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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 38

公開日:2019.3.13


今週のジャーナル


Nature Vol. 567, No.7746(2019年3月7日)日本語版 英語版

Science Vol. 363, Issue #6431(2019年3月8日)日本語版 英語版

NEJM Vol. 380, No.10(2019年3月7日)日本語版 英語版






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インフルエンザ:新機序抗ウイルス薬と新受容体同定/米国医師の仕事改革検証臨床試験

•Nature

(1)ウイルス学 

MHCクラスII蛋白質がコウモリインフルエンザウイルスの異種間での侵入を仲介する(MHC class II proteins mediate cross-species entry of bat influenza viruses

 A型インフルエンザ・ウイルスが南米のコウモリ(蝙蝠)に見つかったのは2012年である。

インフルエンザのヒトへの感染機構に関しては,水鳥などがブタ等の哺乳類との共感染でgenome shuffleを起こし,ヒトへの感染性を生み出すことが明らかになっている。一方,コウモリはインフルエンザ以外にもEbola,SARSウイルスなどのヒトへの感染にも関与していることが知られている。

 コウモリに見つかったA型インフルエンザ(H18N11)がユニークな点は,従来のトリや哺乳類インフルエンザ・ウイルスのように,そのHA(hemoaggluitinin)がsialic acid receptorを感染侵入時に使わない点である。では何を受容体とするのか?

 Zurich大学のグループはコウモリのA型インフルエンザに感受性のあるヒト腫瘍細胞株(Calu-3,MDCKII no1,U-87MG)を用いた発現解析で膜蛋白に絞って共通する遺伝子から,HLA-DRAを見出した。一方,彼らは別のCRISPR-Cas9によるノックダウン実験系でも,HLA-DR遺伝子の4種のtranscription factorを見出し,共通する受容体としてMHC class II(HLA-DRA)を同定した。

 MHC class IIを介して,コウモリ以外にヒト,ブタ,ニワトリの細胞が感染し(),MHC class IIノックアウトマウスはその感染に抵抗性であった。

今後世界のコウモリにおけるインフルエンザ感染の実態調査などのデータ蓄積とヒト感染の関連研究が待たれる。


●Science

(1)ウイルス学,感染症 

小分子によるインフルエンザ膜癒合阻害薬は経口投与で活性を持つ(A small-molecule fusion inhibitor of influenza virus is orally active in mice

 今週は筆者にはサイエンスの方が面白い。

 Natureでもインフルエンザ・ウイルス関連を紹介したが,Scienceにも新規インフルエンザ治療薬の論文が掲載されている。いうまでもなくインフルエンザは世界中の多数の人が毎年罹患し,高齢者においては生命も脅かす。

 この論文はJanssenとScripps研究所からの報告で,すでに多くの報告があるconserved HA(hemagglutinin)stem(変異によらず保存されている根幹蛋白構造)に対して,epitopeを認識する中和抗体の機能類似蛋白を置き換える合成化合物(すなわち抗体と同様に機能しうる化合物)を報告している()。

 そもそも,ともにピンポイントで効果を示す,生物製剤の抗体と化合物製剤とは何が違うのか?後者の場合は酵素阻害薬で,蛋白構造のポケットに入り込んで競合阻害をする。抗ウイルス薬としてはオセルタミビル(タミフル)がneuraminidase inhibitorとしてvirus buddingを阻害する。一方新しいバロキサビル(ゾフルーザ)は細胞内のキャップ依存性endonucleaseを阻害してvirusの複製を阻害する。一方抗体製剤はaffinityと機能阻害効果を有し,特異epitopeの認識がポイントである。ここでは抗インフルエンザ抗体の研究から,そのHAに対してのbroadly neutralizing antibody(bnAbs)のepitopeが知られている。この部分がendosome内酸性下にfusion peptideへと構造変化することが,ウイルス感染の初期である。しかしこの部分は酵素の活性中心のようなポケット構造ではなく,広い表面を持つ。このepitope部特異な化合物開発をどう展開するのか?

 Janssenのグループはhigh throughputにFRET(fluorescence resonance energy transfer)法を用いて,このHAに対するbnAb (CR6261)類似の蛋白を置換する化合物をスクリーニングし,まずJNJ7918(benzyl piperazine)を見出し,これをもとにしてJNJ4796を開発した。

動物実験の成績では非常に期待がもてるものである。臨床開発に成功すれば,新規機序の抗ウイルス薬として,ウイルス型によらない治療薬の新たな時代が来るかもしれない。


(2)生化学,phase transition  

化学量論はアクチンシグナル伝達蛋白質の相分離クラスターの活性を制御する(Stoichiometry controls activity of phase-separated clusters of actin signaling proteins
分子会合相転移と動的校正機構がSOSによるRasの活性化を調節する(A molecular assembly phase transition and kinetic proofreading modulate Ras activation by SOS

 Top Journalは毎週面白いが,所詮は素人でその理解は知れている。その道案内となるのが,News & ViewsとかPerspectivesである。

今週のScienceに,研究が遅れていた細胞膜上での反応をどうassayするかという問題が2報掲載されていて面白い。細胞膜に存在する受容体が,外部のシグナルを細胞内に伝達するという事実は,約30年を経て,「細胞は会話する」というNHKスペシャル「人体」で一般も理解する時代だが,細胞膜上の膜蛋白集団としての実際の反応形態はどうなっているのか? 結局マンガでの理解でしかなかった。

 これは言い換えると,試験管内の反応では,酵素や化合物分子が自由に運動し,古典的な酵素反応論でその親和性を計測できる。しかし細胞膜上での反応は,2次元面上における反応であり,シグナル透過に関しては多数の分子が凝集して関与し,効率と特異性を高めているはずである。こうした形態は,免疫シナプスではavidityと呼ばれていたものでもある。

