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胸膜中皮腫にはフェロトーシス促進が有効か?:新たな抗腫瘍活性のターゲット
1)腫瘍生物学
細胞間の相互作用はNF2-YAPシグナル伝達を介して癌細胞のフェロトーシスを決定つける(Intercellular interaction dictates cancer cell ferroptosis via NF2-YAP signaling) |
フェロトーシスは,アポトーシス,ネクローシス,オートファジーなどとは別の細胞死の機構として考えられており,鉄依存的なlipid ROSの蓄積によって細胞死を起こすとされている(図)。2012年にStockwellらにより提唱された制御性壊死の形態をとる新たな細胞死のコンセプトである(リンク)。フェロトーシスの重要な調節因子であるグルタチオンペルオキシダーゼ(GPX4)は,細胞代謝の副産物である脂質過酸化物を中和することで細胞を守っている。GPX4の基質であるグルタチオンやグルタチオンの構成成分(システインなど)を欠乏させて間接的に阻害させるとフェロトーシスが引き起こされることがある。2017年に,間葉系表現型をもつ腫瘍細胞は,GPX4の阻害に対して選択的に感受性を示すことを明らかにしている。つまり間葉系状態への転換により,他の治療薬の作用を免れるようになった癌を標的とする観点が示された(リンク)。そしてフェロトーシスは,p53, BAP1, マフラーゼなどの複数の腫瘍抑制因子の抗腫瘍機能にも関与している(図)。
著者らは中国中西部にある西安の空軍医科大学で,主に消化器系癌における鉄代謝,フェロトーシス,そのシグナル伝達などの研究を中心にしているグループである。
本論文では,フェロトーシスがE-cadherinを介した細胞間相互作用によって細胞非自律的に調節可能であるという新しい調節機構を明らかにした。上皮細胞では,E-cadherinに仲介されるこのような細胞間相互作用が,細胞内NF2(merlin)とHippoシグナル伝達経路の活性化により,フェロトーシスが抑制される。このシグナル伝達軸を拮抗阻害させると,発癌性の転写コアクチベーターYAPがACSL4やTFRcなどの複数のフェロトーシス調節因子の上方調節によりフェロトーシスを促進するようになる。これは間葉系の特性である,転移性をもつ癌細胞が非常にフェロトーシスを起こしやすいという事の機序を説明する手掛かりになる。さらに本研究で特徴的なのは十分な治療法が確立していない中皮腫の治療効果に期待がもてる結果であったことではないだろうか。それは,中皮腫でしばしば見られる腫瘍抑制因子NF2の遺伝的不活性化と,癌細胞のフェロトーシス感受性を高めることが,悪性中皮腫のマウスモデルで明らかになった。これらの結果は,細胞間相互作用と細胞内NF2-YAPシグナル伝達が,フェロトーシスによる細胞死を決定付ける役割となっていることを証明している。 また既に肝癌・腎癌の分子標的薬として承認されているソラチニブ(チロシンキナーゼ阻害薬)はSLC7A11を阻害することでフェロトーシスを引き起こす。merlinコード化した遺伝子変異をもつヒト中皮腫細胞を用いてソラチニブがフェロトーシスを引き起こすことを明らかにしている(図)。
本研究内容は,今後に期待されるフェロトーシス誘発治療に対する癌細胞の応答性を,NF2-YAPシグナル伝達の悪性変異から予測できる可能性を示唆している。
1)生物医学
CAR-T癌治療法は再びHIVを標的へと戻る(Cancer therapy returns to original target:HIV) |
Science Translational Medicineの8月7日発刊されたMultispecific anti-HIV duoCAR-T cells display broad in vitro antiviral activity and potent in vivo elimination of HIV-infected cells in a humanized mouse model(リンク)の論文を主に説明している。
遺伝子改変T細胞療法〔CAR(chimeric antigen receptor)-T細胞療法〕は,癌患者のT細胞に遺伝子改変を行い,癌細胞を認識するキメラ抗原受容体CARをつけた人工的なT細胞を作成し増殖させ,再び体内に戻して,癌細胞を破壊させる。我が国でも2019年3月に,再発および難治性のCD19陽性B細胞性リンパ球性白血病およびびまん性大細胞性B細胞リンパ腫が対象として承認され,注目されてきている治療法である。
