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癌治療戦略に癌抑制遺伝子RB,PTEN経路の再活性化?/ICI治療に抗TNF抗体の意義は?
今回のNatureとScienceでは,新たな治療戦略としての「癌抑制遺伝子の再活性化」に関する大変興味深い報告がそれぞれ掲載されているので,まずはScienceのPTENから・・・
▶︎遺伝学・腫瘍生物学
MYC-WWP1阻害経路の抑制を介した癌抑制遺伝子PTENの再活性化による癌治療(Reactivation of PTEN tumor suppressor for cancer treatment through inhibition of a MYC-WWP1 inhibitory pathway) |
NatureのRbに続き,治療標的としてはむずかしいと考えられていたもう1つの癌抑制遺伝子PTEN(phosphatase and tensin homolog on chromosome 10)。その再活性化の手段としてPTEN阻害経路の抑制による治療法を報告したハーバード大学のPandolfiラボからの論文。PTENはもともとphosphoinositide 3-kinase(PI3K)–AKTシグナルを抑制することで,細胞増殖にブレーキを掛けている。PTENの場合,両方のアレルの欠損があると,P53が野生型の場合は,細胞老化を起こすのに対して,片方のアレルが欠損している場合ではこのような現象が起きない。つまり,完全欠損よりも片側欠損の方が,発癌は促進されることが知られており,この様な現象はobligate haploinsufficiencyと呼ぶ。このような背景からdrug targetとしては難しいと考えられてきたが,今回筆者らは,PTENが2量体を形成してから細胞膜表面に提示されてくるまでのマシーナリーに注目した。その検討の中で,E3 ubiquitin ligase であるWWP1(WW domain–containing ubiquitin E3 ligase 1)がPTENと相互作用し,その機能を抑制していることを明らかにした(PERSPECTIVEにわかりやすい図解がある)。
彼らは,in vivoにおけるWWP1の機能を検証するため,WWP1の活性を促すことが知られている癌遺伝子Mycの変異を持つマウス前立腺癌モデルを用いて,WWP1を欠損させた場合にどのような変化が生じるか検討した。WWP1欠損はMyc変異による前立腺癌の増殖を抑制し,それがPTENの再活性化によるPI3K-Aktシグナルの抑制によることを示した。さらに,WWP1の阻害薬を用いても抗腫瘍活性が誘導できることを報告している(図)。
PTENの不活性化は様々な腫瘍で認められる変異であり,WWP1の阻害が複数の癌に対して有効である可能性があり,臨床応用が期待される。
つぎはNatureのRb再活性化の論文・・・
▶︎腫瘍生物学
RBは細胞リニエージの正確さ,腫瘍の増殖・転移の様々な段階を制御する(RB constrains lineage fidelity and multiple stages of tumour progression and metastasis) |
癌抑制遺伝子のRB(retinoblastoma)の不活性型変異は肺腺癌においても比較的高頻度に認められる。TCGAでは肺腺癌の4%と報告されている(Nature. 2014; 511: 543–50)。これに対して,CDK(cyclin-dependent kinases)4とCDK6を阻害することでRBの再活性化を起こし,肺腺癌を治療しようという臨床試験が現在進められている(Cancer Discov. 2016; 6: 740-53)。この治療を受けた乳癌患者で間質性肺炎が多く認められるという注意喚起が最近マスコミで報道されたので皆様もご記憶のことと思われる(この理由についても興味深い)。
ペンシルバニア大学のグループは,Kras変異とP53欠損変異を有する肺癌モデルに腫瘍発育後,途中からRBを欠損させるモデルを用いて,腫瘍の性質にどのような変化が見られるか解析した。その結果,腫瘍の増殖においてMAPK(Mitogen-activated Protein Kinase)シグナルへの依存性が消失すること,分化度が下がりより転移しやすい性質を獲得することを見出した(わかりやすい図解がNEWS AND VIEWSで取り上げられている )。また,CDK4/6とは別にCDK2依存的なRBのリン酸化もMAPKシグナルの重要なエフェクターの1つで,この経路がCDK4/6阻害の耐性化機序に重要な役割を果たしていることを明らかにした。さらに,RB欠損によって誘導されるSOX2(sex determining region Y-box 2)やHMGA2(High-mobility group AT-hook 2)などの因子もさらなる治療標的になりうると提唱している。CDK4/6阻害薬との併用薬として期待されるが,その一方で副作用の重症化も懸念される。
ここからはいつも通りの論文紹介
(1)内分泌代謝学
In vitroでのヒトインスリン産生β細胞の分化過程における細胞特性の図解(Charting cellular identity during human in vitro β-cell differentiation) |
現在の再生医療においてiPSおよびESからインスリン産生β細胞を分化誘導させることについてはすでに成功しているが,回収率が非常に低いことから,膵臓移植などを目的とした場合,大量の細胞移植をするレベルには到達していない。
今回ハーバード大学のグループは,in vitroでヒトの幹細胞からβ細胞へと分化誘導している過程の10万個以上の細胞をシングルセルシークエンスにて解析し,各種構成細胞の特徴づけを行った。本研究はNEWS AND VIEWSでも取り上げられている(図)。
