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今週の話題は,メディアでも取り上げられたGoogleよりの量子コンピュータの報告である。GoogleがAlpha GoのようなAI softwareのみならずhardware研究も展開している。しかし先行するIBMからはまだ量子コンピュータ演算として,十分なものでないとクレームがついている。その真偽は,とてもでないが不明である。
今週からNatureのフォントや編集体裁が変化した。Twitterには女性責任者から,色使いやグラフ表示まで,8項目を取り上げて説明されている。もう一つの大きな変化は,今週以降,全論文がArticleになるとも記してある(リンク)。
1)幹細胞
老化した線維芽細胞の不均一性は再プログラム化や創傷治癒のばらつきと関連する(Heterogeneity in old fibroblasts is linked to variability in reprogramming and wound healing) |
この論文の紹介は,少しpedanticなところから始めよう。老化とは何か? 死はいつ来るのか? これらが日々実感されるのが70歳代である。しかし本論文はstochastic ageing trajectoriesという言葉で老化を実験事実として捉えている。思い浮かんだのは兼好法師による徒然草第155段である。「...死は,前よりしも来たらず。かねて後に迫れり。...沖の干潟遥かなれども,磯より潮の満つるが如し。」である。足元の波のように,いつしか身体を構成する細胞がstochasticなvariabilityをもつことが老化の定義だとする。これは聞いたことがない哲理であるが,納得できる部分もある。
本論文はスタンフォード大学のグループからである。受理まで2年半経過している。データも多い。査読者とどんなやりとりだったのか興味がある。
不思議な出だしである。Reprograming(iPS細胞作成)において,老化はどんな影響があるかという疑問から出発している。Young mouse(3M),old mouse(28〜29M)を比較すると,oldでは血中のpro-inflammatory,anti-inflammatoryやchemokine,growth factorが増加している。実際にOSKM添加(Oct4,Sox2,Klf4,Myc)でiPS細胞を作成すると,平均としての達成率は変わらないが,oldでは個体間のばらつきが大きい(Fig.1)。むろんマウスは純系C57BL/6である。
そこでyoungとReprograming効率のよいgood old,これの悪いbad oldでtranscriptome,epigenome,metabolomeを用いてこれらを弁別すると,分泌性因子,ECM,contractility,inflammation,wound healingなどでold mouseの特性が見られ,これらはactivated fibroblast(myofibroblast)の特性と判明した。また因子解析によりEBF2(Wikigenes)という核因子がそのdriverであること(ヒトでも確認,EBF2 KOでも確認)がわかった。Reprograming実験におけるvariabilityは活性化線維芽細胞に由来すると理解された。実際に活性化マーカーとしてTHY1+PDGFRα+をenrichすると,iPS作成効率が高くなる。これらの差は細胞から分泌する液性因子が関与する。影響の大きなものはTNF-α,IL-1β,IL-6などで,IL-6はReprograming効率を向上させるが,TNF-α,IL1-βはむしろ低下させた(これはブロッキング抗体でも確認)。
歳を取ると傷の治りが遅れる。実際筆者も,夏の立山,浄土山で受けた向こう脛の傷の治りが悪い。これには何が関与するのか? グループはwound healingに着目し,fast-healing oldとslow-healing oldの創傷部肉芽のscRNAを実施すると,fast-healing oldの創傷部には免疫細胞が多いが,slow-healing oldではfibroblastが相対的に多かったという。
この創傷部fibroblastのvariabilityと,iPS作成のvariabilityが本当に関連するのか? EBF2の発現ではどうか? 純系マウスに見られるvariabilityの理由は基本的には何によるのか?stochastic ageing trajectoriesというコンセプト自体は面白いが,起承転結の「結」がしっかり組み立てられていないことが,2.5年の長期査読の理由だろうか?
