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(1)腫瘍免疫学
CAR T細胞のトロゴサイトーシスと協調的な殺傷は腫瘍抗原逃避を調節する(CAR T cell trogocytosis and cooperative killing regulate tumour antigen escape) |
抗体医療におけるICI(Immune Checkpoint Inhibitor)の話題の一方で,日本でもCAR-T療法〔キメラ抗原受容体(chimeric antigen receptor)-T細胞療法〕のノバルティス製品「キムリア」が19年3月CD19陽性の特定白血病・リンパ腫を対象に承認された。CAR-Tは非常に有効性が高い一方で,再発も見るという(この情報はあまりなかったが)。
Sloan-Ketteringのグループは今回,マウスモデルを用いてその再発の一端を解明したが,まだ基礎免疫学者ぐらいから知らない,非常識な現象trogocytosisが実際にCAR-Tで見られるという。この論文はAASJ(All about Science Japan; NPO法人)でも取り上げられているので(http://aasj.jp/news/watch/9959)参考にして解説する。
Trogocytosisとは2種類の異なる免疫細胞が接触した際に,その接触面に形成される免疫シナプスを介して,一方の細胞膜断片が相手側の細胞に移動する複雑な現象をいう。実際論文にはmCherryで発色標識したCD19がCAR-trog+T細胞で見い出される(図)。
この現象が起こると,「可逆的な腫瘍細胞上の抗原消失が起こり,また一方でT細胞同士が殺傷を起こし,疲弊が促進される」。CAR-Tは患者のT細胞に,遺伝子導入して改変し,培養で数を増やすが,こうした現象を防ぐためには,十分な細胞調整を行い,一度に大量のCAR-Tを投与する必要性があるのではないかと,AASJのコメントでは述べている。
先週のICIにしても,今週のCAR-Tにしても,次々に乗り越えるべき次なる山が現れる。
(2)癌
乳癌細胞は環境中のピルビン酸に依存して転移ニッチを形成する(Breast cancer cells rely on environmental pyruvate to shape the metastatic niche) |
臨床で癌患者を見ていると,原発巣のみならず遠隔転移が情け容赦なく発生する。この転移形成は癌細胞の集まりだが組織形成のための膠原繊維が必要である。通常の発生プログラムに沿った臓器形成ではなく,落下傘部隊の細胞に組織形成がなぜ可能か?臨床医は一度は考えるのではないか?
ベルギーのグループから,その答えの一端はpyruvateにあるとの解析が報告されている。乳癌細胞の系を用いているが,環境下のpyruvateを取り込み,それを使ってprocollagenを水酸化する反応をcouplingする。細胞外に機能的なcollagenを放出することで,転移巣の陣地を構築するという(図)。
実際にpyruvate取り組みを担うmonocarboxylate transporter 2(MCT2)を阻害すると,腫瘍増殖は抑制される。
本論文は投稿から受理まで1年以上かかっているが,臨床医の疑問の一端は解明してくれた。しかし実際の臨床応用には,阻害薬を腫瘍にtargetingするDDSが必要になるだろう。
(3)その他:神経科学
ナトリウム欲求を化学感覚で調節する神経回路(Chemosensory modulation of neural circuits for sodium appetite) |
今回のNatureは臨床より,海洋生物学とか植物領域の論文が多かった。筆者としては他に,ナトリウム要求性のchemosensingの論文が面白いと思った。
(1)炎症
機能的分解: 多様な病原体酵素によるNLRP1インフラマソーム活性化のメカニズム(Functional degradation: A mechanism of NLRP1 inflammasome activation by diverse pathogen enzymes) |
N-末端の分解がNLRP1Bインフラマソームを活性化する(N-terminal degradation activates the NLRP1B inflammasome) |
Inflammasomeは臨床医にも言葉としては理解が広がっている。自然免疫の一環で,感染等の防御であるalarmingとなる。その中心となる蛋白NLRP(NOD-like receptor family of proteins)は1から14まで報告され,NLRP3のinflammasome形成が最もよく研究されている。NLRP12は時々地方会で報告される家族性地中海熱に関連する。これ以外にもinflammasome形成に関与する遺伝子はNOD1,2またPyrin,AIM2,ASCなどが知られている〔Arch Biochem Biophys. 2019 pii: S0003-9861(18)30994-9〕。
今回の論文は,NLRP1に関するもので,そのタイトルにある”Functional degradation”がkeywordのようである。まだGoogle検索でも日本の研究者からのコメントは見られないが,その概要は図でよく理解できる。
NLRP1はPYD-NACHT-FIIND-CARDの各ドメインからなる。C末がCARD(caspase-recruitment domain)であり,inflammasomeとして重要である。この部分がCaspase1との結合により,Pyroptosisへ進むには,それ以外の構造がどう関与することになるのか?
