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COPDの急性増悪患者におけるCRP検査に基づいた抗菌薬処方/免疫チェックポイント阻害薬の標的細胞である疲弊T細胞のメカニズムの解明
1)免疫学
TOXは転写的およびエピジェネティックにCD8+ T細胞の疲弊をプログラムする(TOX transcriptionally and epigenetically programs CD8+ T cell exhaustion) |
慢性感染および癌においてT細胞は機能が抑えられており「疲弊」した状態として疲弊T細胞(exhausted T cell:Tex)と呼ばれている(図)。PD-1やPD-L1に対する阻害によるチェックポイント阻害による癌免疫治療は肺癌日常診療でも用いられているが,その標的細胞はまさにこのTexである。今週号のNatureでは,米国ペンシルバニア大学からのARTICLE論文および,ドイツ・ミュンヘン工科大学からの論文と米国ニューヨークのメモリアルスローンケタリングとコーネル大学のグループからのLETTER論文2つの計3論文がこのTex細胞の新たな知見について報告しているので紹介したい。
疲弊CD8+ T(Tex)細胞は,エフェクターCD8+ T(Teff)細胞や記憶CD8+ T(Tmem)細胞と比較して,エフェクター機能が限られており,PD-1(programmed cell-death 1)などの抑制性受容体の共発現が高く,転写が広範に変化している。Tex細胞は,チェックポイント阻害や他の免疫療法における重要な臨床標的である。Tex細胞はエピジェネティックに明確に識別できる免疫サブセットであり,Teff細胞やTmem細胞と比べて独特なクロマチン全体像を持つ。しかし,Tex細胞の転写的およびエピジェネティックな発生を司る機構についてはわかっていない。本論文では,HMGボックス転写因子TOX(thymocyte selection-associated high mobility group box)(ウィキペディアの解説を参照)が,マウスにおけるTex細胞の中心的調節因子であることが明らかにされた。TOXは,Teff細胞とTmem細胞の形成にはほとんど不要であるが,「疲弊」には非常に重要であり,TOXがなければ,Tex細胞は形成されない。TOXはカルシニューリンとNFAT2によって誘導され,フィードフォワードループの中で作用し,TOXはこのループ内ではカルシニューリン非依存的になり,Tex細胞中で維持される。したがって,TOXの発現は,持続的な刺激をTex細胞の独特な転写的・エピジェネティックな発生プログラムへと翻訳することによって,Tex細胞へするのに重要である。ほぼ同様の内容の論文が以下の2つのLETTERにも掲載されている。
・TOXは慢性ウイルス感染において疲弊T細胞の表現型と寿命を強化する(TOX reinforces the phenotype and longevity of exhausted T cells in chronic viral infection)
・TOXは腫瘍特異的T細胞の分化の重要な調節因子である(TOX is a critical regulator of tumour-specific T cell differentiation)
2)遺伝子工学
トランスポゾンにコードされたCRISPR–Cas系はRNA誘導型のDNA組み込みを誘導する(Transposon-encoded CRISPR–Cas systems direct RNA-guided DNA integration) |
ゲノム編集技術の中心となっているCRISPR-Casシステムは,もともとはウイルスやトランスポゾンなどの感染に対する細菌の生体防御機構であることが知られている。しかしながら,近年ある種のトランスポゾンにもCRISPRと同様のCascadeと呼ばれる装置があることが判明してその機能については謎であった。米国コロンビア大学からの本論文では,まさに逆転の発想である事象,すなわち細菌のTn7様トランスポゾンがヌクレアーゼを欠損したCRISPR–Cas系を利用して,可動性遺伝因子のゲノムへのRNA誘導型組み込みを引き起こすことを報告している。NEWS and VIEWSにわかりやすい解説がある。