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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 71

公開日:2019.11.13


今週のジャーナル


Nature Vol. 575, No.7781(2019年11月7日)日本語版 英語版

Science Translational Medicine Vol. 11, Issue 517(2019年11月6日)日本語版 英語版

NEJM Vol. 381, No.19(2019年11月7日)日本語版 英語版


★Science Vol. 366, Issue #6466(2019年11月8日)日本語版 英語版は今週は取り扱いしません。







Archive

がんゲノムプロファイリングは転移性腫瘍の情報も追加へ/小細胞肺癌の治療標的はDHODH

•Nature


1)がん遺伝学 

転移性固形腫瘍の全がん全ゲノム解析(Pan-cancer whole-genome analyses of metastatic solid tumors

 わが国でも2019年6月1日から,がんゲノムプロファイリングシステム検査用システムが保険適用となった。非小細胞肺癌においてはEGFR, ALK, ROS1, BRAFの遺伝子変異を同定し個別化医療を進めるうえで日常的に使用されている。その遺伝子変異の評価により分子標的薬や免疫療法による奏功性は高いが,再発例や遠隔転移のコントロールに難治する症例においては未だ治療指針は定まっていない。つまり個人の中でも原発病変のみならず,転移性病変でのがんゲノムプロファイリングまで情報取集を拡大して個別化医療に臨む重要性が明らかになってきた。

 著者らはアムステルダムのハートウィッグ医療財団における研究グループで,これまで大腸癌,乳癌を中心としたがんゲノム遺伝子研究を中心に行っている。今回も2,399例において,腫瘍組織と正常組織の対2,520組の全ゲノム塩基配列解読データが含まれた過去最大の転移性固形腫瘍ゲノムに関する研究成果である。解析深度の中央値は腫瘍組織で106X, 正常組織で38X,そして7,000万以上の体細胞バリアントが調べられている。20臓器別の腫瘍におけるsingle nucleotide variants(SNVs)は,皮膚(大部分がmelanoma)と肺が最も多くみられ肉腫,神経内分泌腫瘍,中皮腫より10倍以上多い。またmultiple nucleotide variants(MNVs)も皮膚と肺で他臓器腫瘍よりも多い()。原発腫瘍病変を反映する変異や高率に全ゲノム重複があるなど,転移性病変に特徴的な変異は幅広く異なっていた。個々の転移性病変は均一性があり,ドライバー遺伝子変異の96%はクローン性で腫瘍抑制遺伝子の80%は異なる変異メカニズムによって両アレルを不活化されていた。転移性腫瘍ゲノムでは,原発腫瘍と似た変異全体像やドライバー遺伝子がみられたが,個々の患者における治療応答性や抵抗性に関われる特徴を見出している。62%の患者に対して,承認済の治療や臨床試験中の治療への患者の層別化に使える遺伝子変異が同定された()。この研究成果は,原発腫瘍の全ゲノム塩基配列の情報資源を補完する意味でも大きく,また,がんのプレシジョン・メディシンに対する包括的な腫瘍ゲノムプロファイリングの重要性を示唆している。


2)微生物学 

ヒトの腸内細菌は獲得した細菌間防御システムをもつ(Human gut bacteria contain acquired interbacterial defense systems

 消化管は多様な微生物群集によって構成されており,食餌や宿主免疫が主体となってマイクロバイオームのバランスを調整していると考えられていた。しかし,共存する微生物間の直接的な相互作用がマイクロバイオーム組成の重要な駆動要因になっていることが明らかになってきた。バクテロイデス目のグラム陰性菌の多くはⅣ型分泌装置(T6SS)()をコードしており,T6SSは隣接する細胞内へ毒性エフェクター蛋白の輸送を促進することが報告されている。

 この研究ではヒトの腸内のバクテロイデス目の種において,獲得した細菌間防御(AID)遺伝子クラスターが存在することを明らかにしている。このクラスターはT6SSを介した種内および種間の細菌の拮抗作用を防ぐ一連の免疫遺伝子の配列をコードしている。そして,このクラスターは可動性エレメントに存在しており,それらの移動が毒素に対する抵抗性に寄与していることもわかった。またバクテロイデス目のゲノムに広く存在するリコンビナーゼ関連AIDサブタイプ(rAID-1)の防御能も特定することができた。これらのrAID-1遺伝子クラスターは,活発な遺伝子獲得を示唆する構造をもち,多様な生物に由来する毒素の予測免疫因子を含んでいる。この研究結果により,AID系による接触依存的な細菌間拮抗作用の中和が証明され,これがマイクロバイオームのバランス維持を手助けしていることが示唆された。



