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(1)免疫学,線維症
PU.1が線維芽細胞の二極化と組織の線維化を制御する(PU.1 controls fibroblast polarization and tissue fibrosis) |
ドイツのErlangen大学を中心とするグループから,肺線維症を含む臓器線維化に中心となるpro-fibrotic fibroblastsにETS familyのPU.1が中心的に関与するという報告が出ている(余談だが,Erlangen大学は東北大学に縁のある「弓と禅」の著者Eugen Herrigelが第二次大戦末期に学長を務めた。しかしナチとの消極的協力として連合国軍に自宅が接収され,貴重な資料が失われた)。
肺線維症は,他の臓器線維症に先駆け,pirfenidone,nintedanibの2剤が線維化抑制効果で臨床使用されている。しかしその作用機序の詳細は不明である。一方,fibrosisを促進するマクロファージとして,大阪大学微研の佐藤らがSatM細胞を2017年にNatureに報告している。
Erlangenのグループは関節リウマチ臨床からfibroblastを研究し,fibroblastsにはresting以外に,細胞外基質を産生するpro-fibrotic fibroblastsと,こうした細胞外基質を分解する酵素群を分泌する,pro-inflammatory fibroblastsが存在すると早くから認識していた。ではこのfibroblastsの機能分化に関与する遺伝子は何か?
彼らはSSc患者と正常者の皮膚生検検体を用い,984のtranscription factor(TF)のmotif binding analysisから,ETS(E26 transformation-specific or E-twenty-six)familyの関与する割合が17.2%あることに着目し,この中でもfibroticな病態にはETS familyのPU.1(遺伝子名はSTI1: stress inducible protein 1)が関与することを見出した。
Fig.1にはskin,lung,liver,kidneyの線維化病巣でのPU.1の発現が示されている。次いでPU.1をCRISPER-Cas9でknockoutしたり,過剰発現(OE)した時のcollagen量やα-SMA.F-actinなどの発現が,PU.1の発現量と関連する事実をFig.2に示している。
そこで,その機序として,PU.1に関するepigeneticな状況を調べたが,大きな差はなかった。探索したmiR-155(microRNAsの1つ)のantagomirではPU.1発現を増強する。
TFとしてのPU.1はプロモーター領域のゲノム配列5’-GGAA-3’に結合する。このDNAとの結合を阻害する既存化合物DB 1976があり,その効果としてのcollagen産生抑制などをin vitroで示している。In vivoマウス実験では副作用のない量でありながらcollagen,α-SMA,F-actinなどの産生を抑制することがextended dataに示されている。
本論文は2017年10月6日に投稿され,2018年12月21日受理までに1年以上が経過している。それだけに論文のデータ量は豊富である。臓器線維化治療薬は複数の製薬会社が開発目標にしている。
fibroblasts(PU.1(+))へのphenotype shiftはどんなシグナルのもとに起こるのか?例えばSatM細胞のようなマクロファージはそれに関与するのか?そしてTFであるPU.1のDNA結合阻害薬は新たな治療法として臨床開発されるのだろうか?
肺線維症研究者として,色々なつながりが想像され,久しぶりにワクワクする内容で,呼吸器科の先生方には一読をお勧めする。
(2)癌
もう1つの脂肪酸不飽和化経路が,癌の可塑性を高めていることの証拠(Evidence for an alternative fatty acid desaturation pathway increasing cancer plasticity) |
癌細胞はアポトーシスを逃れ,ゾンビのように必死に生き抜く細胞である。近年,癌細胞の代謝には大きな関心が集まっている。
ベルギーのグループから,身近な肺癌や肝臓癌にも見られる脂質代謝の経路,それも聞いたことがない代謝経路で,皮脂腺に見られる経路の報告が出ている。
実際に癌細胞にみられる酵素の1つはSCD(stearoyl-CoA desaturase)でパルミチン酸の9位の不飽和化で,オレイン酸(18:1(Δ9))を合成する。しかしSCD阻害薬を使用すると,1部はアポトーシスになるが,1部には効かない。無効な癌組織ではsapienate(構造図:人の皮脂腺に特有というので命名)が多量に見出される。これは別の酵素FAD2(fatty acid desaturase 2)により,パルミチン酸から合成されさらにCis-8-octadecanoateとしてオレイン酸共々細胞膜合成に使用される(News&Views)。癌細胞は早い細胞増殖のため,その細胞膜にこうした不飽和脂肪酸を必要とする。
それではこうした酵素はepigeneticな変化で発現するのか? あるいはhouse keeping的発現が高発現に転じるのか? そしてこの特性をいかに臨床応用できるのか? など関心を引く。
その他,この号のNatureには臨床的論文が多い。
恐怖障害の克服に,眼球の交互刺激が有効であるのは知られていたが,その確認研究がArticleにある。また睡眠不足でオレキシン(ヒポクレチン)が減少し,その結果逆に血球系増殖,ことに単球を増加させ,動脈壁atherosclerosisを増悪するとのMGHからの論文がある。また基礎的な論文として,抗体レパートリーの個人間の共通性や,一方B細胞受容体の共通性に関しても同時に報告されている。
ほぼ週刊Top Journal Hackは執筆者の興味ある論文を紹介している。ときにその週の論文中に,関心をもつ論文が見出されないこともある。
そこで,今週はTop Journalの特徴である,他雑誌論文紹介より1つ選ぼう。
(1)IN DEPTH:NEUROSCIENCE
脳卒中からの回復に効く意外な薬が登場(Unexpected drug emerges for stroke recovery) |
タイトルは日本語訳でも,アッと目を引くものである。
元の論文は,Joy MT,Carmichael STらのCell論文(図も参照)である。筆者のように介護施設を診ていると,脳血管障害からの回復の重要さは身にしみて理解できる。脳損傷の改善薬はどこに手がかりがあるのか?
