITMIG)による3区分法[3]のうち脊椎傍区画に発生した腫瘍を後縦隔腫瘍とし,2014年4月から2019年3月までの5年間に上記で規定した後縦隔腫瘍で手術が施行された患者を対象として後方視的に検討した。対象患者の年齢,性別,腫瘍最大径,症状,椎間孔内進展の有無,増大傾向の有無,術後病理診断,患側(左右),腫瘍の局在,術後合併症を診療録から抽出した。腫瘍最大径,椎間孔内進展の有無,局在部位については術前の胸部CTから計測,判定を行った。腫瘍の局在部位は腫瘍が隣接していた椎体で表現した。増大傾向については対象患者のうち術前に複数回の胸部CT撮影が行われていた患者のみを対象とし,初回撮影時から術前までに最大径が5mm以上増大していたものを増大ありと判定した。術後合併症は他覚的所見のほか,術後新たに出現した自覚症状も術後合併症と判断した。

 抽出したデータを用いて当院で手術を施行した後縦隔腫瘍の臨床的特徴について検討した。また術後合併症について,合併症を認めた群と認めなかった群に分類して比較検討を行った。腫瘍の局在に関しては,腫瘍が複数の椎体に跨って発生していた場合は腫瘍の最大部位が接する椎体の値を用いて解析を行った。年齢,腫瘍径,腫瘍の局在の比較をMann-WhitneyのU検定で,性別,患側(左右),増大傾向の比較をFisherの正確確率検定でそれぞれ解析し,p<0.05で有意差ありとした。統計学的解析はR(The R Foundation for Statistical Computing, Vienna, Austria)のグラフィカルユーザーインターフェースであるEZR Version 1.52(埼玉医療センター,自治医科大学,埼玉県,日本)を用いて行った[4]。なお,本研究は佐久総合病院グループ臨床研究・治験審査委員会の承認を得た(承認番号:第R201905-04)。

結果

 期間内に手術が施行された患者は18例であり,患者背景を表1に示した。全例で胸腔鏡下手術が施行されていたが,腫瘍の部位や腫瘍径にあわせて術式が検討されているため,最大創の長さやポート数は患者により様々であった。腫瘍は全ての患者で完全切除されていた。年齢は34歳から71歳(中央値62歳)で60歳前後の患者が多く,また男性4例(22.2%),女性14例(77.8%)と女性が多かった。腫瘍最大径は12mmから95mm(中央値32.5mm)であった。椎間孔内進展は2例に認められ,いずれも後方からの椎弓切除によるアプローチと胸腔鏡によるアプローチを併用して切除した。術前に症状を有していたのは背部違和感の1例のみであった。全18例のうち術前にCTで経過観察されていたものは9例あり,そのうち3例で増大傾向を認めていた。術後病理診断では神経鞘腫が12例(66.7%)と最も多く,交感神経幹由来が9例,肋間神経由来が2例,不明が1例だった。その他に髄外造血,気管支嚢胞,骨髄脂肪腫,陳旧性血腫がみられた。また13例(72.2%)で術前の臨床診断と術後病理診断が合致していた。患側(左右)と腫瘍の局在について図1に示した。第1胸椎(Th1)からTh6までは発生頻度に左右差はみられなかったが,Th7以下になると右側に対して左側では明らかに腫瘍の発生が少なかった。術後合併症は6例に認め,患側の発汗低下が5例,Horner症候群が1例であった。

表1 後縦隔腫瘍手術症例の患者背景


図1 腫瘍の局在と病理診断の分布
 複数の椎体に跨る腫瘍については跨ったすべての椎体をカウントした(Th1~3に跨る腫瘍はTh1,2,3すべてでカウントした)。第7胸椎以下では右側に対して左側では明らかに腫瘍の発生が少なかった。


 術後合併症の有無に関する比較検討を表2に示した。年齢,性別,腫瘍径,患側(左右),増大傾向の有無については両群間で有意差は認めなかった。腫瘍の発生部位については合併症を認めなかった群ではThが7.5であるのに対し,合併症を認めた群では2.5で有意差を認め(p=0.007),高位に発生した腫瘍の方がより術後合併症が多くみられた。術後病理診断に関しては合併症を認めた群ではすべて交感神経幹由来の神経鞘腫であった。

表2 術後合併症の有無に関する臨床的特徴の比較


考察

 縦隔腫瘍のうち後縦隔に発生したものは後縦隔腫瘍と称されるが,縦隔の区分法は胸部X線側面画像を用いたFelson法[5]やCT横断面画像を用いた日本胸腺研究会;Japanese Association for Research on the Thymus(JART)法[6]など様々であり,区分法によって後縦隔の定義が多少変わってくる。JART法では縦隔上部,前縦隔,中縦隔,後縦隔の4区分に分類され,後縦隔は左腕頭静脈が気管正中線と交差する高さから下方,横隔膜に至る高さの縦隔椎体の周囲とし,その前縁は椎体の前縁より1cm後方,後外側縁は横突起の外縁で後胸壁に立てた垂線としている。この範囲より頭側は縦隔上部となっているが,FujimotoらによるJART法と腫瘍の病理診断の検討では,縦隔上部に発生した腫瘍のうち傍脊椎領域に発生したものは全て後縦隔に発生した腫瘍の病理診断と一致していた[7]。このことから本検討では縦隔上部の概念を採用しないITMIGによる3区分法(血管前区画,内臓区画,脊椎傍区画)を用い,このうち脊椎傍区画(胸郭入口部から横隔膜までの範囲で,脊椎前縁から1cm後方に引いた線より後方の領域)に発生した腫瘍を後縦隔腫瘍と定義して検討を行った。

