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(1)肺癌
肺癌の進化におけるネオアンチゲンに方向付けられた免疫逃避(Neoantigen-directed immune escape in lung cancer evolution) |
癌の進行・進化とそれに伴う動的な免疫微小環境との間で起こる相互作用については,まだ明らかにされていない。イギリスではUniversity College London Cancer Instituteを中心とした20施設以上の全英多施設共同の肺癌解析の前向き研究プロジェクトTRACERx(TRAcking non-small cell lung Cancer Evolution through therapy [Rx])があり,今回その研究成果の一つが報告された。本研究では,進行度の低い(ステージI〜III)未治療の非小細胞肺癌88例に由来する258の腫瘍領域について,RNA塩基配列解読と,組織病理学的評価による腫瘍浸潤リンパ球の解析がおこなわれた。その結果,免疫浸潤の程度は腫瘍間および腫瘍内の両方でばらつきがあり,異なる免疫微小環境ではネオアンチゲン提示の機能障害の機構が異なっていることが明らかとなった。まばらに浸潤した腫瘍では,腫瘍の進化過程でネオアンチゲン編集の減少が認められ,これは過去の免疫編集,あるいは以前クローン性であったネオアンチゲンのコピー数が減少したことを示唆している。免疫細胞が浸潤した腫瘍領域では免疫編集が進行中であり,ヒト白血球抗原におけるヘテロ接合性の消失,あるいはネオアンチゲン発現の減少を伴っていた。また,ネオアンチゲン性変異を含む遺伝子のプロモーターの過剰メチル化が,免疫編集のエピジェネティック機構であることが明らかになった。
肺癌のICI治療でも長期の恩恵をうけることが知られているが,現在の薬剤ではその割合は限られている。本論文の結果は,進行度の低い未治療の非小細胞肺癌では,免疫微小環境がもたらす強力な選択圧によって複数の免疫回避経路が生じることを示唆しており,肺癌という癌の難治性と関連していると思われる。
(2)エピジェネティクス
ヒストンのセロトニン化は,TFIIDのH3K4me3への結合を促進する許容修飾である(Histone serotonylation is a permissive modification that enhances TFIID binding to H3K4me3) |
ヒストンの化学修飾は,遺伝子発現を変化させるエピジェネティック変化において重要であり,メチル化やアセチル化が良く知られている。本論文では,驚くべきことにヒストンのグルタミンのセロトニン化という新たなヒストン翻訳後修飾の存在が報告された。この修飾は,セロトニン〔別名5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)〕を産生する生物のヒストンH3の5番目のグルタミンに生じる(Q5ser)。本研究では,組織トランスグルタミナーゼ2(TGM2)は,ヒストンH3リシン4にトリメチル化標識(H3K4me3)を持つヌクレオソームをセロトニン化することができ,in vivoでH3K4me3Q5serという組み合わせを生じさせることが示された。H3K4me3Q5serは哺乳類の組織では遍在的パターンで発現しているが,大量のセロトニン産生を行っている脳と腸に多く見られている点で興味深い。ヒトセロトニン作動性ニューロン,発生中のマウス脳,セロトニンを産生する培養細胞のゲノム規模の解析では,H3K4me3Q5serヌクレオソームはユークロマチン中に豊富に存在していて,細胞の分化の影響を受けやすく,遺伝子の許容発現(TFIIDのH3K4me3との結合の促進と関連付けられている現象)に相関することが分かった。セロトニンには,神経伝達や細胞のシグナル伝達への関与とは別個に,遺伝子発現における直接的な役割があることが明らかになった。すなわち,分泌されたセロトニンは通常はセロトニン受容体を介したシグナル伝達を介して作用するが,今回の研究で受容体を介さずにイオンチャネルを通って細胞内に入ったセロトニンが,直接核内でヒストン修飾として機能するメカニズムが明らかとなった点で興味深い。News&Viewsにも解説されている。
(1)癌:In Depth
癌の免疫療法には負の側面があるかもしれない(Cancer immunotherapy may have a dark side) |
肺癌診療で経験のある先生方もおられると思いますが,本論文では肺癌を例に免疫チェックポイント阻害薬によって急激に腫瘍増大生じるhyperprogressionについて解説している。こうしたhyperprogressionについて,MDM遺伝子の関与や腫瘍関連マクロファージの役割についての論文について触れている。
(2)腫瘍免疫,細胞内代謝
腫瘍内におけるT細胞の幹細胞性と機能不全は共通のメカニズムで引き起こされる(T cell stemness and dysfunction in tumors are triggered by a common mechanism) |
腫瘍内に浸潤しているT細胞の一部は疲弊して機能が落ちているが,自己複製能を有し高機能の幹細胞の様に振舞い,免疫療法の際には効果的な抗腫瘍的に働くことが知られている。しかし,どういった腫瘍微小環境がこのようなT細胞の状態を引き起こしているかはこれまで不明であった。本論文では腫瘍壊死によって生じると思われる細胞外の高カリウムの環境が,T細胞が栄養摂取することを阻害するために機能的なカロリー制限となり,飢餓反応からオートファジーを引き起こし,ミトコンドリア有意な代謝状態になり,ヒストンのメチル化やアセチル化の低下といったエピジェネティックな変化に影響を与えることが,T細胞の機能不全と幹細胞性の維持に重要なことが報告された。Perspectivesにも紹介されている。
(3)分子生物学
Slide-seq:ゲノム全体の発現を高い空間分解能で測定するためのスケーラブルな技術(Slide-seq: A scalable technology for measuring genome-wide expression at high spatial resolution) |
最近のシングルセル解析の技術の開発や応用は目を見張るものがあるが,また新たな技術が報告された。なんと組織上でシングルセル遺伝子発現解析する技術である。
リンクしてあるFigure.1の様に細胞のサイズとほぼ同じ大きさ(10um)の異なるバーコード付きビーズでスライドの上を敷き詰めて,そこへ凍結切片を張り付けることでシングルセル毎のRNAをビーズ上のバーコードに結合させる手法である。各々のバーコードのシークエンスと空間上の位置は決定できるので,その後は通常のDrop-seqによる解析と同様にビーズを回収してシングルセルRNAシークエンス解析を行う。各ビーズごとに遺伝子発現プロファイルが決定でき,ビーズの位置情報に応じて再構成すれば,組織上での遺伝子発現,細胞の種類などが高い解像度で特定できるということになる。論文ではこの技術で実際にマウス脳での外傷性障害後の細胞ごとの解析をおこなっている。
(1)結核
リファンピン耐性結核に対するより短期のレジメンの試験(A trial of a shorter regimen for rifampin-resistant tuberculosis) |
多剤耐性結核に対してWHOでは20カ月間の治療が推奨されている。今回,フルオロキノロン系とアミノグリコシド系に感受性を示すリファンピン(rifampin)耐性結核の患者を対象に,高用量のモキシフロキサシンを含む短期レジメン(9~11カ月)を受ける群と,2011年のWHOガイドラインに従った長期レジメン(20カ月)を受ける群の第3相非劣性試験がおこなわれた。その結果,短期レジメンは,主要有効性転帰に関して長期レジメンに対して非劣性であり,安全性に関しては長期レジメンと同等であった。2分弱のビデオ解説もわかりやすいので御参照を。
(2)Case Records of the Massachusetts General Hospital
進行性呼吸困難を呈した69歳男性(Case 10-2019: A 69-year-old man with progressive dyspnea) |
今週のCase Recordは進行性に増悪する呼吸困難の呼吸器疾患症例であり,あえて詳細は記述いたしませんので一読をお勧めいたします。
(鈴木拓児)