今週号の話題は,中国科学院からの報告で,黄土高原にある上陳の200万年に渡る層(写真あり)からの人工物(stone tools)の発見だろう。最古層は212万年と推測されている。News & Viewsにはアフリカ,中東,アジアの地図に主な人工物発見地・推定年代が示されている。最近のNHKコズミックフロント・ネクストでは,原生人類の出アフリカは6万年前としている。オーストラリアのアボリジニが5万年前,そして最近のScienceの東南アジア旧人骨DNA解析へと繋がる。しかしそれより旧い人類はまだまだ混沌としている。
またOutlookにはAlzheimer病が特集されている。研究の現状,発症遅延の食生活,最後にはBiogenとEizaiから薬剤開発のperspectiveが示されている。
(1)免疫学:胸腺細胞構造と機能
胸腺間質の単一細胞マッピングによるIL-25を産生する上皮刷子細胞の特定(Single-cell mapping of the thymic stroma identifies IL-25-producing tuft epithelial cells) 胸腺の刷子細胞はIL-4が豊富な髄質を促し胸腺細胞発生を整える(Thymic tuft cells promote an IL-4-enriched medulla and shape thymocyte development) |
T細胞の発生・選択,あるいは自己寛容性T細胞プールを生み出す,胸腺機能の詳細解析にsingle-cell mapping法を用いて,マウスthymic epithelial cell(mTEC)をmTEC I~IVに分類した。特にmTEC IVは腸における刷子細胞と類似した性質をもち,胸腺細胞のマスター調節因子Pou2f3 (-/-)マウスでは,mTEC IVが欠失する。その環境に2型自然リンパ球が増える。
もう一報の論文も,ほぼ同様なTECを同定しており,胸腺には区画化された髄質環境で,特殊化した上皮サブセットの分化が,T細胞プール形成を制御しているようだ。新たなsingle-cell mapping技術の応用で,胸腺の重要な機能の背景がさらに明らかになった。
(2)糖尿病とがん
AMPKによるTET2のグルコース調節性のリン酸化により明らかになった糖尿病とがんをつなぐ経路(Glucose-regulated phosphorylation of TET2 by AMPK reveals a pathway linking diabetes to cancer) |
糖尿病の疫学研究では,がんリスクの上昇の関連が示されている。この背景の一つが今回明らかになった。腫瘍抑制因子TET2は,AMPキナーゼ(AMPK)によりその99番残基Serがリン酸化される。しかし高血糖状態ではこのリン酸化が不十分となり,TET2機能の不安定化,同時に5ヒドロキシルメチルシトシンも不十分となり,がん化に関連する。興味ある点は,最近,再注目されているメトフォルミンには,このSer99のリン酸化を保護する作用があり,動物実験では腫瘍抑制効果の増強が示されている。
(3)その他
News & Viewsに,細菌を攻撃するbacteriophageが二段階で,細菌の防御機構であるCRISPER-Cas系の防御を破り,細菌に感染・溶菌するCell(Cell. 2018 Jul 18. [Epub ahead of print] Bacteriophage Cooperation Suppresses CRISPR-Cas3 and Cas9 Immunity.)の興味深い論文が紹介されている。
この号はSpecial Issue: Frontiers in Computationがついている。21世紀に入り現象の解析計算がどんどん精緻になっている。各分野の新規方向性がReviewされている。
(1)脳構造のsingle-cell技術による3次元in situの遺伝子発現解析
3次元インタクト組織を用いた単一細胞転写状態の配列決定(Three-dimensional intact-tissue sequencing of single-cell transcriptional states) |
脳は複雑な神経細胞layerより構成され,各layerは特異神経細胞群よりなる。従来は病理組織的にしか研究できなかった領域であった。マウス視覚野の切片を用い,100以上の遺伝子発現を30000個の神経細胞で,in situにsequencingする新たな技術がフランスから報告されている。米国やEUは数年前より,ゲノム解析終了後の重点領域として脳研究に研究費をshiftしている。Single-cell mappingの新規技術は,Natureの胸腺上皮細胞解析にもみられるように新たな地平を切り拓いている。呼吸器への応用は?
