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腫瘍組織Treg細胞中のCBM複合体機能部分阻害がIFN-γを介してICI効果を増強する
今回で,「ほぼ週刊,トップジャーナル・ハック!」は2年目に入ります。
読者の皆様には,関心を持ってアクセスと「いいね」をいただき,厚く御礼を申し上げます。
また,多忙な業務の中を分担下さった,鈴木拓児先生(自治医科大学),小山正平先生(大阪大学)には,面白い視点の論文解説を執筆くださり,ありがとうございます。
連載開始時に,本トップジャーナル・ハックの目的が,生物学大変革が進む中,21世紀医学の新しい方向性を予感する,一番手っ取り早い方法であることを述べました。
実は先週末,京都大学医化学講座の本庶佑先生のノーベル賞受賞祝賀同窓会に出席しました。本庶先生の「Nature,Scienceに出ているものの9割は嘘で,10年たったら残って1割だ」という言葉は,1万人に1人,10万人に1人のスーパー研究者として,初めて自負を持っていえることでしょう。しかしそれをもって我々臨床医が,これらトップジャーナルに目を通さないことの免罪符にはならない。むしろ日本では,トップジャーナルに目を通すことは,世界の広さを知る機会であると考えます。同様のトップジャーナルである先週のTIME誌の表紙の辛辣さは,英国人の強さを示すものでしょう。こうした外の世界の強さを知らずにKYが話題になる国に満足していては,研究は進まないのではないか?
どうか皆様,もちろん騙されないように,しかし医学の新しい方向性も探っていきましょう。
1)腫瘍免疫学
CBM複合体の標的化によって,Treg細胞は腫瘍を免疫チェックポイント療法に適するようプライミングする(Targeting the CBM complex causes Treg cells to prime tumours for immune checkpoint therapy) |
ICI(immune checkpoint inhibitor)は期待とともに,その効果発現が一部にしか見られない点が大きな課題である。その理由,あるいは適切なバイオマーカーには何がよいのか? その探索が大きな話題となっている。
例えば,腫瘍細胞側からは,PD-L1の発現頻度,TMB(tumor mutational burden),また腫瘍組織における炎症性因子GEP(T cell-inflammed gene expression profile)などは,すでにTJHack(#8,#18)でも紹介したしてきた。
今回は腫瘍組織浸潤性Treg細胞のなかのCBM複合体を部分的に阻害し,ICIと併用すると効果が増強されるという前臨床動物実験系が,Boston,MGHのグループから報告されている。
CBM複合体はNF-κBシグナル経路を利用するABC-DLBCL(aggressive activated B cell like subtype of diffuse large B-cell lymphoma)でその機能が知られていたものである。その一部を阻害すると,逆にTreg細胞が変化して抗腫瘍活性を示し,多様な悪性腫瘍にも効果がありそうだ。この報告はNature Reviews CancerのResearch Highlightsでも紹介されている。
CBM〔CARMA1-BCL10-MALT1: CARD-containing MAGUK protein 1(CARD=Caspase recruitment domain-containing protein),B-cell lymphoma/leukemia 10,Mucosa-associated lymphoid tissue lymphoma translocation protein 1〕複合体とは何か? 最近の総説によく書かれている。ABC-DLBCLにおけるシグナル経路disregulation(図),またCBM各構成蛋白のドメイン構造(図)などが理解できる。