例えばTert(telomerase reverse transcriptase)のtransgenic mouse(Cell誌リンク)を用いれば健康長寿が可能だが,そのTertの同じ月齢マウスでもiPS作成に差があるのか?言い換えれば細胞寿命を反映しているのか,個体の月齢の反映なのか?老化の本体を知りたいところである。
2)その他
今週号はArticleばかりなので,興味を引くものが多い。筆者が興味を持った3論文のタイトルのみを提示する。
がんゲノミクス:正常な大腸上皮細胞における体細胞変異の全体像(The landscape of somatic mutation in normal colorectal epithelial cells) |
遺伝学:ヒトの健康な肝臓と硬変した肝臓における体細胞変異とクローン動態(Somatic mutations and clonal dynamics in healthy and cirrhotic human liver) |
エピジェネティクス:ヒストンのラクチル化による遺伝子発現の代謝調節(Metabolic regulation of gene expression by histone lactylation) |
1)免疫学
MAIT細胞は生後直後に腸内細菌叢によってインプリンティングがされて組織修復促進を担う(MAIT cells are imprinted by the microbiota in early life and promote tissue repair) |
細菌由来の代謝産物が粘膜関連インバリアントT細胞の胸腺内分化を制御する(Microbial metabolites control the thymic development of mucosal-associated invariant T cells) |
Microbiomeの話題はブームのようにほぼ毎号Top journalに報告される。
今回はやはりcommensalでありながら,それがヒトの免疫細胞といかに関わるかが報告されているので紹介したい。MAIT(Mucosal-associated invariant T)細胞に関する2論文である。Articleである,米国NIAIDグループのものを紹介する。もう一方は,MAIT細胞と胸腺の関連を示すもので,AASJが取り上げている(リンク)。
TJHackで新規論文に目を通すのは大変でもあるが,一方で少し調べてみて驚くことが多い。MAIT細胞は気道上皮にも存在が知られているが,その機能は知らなかった。論文はこのMAIT細胞の数が,実は誕生後の限られた期間にバクテリア等が産生するビタミンB2(riboflavin)系代謝産物に接触することにより規定されることが示されている。マウスのMAIT細胞数で,SPFとGFの差が印象的である(Fig.1)。
MAIT細胞は通常のadaptive immunityに働くT細胞とは異なり,TCRαのV-J部が限られ,MR1受容体に提示されたビタミンB2系を認識し,同時にIL-17で増殖して,細胞内細菌の排除,組織修復作用を示す。
今回の論文はPerspectivesにも紹介され,その図が理解しやすい。またArticleとして本論文のサマリーページにも図示(図)されている。
機能がわからないと数も少ないものと思い込んでいるが,ヒトのT細胞系では最大のpopulationであるという。一方,今週紹介したNature論文で,創傷治癒の肉芽に存在するT細胞が多いのが不思議であったが,実はこのMAIT細胞なのかもしれない。
2)その他
広範囲のインフルエンザウイルスノイラミニダーゼの活性部位を標的とするヒト中和抗体(Broadly protective human antibodies that target the active site of influenza virus neuraminidase) |
インフルエンザに対する抗体に関して新論文が報告されている。これは西川先生のAASJにも取り上げたれられているので,参考まで(リンク)。
1)短報
希少遺伝性疾患に対する患者にカスタマイズしたオリゴヌクレオチド療法(Brief Report: Patient-customized oligonucleotide therapy for a rare genetic disease) |
「とんでもない」というか「いよいよ」というか,個別化医療の先端的なBrief reportが出ている。
6歳女児の潜行性の失明,運動不全,てんかん発作でBatten病(リンク)と診断され,WGSで原因遺伝子の1つMFSD8(lysosome膜タンパク,Wiki)のexon 6のsplicing site変異と同定された。
現在,かかるsplice site変異を克服するoligonucleotideの設計は可能で,Milasenと命名され,患者fibroblastでin vitro実証,毒性もチェックし(既販のoligonucleotideではadverse eventはほとんどない),髄注でdose upしながら臨床使用している。その診断から治療開始までは1年3ヵ月(Fig.1 )で,3ヵ月後から効果が示された(Fig.3 )。
Discussionの中にan example of individualized genome medicineと記され,exceptionally serious or life-threatening circumstanceであったので可能であったと記されている。
通常の薬剤開発の化合物探索,毒性チェック,大量生産体制,臨床試験実施などに必要な膨大な費用が不要ではあるので,reasonableな経費なのかもしれない。正確な経費の記載はないが,知りたいところだ。
と同時に,今まで無意識的トリアージというか,諦めていた疾患,患者にどう優先権を考えるのか,という点も新たに提示されたのではないか? 重いBrief reportであると思った。
2)その他
日本も昨年生まれた子供たちは90歳以上の長寿が予想されているが,この傾向は間違いなく21世紀後半,世界の課題になる。Perspectiveには,Enabling Healthful Aging for All — The National Academy of Medicine Grand Challenge in Healthy Longevityという記事がNational Academy of Medicine(リンク)から出ている。具体的な対応への研究費用Awardの解説で,まずCatalyst Awards,Accelerator Awards,そしてGrand Prizesが記載されている。
日本では白けるところだろうが,米国ではかつて,ヒトゲノム計画の塩基配列解読技術への研究費提示で,結局このゲノム産業を世界制覇した。こうした戦略的対応は,注視すべきである。
(貫和敏博)