 Fujimotoらの検討では後縦隔腫瘍37例のうち29例が神経原性腫瘍であり,他に気管支嚢胞7例,成熟奇形腫1例と報告している[7]。本検討でも同様に神経原性腫瘍が18例中12例(66.7%)と最も多く発生しており,その他に気管支嚢胞や髄外造血など様々な腫瘍が発生していた。また本検討では男性4例に対し女性14例と女性に多い傾向がみられた。縦隔神経原性腫瘍の発生率に性差は無いとされており[8][9],本邦の報告でも男女差はみられていなかった[10][11]。一方で海外の報告では本検討と同様に女性が多い報告が散見され[12][13]][14],女性の割合が多い疾患である可能性がある。

 腫瘍の局在についてはTh7以下の下位胸腔で左右差がみられ,右側により多く発生しているのに対し左側ではほとんど発生していない特徴的な傾向がみられた。長坂らも腫瘍の局在は右側に多かったと報告しており,心陰影による読影の見落としは否定的であるものの左右差の理由は不明としている[11]。解剖学的には左胸腔内のTh4以下に下行大動脈が,Th6以下に心臓がそれぞれ位置しているため[15],これらの臓器による拍動や圧排等の要因が左側の下位胸腔内の腫瘍発生を抑制している可能性が考えられるが,推測の域を出ず,ほかに腫瘍の局在に関する報告がないため理由の解明は困難である。

 後縦隔腫瘍手術の術後合併症については,出血や疼痛等の一般的な合併症以外ではHorner症候群,嗄声,上肢感覚鈍麻など主に神経原性腫瘍切除に伴う神経障害が報告されている[10][11]。本検討においても術後合併症を認めた6例はすべて交感神経幹由来の神経鞘腫の切除に伴う神経障害であり,患側の発汗低下のような軽微な症状が多かったものの,全体の33%と比較的高頻度に術後合併症がみられていた。神経原性腫瘍を切除する際には発生した神経も同時に損傷をしてしまうことが多いため神経障害は高頻度で発生すると考えられる。しかし本検討では術後合併症を認めなかった交感神経幹由来の神経鞘腫もあり,また高位に発生した腫瘍において術後合併症が多い傾向がみられた。このことについては,交感神経幹はTh1~Th4付近の高さでは頭部から上肢にかけて神経を分布しているため,Th4より高位で神経が障害された場合は主に顔面や上肢に症状が出現するため症状を自覚しやすく,これと比較してTh5付近以下は主に腹腔や下肢に分布するため神経障害を起こしても症状を自覚しにくいことが推測される[16][17]。また肋間神経についても第1~3肋間神経は腕神経叢と吻合し,あるいは肋間上腕神経を介して上肢に分布しているため[16][17],本検討では症状はみられなかったものの,障害された場合は上肢の症状として自覚される可能性がある。現在はロボット支援下の後縦隔腫瘍手術も普及してきているが,Liらは胸腔鏡下手術と比較し術後合併症について両者で差はなかったと報告している[18]。

 腫瘍の切除方法について,三浦らの報告や長坂らの報告では神経原性腫瘍の不完全切除症例でも再増大を認めておらず[10][11],また稲福らや古澤らは良性神経原性腫瘍に対し胸腔鏡下被膜内核出術を施行した結果,神経機能を温存できたと報告している[19][20]。このことから良性の神経原性腫瘍の場合は神経を温存する目的で亜全摘や被膜内核出に留める事もできる可能性がある。一方で椎間孔内進展を呈する腫瘍はDumbbell型腫瘍に発育する可能性があり,約70%が腫瘍の増大により神経圧迫による疼痛,知覚異常などを来すとされている[21]。このような腫瘍では亜全摘を施行しても残存した腫瘍が増大し症状を呈する可能性があるため全摘を検討する必要があると考えられるが,本検討では椎間孔内進展を呈した患者は2例のみのため,本検討ではこれらの治療方針について言及するのは困難である。

 本検討の限界として,診療録を用いた後方視的検討であること,単施設で患者数が18例と少ないこと,悪性腫瘍を含めた検討ができなかったこと,手術をせず長期間過観察を行った患者がいないことが挙げられる。今後は悪性腫瘍を含めたより多くの患者の集積と検討,また経過観察を選択した患者の長期経過についての検討が望まれる。

おわりに

 今回,当院で手術を施行した後縦隔腫瘍患者18例について検討した。Th4以上の高位に発生した神経原性腫瘍の切除で神経損傷による症状を呈する可能性が高いため,良性の神経原性腫瘍と診断し得る患者については全摘を目指さず亜全摘や被膜内核出に留め神経温存を優先する術式も考慮するべきと考えられた。

 本論文の要旨は第60回日本肺癌学会学術集会(2019年12月)において発表した。

 利益相反:なし。

Abstract

 Objective: We investigated the relationship between tumor localization and postoperative complications of surgery cases of posterior mediastinal tumors at our hospital and examined the appropriateness of the current treatment approach.

 Methods: We performed a retrospective analysis of 18 surgical cases performed for the diagnosis of posterior mediastinal tumors.

 Results: Postoperative complications due to nerve damage and they were significantly more common in tumors occurring at levels of Th4 or higher.

 Conclusion: Nerve-sparing techniques such as subtotal resection or intracapsular enucleation should be considered in the resection of posterior mediastinal tumors occurring at levels of Th4 or higher. 


図表


文献

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