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今週のNatureの表紙を飾ったのが,「ニコチン依存と糖尿病リスクをつなぐニューロンのフィードバックループ」という興味深い論文。その紹介の前に…
Newsの中では,以前TJHack No.62でも取り上げた電子タバコによる若者の肺疾患の報告が紹介されている(リンク)。これまでに全米で1300名の発症と26名の死亡が確認されているということ。その原因を究明すべく,さまざまな研究が急ピッチで進められているが,原因・病態として有力視されているのが,電子タバコの煙に含まれるテトラヒドロカンナビノール(マリファナの主成分)を溶解している油の成分を一度に大量吸入することによって生じるリポイド肺炎である。ただこの病態がすべてのケースで証明されているわけではなく(リンク),最近では酢酸ビタミンEの関与なども新たに報告がされているようである。米国の検証の素早さには驚くばかりである。
また日本の感染研が東京オリンピックに備えてエボラ出血熱のウイルスを輸入して研究を開始したというレポートも紹介されている(リンク)。
1)神経科学
脳内の手綱核における転写因子TCF7L2がニコチン依存と糖尿病リスクを結びつける(Habenular TCF7L2 links nicotine addiction to diabetes) |
喫煙は2型糖尿病のリスクを劇的に高めることが知られているが,その背景にあるメカニズムについては不明であった。ニューヨークMount Sinaiのグループからの本報告はその機序の一端を明らかにしたというもの。研究内容の概略を示す図がNEWS AND VIEWSに掲載されている。
マウスやラットにおいては,脳内の内側手綱核(アセチルコリンの神経核の1つCh7:リンク,図)のニューロンでは転写因子TCF7L2(Transcription factor 7-like 2)が高発現している。TCF7L2はニコチン性アセチルコリン受容体(nicotinic acetylcholine receptors:nAChR)の活性化の制御に関わるが,まず著者らはTcf7l2野生型と変異型(β-cateninの結合部位を欠損し転写因子としての活性消失)のラットを用いてニコチン依存の発症を比較したところ,変異型マウスではニコチン依存が増悪することを見出した。さらにこの受容体の活性化はcAMPを介して喫煙に対する嫌悪感の誘導に寄与していることを明らかにした。
一方,TCF7L2 アレルが2型糖尿病発症に関連するというこれまでのGWASの報告(リンク)から,著者らはニコチン投与(依存)の血糖値への影響も評価している。その結果,ニコチン投与そのものによって膵臓からのグルカゴン・インスリンの放出と血糖値の上昇が誘導されることを明らかにした。この機序について,蛍光ラベルしたRetrograde virus(特定のウイルスが神経を逆行性に感染していく性質を用いて,ある特定の臓器に投射している神経が脳のどの領域からつながっているかを調べる技術。Retrograde tracingともいう:Wiki)を膵臓に投与して解析を行ったところ,膵臓から内側手綱核に移動するウイルスの存在が明らかになり,神経の連絡があることを見出した。さらに,高血糖の状態が,内側手綱核のニコチン性アセチルコリン受容体の活性化を抑制することを示し,負のfeedbackを形成していることを明らかにした。
以上より,ニコチン過剰状態は,内側手綱核のニコチン性アセチルコリン受容体の脱感作を通じてニコチン依存性を誘導すると同時に,膵臓への神経刺激による耐糖能障害を誘導する。その両者のシグナルに対してTCF7L2が重要な制御を行っているという報告。NEWS AND VIEWSでもdiscussionされているが,TCF7L2の誘導はニコチン依存性には抑制的に作用するが,耐糖能障害は増悪させる可能性がある。薬剤の標的としてTCF7L2を考える際に,ニコチン依存と糖尿病をどのように制御するかは今後の課題といえる。
1)総説
スフィンゴシン-1-リン酸:病態・治療に関わる脂質シグナル(Sphingosine 1-phosphate:Lipid signaling in pathology and therapy) |
近年さまざまな疾患に関してその関与が注目されているスフィンゴシン-1-リン酸に関するreviewの中から特に間質性肺炎との関連についてピックアップし略説する。
スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は,主に細胞膜に含まれるスフィンゴ脂質(Wiki)の代謝産物として供給され,G蛋白質共役受容体を介してさまざまな生理活性を有することが知られている。実臨床においても,神経病変部へのリンパ球浸潤を抑制する目的でS1P受容体調整薬フィンゴリモド(S1P受容体の内在化を促進する:リンク)が多発性硬化症に対して使用されている。
本総説では,炎症性疾患・癌などを含めてさまざまな病態に関わるスフィンゴシン-1-リン酸を中心とした脂質代謝の役割がreviewされているので,ご一読いただきたい(リンク)。IPFに関してもいくつか関与を示唆する報告がある。IPF患者のBAL中ではS1Pが上昇しており,線維化関連のマーカーであるαSMAやI型コラーゲンの発現と正の相関が認められる(リンク)。また炎症局所においてヒト線維芽細胞や炎症性細胞ではS1P受容体のうちS1P2とS1P3が発現しており,それらのシグナルが筋線維芽細胞への誘導に関与することが報告されている(リンク)。さらに,S1P3のノックアウトマウスではブレオマイシンによる肺線維症モデルでの症状改善が日本のグループから報告されている(リンク)。
今後,呼吸器疾患においても治療標的となる可能性が期待される因子である。
先月電子版で非小細胞肺癌に対するイピリムマブ・ニボルマブ併用の試験(Checkmate-227)の全生存期間に関する結果が報告された(リンク)。今週は,肺癌に先行して進められていた悪性黒色腫に対するイピリムマブ・ニボルマブの長期予後に関する報告を紹介する。
1)臨床腫瘍学
進行期悪性黒色腫に対するニボルマブ・イピリムマブ併用治療の5年生存率(Five-year survival with combined nivolumab and ipilimumab in advanced melanoma) |
未治療の進行期悪性黒色腫患者に対して,1)ニボルマブ(1mg/kg)+イピリムマブ(3mg/kg)を3週毎4回投与後,ニボルマブのみを2週ごと投与する群,2)ニボルマブ(3mg/kg,2週毎)+イピリムマブのスケジュールに合わせてプラセボを投与する群,3)イピリムマブ(3mg/kgを3週ごとに4回投与)+ニボルマブのスケジュールに合わせたプラセボを投与する群において,無増悪生存期間と全生存期間を比較。最小追跡期間60カ月の時点で,全生存期間の中央値は,併用群で60.0カ月超(中央値未到達),ニボルマブ単独群で36.9カ月,イピリムマブ単独群で19.9カ月。5年全生存率は,併用群52%,ニボルマブ群44%,イピリムマブ群26%(図)。ニボルマブ長期使用に伴うQOL低下や新たな遅発性の毒性も認められなかったという内容。併用治療による明らかな予後改善の上乗せ効果が示された。
(小山正平)