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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 22

公開日:2018.11.15


今週のジャーナル


Nature Vol. 563, No.7730(2018年11月8日)日本語版 英語版

Science Vol. 362, Issue #6415(2018年11月9日)日本語版 英語版

NEJM Vol. 379, No. 19(2018年11月8日)日本語版 英語版






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ビタミンDやω-3脂肪酸のサプリメントは癌死や心血管疾患死減少への効果はあるか?/食物アレルギー発症に新たな血管壁樹状細胞とそのmicrovesicleが関与?

●Nature


(1)生物物理学


制御された形状の三次元上皮で見られる能動的超弾性(Active superelasticity in three-dimensional epithelia of controlled shape

 遺伝子解析とは関連のない,ユニークな細胞自体の生物物理学の研究がarticleで報告されている。こうした研究は新領域を開拓するのだろうか?

 細胞にかかるtensionとそれによる細胞形態で,superelasticityと命名された過剰に伸展扁平化した状態の報告である。使われた細胞はウイルス感染実験にも使用するイヌ腎尿細管由来MDCK(Madin- Darby canine kidney)細胞である。

Fibronectinをcoatingした5mm角サイズのプレートに15×15カ所(一部coatingしていないので区切りになる)にMDCK細胞を培養すると,tight junctionで相互につながり,尿細管細胞としてtransporterが培養液を透過するために細胞面がドーム状に盛り上がる(https://media.nature.com/w800/magazine-assets/d41586-018-07172-9/d41586-018-07172-9_16227978.jpg)。このドームにおける2方向(表面張力方向,ドーム状細胞層に垂直方向)の圧力を測定する。そのドーム形成細胞は,相互に常に一定のサイズではなく,表面積が大きなものが出現する(詳細な写真や動画がある)。その拡大扁平状態がsuperelasticityであるという説明である。

 実験系は理解できるが,測定系の詳細までは十分に理解ができない。News & Viewsの解説を参考にすると,こうした引き延ばされた細胞では,Actin蛋白が相対的に減少し,それを補う中間径フィラメント(intermediate filament,type I keratinなど)により細胞形態が維持されていると説明されている。

 このスペイン・バルセロナの研究グループは,2次元における細胞接着生物物理学も前段階で研究している。細胞内に発現される個々の蛋白分子のみならず,統合形態としての細胞を形成するcyteskeltonや,tight junctionを構成する接着分子などの解明。さらにここではfibronectinが使われているが,実際には細胞が産生する細胞外基質とその力学シグナルや遺伝子発現を含めた生物物理学的要素の意義を解明することにより,多細胞生物としての進化への基盤や,抗重力能などの研究へ進展することが期待される。


(2)免疫遺伝学


細胞および種における遺伝子発現のばらつきが自然免疫を形作る(Gene expression variability across cells and species shapes innate immunity

 自然免疫は生物進化とともに発達した,細胞自体に内包された病原体防御機構である。Sanger研究所と欧州バイオインフォマティクス研究所のグループは,こうした遺伝子発現や塩基配列決定のstochastic解析を専門とするグループとして,ヒト,マカク猿,ラット,マウスの皮膚由来fibroblastと単核貪食細胞にpoly(I:C)やdsRNAを投与した系のinnate immunity関連遺伝子群の統合的解析を行っている。もう一方でマウス,ラット,ウサギ,ブタの単核貪食細胞にLPSを処理した反応も,統合的に解析している。

 おそらくより拡大した脊椎動物,あるいはさらに非脊椎動物等に広げた自然免疫系の進化研究の第一段階,その哺乳動物版と予想される。今回のデータからは同じ哺乳動物として,cytokineやchemokineはかなりdivergentであるが,核因子や関連するkinaseはよくconserveされているとまとめられている。このため病原体は進化で保存されたシステムを攻撃し,一方の哺乳動物はchemokineなどを多様化させて対応しているという自己免疫機構の図式である。

