" /> 脳の掃除屋ミクログリアとCD22:認知症創薬への本命か? |
呼吸臨床
VIEW
---
  PRINT
OUT

「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 43

公開日:2019.4.17


今週のジャーナル


Nature Vol. 568, No.7751(2019年4月11日)日本語版 英語版

Science Vol. 364, Issue #6436(2019年4月12日)日本語版 英語版

NEJM Vol. 380, No.15(2019年4月11日)日本語版 英語版






Archive

脳の掃除屋ミクログリアとCD22:認知症創薬への本命か?

•Nature

(1)神経科学 

CD22阻害は,ミクログリアのファゴサイトーシスを維持し加齢脳における恒常性を回復させる(CD22 blockade restores homeostatic microglial phagocytosis in ageing brains

 脳内の約80%を占めるグリア細胞は,神経回路の活動の恒常性を維持するうえで非常に重要役割を果たしている。そのグリア細胞の一種である,ミクログリアは中枢神経における免疫細胞として役割を果たしていることが知られており,その起源や中枢神経疾患の病態においてさまざまな役割を果たしていることが徐々に明らかになってきた(参考)。これまで加齢や神経変性疾患などにおいては,ミクログリアの貪食機能による老廃物や異物の除去が障害されていることが知られていたが,ミクログリアの貪食維持に関わるメカニズムについては不明であった。

 今回,米国スタンフォード大学のグループは,ミクログリアから樹立した細胞株に予めCas9を発現させ,膜蛋白および薬剤標的の候補となる遺伝子群に対するガイドRNAライブラリーを導入後,pH(ペーハー)によって色が変化するビーズを貪食させ,ノックアウトすることでその貪食が亢進もしくは抑制される遺伝子群に着目した。その中でノックアウトによってミクログリアの貪食が亢進する分子の1つとしてCD22の同定し,CD22が加齢脳のミクログリアにおいて貪食の抑制因子と作用していることを示した。その機序として,著者らは,膜上のα2-6結合シアル酸がCD22のリガンドとして作用し,そのシグナルがCD22の下流でSHP-1経由することで貪食が抑制されることを明らかにした。さらに抗CD22抗体を用いることで,ミエリン・βアミロイド・αシヌクレインなどの老廃物や蓄積物の排除が促進されることを示し,長期投与した老化モデルにおいて認知機能が改善することを示した。

 いわゆる脳内に異物が蓄積することによって生じる中枢神経障害に共通している利用できるアプローチとなる可能性があり,ミクログリアを標的とする治療として非常に興味深く,また今後の臨床応用が期待される治療である。



(2)免疫学 

NIK-SIXシグナル経路はノンカノニカルなNF-κBシグナルを抑制することで炎症を制御する(A NIK–SIX signalling axis controls inflammation by targeted silencing of non-canonical NF-κB

 ノンカノニカルなNF-κBシグナルは,リンパ器官の形成・B細胞の成熟・骨細胞の分化などさまざまな炎症や細胞分化のプロセスに寄与するのみならず,その機能破綻は,癌や自己免疫疾患などさまざまな病態に関与することが報告されている(参考)。ノンカノニカルなNF-κBのシグナルにおいて,NF-κB-inducing kinase(NIK, 別名MAP3K14)が律速酵素となることが知られているが,転写因子などを含め,それがどのように制御されているのかほとんど知られていなかった。

 米国テキサスサウスウェスタン大学のグループは,sine oculis homeobox(SIX)ファミリーに属するSIX1およびSIX2という転写因子の役割について明らかにした。もともと分化の過程で発現が抑制されているSIX1およびSIX2は,NIKの作用により再活性化される。再活性化したSIX1/2はさまざまな炎症関連遺伝子(例えばIL-1b, IL-8, IL-13, IL-33など)の活性化をv-rel avian reticuloendotheliosis viral oncogene homolog A(RELA)およびRELBのトランス活性化(遺伝子が他の遺伝子にコードされる転写活性化因子によって発現を亢進すること)を阻害することによって抑制する。さらに,SIX1の発現誘導はエンドトキシンショックモデルにおいて炎症抑制→予後改善をもたらすことを示すとともに,SIX1/2がSMAC-mimetics(second mitochondria-derived activator of caspaseの類似体=Inhibitor of Apoptosis Proteinsの阻害)によって誘導される肺癌細胞の炎症死を抑制することを明らかにした。

 過剰な炎症が病態形成に関わるような疾患において,NIK-SIXシグナルの誘導は新たな治療標的となる可能性が期待される。


(3)その他 

歴史上一貫して,社会的複雑性は道徳を説く神に先立って出現した(Complex societies precede moralizing gods throughout world history

 Natureにもこのような研究が紹介されている。慶応大学を含む世界の大学が共同して,社会的複雑性の尺度51種類,および道徳の強化に関する尺度4種類を用いて,世界30地域の過去1万年にわたる記録を系統的に解析したもの。道徳を説く神は社会的複雑性が進化するための前提条件ではなく,複雑な多民族による帝国が作られた後に,それを維持して拡大させるのに寄与した可能性が示唆される。