本研究では,in vitroにおいて分化誘導中の幹細胞を複数のタイミングで回収し,シングルセルシークエンスを行うことで,β細胞,α様の複数のホルモン分泌を司る細胞,外分泌細胞に類似する非内分泌細胞,エンテロクロマフィン細胞に類似する細胞に分類することに成功した。また,内分泌細胞は培養中の成長因子が無くてもその特性を保つことを明らかにしている。さらに,表面マーカーとしてCD49a(β細胞に発現)を用いることで,β細胞のみを高率に回収することに成功した。
以上のように,膵臓を構成する細胞リニエージおよびその特徴的表面マーカーの同定は,分化段階にある膵臓細胞を構成成分毎に分類することを可能にするだけでなく,より効率的に均一の細胞集団を回収するための戦略としても非常に有用である。
(2)腫瘍免疫学
TNF阻害薬の予防投薬は抗CTLA-4抗体・抗PD-1抗体併用による免疫療法のおける抗腫瘍効果と毒性を切り離す(Prophylactic TNF blockade uncouples efficacy and toxicity in dual CTLA-4 and PD-1 immunotherapy) |
イピリブマブとニボルマブの併用では免疫関連有害事象として重篤な大腸炎を発症することが知られており,ステロイドなどの免疫抑制薬に加えて,TNF阻害薬の有用性が報告されている。今回,スペインのグループは,dextran sulfate sodiumを用いた大腸炎モデル,MC38やB16などの細胞株を用いた細胞移植癌モデルを用いて,抗CTLA-4抗体・抗PD-1抗体の併用に加えてTNF阻害を併用した場合の腸炎および抗腫瘍免疫に与える影響を評価している。これらのモデルでは,抗TNF治療がDSSと抗体併用による大腸炎を収束させるだけでなく,抗腫瘍効果は促進することを明らかにしている。さらに免疫不全マウス(Rag2-/-Il2rg-/-)にヒトの末梢血由来の単核球を注入したモデル(このマウスではGVHDによる肝炎・大腸炎を発症する),さらにこのモデルにヒト大腸癌細胞株を投与したモデルを用いて,同様にTNF阻害が大腸炎を改善する一方で,治療効果には悪影響を及ぼさないことを明らかにした。
T細胞の活性化によって産生されるTNFも,その名のとおり抗腫瘍活性において重要な機能を持つと思われているが,副作用を軽減しつつも,治療効果を減弱しないという,これまでのirAE治療のステロイドとは異なる観点での治療介入であり非常に興味深い。今後の臨床試験による検証が待たれる。
ATSの開催に合わせて,いくつか呼吸器科に関連するトピックが掲載されている。
1)軽症喘息に対するブデゾニド-フォルモテロール頓用のコントロ-ル試験(Controlled trial of budesonide–formoterol as needed for mild asthma) |
ブデゾニド-フォルモテロール(シムビコート)とSABA(アルブテロール)を比較した際の年間の発作発生頻度および重症発作発生頻度を比較したもので,ブデゾニド-フォルモテロールにおいて有意に減少した。
2)喀痰好酸球数低値の軽症喘息に対するモメタゾンとチオトロピウムの有効性比較(Mometasone or tiotropium in mild asthma with a low sputum eosinophil level) |
軽症ではあるが持続する喘息(ほとんどの場合が喀痰中好酸球は<2%)に対するモメタゾン(アズマネックス)とチオトロピウム(スピリーバ)の有効性比較。いずれも有効性は乏しいという結果。
3)強皮症に合併する間質性肺炎に対するニンテダニブの有効性(Nintedanib for Systemic sclerosis–associated interstitial lung disease) |
強皮症に合併する間質性肺炎において,ニンテダニブはFVCの年間減少率を有意に低下させた(図)。
(1)乳癌治療
PIK3CA 変異陽性ホルモン受容体陽性進行乳癌に対するアルペリシブの有効性(Alpelisib for PIK3CA-mutated, hormone receptor–positive advanced breast cancer) |
ホルモン受容体(HR)陽性・ヒト上皮増殖因子受容体 2(HER2)陰性の乳癌患者の約40%にPIK3CA変異を認める。今回,HR陽性・HER2陰性に対するPI3Kα特異的阻害薬アルペリシブの有効性を検証した無作為化第3相試験。アルペリシブ+フルベストラント(エストロゲン受容体拮抗薬)とプラセボ+フルベストラントの2群を比較。合計572例が無作為割りつけされ,341例でPI3KCAの変異を認めた。PI3KCA陽性例では,アルペリシブ投与群で無増悪生存期間延長。病勢進行または死亡のハザード比0.65,95%CI 0.50~0.85。一方,PI3KCA陰性例ではハザード比 0.85,95%CI 0.58~1.25(図)。有害事象としては,高血糖・発疹などが目立った。以上より,内分泌療法歴のある,PIK3CA変異陽性HR陽性HER2陰性進行乳癌患者において,アルペリシブ+フルベストラントによる治療は無増悪生存期間を延長させた。
(2)REVIEW ARTICLE
粘液閉塞性肺疾患(Muco-obstructive lung diseases) |
今回,粘液閉塞性肺疾患としてreviewが掲載されている。粘液産生の機序と,気道粘液の過剰産生を特徴とする病態として慢性閉塞性肺疾患・囊胞性線維症・非囊胞性線維症性気管支拡張症などでは,粘液産生の機序にどのような異常が生じているのかについて記載されている(図1,図2)。
是非一読いただければと思う。
(小山正平)