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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 52

公開日:2019.6.26


今週のジャーナル


Nature Vol. 570, No.7761(2019年6月20日)日本語版 英語版

Science Vol. 364, Issue #6446(2019年6月21日)日本語版 英語版

NEJM Vol. 380, No.25(2019年6月20日)日本語版 英語版






Archive

血液で癌の患者を見つけ出す

•Nature

1)腫瘍:Letter

癌患者に見られるゲノム規模での無細胞DNAの断片化(Genome-wide cell-free DNA fragmentation in patients with cancer

 臨床検査として汎用されている腫瘍マーカーを使って,患者の血液で非侵襲的に担癌状態を診断しようとする試みは以前からあるものの,その感度や特異度は決して十分ではない。今回ジョンホプキンス大学から報告された論文では,癌組織から血液中に漏れ出てきたcell-free DNAの断片化パターンが健常者と異なることに注目することによって,被験者の血液を使って,感度73%・特異度98%で担癌状態を診断できることを示している。

 DNAの断片化パターンは,由来する細胞のヌクレオソーム構造(二重鎖DNAがヒストンに巻き付いて構成されたクロマチンの基本的構造)を反映している。このヌクレオソーム構造が正常細胞では整然としているのに対し,癌細胞ではでたらめになっている。そこでCristianoらは,「血中のcell-free DNAを用いて,その断片化パターンを調べれば,担癌状態か否かを診断できるのでは?」という仮説を立て,被験者から得られた断片化パターンを機械学習でカテゴリー化することによって,この仮説が正しいことを証明している。また,この血中cell-free DNAの断片化パターンは,担癌の有無だけでなく,75%の癌患者で原発臓器の特定にも役立ったと報告している。さらに,血中cell-free DNAで,癌細胞由来の遺伝子変異も調べることに,担癌診断の感度は91%まで高まることも示されている。

 今回の報告では,米国,デンマーク,オランダの癌患者208名が対象で,癌種は乳癌,大腸癌,肺癌,卵巣癌,膵臓癌,胃癌,胆管癌が含まれている。肺癌での感度は100%と良好なものの,症例数は12名と決して多くはない。今後さらに症例数を増やして,人種や癌種の違いによる影響を調べていく必要があると思われる。

なお,ジョンホプキンス大学の広報サイトには図解入りの紹介記事が掲載されている(リンク)。


•Science

1)腫瘍:Perspective


腸内細菌叢と大腸癌(The gut microbiota and colon cancer

 「精密医療(precision medicine)の一環として,腸内細菌叢のマイクロバイオームのデータを大腸癌の予防や診断や治療へ役立てよう」という一連の研究についての総説である。Science誌関連論文としては,当トップジャーナル・ハックがNo.35(2019.2.20)で取り上げた

 The human gut bacterial genotoxin colibactin alkylates DNA.

 「ヒト腸内細菌の遺伝毒性物質コリバクチンはDNAをアルキル化する」(リンク

が引用されている。


 このScience誌関連論文で示されたポリケタイド合成酵素(polyketide synthase,pks)を産生する Escherichia coliの他,Fusobacterium nucleatumや毒素原性(enterotoxigenic)Bacteroides fragilisと,計3つの微生物が「大腸癌に関連する微生物」としてこれまで知られている。これらの3つの微生物のうちで,最も研究が進んでいるのは,F. nucleatumである。F. nucleatumには,①大腸癌のE-カドヘリンを介して癌の細胞増殖を促す機構,②腫瘍浸潤のリンパ球やナチュラルキラー細胞の抑制性受容体TIGITを刺激して免疫逃避する機構,③大腸癌の糖鎖を介して癌細胞に接着する機構,④大腸癌のToll様受容体4(TLR4)を介して癌細胞の抗癌薬への耐性化を促す機構,などが知られている。これらの既知の「微生物と大腸癌の関連」の機構については,本総説内に図解されている。

 その上で本総説では,今後明らかにすべき点として,①大腸癌関連微生物(F. nucleatum,B. fragilis,E. coli)が大腸癌の腫瘍微小環境のどこに局在しているのか?,②これらの大腸癌関連微生物同士および宿主がどのように係わり合っているのか? さらに③これらの大腸癌関連微生物が,どのような順番で,どのような時期に腸内細菌叢に加わり,また腸内細菌叢から失われていくのか?,という課題が挙げられている。個々人の腸内細菌叢は,地理,食事,環境,生活習慣などの多くの要因から影響を受けている。そのため,「これらの課題を解決して,腸内細菌叢のマイクロバイオームのデータを大腸癌の予防や診断や治療へ役立てていくためには,世界的な大腸癌患者のコホートと,健常者の長期間に亘る前向きコホートの構築が重要」,と本総説では強調されている。

•NEJM

1)中毒:Review Article

熱射病(Heatstroke

 暑熱環境における体調不良は「熱中症」と総称され,熱中症の重症型が熱射病(heatstroke)である。臨床的には「意識障害,多臓器不全,40.5度を超す高熱」を特徴とする。原因によって2つの病型,古典的熱中症と労作性熱中症に分けられる。古典的熱中症は,熱波によって引き起こされ,慢性疾患を有し活動性が低下しているような高齢者が一般的に発症する。これに対し労作性熱中症は,季節に関係なく通年性に,激しい運動によって引き起こされ,活動性の高い健常者が発症する。そのため,この2病型は発症機序も異る。古典的熱中症は暑熱環境への曝露とその放散の低下によるものであり,労作性熱中症は代謝性の熱産生が生理的な熱損失を上回ることによって発生する。本総説では,「病型分類,危険因子,疫学」,「病態形成と病態生理学」,「診断」,「治療」,「日常生活への復帰」,「遺伝形質」という章立てで,熱射病全般について詳述されており,広く臨床医の興味を引く内容となっている。


2)腫瘍:Clinical Implications of Basic Research

CRISPRによる腫瘍標的の同定(A CRISPR way to identify cancer targets

 本年4月25日発行のNature誌(TJハックがゴールデンウイークのために取り上げられなかった号)に掲載された2報を紹介している。

Nature. 2019; 568: 511–6.

Nature. 2019; 568: 551–6.

 これらの2つの論文では,いずれもCRISPR (clustered regularly interspaced short palindromic repeat)–Cas9 システムを用いて18,000の異なる遺伝子を破壊し,癌細胞株の生存に対する影響を見ている。これを339あるいは517種類の癌細胞株を調べたところ,一部の癌細胞の生存に関与する遺伝子群が見つかった。そして,新薬の開発につながる可能性や遺伝子産物に予想される機能から,癌治療の有望な新たな治療標的として,RecQファミリーのDNAヘリケースであるWRNが見い出された。WRNは,マイクロサテライト不安定性を呈する癌細胞の生存に必須であったことから,WRN阻害薬がそのような癌に対する分子標的薬となる可能性が示されたことになる。この総説では,「腫瘍標的はまだ一部の癌でしか発見しておらず,このような研究は新たな腫瘍標的の発見のために重要」と結ばれている。


(TK)


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