•Science

(1)神経科学 

抗鬱薬としても用いられるケタミンによって誘導されるニューロンの樹状突起スパイン形成は,前頭前野の機能を長期的に回復する(Sustained rescue of prefrontal circuit dysfunction by antidepressant-induced spine formation

 「うつ病」は非常にコモンな疾患である一方で,その発症に関わる神経回路・長期間における改善・再発の機序などについては依然として不明な部分が多い。ケタミンは鬱症状を速やかに改善する作用があることから,うつ症状の原因となっている神経伝達物質の解析やうつ症状が短期もしくは長期に改善するケースの比較検討などに用いられる。

 今回,米国コーネル大学のグループは,慢性的なストレスやケタミン投与が,前頭前野の錐体細胞(大脳皮質に存在する興奮性の神経細胞)における樹状突起スパイン〔神経細胞の樹状突起から突き出ている小区画で,脳のほとんどの興奮性シナプスの入力を受けているトゲ状の隆起(Wikipediaより)〕のリモデリングにどのように関与するか,イメージングおよびオプトジェネティクスの技術(光でタンパク質発現を制御する技術)を用いて評価した。まず慢性的なストレスは,特定の部位に樹状突起スパインの消失をもたらすが,ケタミン投与によって選択的にその失われた部分の樹状突起スパインが回復することを示している。さらにケタミンによる臨床症状の改善は,この樹状突起スパインの修復が起こる前から出現し,その改善効果は2〜7日に渡り持続することがわかった。また,オプトジェネティクスの技術を用いて,ケタミンによって修復された樹状突起スパインのみを選択的に障害すると〔簡単に説明すると,光を当てることで刺激されるプローブとしてactivated synapse–targeting photoactivatable Rac1(AS-PaRac1)というものを用いると,活性化シナプス=新たに出現した樹状突起スパインを選択的に除去できる〕,症状が再燃するのに対して,ランダムにスパインを障害しても症状は生じなかった。以上から,ケタミンはストレスなどの原因によって障害される特定の樹状突起スパインを選択的に回復されるとともに,スパインの回復による神経シナプスの改善が治療効果の持続に重要であることが示唆された。

 本研究の概説がわかりやすく説明されている()。またPERSPECTIVEでも紹介されている()。

 うつ病に対する新たな治療介入の方向性を示唆する重要な報告である。



(2)発生学・再生医学 

進化の過程で内温性獲得に伴い生じたホルモンによる心臓再生能力の制御(Evidence for hormonal control of heart regenerative capacity during endothermy acquisition

 脊椎動物の中で,ゼブラフィッシュやサンショウウオでは,心筋の再生が生じるのに対して,マウスやヒトでは起こらないことが知られている。今回,米国UCSFのグループは,心筋再生を示す指標の代用として,心筋細胞のなかで2倍体を呈している状態になっている頻度を41種類の脊椎動物において評価した。興味深いことに,その頻度は外温動物(熱源が外界に依存)から内温動物(自分で熱産生を起こす)への進化の境界における甲状腺ホルモン濃度に逆相関することがわかった()。さらに,マウスにおいて甲状腺ホルモンのシグナルを遮断した場合,心筋細胞では,再生を示唆するような倍数化が見られたのに対して,ゼブラフィッシュに甲状腺ホルモンを投与すると心筋再生は障害されることを示した。以上から,哺乳動物では,進化の過程で甲状腺ホルモンによる熱産生を獲得した代わりに,心筋再生機能を失ったことが明らかになった。

 甲状腺ホルモンが心筋再生における規定因子になっているという事実は驚きであり,発生学的にも非常に興味深い発見である。



•NEJM

今週号は呼吸器関連のarticleはなかったので,下記の2つを簡単にご紹介。

(1)CLINICAL IMPLICATIONS OF BASIC RESEARCH


イリシンを知り尽くせ(Boning up on irisin

 骨格筋は内分泌臓器としても機能することがよく知られるようになったが,運動の際に分泌される筋肉由来のホルモン様物質:ミオカインの1つとして注目されているのが,イリシンである。イリシンは膜貫通蛋白であるfibronectin type III domain–containing protein 5(FNDC5)により産生され,主に骨および脂質に対して,その作用機序が明らかにされた(オリジナル論文)。その論文の内容を概説している。

 イリシンは,インテグリンを介して,骨に対しては再吸収を促進し,脂肪に対しては燃焼を促進することが明らかになった。わかりやすい図解が示されている。



(2)CLINICAL PRACTICE AUDIO

成人における閉塞性睡眠時無呼吸(Obstructive sleep apnea in adults

1人の症例を提示し,診断から治療までの流れをフローチャートおよびガイドラインの紹介も含め(ガイドラインについてはreferenceのみ),わかりやすく概説している。


(小山正平)