 今回のScience(表紙は古代ローマのコロッセオ:写真は観光した時のもの)では医療系,特に内科診療に関連するものがなかったので姉妹誌であるこちらの論文を紹介します。


•Science Translational Medicine

1)腫瘍学 

小細胞肺癌における治療標的としてDHODHの同定(Identification of DHODH as therapeutic target in small cell lung cancer

 小細胞肺癌はすべての固形悪性腫瘍のなかでも進行が速く予後不良な疾患である。この30年間で非小細胞肺癌の予後が著しく改善してきたのは,EGFR, ALK, ROS1などのドライバー遺伝子変異に対する分子標的治療が可能になったからである。それに対して小細胞肺癌腫瘍は,腫瘍抑制遺伝子であるTP53, RB1での不活性化があるともいわれていたが,かなり限局的な治療内容であった。カルボプラチン・エトポシドにアテゾリズマブ併用は全生存期間を改善したとされたが,MSTは1年と画期的な治療は存在しない。

 本論文では,小細胞肺癌における潜在的な治療ターゲットになるであろう遺伝的脆弱性を同定するためにCRISPR-based screeningを用いて分析された。小細胞肺癌の腫瘍細胞にピリミジン生合成経路が大きく関与していることが明らかとなった。そして,この経路()における重要な酵素であるdihydroorotate dehydrogenase(DHODH)の薬理学的阻害は,in vitroで小細胞肺癌の腫瘍細胞の生存を減少させた。また人由来の小細胞肺癌の腫瘍細胞移植したマウスモデルでも腫瘍細胞増殖を強く抑制させた。これらは,小細胞肺癌の新たな治療標的として注目すべき成果であり,今後の治療開発や臨床試験に期待したい。


•NEJM

 今週も呼吸器疾患は本邦ではまれなcystic fibrosisの話題しかなかったので,臨床内科医として興味深い論文を紹介する。


元プロサッカー選手における神経変性疾患による死亡率(Neurodegenerative disease mortality among former professional soccer players

 接触プレーを伴う一流アスリートでは神経変性疾患が報告されているが,本論文では元プロサッカー選手(スコットランド人選手)7,676人を対象に一般集団23,028人を比較対象に神経変性疾患による死亡率を後ろ向きに調査している。中央値18年間において,元サッカー選手は1,180人(15.4%)が死亡,神経変性疾患による死亡率は1.7%(対照者の死亡率0.5%)であった。虚血性心疾患による死亡率は元サッカー選手の方が対照よりも低く,肺癌による死亡率も同様であった。神経変性疾患の内訳では,アルツハイマー病では対照者に対するハザード比が最も高く5.07,パーキンソン病は最も低くハザード比2.15であった。また認知症関連薬が処方された頻度は,元サッカー選手の方が対照よりも高くハザード比は4.90であった。ゴールキーパーとフィールドプレーヤーとの間には神経変性疾患による死亡率に有意差はみられなかった。

 この研究は後向き研究であり,年齢をマッチさせた前向きコホート研究が求められるとの指摘をされている。また神経変性疾患に関連するものとしてヘディングを挙げている。試合中の平均ヘディング回数は6〜12回とされているし,練習での回数を含めれば一般集団より明らかに脳内(脳実質の白質および皮質)に刺激が加わっているのは事実である。しかし神経変性疾患の発症頻度もまれであり,因果関係の確定は難しいと思われる。


冠動脈左主幹部病変に対するPCIとCABG後の5年間の転帰について(Five-year outcomes after PCI or CABG for left main coronary disease

 高齢化社会において,より侵襲度の低い医療が求められてくる。生活習慣病の1つである虚血性心疾患,特に冠動脈主幹部への治療において,冠動脈バイパス術と現代の薬剤溶出性ステントを用いた経皮的冠動脈インターベンションとの長期転帰(死亡・脳卒中・心筋梗塞の複合)を本論文では無作為前向き試験として評価している。

 解剖学的に低~中程度の左主幹部病変を有する患者において,PCIとCABGでは,死亡・脳卒中・心筋梗塞の複合の発生率に有意差はみられなかった。しかし,主要評価項目ではないが,虚血性心疾患の再治療の必要性はCABGよりもPCIでオッズ比1.84と高くなっていることは留意すべきである。


(石井晴之)