研究グループはHIV感染で有名なCCR5が脳損傷後に神経細胞で高発現することを発見した。マウス脳損傷モデルにshCCR5-AAV(CCR5をノックダウンする)を使用すると,神経症状が早く改善する。
その理由は損傷後1週間以内のpremotor coetexの神経細胞のdendrite spinesの保護にあることを見出した。またCCR5を阻害すると,対側脳の神経細胞軸索sproutingも亢進する。
CCR5阻害薬は, HIV治療薬としてFDAも承認済みである(maraviroc)。この市販薬をマウス実験に使用すると,遺伝子ノックダウン同様の機能回復亢進が認められた。
さらに臨床としてユニークな結果が示されている。それは西欧人に多いCCR 5Δ32と言うSNP様に高頻度の遺伝型であり,ホモ接合の場合HIV感染に抵抗性である。脳血管障害後の認知度の改善が,実際にCCR5遺伝型と関連するかをretrospectiveに検討もしている。その結果CCR 5Δ32を認める患者の脳血管障害後の認知度等の指標は良好であった(残念ながらCCR5Δ32はアジア人にはほとんどないが)。
ここまで示されると,実際にCCR5阻害薬の臨床試験が待たれる。とんでもないところから,高齢者増加時代の脳血管障害治療への突破口が開いている。
余談:CCR5は,数カ月前中国でHIVを防ぐ目的でCCR5を遺伝子操作したbabyが誕生したことで知られている。Webを調べていると,巷では,このCell論文から,あのbaby達は天才になるのではないかというニュースが飛び交っている。
今週は2つの臨床試験とその意義や背景のEditorialを紹介したい。1つは経口抗凝固薬(Apixaban,Rivaroxaban)ともう1つは抗菌薬(Plazomicin)である。問題は臨床試験の結果の考え方と評価である。
(1)経口抗凝固薬
癌患者における静脈血栓塞栓症予防のためのアピキサバン(Apixaban to prevent venous thromboembolism in patients with cancer) |
癌を有する高リスクの外来患者における血栓予防のためのリバーロキサバン(Rivaroxaban for thromboprophylaxis in high-risk ambulatory patients with cancer) |
経口抗血栓薬 Apixaban,Rivaroxaban の2剤は,いずれも心房細動や長期臥床時の血栓予防で承認されている。今回は担癌状態での静脈血栓リスク評価Khorana score 2以上を対象に施行をされた。詳細は日本語訳抄録を参照されたい。Apixabanでは静脈血栓塞栓の発生率が有意に低下したが,Rivaroxabanでは有意な低下はなかったとなっている。Editorialではこの2剤のイベントを表として並べ比べて,この程度の差で主治医は使用を判断するかと疑問を呈し,あるいはKhorana scoreにおける癌腫の差を取り上げ,癌腫ごとに判断する必要性,あるいは化学療法薬剤差などが問題として取り上げられている。胃癌,膵癌ではリスクは高いとされるが,肺癌はそれほど問題にならないのか? 臨床的には時にPAI-1産生腫瘍で,凝固線溶系が影響を受ける場合は経験した。この臨床試験成績の腫瘍学会での判断はどうなるのであろうか?
(2)抗菌薬
複雑性尿路感染症に対する1日1回のプラゾマイシン(Once-daily plazomicin for complicated urinary tract infections) |
もう1つは,aminoglycoside系抗菌薬Plazomicinの臨床試験であり,複雑性UTIと急性腎盂腎炎に関して,1日1回のPlazomicinはmeropenemに対して非劣性が示された。しかしEditorialではこれも2つの臨床試験が合わせ述べられている。次週に掲載されるcarbopenem耐性患者の試験では,登録が進まず,descriptiveな報告であるようだ(2,000名をスクリーニングして39名が登録)。Editorialの前半では企業としての抗菌薬開発の難しさ(慢性疾患としての糖尿病などでは,開発薬剤を長期使用するが,抗菌薬ではせいぜい2週間程度)が述べられている。これにも表があってタイトルはUnexpected clinically important findings in well-controlled clinical trial(いずれも2005~2018年)である。
NEJM誌には多くの臨床試験の結果が報告される。
しかしEditorialで扱われたように,複数の臨床試験を比較し,その意義を考えるような事は少ない。記載に自由度があるEditorialだから,こうした記述が可能でもあるのだろう。Meta-analysisの前段階的な,またむしろその領域の専門研究者が議論するような内容である。臨床試験結果がそのままエビデンスなるような流れもある中で,2つのEditorialはそれぞれ独立したものだが,読んで考えさせられるものがあった。
(貫和敏博)