BostonのグループはTME(tumor microenvironment)のTregをその細胞内CBM機能を修飾することで機能制御する発想に至った。Tregを全部機能不全にするともちろん深刻な状況になるが,不思議なことに一部なら反って抗腫瘍効果のあることを,Foxp3YEP-CreとCARMA1flox/floxをかけ合せたTreg特異遺伝子改変モデル動物を使って検討した。
CBM機能を一部阻害したCARMA1fx/+(以降,C1fx/+と省略)マウスでは反って腫瘍抑制を認めた。興味あることにC1fx/+マウスではINF-γの産生を認め,抗IFN-γ抗体で腫瘍抑制活性を失うことから,この一部のTreg変化が抗腫瘍活性に,IFN-γを介して関与することが明らかになった。
このC1fx/+マウスではintratumoral Tregに影響し,それに伴いマクロファージのMHC-class II発現を増強し,腫瘍細胞ではMHC-class IやPD-L1の発現が増強した。
モデル動物をさらに臨床類似使用する工夫として,現状ではCARMA1の阻害薬はないので,CBM複合体の一員,MALT-1の阻害薬を使用することにした。先の総説にあるが,MALT-1はparacaspaseドメインを持つ蛋白分解酵素活性を示し,その基質は表である。MALT-1阻害薬mepazineやMI-2をD4M.3A(マウスmelanoma株)やMC 38(マウスcolon腺癌株)のallograftに使用すると,C1fx/+同様IFN-γ産生と腫瘍縮小が見られた。
こうしたTH1 type炎症である事,腫瘍PD-L1発現も亢進するので,次には抗PD-1抗体との併用治療を試みた。結果は予想通り,mepazine+抗PD-1抗体で最も腫瘍抑制が認められ,動物実験ながらも12カ月relapse freeであったという。
この論文は投稿から受理まで1年以上を経ていて,追加データも多いが,なお,CBM複合体の部分阻害がTME浸潤のTregのみに影響するのか? あるいはMALT-1がどの基質蛋白分解に一番機能しているのかなど,今後の検討も創薬方向も含め待たれる。
しかしながらICI抗腫瘍効果を向上させる上で,GEP様効果を示す点で非常に興味ある示唆に富む報告である。
2)その他
◆ゲノミクス
2型糖尿病群2万791例と対照群2万4440例のエキソーム塩基配列解読(Exome sequencing of 20,791 cases of type 2 diabetes and 24,440 controls) |
Ⅱ型糖尿病の2万症例前後を対象としたexome解析が報告されている。一方でexome解析の限界も考えさせるものである。
◆発生生物学
哺乳類胚形成の分子記録(Molecular recording of mammalian embryogenesis) |
UCSFのグループから,哺乳動物の受精から原腸形成までを,新規方法論のmolecular recorderとtransposase vectorを用いて,sc RNA seqによって,その細胞分化,形態形成における遺伝子発現を見た膨大な情報が報告されている。方法論の進歩にただただ驚く。
ScienceではOrganoidsがSpecial Issueである。
またNature同様sc RNA seqを用いた興味ある論文が報告されている。
1)脳科学
マウスの胎生期における視床から皮質への神経投射の発達は皮質の機能局在地図を形成する(Prenatal activity from thalamic neurons governs the emergence of functional cortical maps in mice) |
学生時代,神経学を学んで,複雑でかつ,その意味が不明であったものが,脳幹部,視床,そして大脳皮質の間の細胞集団とそのネットワーク形成である。もちろん中枢神経系形成の進化が関与するのだろうが,形態形成上いかなる時期に複雑な神経ネットワークが形成されるのか?