大腸菌(Escherichia coli)でのコレラ菌(Vibrio cholerae)Tn6677のプログラム可能な転位には,CRISPR関連分子装置とトランスポゾン関連分子装置が必要であり,これにはDNAを標的とする複合体のCascadeと転位蛋白質TniQとの間の共複合体が含まれる。ドナーDNAの組み込みは標的DNA配列から下流に一定距離だけ離れた位置で起こり,可能な2つの方向のうちの1つが選択され,さまざまな長さの遺伝的積載物が収容可能である。そしてさらなる解析の結果,数十の独特な標的部位にわたって,非常に特異性の高いDNA挿入がゲノム規模で起こっていることが明らかになった(論文中の図5を参照)。現在のゲノム編集によるDNAの挿入には,CRISPR-CasシステムによるDNAの二本鎖切断後にDNA修復機構(相同性組換え修復)が必要であり,その標的部位特異性や正確な挿入効率が問題であった。本論文で明らかになったDNA切断の必要のないRNA誘導型インテグラーゼが見つかったことは,将来のヒトの遺伝子治療を含めて新たな重要な技術と考えられる。
なお先週号のScienceに同様の論文が掲載されているので参照していただきたい。
・CRISPR関連トランスポザーゼによるRNA誘導性のDNA挿入(RNA-guided DNA insertion with CRISPR-associated transposases)
1)腫瘍免疫
キメラ受容体に作用するワクチンでのブーストにより強化されたCAR-T細胞の対固形腫瘍活性(Enhanced CAR–T cell activity against solid tumors by vaccine boosting through the chimeric receptor) |
わが国でも腫瘍特異的T細胞輸注療法〔Chimeric antigen receptor-T(CAR-T)細胞療法〕が保険適用になったことは記憶に新しい。CAR-T細胞療法は白血病やリンパ腫といった血液系の悪性腫瘍では著効を示しているが,固形腫瘍への応用が重要な課題となっている。米国MITからの本論文では,CAR-T細胞とそれを増殖刺激できる特別なリガンド投与を組み合わせることによって,固形腫瘍に対する高い抗腫瘍効果を示すことに成功している。一般にペプチドワクチンは血中では拡散してしまうという難点があるが,本グループはアルブミンに結合したリン脂質ポリマーにペプチド抗原を結合させたワクチンを開発することにより,安定的に効率よくワクチンをリンパ節に行き届かせることを可能にしている(図1)。
さらにこの両親媒性の脂質ポリマー〔amphiphile ligand (amphi-ligand)〕は細胞膜へ入り込みやすく,実際に抗原提示細胞の細胞膜上からワクチンとして刺激することが可能となっている。その結果,生体内のリンパ節内でCAR-T細胞を非常に効率的に増殖させることができ,マウスの固形腫瘍の系で,強い抗腫瘍効果が得られている。今後の発展を期待したい。
1)慢性閉塞性肺疾患
COPD増悪に対する抗菌薬処方の指針としてのC反応性蛋白(CRP)検査(C-reactive protein testing to guide antibiotic prescribing for COPD exacerbations) |
イギリス・オックスフォード大学を中心としたグループからの報告で,イングランドとウェールズの86カ所の一般内科診療所を受診したCOPD急性増悪患者を対象に,CRP検査をもとに抗菌薬を処方するか(CRP指針群),あるいは臨床的に従来の方法で判断するか(通常治療群)をみた多施設共同非盲検無作為化比較試験である。653例が無作為化され,質問票(臨床 COPD質問票, clinical COPD Questionnaire)で評価された健康状態はCRP指針群の方が良好であった。抗菌薬の処方は初診時も無作為化後4週間に処方された割合のどちらもCRP指針群で低く(図),有害事象も特にみられなかった。CRP検査に基づく判断は不必要な抗菌薬使用を減らす方法の1つとなる可能性が示唆された。なお本論文はeditorialでも取り上げられている。その中で,本研究は「不必要な抗菌薬を減らす有効な1つの方法」の提示であり,COPD急性増悪患者の中でどういった患者群が本当に抗菌薬治療が必要なのか,最適な抗菌薬は何か,といった問題点は未解決な次なる課題であると述べられている。
(鈴木拓児)