 それが最近数年,細胞内構造と関連する相転移(phase transition)による反応(Perspectives,)で,従来の化学反応論ではない次世代の研究展開として注目されている。Perspectivesには2つの論文をまとめて,こうした背景も紹介されている。

1つはUC Berkleyの化学部門より報告されたRasの活性化におけるexchange factor SOS(Son of Sevenless)の役割をmicroarray上(microarray of Ras-functionalized supported membrane)でassayしている(Fig. 1Cに詳しい)。この細胞膜面上の反応をmicroarrayを用いる方法論は,先に2014年のScienceに報告されている。

 もう一方はTexas大学のグループで細胞膜上のCD 16,CD7,Nephrin,actin polymer形成を同様にphase transitionとして報告している。

こうした相転移による集合体によって,シグナルとしてnoise filteringがなされ,正しい強いシグナルが,一定の持続時間を維持して流れ,またphase transitionの中で化学量論(stoichiometry)が成り立つという。学生時代の化学量論という懐かしい言葉が,phase transitionでの反応にも使われるとは予想もしなかった。


(3)その他:Reviews

cGAS活躍中:免疫,炎症で広がる機能(cGAS in action: Expanding roles in immunity and inflammation

 注目のcGAS(cyclic GMP-AMP synthase)を理解するには好都合の総説である。


●NEJM

(1)医師の仕事改革 

研修医の柔軟な勤務時間規定と標準の規定とによる患者の安全性転帰の比較(Patient safety outcomes under flexible and standard resident duty-hour rules
内科の勤務時間の柔軟性に関する試験における睡眠と覚醒(Sleep and alertness in a duty-hour flexibility trial in internal medicine
目を大きく開く ― 勤務時間改革に関するデータを検討する(Editorial:Eyes wide open — Examining the data on duty-hour reform
 思いもかけない臨床試験の報告が2報掲載されている。
 米国版resident医師の仕事改革検証である。卒後医学教育を管理するACGME(Accreditation Council for Graduate Medical Education)はLibby Zion事件(1984年,詳細は週刊医学界新聞2003年の記事)を受け,2003年4月よりresident医師の労働時間は週80時間を超えないと規制を出した。この間約20年の経過であるから,米国でも医師の仕事時間は大変な問題であるのだろう。
 これに対してその仕事時間規制により,患者への影響(死亡数増減)や,医師の教育,医師の睡眠時間などに対し,それまでの制度と差がないか検証すべきとの要求が出された。この辺の状況はEditorialを読むとよくわかる。また現在議論されている日本の医師の仕事改革でもこうした検証も必要かもしれない。
 これらに対して外科領域医師教育への影響はすでに報告され,今回はiCOMPARE(the Individualized Comparative Effectiveness of Models Optimizing Patient Safety and Resident Education)として,患者死亡への影響や医師の睡眠不足等に関して臨床試験が組まれ,共にnon-inferiorityであるという結果である。
 日本では「医師の働き方改革に関する検討会」での年間時間外勤務上限が,1,860時間(155時間/月,約40時間/週)である。これに対して,ACGMEは週の勤務時間全体が80時間を超えないとしている。日本同様,医師の過労やburn out問題は米国にも存在する。これは今後,おそらく世界的なレベルの問題でもあるだろう。
 Editorialの著者2人は,最後にともに対応した救急医療で死亡した患者とその妻のことを述べている。妻の態度に感心し連絡しようとしたが,彼女にとってこの医師2人のことは,救急処置が終れば記憶から消えているだろうという結論になった。「Your doctor」感覚が,いつの間にか救急医療の場,さらにシフト体制をとると消えていく。一方慢性疾患患者の終末期で,患者家族に臨終を伝えたところ,家族にその場で膝を就かれて感謝された医師も東北大学時代にはいた。「Your doctor」と医師の勤務時間,どこかに折り合える地点はありそうな気がする。

(2)Medicine & Society  
遺伝子編集の未来 ― 科学的,社会的合意に向けて(The Future of gene editing — Toward scientific and social consensus
悪党と生殖細胞系列編集の規制(Rogues and regulation of germline editing
 ゲノム編集関連の議論が2報掲載されている。
 一方はgene editingが今後どう実臨床に入ってくるかである。Germ lineへの操作は論外だが,cell therapyとしてはすでに臨床試験なされている。臨床にいるとCRISPR-Cas9といわれてもピンとこないが,分子生物学実験のキット実験感覚は「一体カメラ・チェキ」的簡易さがある(もちろん実験用のセットであるが)。この総説ではその詳細も図示されている。表1にはここ10年間でのゲノム編集に関連ある臨床試験の一覧が示されている。
 もう一方は,ウィスコンシン大学法学部の女性教授からの寄稿であり,図はない。Rogues(悪党)とgerm line editingへ規制強化の内容で,彼女自身米国のcommitteeに関与していることが,最後に示されている。昨年秋の香港での学会発表でgermline操作での双生児出生の事件から説き起こしている。ここでは臨床応用としての技術発展と,その倫理規制を同時に勉強できる.
 筆者自身は,最近の個人ネット情報の取り扱いが中国ではあまり重視されない問題(人々が深刻に考えない点),あるいは全世界のネット情報を中国国内では規制する,あるいはロシアでも新たに国内ネット情報規制の方向のニュースがある。こうした状況下に,遺伝情報操作に対しての倫理規制の世界的共通基盤は本当に成立しうるのか?かなり憂慮すべき状況なのではないかと危惧している。

(貫和敏博)


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