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【投稿/症例報告】ウェステルマン肺吸虫症の診断に局所麻酔胸腔鏡下生検が有用であった1例


丸塚 孝*1,濱崎博一*1,隈元清仁*2,眞田 宗*3,大隅祥暢*1,大場康臣*4


*1国家公務員共済組合連合会熊本中央病院呼吸器外科(〒862-0965 熊本県熊本市南区田井島1-5−1)
*2済生会熊本病院呼吸器外科
*3熊本大学医学部附属病院呼吸器外科
*4くまもと県北病院呼吸器外科


Usefulness of thoracoscopy under local anesthesia for diagnosing Paragonimus westermani: a case report


Takashi Marutsuka*1, Hirokazu Hamasaki*1, Sayahito Kumamoto*2, Mune Sanada*3, Hironobu Osumi*1, Yasuomi Ohba*4


*1 Department of Thoracic Surgery, Kumamoto Chuo Hospital, Kumamoto

*2 Division of Respiratory Medicine and Surgery, Saiseikai Kumamoto Hospital

*3 Department of Thoracic Surgery, Kumamoto University Hospital

*4 Department of Thoracic Surgery, Kumamoto Kenhoku Hospital


Keywords:ウェステルマン肺吸虫症,胸膜生検,局所麻酔下胸腔鏡/Paragonimus westermani, pleural biopsy, thoracoscopy under local anesthesia


呼吸臨床 2022年6巻10号 論文No.e00158
Jpn Open J Respir Med 2022 Vol. 6 No. 10 Article No.e00158

DOI: 10.24557/kokyurinsho.6.e00158


受付日:2022年9月12日
掲載日:2022年10月14日

©️Takashi Marutsuka, et al.  本論文はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに準拠し,CC-BY-SA(原作者のクレジット[氏名,作品タイトルなど]を表示し,改変した場合には元の作品と同じCCライセンス[このライセンス]で公開することを主な条件に,営利目的での二次利用も許可されるCCライセンス)のライセンシングとなります。詳しくはクリエイティブ・コモンズ・ジャパンのサイト(https://creativecommons.jp/)をご覧ください。



要旨

 症例は59歳,女性。倦怠感と胸膜痛の症状と右胸水を認め,胸膜炎の診断で抗菌薬投与が行われた。症状は軽快したが右胸水が増加し,原因精査のため入院となった。胸部CTでは右胸水貯留と特発性器質化肺炎と診断されている中葉の病変のほかに新たな病変を認めなかった。胸水検査では確定診断に至らず,局所麻酔下に胸腔鏡下胸膜生検を行った。生検組織に肺吸虫の虫卵を認め,血清学的にウェステルマン肺吸虫症の診断に至った。

はじめに

 ウェステルマン肺吸虫症は肺に寄生し,さまざまな呼吸器症状を呈する。画像上は特徴的な所見はなく,浸潤影,結節影,胸水貯留など多彩な病変を示す。今回,我々は胸水貯留をきっかけに,局所麻酔下胸膜生検を行い,ウェステルマン肺吸虫症の診断に至った症例を報告する。

症例

 症例:59歳,女性。

 主訴:右胸水貯留。

 既往歴:46歳;てんかん。46歳;甲状腺機能低下症。55歳;2型糖尿病。56歳;腰部脊柱管狭窄症。56歳;特発性器質化肺炎。

 生活歴:喫煙歴なし。元看護師。ペット;犬1匹,猫1匹。サワガニ,イノシシの生食歴なし。

 現病歴:3年前に右中葉の浸潤影に対して気管支鏡下生検を含む精査にて特発性器質化肺炎の診断を受け,ステロイド治療を導入された。入院時はプレドニゾロン15mgを内服中であった。1カ月ほど前に強い倦怠感と吸気時の右胸痛と共に胸部X線写真で右胸水が認められ,胸膜炎の診断でガレノキサシン(GRNX)内服,スルバクタム/アンピシリン(SBT/ABPC)点滴治療を行われ症状は軽快し,胸水も減少した。その後に胸水が再増加したため精査目的に入院となった。

 入院時現症:体温37.1℃。脈拍数82回/分。血圧110/70mmHg。酸素飽和度94%(室内気)。呼吸数24回/分。右呼吸音減弱。全身の関節に腫脹や疼痛なし。体表リンパ節の蝕知なし。

 胸部X線写真:右中肺野に浸潤影,右胸水貯留を認めた(図1)。

図1 胸部X線写真
右胸水貯留と右中肺野に浸潤影を認めた。


 胸部CT:右中葉に特発性器質化肺炎と診断した浸潤影を認めた。著明な変化は認めなかった。右胸水貯留を認めた。胸膜に明らかな病変を認めなかった(図2)。

図2 胸部CT
右胸水と右中葉に不整形結節浸潤影を認める。


 入院時検査所見:末梢血白血球数の増加とCRP値の上昇を認めた。好酸球数比率は13.0%,血清非特異的IgEは3,750 IU/mLと高値であった。腫瘍マーカーおよび膠原病関連抗体は正常範囲内であった(表1)。

