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多発性硬化症に見られるsurrogate peptideを認識するCD8 T細胞は炎症抑制に関与する/脳弓領域への脳深部刺激療法が過去記憶をFlashbackする
1)免疫学,神経内科
実験的自己免疫性脳脊髄炎における拮抗的なT細胞応答(Opposing T cell responses in experimental autoimmune encephalomyelitis) |
免疫系はpathogen及びpathogenを取り込んだホスト細胞を攻撃し,感染防止機構として機能する。免疫系は同時に,ホスト細胞への攻撃を抑制する機構を作動させる。
自己免疫性疾患と考えられる多発性硬化症(multiple sclerosis;MS)はミエリン鞘が破壊される脱髄性疾患であり,マウスではEAE(experimental autoimmune encephalomyelitis)としてミエリン由来蛋白感作により惹起される。
自己免疫疾患に多くの研究を展開するスタンフォード大学Mark M Davisらのグループが,EAE発症に関与してexpandするCD4,CD8 T細胞,γδT細胞などの細胞解析し,CD8系T細胞では,EAEの進展に対して抑制的に作用する細胞群が存在することを報告している。
その抗原epitope決定に,非常にユニークな5×108のH2-Db yeast-pMHC libraryが使用されている(リンク)。この論文は,News&Viewsでも,その複雑な実験内容がわかりやすく説明されていて,一読を勧める(図)。
CD4 T細胞のTCRでは,ミエリン蛋白由来のペプチドが認識されることを,上記5x108のライブラリを使い,そのペプチド配列が明らかとなった。
しかし興味ある点は,CD8 T細胞のTCRに認識されるペプチドが8種同定されたが,それはミエリン関連タンパク由来ではない事実である。研究グループはsurrogate peptide(SP)と呼称している。
さらに,このCD8 T細胞が認識するSPをEAE実験系に使用すると,なんと実際には炎症が抑制されることが示されている(Fig. 5)。
研究グループは潰瘍性大腸炎においても,同様の現象を見出している。今回のsurrogate peptideは潰瘍性大腸炎マウスモデルも抑制する可能性は無いのか?
このsurrogate peptideの実態はなお不明であるが,EAEを始めとする自己免疫疾患における,免疫機構の一環としての炎症抑制機構の解明と,それによる治療応用の可能性を秘めるものであり,今後の展開に興味がもたれる。
2)その他:腫瘍免疫学
p53の欠失はWNT依存的な全身性炎症を引き起こして,乳癌の転移を促進する(Loss of p53 triggers WNT-dependent systemic inflammation to drive breast cancer metastasis) |
乳癌は手術で原発巣切除が成功しても,遠隔転移で再発する点が臨床的課題である。
オランダのグループが,乳癌株を検討し,p53が欠失した株ではWNTリガンドが分泌され,それにより近傍のマクロファージからIL-1βが分泌,好中球が誘導され,炎症性病巣成立とともに転移巣が形成されることを明らかにした。以前より炎症巣や好中球集族と癌の関連は知られていたが,今回はその背景の遺伝子変化まで明らかにされた点が注目される。
本号には,米国雑誌であるが,自殺に関して多方面からの特集が組まれている。
1)バイオ・エンジニアリング
プログラム可能なCRISPR応答性スマート材料(Programmable CRISPR-responsive smart materials) |
CRISPR-Casというと,遺伝子改変生物などへの応用が,今盛んに報告されている。しかし,一方でこのシステムをssDNase(single strand deoxyribonuclease)とし,逆相分離的にhydrogelの中にcargoを入れ,特異系制御反応として利用するという,どちらかというと化学工業的発想の応用が今回報告されている。
ボストンMITのBiological Engineeringのグループからの報告である。
実際にはCas12aにより,guide RNA特異的にssDNaseが作動し,hydrogel(Wikipedia参照)中の架橋などに前もって組み込まれたssDNAが分解されることにより,反応をONにすることができる。彼らは次の4つの使用例を図とともに示している。
(i) branched poly(ethylene glycol) hydrogels releasing DNA-anchored compounds,
(ii) degradable polyacrylamide-DNA hydrogels encapsulating nanoparticles and live cells,
(iii) conductive carbon-black–DNA hydrogels acting as degradable electrical fuses,
(iv)a polyacrylamide-DNA hydrogel operating as a fluidic valve with an electrical readout for remote signaling.
i),ii)はバイオ系として思考範囲にあるが,iii),iv)となると電気系,工学的な発想となるが,確かにユニークで面白い。
この論文はPerspectivesでも紹介されている(図)。その中にはCRISPR-Casを感染症診断システムに使っての論文が紹介されている(リンク,図)。
最近,細胞内反応で特異な相分離の現象が注目されている。この号のScienceにも,一報報告されている。CRISPR-Cas12aによるDNase作動は,hydrogelであたかも相分離されていた領域を解放するシステムであり,guide RNAを変化させれば,多段階のDDSとしても使えるかもしれない。まだまだ,CRISPRの応用は始まったばかりのようである。
1)環境公衆衛生医学
652 都市における粒子状物質による大気汚染と1日死亡率(Ambient particulate air pollution and daily mortality in 652 cities) |
PM2.5(particulate matter with an aerodynamic diameter of 2.5μ or less)の呼吸器系健康被害報告は,特にスモッグが激しい秋から冬の中国大陸でたびたびニュースとなる。
中国を中心とする国際研究グループは,24カ国,652都市におけるPM2.5,PM10の測定と,1日死亡率に関して,広範な研究報告をしている(図) 。
それによると,PM10,PM2.5ともに全死因死亡率,心血管系死亡率,呼吸器系死亡率の上昇に関与することが示された。PM濃度上昇に伴い,一日死亡率は上昇し,年間平均PM濃度が低い地域ほどその勾配は急であったという。
広範な環境疫学の研究で,Editorialにもその意義が紹介されている。
2)その他:脳科学
アルツハイマー病患者の脳弓領域への脳深部刺激療法によって誘発された記憶のフラッシュバック(Fornix-region deep brain stimulation–induced memory flashbacks in Alzheimer’s disease) |
Correspondenceに興味ある記憶呼び戻し機構の報告がなされている。
アルツハイマー病患者の脳弓領域(Wikipedia参照)への脳深部刺激療法で,これによる過去の記憶のフラッシュバックが約半数(48%)で見られたという。
臨床試験そのものはネガティブであったという(NCT0160806)。また,用いた機器はMedtronics lead model 3387(図)である。
その記憶flashbackの実際例が図にマンガで示されている(図)。刺激電圧を7V,8V,10Vと高めると,その思い出し内容がますます鮮明になったという。
著者らは20世紀半ばの有名なPenfieldらの大脳皮質直接電極刺激(リンク)に類似していると報告し,実際に約40名の患者で,通電電圧を上げることによって変化した種々の記録が,サプリメントとして添付(70ページ)されている。
近年,電気,磁気などによる脳への直接の刺激が,いろいろ臨床の場で開始されている。今回は,狙った臨床試験成績ではないが,それに付随した記録報告として,貴重なものと思われる。
(貫和敏博)