 この論文を取り上げたのは,自然免疫の進化に関する研究を,この規模でやるのかと驚いたからである。今後塩基配列決定等Assay装置の微量検体化や自動化がさらに進めば,21世紀はこうした大規模で包括的な研究が展開することになるのだろう。


●Science


(1)免疫学・アナフィラキシー


血管周囲樹状細胞はマイクロベシクルによってアレルゲンを肥満細胞に届けることでアナフィラキシーを惹起する(Perivascular dendritic cells elicit anaphylaxis by relaying allergens to mast cells via microvesicles

 学校給食の食物アレルギーによるアナフィラキシーショックのニュースはいつも心が痛む。最近ではレストランで食物アレルギーの有無を尋ねるようになった。なぜ食物がほぼ即時に全身のアナフィラキシーショックを引き起こすのだろう?

 Duke大学のグループが驚きの経路をマウスモデルで報告している。血管壁近傍の特異樹状細胞(CD301b+ dermal cDC)が血管内皮細胞間隙から細胞の一部を流血中にさらして,食物から入った抗原を取り込み,この抗原を含んだmicrovesicles(MVs)を皮膚や各組織中のMast細胞(MC)表面のIgEに提示する。血中の抗原を血管外のMCへ仲介するという。MCはこれに反応して脱顆粒しhistamine,tryptase,TNFなどを放散し,他の炎症細胞も関与して重症化する。

 漠然とイメージしていた血管からのleakの様なものでなく,MVsを介するというのが驚きである。Perspectiveにも取り上げられているがhttp://science.sciencemag.org/content/sci/362/6415/640/F1.medium.gifでは血中のBasophilとの関連は? とか,ヒトにもマウスと同じ機序と考えて良いのか? とか,MVを放出した後の細胞膜のturnoverや補充は? とか疑義が述べられている。しかし流血中に足を伸ばしてmonitorする血管壁DCの存在や,その伝達がMVsを介するという実験結果は,液性分子の拡散とは異なる,かなりprimitiveな免疫機構で,根本的なイメージ転換を強いられる,強烈なメッセージである。


(2)免疫学:腫瘍・ウイルス抗原提示


WDFY4はウイルス抗原および腫瘍抗原への応答におけるクロスプレゼンテーションに必要である(WDFY4 is required for cross-presentation in response to viral and tumor antigens

 獲得免疫としての抗原提示には,内在性抗原提示にMHC-class I経路,外来性抗原提示にMHC-class II経路がよく知られている。これ以外に必ずしも厳密でないcross-presentationによるMHC-class Iへのペプチド提示の経路の存在はよく知られているが,その詳細は不明であった。

 St. LouisのWashington大学のグループが,CRISPER-Cas knock-inマウスを用いて,WDFY4(WD repeat- and FYVE domain-containing protein 4)がcross-presentationに重要であることを報告している。

 聞き慣れないWDFY4蛋白は以前より細胞内endosomeに存在し,細胞内蛋白移送に関与することは知られていたが,ここではcDC1というdendritic cell特異に腫瘍細胞由来蛋白の抗原提示に関与するのを上記knock-inマウスによるWDFY -/-マウス作成とその解析で示している。

 これもPerspectiveにその経路と関与する他の蛋白が 図示されている(http://science.sciencemag.org/content/sci/362/6415/641/F1.medium.gif 。それによると,腫瘍由来蛋白は受容体蛋白CLEC9Aを介してWDFY4の存在するendosomeに移り,WDFY4に会合するシャペロンHSP90AB1やSEC61を経てproteasomeに移送される。そこで処理された抗原蛋白はTAP(transporter for antigen processing)を介してendosome内でMHC-class Iにのり,細胞膜に移動して,CD8+T細胞を刺激することになる。

癌免疫療法ICIが話題となる中,非常に興味が喚起される報告である。


(3)その他


長距離家系サーチを用いたゲノムデータの身元推定(Identity inference of genomic data using long-range familial searches

 全ゲノム塩基配列解析が100万検体を越えた現状で,米国では祖先捜しが可能になっているというイスラエル(MyHeritage社他),米国コロンビア大学からの報告。空恐ろしい気もするし,結構需要があるのかなという極近未来の話である。


●NEJM


 今週のNEJMはあまり関心を引く論文がなかった。

 週末追加でメール配信された論文中にVitamin D supplementの論文があるので紹介する。もう1つは論文撤回retractionの告示である。


(1)Supplement


ビタミンD補充と癌・心血管系疾患予防の長期臨床研究(Vitamin D supplements and prevention of cancer and cardiovascular disease

 ビタミンD補充が癌予防や循環器疾患の予防に効果があるか?