こうした疑問に対し,マウスのヒゲ(whiskers)による感覚神経経路の解明が,スペインのグループより報告されている。
この論文はPerspectivesにも紹介されていて,そこに示された胎児期から出生後のネットワーク経路形成時期,神経細胞barrels形成時期の図がその時間経過を理解しやすい。
マウスはconditional遺伝子改変マウスを作成し,Kir 2.1というチャンネル蛋白で神経細胞傷害を惹起している。これにより高度にsynchronizeされたシグナルが皮質に流れない。視床からの刺激が強いインパクトで皮質に達しないと,大脳皮質における感覚野barrelsが形成されない。
これら神経ネットワークは,前図のようにE18から形成が始まる。whiskersから視床は神経経路が先に存在し,出生4日前後からwhiskersの刺激を受け大脳皮質のbarrelsが形成されることを示している。
Perspectivesの最初にあるように,かかる研究は従来,解剖学+電気刺激実験でなされていたものであるが,遺伝子改変マウスで見事に出生前後の神経ネットワーク形成が示された。またwhiskersによる感覚入力は,他の光(視覚系),音(聴覚系)による感覚入力経路形成にも共通するという。YouTubeに著者の解説もある。
2)その他
DNAバーコードは新種探しを後押しする(DNA barcodes jump-start search for new species) |
200億円前後の研究予算で200万生物種のゲノム配列を決定する。barcodingという実験技術と半自動コンピュータ直結の核酸配列情報蓄積の連動が,ゲノム解析費用を低下させ,地球上生存生物種のゲノム同定に広げるというニュースがある。
今週号はASCO随伴と思える臨床試験報告もメール版で送られているが,肺癌関連はない。
1)臨床研究
季節性マラリアの化学予防にアジスロマイシンを追加することの効果(Effect of adding azithromycin to seasonal malaria chemoprevention) |
アフリカの小児死亡率を低下させるためのアジスロマイシンのより長期の評価(Longer-term assessment of azithromycin for reducing childhood mortality in Africa) |
◆EDITORIALS
アジスロマイシンに対する希望と慎重な見方(Hope and humility for azithromycin) |
◆CORRESPONDENCE
MORDOR I 試験におけるマクロライド耐性 ― ニジェールにおけるクラスター無作為化試験(Macrolide resistance in MORDOR I — A cluster-randomized trial in Niger) |
NEJMはいうまでもなく,世界の臨床医が読むトップジャーナルである。しかし時々ネガティブデータも報告される。多くは自分の領域以外で,あまり目を通すことはない。
今回はEditorialを紹介しながら,そうした主要評価項目が達成されなかった臨床研究の背景を理解したい。
azithromycinの公衆衛生的な小児死亡の抑制効果を示した,先行JAMA論文の追試である。マラリア治療の必要な期間に,マラリア薬にazithromycin(3日間1サイクル,1カ月4サイクル,3シーズンの繰り返し)の併用群とプラセボ投与群の比較である。結果は消化器・上気道感染の層別解析では多少の差はあるが,死亡・入院の発生率の差はなかった。
もう1論文は,MORDOR1の追試である。これもazithromycin集団投与による小児死亡の減少状況を,新規投与も含めた,長期経過の追跡である。この臨床研究はプロトコールも含め問題があり,結果として明確な差は認められなかった。
Editorialではazithromycinの発明が1980年クロアチアの科学者によるもので,ultimate goodと紹介されたが,実際にelixir of life(不老長寿)となるのか? との前置きで始まっている。Correspondenceにもある,当然の長期使用耐性菌問題とともに,Ioannidis JPの総説を引用して"Why most discovered true associations are inflated”の考え方を紹介している。そのFig.2に登録者数とodds ratioのグラフがある(図)。最後はelixirとして不老長寿薬発見に船出して戻らなかったXu Fu(徐福)伝説まで紹介している。
最初の登録者数の少ない臨床研究で優位性が出ても,登録者数を増やした,例えば第Ⅲ相臨床試験では,それほど顕著な差が認められないことがしばしばあるのは,よく知られている。NEJMにおいて,主要評価項目を満足しなかった臨床研究が報告されるのは,ある意味,先の総説のような背景を,読者は検討して理解する。こうした意味では重要な報告といえる。この号では糖尿病臨床研究においても,同様なネガティブな結果の臨床研究が掲載されている。
2)その他
米国国立衛生研究所でのゲノムデータ共有における革新(Innovation in genomic data sharing at the NIH) |
NIHが公的研究費によって実施されたゲノム研究を,Genomic Data Sharingというデータベースを設立するニュースが取り上げられている(図)。今後の展開が注目される。
(貫和敏博)