(2)細胞核内の複雑な反応は実際は相分離構造体でなされる:3報が同時に報告
転写を制御する低複雑性ドメイン相互作用の動的かつ選択的なイメージング(Imaging dynamic and selective low-complexity domain interactions that control gene transcription) スーパーエンハンサーでのコアクチベータ濃縮は相分離および遺伝子制御を連結させる(Coactivator condensation at super-enhancers links phase separation and gene control) メディエータとRNAポリメラーゼIIの各クラスタは転写凝集物内で相互作用する(Mediator and RNA polymerase II clusters associate in transcription-dependent condensates) |
遺伝子発現の第一段階transcriptionはRNA polymerase IIが絡む複雑な反応で多くのマンガで説明されている。一体細胞核の中でそれはいかにして可能なのか?今回はその疑問がさらに複雑な,しかし細胞内反応を考えるうえで重要になるだろう,相分離として報告されている。数週前の細胞分裂時にも相分離が示されたが,核内にも多様な相分離構造(膜構造による隔離でなく,油滴のようなイメージ)で,この複雑な反応が推進されると3報が掲載されている。RNA pol IIを中心として,super enhancerやgene promoterのpuncta(油滴様相分離構造体),TFやcoactivatorのpuncta等が蛍光染色,蛍光breach法等で,相互に離合集散を繰り返しつつ,反応が進む。
最近注目される細胞内の相分離phase separationの考え方は,従来の試験管内酵素学的な細胞内代謝の理解を大きく変化させていくだろう。
(3)GI tractの多発polypはなぜ発生する?
T細胞のLKB1欠損は胃腸の多発ポリープをもたらす(LKB1 deficiency in T cells promotes the development of gastrointestinal polyposis) |
一体polypとは何か?上皮の増殖ではなく,stromaの増殖性変化のようである。Perspectiveにも取り上げられている。LKB1(liver kinase B1:この異常は,肺がん,膵がん,婦人科がんなどでよくみられる)の遺伝子であるSTK11(serine threonine kinase 11)のheterozygousな異常はPeutz–Jeghers syndrome(PJS)を惹起する。Stromaとはepithelを支えるfibroblast,平滑筋,細胞外マトリックス,基底膜からなる。STK11(+/-)の腸間膜リンパ節のT細胞は向炎症性で,IL-6,IL-11を産生し,そのシグナルで好中球,マクロファージ共々polyp形成に関与するという。
こうしたheterozygousな遺伝子異常が腫瘍性疾患と関連する例は,APC,SMAD4,PTEN,TSC1,TSC2,VHL,NF1等でも知られている。今回の報告は,それらに共通する機序を示すようだ。
(1)最高TMB(tumor mutational burden)値がん腫の皮膚有棘細胞癌に対する6番目の抗PD-1抗体Cemiplimabの効果
進行皮膚有棘細胞癌におけるセミプリマブによる PD-1 阻害(PD-1 Blockade with Cemiplimab in Advanced Cutaneous Squamous-Cell Carcinoma) |
ICI(immune checkpoint inhibitor)は癌治療に衝撃を与えている。2017年末,その効果と実際の癌腫におけるTMBとの相関が報告された(Yarchoan M et al, MEJM, 377, 2500, 2017)。その元になるデータはTMBやMSI(microsatellite instability)を10万検体の各種癌腫で解析した論文である(Chalmers ZR et al, Genome Medicine, 9:34, 2017)。それによれば皮膚有棘細胞癌はTMB値が最も高値である。はたしてICIの効果は?第I相拡大コホート(26例),第II相転移性癌コホート(59例)では,いずれも50%に近い有効性が認められ,57%では持続期間が6ヶ月超という成績が示されている。第6番目のICIとしてSanofiが開発中のCemiplimabはTMB値は皮膚有棘細胞癌ほどでないNSCLCにどの程度の効果を示すだろうか?
(2)出血性外傷患者への病院前血漿輸血の効果
出血性ショックのリスクがある外傷患者に対する航空医療搬送中の病院前血漿輸血(Prehospital Plasma during Air Medical Transport in Trauma Patients at Risk for Hemorrhagic Shock) |
救急医療の一環として,航空機搬送中の解凍血漿輸血効果の有無は注目される。501例に対し,血漿輸血群(230例)と標準治療群(271例)において,30日死亡率は血漿輸血群が有意に低い(23.2% vs 33.0%,p=0.03)と報告されている。Kaplan-Meier曲線にみる2群の差は初期治療の有用性を示している。しかし多臓器不全,急性肺損傷等には有意差は見られなかった。
(貫和敏博)