表1 血液,胸水検査所見


 胸水検査所見:黄色軽度混濁。リンパ球優位の滲出性胸水の所見。悪性細胞や細菌は認めなかった。胸水中の好酸球比率は20%と高値であった(表1)。

 臨床経過:胸水貯留の原因として,肺炎随伴胸水,結核性胸膜炎,悪性胸水,膠原病などが考えられたが診断に至らなかった。臨床経過と末梢血および胸水中の好酸球数増加,血清IgEの異常高値から寄生虫感染症も考えられ,あらためて問診を行ったところ,5年前から知人が狩猟で得たイノシシを煮て食べたとのことであった。胸腔内病変の確認と胸膜生検を目的に局所麻酔下に胸腔鏡下胸膜生検を行った。

 局所麻酔下胸腔鏡検査:手術室にて施行した。左側臥位で,経胸壁エコーにて安全な穿刺部位を確認し,第6肋間中腋窩線上に1%リドカインにて浸潤麻酔を行い,約2cmの皮膚切開と小開胸を行った。45度斜視,10mm径硬性胸腔鏡を使用した。胸腔内にはフィブリン膜を多く認め,壁側胸膜はびまん性に発赤し高度に肥厚しているが平坦で,非特異的な胸膜炎様であった(図3)。観察可能な範囲に明らかな腫瘤性病変を認めなかった。スコープに沿わせて胸腔鏡用生検鉗子を挿入し,背側の壁側胸膜の約1cm四方を2カ所採取した。

図3 胸腔鏡所見
壁側胸膜はびまん性に発赤し高度に肥厚しているが平坦。明らかな腫瘤性病変を認めない。フィブリン膜を多く認めた。


 病理所見:リンパ球,好中球,形質細胞および好酸球などの炎症細胞浸潤と炎症性壊死物を有する強い肉芽性炎症性病変の中に,50〜80μmの肺吸虫の虫卵を認めた(図4)。

図4 病理所見
強い肉芽性炎症性病変の中に50〜80μmの肺吸虫の虫卵を認めた。


 検査後経過:宮崎大学医学部寄生虫学教室に患者血清での寄生虫免疫診断を依頼し,enzyme-linked immunosorbent assays(ELISA法)でウェステルマン肺吸虫症の診断に至った。プラジカンテル75mg/kgを3日間投与し,以後胸水の再増加はなく,右中葉の病変も縮小し,ステロイド治療からも離脱した。

考察

 ウェステルマン肺吸虫症は代表的な食品由来寄生虫症で,原因食品は,サワガニ,モクズガニなどの淡水産甲殻類,イノシシ肉,シカ肉である。経口摂取された幼虫は小腸で活性化し,腸管粘膜から腹腔内に脱出し,腹壁の筋肉内に滞在した後,横隔膜を破って胸腔に到達する。次いで肺の臓側胸膜を破って肺実質に侵入する。胸膜と肺実質には好酸球性炎症が引き起こされ,しばしば高度の末梢血好酸球増多を来す[1][2]。長期にわたる咳,微熱,血痰などさまざまな呼吸器症状し,画像では結節影,浸潤影,空洞影,気胸,胸水貯留など多彩であるため,肺癌や肺結核などとの鑑別が困難で,肺切除後に診断に至る症例も見られている[3]。ウェステルマン肺吸虫症の診断は,ELISA法などの免疫血清学的診断が非常に重要であるが,診断の基本は虫卵の確認である[2]。床島らは,喀痰や気管支鏡検査で虫卵を検出したのは23例中11例であり,胸水中には虫卵を認めなかった[4]。同報告では,末梢血好酸球数の増加(500/μL以上)を56.5%に,好酸球比率の上昇(7%以上)を69.6%の症例に認め,血清IgE値の上昇(395IU/mL以上)は66.7%に,さらに,胸水中の好酸球増多は80%に認めており[4],診断の契機となり得ると考えられる。本症例では,末梢血および胸水中好酸球増加,血清IgEの異常高値から,寄生虫感染症も鑑別疾患に挙げ,局所麻酔下胸腔鏡検査を行い,胸膜検体に虫卵を認め,最終的に免疫血清学的診断にて確定診断,治療に至った。右中葉の肺病変については,3年前に肺癌や肺炎後の器質化肺炎が疑われ気管支鏡下生検を行われたが,病理組織検査で,悪性所見はなく,特発性器質化肺炎と診断されステロイド治療が行われた。この際の検体内には虫卵は認めず,好酸球の浸潤も目立たなかったため,この時点で肺吸虫症は強く疑われなかった。Jenniferらの報告では,ウェステルマン肺吸虫症の4例において,切除した肺病変内に虫卵あるいは虫体を認めたのは2例のみであった。同報告で病原体を認めなかった1例では,切除病変に虫体が移動した痕と思われる蛇行した壊死と周囲の肉芽腫が認められていた[5]。本症例の肺病変は,診断後のプラジカンテル投与により縮小瘢痕化したことから,ウェステルマン肺吸虫の寄生病変であったと考えられるが,虫体の組織内移動などによる二次的な器質化肺炎であった可能性も考えられた。