今回の2つのグループ,UC BerkleyとSloan-Ketteringからの報告では,まずFIINDがauto-processingされ,さらに炭疽菌の毒素LF(lethal factor)や,赤痢菌の毒素IpaH7.8で処理されると,そのN末にubiqitinationが起こり,proteasomeで分解(degradation)される。その結果フリーのC末fragmentとCaspase1が結合しactive CASP1(assembled inflammasome)を形成する,というstoryである。すなわちCaspase1と結合して初めてPyroptosisへ進行するfunctionに対して,N末側がdegradationされるということである。
これは現在までのinflammasomeの漫画を根底から変革する可能性を秘めているのではないかと思われる。
(2)その他
現代人は生き残ったデニソヴァンと交配したと言われる(Moderns said to mate with late-surviving Denisovans) |
尽きせぬロマン,アジア人に深いつながりのDenisovan(デニソワ人)。
論文ではなく学会(American Association of Physical Anthropologists)報告として,デニソワ人の話が出ている。現生人類の起源はアフリカである事はほぼ間違いないのだろうが,約5万年前のユーラシア大陸横断移動で,なぜかくも東西で人種が異なったのか?一体アジア人の起源は何だろうか? こうした疑問は誰もが持つことだろう。
実際に現生人類のgenomeには1〜3%ネアンデルタール人の配列があるという。2008年ロシアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟で発見され,2010年に報告されたのが,約4万年前のデニソワ人である。系統的には,60~70万年前に現生人類と分岐したと考えられている。しかしヒトの歴史としては1万年は気が遠くなるぐらい長い。
2018年には,デニソワ洞窟の少女(10代)は母がネアンデルタール人,父はデニソワ人という論文がNatureに出た。父にはさらにネアンデルタールのgenomeも入っているという。ユーラシア大陸ではかなりの交配が広がっていたのだ!
今回の学会では,インドネシア,パプア・ニューギニアの14グループ,161人のgenome調査から,同じデニソワ人系統でも,アルタイ洞窟のgenomeをD0とすると,D1,D2という亜種(30万年前後に分岐)が東南アジア地域には存在した可能性が示されている(Cell論文も参照)。ことにD1はパプア・ニューギニア以外に見つからず,染色体のchunk(塊)として見出されたという。系統的には1.5〜3万年前後である。すなわち現生人類とニューギニアの山間部のデニソワ人が混血した?
実際に400種ものnew variantsがニューギニアのgenomeで見つかっている。
もちろんこれには,「混血はもっと広範囲に,もっと過去から存在した」という反論もある。それ以外にもチベットにもデニソワ人の痕跡があり,東アジアにはその影響が強い。
まさにアジア人のルーツのロマンである(図)。
(1)稀少疾患
PDGFRA 陰性の好酸球増多症候群に対するベンラリズマブ(Benralizumab for PDGFRA-negative hypereosinophilic syndrome) |
好酸球増多症候群(Hypereosinophilic syndrome: HES)は,喘息や寄生虫疾患を除外した後の,末梢好酸球増加を示す各種疾患が含まれていた。最近,その一部は染色体・遺伝子検査で独立した概念になっていく(Googleで検索上位であり,よく書いてあるサイト参照)。周知のように好酸球の分化の最終段階にはIL-5が関与する。関連する抗体医療は喘息治療での呼吸器科医の話題である。
ここではその1つ抗IL-5受容体抗体,Benralizmabを用いた,HES(もともと希少疾患)でかつPDGFRA陰性例の 20名という少数患者での臨床試験がNEJM誌に報告されている。プラセボを対照とし,Benralizmabは4週1回30 mgを3回投与し,その後非盲検での延長期間もある。主エンドポイントは12週時点での好酸球絶対数の50%以上の減少である。結果は90%近くで好酸球減少が認められ,寛解持続,基礎治療軽減などが見られた(図)。
HESの1部はFIPIL1-PDGFRAの転座・融合遺伝子陽性例(従来のHESの10~20%という)は分子標的薬イマチニブ少量投与がなされている。今回のような同陰性例では抗IL-5受容体抗体を用いる方向だ。いずれも希少疾患への既存薬剤適用拡大の方向を示すものである。日本の重症HES患者は,安全性は喘息患者で検証されているなら,今回の結果でそのまま使用が可能となるよう願う。
(2)Review article
医学の新領域:医学における機械学習(Frontiers in medicine: Machine learning in medicine) |
医療分野へのAI応用(ここではmachine learningという用語)は医療の新規方向として,メディアの話題である。しかしそもそも,machine learningとはどういうシステム構成によるのか?どれだけ省力になるのか?その精度はいかほどか?たとえば最終診断には専門医の役割はどうか?など,なお一般には情報もなく,認識もされていない。
本総説はそうしたmachine learningの基本的構造を多くの表でよくまとめ説明していて,一見の価値はある。ビデオもあるができは良いとは言えない。 Audio interview の方が良い。
(貫和敏博)