これまでCAR-T治療法はHIV感染細胞を同定させ殲滅させるよう遺伝子改変を合わせられもしたが,十分な効果は得られていなかった。しかし,今回2種類のCAR1, 2を改変させることでHIV感染細胞を殲滅させるマウスモデルを作成しえた。この2組のCAR1, 2をもつ人工的なキラーT細胞は,HIV感染T細胞のエンベロープ蛋白gp120を認識しperforinやgranzyme Bなどを放出させ感染細胞を死滅させる(図)。これによりマウス実験では6匹中5匹はHIV-DNAは検出されず平均ウイルス量も97.5%も減少した。
今回の結果はCD8によって特徴づけられたキラーT細胞にCAR1, 2の遺伝子改変したものであるが,CD4陽性T細胞も対象に研究は進められているようである。実際にHIV感染しても薬物治療なしに10年以上にわたって自然にHIV感染を抑制する免疫能を有している症例も存在しており,新たな遺伝子改変ターゲットが続々と検出される期待がある。
2)新興感染症
エボラ治療の成功によって発生が抑制される見込み(Successful Ebola treatments promise to tame outbreak) |
2018年11月,無作為臨床試験はコンゴ民主共和国(DRC)東部のエボラ発生の真っただ中で行われた。その臨床試験は国内の4サイトに分け,患者は3つの抗体療法のいずれか,もしくはレムデシビルと呼ばれる抗ウイルス薬で治療された。2019年8月9日に499例に関する予備的データを調査した後,独立したデータや安全性監視委員会は試験の中止をした。それは,2つの治療で患者の命を救うことができるという強い兆候を示していたからであった。抗体療法mAB144もしくは抗体カクテル療法REGN-EB3の有効性が明らかとなった。これはエボラのアウトブレイクを抑制するために大きな期待がもてるニュースである。
ビタミンD補充と2型糖尿病の予防(Vitamin D supplementation and prevention of type 2 diabetes) |
ビタミンDにはD2〜D7の6種類があるが,高い生理活性を示すのはD2, D3であり骨代謝だけではなく,免疫・細胞分化・インスリン分泌・血圧調整などにも関与しているとされサプリメントとして汎用されている。呼吸器分野ではないが,呼吸器内科医としてビタミンD補充の大規模試験の結果を認識しておくのもよい。
これまで観察研究では,ビタミンD補充が多くの疾患のリスクが低い可能性があること報告されてきた。しかし米国で約26,000人の大規模ランダム化試験において,癌や心疾患の発生リスクに対するサプリメント(ビタミンDとオメガ3脂肪酸)の影響はなかったことが明らかとなった(N Engl J Med. 2019; 380: 33-44.)。
また2型糖尿病リスクが,血中25-ヒドロキシビタミンD低値との関連性を示す観察研究があることから,本研究では前糖尿病(空腹時血糖値100〜125mg/dl, 75g経口ブドウ糖負荷試験2時間値140〜199mg/dl, 糖化ヘモグロビン値5.7〜6.4%, のうち2つ以上を満たし,糖尿病の診断基準を満たしていない成人)にビタミンD補充が糖尿病発症リスクを低下させるか大規模ランダム化試験で検証している。
2,423例がビタミンD群(ビタミンD3 4,000IU/日)とプラセボ群に無作為化され,24カ月観察し,糖尿病の新規発症が主要評価項目となった。追跡期間中央値2.5年の時点で,新規糖尿病は,ビタミンD群293例,プラセボ群323例で発症しており,ビタミンDのプラセボに対するハザード比は0.88(95%CI:0.75-1.04)と有意な差はみられなかった。また有害事象の発現率も2群間で有意差は認めなかった。
本研究において2型糖尿病の高リスク者(ビタミンD不足なし)にビタミンD3 4,000IU/日を補充しても,糖尿病発症リスクは低下しないことが明らかとなった。
一般的にサプリメントとして市販されているビタミンD3(コレカルシフェロール)製剤は,1日1,000IU/日の摂取量とされているので,本研究で4,000IU/日投与でも効果不明であったことからは成人病発症予防にビタミンD補充の効果は得られないのが明らかである。しかし層別解析においてBMI 30未満の対象者に限り,ビタミンD群のプラセボ群に対するハザード比が0.77(95%CI:0.53-0.95)と弱いリスクではあるが,有意差をみとめていた。
(HI)