 25,871人(白人18,046人,黒人1,106人,ヒスパニック1,013人,アジア人388人など白人以外も含むグループ)を2群に分け,ビタミンD3を2000IU/day,ω3(marine n-3,α-リノレン酸など)脂肪酸を1 g/day投与し,中間値で5.3年経過を追跡した。Placebo群に対して各種癌死や,心血管疾患死亡にも有意差はなかったという報告である。Editorialにも取り上げられている。

高齢化社会の現在,主要死亡原因である癌や心血管系疾患は誰もが罹患したくない。また予防医学的な課題でもある。こうした関心を背景に,テレビ番組や週刊誌は健康・医療特集が花盛りで異様である。コメンテーターは栄養学や内分泌学の専門家である。ビタミンDもω3脂肪酸もしばしば取り上げられる。

 この論文の結果はこうした番組で,どう紹介されるのだろうか???

 ついでにいえば,NHKを始めとするこの種の番組は,stochastic処理による臨床研究結果の判定を説明することはほとんどない(たまには画面の隅に論文タイトルが示されているが)。いったい国民・視聴者をいつまで愚弄するのだろうと思う。しかし推計学的有意性を前面に出すと,取り上げる材料もなくなり,恐らく番組は成立しなくなるのだろう。


(2)Editorial:論文撤回


<撤回:Retraction>

Kajsturaら. ヒト肺幹細胞のエビデンス.(Retraction: Kajstura J, et al. Evidence for human lung stem cells. N Engl J Med 2011; 364: 1795-806.

<懸念の表明:Expression of Concern>

Beltramiら. ヒト心筋細胞が心筋梗塞後に分裂することを示す証拠.(Beltrami AP, et al. Evidence that human cardiac myocytes divide after myocardial infarction. N Engl J Med. 2001; 344: 1750-7

Quaini ら. 移植心臓のキメリズム.(Quaini F, et al. Chimerism of the transplanted heart. N Engl J Med. 2002; 346: 5-15

 もう1つの話題は日本でも深刻な論文取り下げのEditorialである。

 今週のDrazen先生による告示は,2011年の肺幹細胞の論文であり,当時半信半疑ながら論文内容に驚いた事を思い出す。これはHarvard大学やBrigham and Women’s Hospitalが31報の論文を撤回したという,Scienceの10月16日の記事によるものである。2014年に調査が始まったPiero Anversa教授グループの論文である。この論文と直接関連のないNHLBIの臨床試験も,この影響で中断になったと,日経バイオテクの宮田満記者も記事にしている。Anversa教授は訴訟も起こしている。

いったいどんな研究室だったのか?

 2014年は日本でも小保方論文問題があり,その時点でUPされた米国研究事情に詳しい白楽ロックビル(林正男)先生の本件関連のブログ記事https://haklak.com/page_Piero_Anversa.htmlが今も読める。その中にこの研究室では,実験者はデータ結果を研究室の助教授に手渡した後,それがどの論文にどう使われたのかを知らされなかったという引用もある。研究以前の科学者としての態度,倫理の問題である。

 Drazen先生が,同様にconcernがあるとする論文は,2001年,2002年の2報のNEJM論文である。Anversa教授の研究室が,その当時前任地のNew York Medical Collegeにあった時代のものであると思われる。

 こうした深刻な研究不正に関しては,結局は内部告発的機構の設置しか予防ができないのではないだろうか?


(貫和敏博)


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