 局所麻酔下胸腔鏡検査は,低侵襲であり,直視下に胸膜病変を観察しながら検体の採取が可能であることから,胸水検査で診断に至らない胸水貯留症例において有用な検査であり[6][7],非常に高い診断率が報告されている[8][9]。ウェステルマン肺吸虫症では大量の胸水を来す症例が少なからず認められ[4],ウェステルマン肺吸虫の生活史において,胸膜は体内を移動する経路として重要であることから,局所麻酔胸腔鏡下生検はウェステルマン肺吸虫症の診断において非常に有用な検査であると考えられる。本症例では胸膜に明らかな腫瘤を認めず,びまん性に肥厚した胸膜をランダムに採取した検体で虫卵が確認できた。須藤らの報告でも胸膜に腫瘤性病変は認めず,胸膜生検に虫卵を認めている[10]。本症例で虫卵は,2カ所の生検検体から作成された4つの薄切切片のすべてに,それぞれ1〜6個認められ,肺吸虫の診断には十分であった。

 局所麻酔下胸腔鏡では,自発呼吸に伴う肺の含気や刺入部の疼痛などにより操作が制限され,胸腔内の広範囲を詳細に観察することは困難であることが多いが,十分な検体の採取が可能であることと,繰り返し行うことが比較的容易であることは,ウェステルマン肺吸虫症のみならず,さまざまな胸膜疾患の診断において有用であると考えられる。

 以上,ウェステルマン肺吸虫症の診断に局所麻酔下胸腔鏡検査が有用であった症例を報告した。胸水検査で確定診断に至らない症例では,寄生虫感染症は必ず鑑別すべき疾病であり,局所麻酔胸腔鏡下生検は侵襲が小さく,確定診断に直結する可能性のある有用な検査であると考えられた。

謝辞

 本症例の診断において,宮崎大学医学部感染症講座寄生虫学分野 丸山治彦教授に深謝いたします。

 本症例は第311回日本内科学会九州地方会にて発表した。

 本論文に関連する開示すべき利益相反関係にある企業等はない。

Abstract

 A 59-year-old woman was admitted to our hospital for an investigation of the cause of her persistent right pleural effusion. Before admission, she had complained of fatigue and chest pain during breathing, and chest X-ray radiography had shown right pleural effusion. She was diagnosed with pleurisy and received a course of antibiotics. Her right pleural effusion worsened although her complaints were improved after treatment. Chest computed tomography showed right pleural effusion and a pulmonary infiltrative shadow at the right middle lobe, which had been previously diagnosed as cryptogenic organizing pneumonia. We could not obtain any valid information on the cause of the sustained pleural effusion from imaging studies. Analyses of her pleural effusion did not provide conclusive data; therefore, we performed thoracoscopic pleural biopsy under local anesthesia. The histopathological examination of the specimens revealed the bug eggs of lung fluke, and enzyme-linked immunosorbent assays confirmed the diagnosis of Paragonimus westermani.

図表


文献

  1. 丸山治彦, ほか. 食品由来寄生虫症. 検と技. 1996; 24: 192-6.
  2. 丸山治彦, ほか. 画像が手掛かりになる寄生虫感染症の診断と治療. 臨放.2020; 65: 301-5.
  3. 松本耕太郎, ほか. 葉間を超えた浸潤所見を示し肺癌との鑑別が困難であったウェステルマン肺吸虫症の1例. 日呼外会誌. 2018; 32: 580-6
  4. 床島眞紀, ほか. ウェステルマン肺吸虫症23例の臨床的検討. 日呼吸会誌. 2001; 39: 910-4.
  5. Jennifer M, et al. Pleuropulmonary infection by Paragonimus westermani in the United States: A rare cause of eosinophilic pneumonia after ingestion of live crabs. Am J Surg Pathol. 2011; 35: 707-13.
  6. 笹田真滋, ほか. 局所麻酔下胸腔鏡のコツ. 呼吸器ジャーナル. 2021; 69: 285-91.
  7. 石井芳樹, ほか. 局所麻酔下胸腔鏡所見記載方法の標準化. 気管支学. 2019; 41: 337-49.
  8. Bao-An Gao, et al. Effectiveness and safety of diagnostic flexi-rigid thoracoscopy in differentiating exudative pleural effusion of unknown etiology; a retrospective study of 215 patients. J Thorac Dis. 2014; 6: 438-43.
  9. 田尻智子, ほか. 当院における胸水細胞診陰性症例に対する局所麻酔下胸腔鏡検査の検討. 気管支学. 2019; 41: 569-73.
  10. 須藤成人, ほか. 胸腔鏡下胸膜生検にて診断に至ったウェステルマン肺吸虫症の1例. 日呼吸誌. 2019; 8: 108-12.