•Nature
1)がん
臨床研究中のKRAS (G12C) 阻害薬であるAMG 510は抗腫瘍免疫を引き起こす(The clinical KRAS (G12C) inhibitor AMG 510 drives anti-tumour immunity)
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KRAS driver mutationは発見されて40年近くになる。Targeting drugの開発は時々Top Journalに掲載される。しかし長らく“Undruggable”で,実臨床にまで到達しなかった。したがって,2週間前のNature論文もタイトルを眺めただけであった。
今回, 2週遅れでNews&Views(
図)に解説され,そのpromisingな内容がよく理解できた。
2019年のASCO,秋のIASLC(
リンク)で,第1相臨床試験の内容が報告されている。しかし今回のAmgenグループのNature論文は,内容がさらに深く面白い。AASJで西川先生は11月1日付でOnline論文として解説し,「(Amgenは)AMG510に関心が高まっているが,この化合物の可能性についていくつか皆さんにお知らせしましょう」という雰囲気の書き方だと記し,第3相のプロトコール等,ジャーナル・クラブを開催と大きな関心を示している(
実施11月15日)。まさにその通りである。
UndruggableがDruggableとなったポイントはKRAS (G12C) の立体構造のポケットに, AMG510が嵌り込んだからである(
Fig.1.左上:この辺は西川先生のジャーナル・クラブで細かく説明)。従ってKRAS変異一般用薬剤ではなく,効果は高頻度のG12Cに限られる。
論文ではマウスモデルでAMG510投与量増加とともに100 mg/kgから腫瘍縮小効果を示すが,regrowthを認める。それが200 mg/kgでは,regrowth頻度が改善する。Fig.3.にはAMG510の180mg,360mg/kgでのNSCLC 各3例の効果が示されている。さらにはEGFR-TKIでも始まったcytotoxic薬剤(carboplatin)やtargeting drug(MEKi)との併用で,効果が増強する点も示された。
最後に,抗PD-1抗体(細胞は肺癌株でなくCT-26KRAS
G12Cであるが)併用でも効果を示し,それに関してはAMG510+抗PD-1抗体で腫瘍組織内にT細胞,CD-8 T細胞が増加していることを示している。しかもその理由として,AMG510単独でも腫瘍内のINF-γを増加するデータを示している。すなわちAMG510は腫瘍組織内に炎症を惹起することでGEP効果(T cell-inflamed gene expression profile:
TJHack#18参照)を促進すると考えられる。
日本の肺癌はEGFRドライバー変異が多いので,KRASドライバー変異はそれより低く8%前後,米国では逆にKRAS変異が25%前後である。もちろん大腸癌など他の癌でも,KRASドライバー頻度は高く(Nature:
リンク),今後の臨床へのインパクトは大きい。FDAはFast track指定にし,Amgen株は上昇しているという。
何よりもAMG510のGEP効果は,細胞内のどのsignal活性化によるのか?大変興味ある点であり,ICI治療におけるGEP効果併用の創薬のヒントを与えるかも知れない。
•Science
1)脳科学
ダウン症候群における行動・神経生理学的異常への統合的ストレス応答の活性化の関与(Activation of the ISR mediates the behavioral and neurophysiological abnormalities in Down syndrome)
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Down症候群は1866年英国Down JL医師により独立疾患として報告され,1959年フランスよりそのゲノム異常がtrisomy 21であると解明された(最近の解析では,染色体異常が他にもありpleiotropic dysregulationといわれている)。しかし特徴的顔貌,精神発達遅滞,筋緊張低下などの病態形成は理由が不明である。出生頻度約1/700人と高く,高齢出産では1/100人ともいわれ,その病態解明,対応療法開発が待たれている。
今回,米国Baylor大学のグループから,マウスモデルTs65Dn(
Wiki)を用い,また患者からのiPS細胞を用いて,その原因がISR(Integrated stress response)にあることが報告されている。11/19付けでAASJにも西川先生が取り上げている。
この論文のメッセージは,基礎研究では知られていた,単なる個々の代謝を超えた,細胞内蛋白合成システム障害に対し,その修復が実際に臨床医学的な研究展開を可能にする点である。それは最後のparagraphに凝集されている。
まず臨床にはなじみの薄いISR(
Wiki)とかeIF2-GTP-Met-tRNA ternary complex(TC)や,これを制御するPKRを
Wikiで理解しよう。
論文はDown症モデルマウスTs65Dnの海馬脳における,ribosomeのついたRNA・ペプチド複合体のpolysomeの遠心分画データから始まる。Ts65Dnでは蛋白合成へのinitiationが進まず,分子量の小さなsub polysomeで蛋白合成系がスタックしていることが示される(
Fig.1)。これはDown症脳でも,またそのiPS細胞でも同じ現象として示されている。
そうしたISRはPKRに関連すると予想し,PKRのcKOや阻害薬を使用すると,これらの現象が改善される。
さらにそれは脳機能の1部,long term memoryにどう結びつくか?著者らはlong-term object recognition memoryの改善実験を示した。さらにマウスモデルの脳スライスでlate long-term potentiation(L-LTP)を調べると,PKR-/-やPKRIでこれが改善する。すなわち細胞内の蛋白合成ストレスが改善すると脳機能が回復する!それはマウスの行動としても確かめられた。
そして最後のパラグラフとなる。臨床としては目を見張る思いである。
ここに説明したISRの脳への影響は少しずつ理解されるようになっている。今日まで臨床で使用された各種薬剤のうち,多少なりとも効果を示したセロトニン作用増強,Shh,minocycline,リチウム,運動,BDNF(brain-derived neurotrophic factor)などは,すべてこのISRのシステム改善として理解できると述べている。
さらにDown症は早期Alzheimer病(AD)発症が高頻度であることが知られている。こうした面からISR改善はAD等の認知疾患への創薬の鍵かもしれないと結んである。
70歳を超えてこうした論文に巡り会えることは,TJHackを続ける幸せな醍醐味である。
•NEJM
1)データ・ヘルス
心房細動を検出するためのスマートウォッチの大規模評価(Large-Scale assessment of a smartwatch to identify atrial fibrillation)
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Apple Watchによる不整脈(心房細動:Af)捕捉・診断の臨床試験論文が出ている。
耳にしていた試験で(
NCT03335800),Apple Heart Studyである。EditorialにはWatched by Appleというタイトルで紹介されている。419,297名の参加であるが,臨床的に不整脈観察が必要な55歳以上は15.9%である。2017年~2018年の8ヶ月に登録を行い,その方法論等の詳細はAHJ(
リンク,
図)に報告されている。アルゴリズムで脈拍の異常と判断された時点で,当該参加者に貼り付け型ECG patchが郵送され,回収後解析して臨床診断する。2,161名に異常と判断され,945名が受診(visit),内658名にECG patchが送られ,それを返送した450名の内34%がAfで,予想通り65歳以上が35%を占めた(
図)。
Editorialには好意的な紹介がなされているが,最後にSNS等で問題となるデータの裏使用などの課題も指摘している。短期間にiPhone使用者でこれだけの参加者数の試験を実施,完了報告したのは,人々の関心も高かったのだろうが,Appを使用する次の時代,データヘルス到来を感じさせる。
Table 2に,End-of-study Surveyとしてnotification者とnon notification sub-group間のAf発生頻度などの差を見ると,やはりこれは広がる検査であろうと考える。介護施設ケアでは,Afをベースにする脳梗塞患者頻度が15~20%であり,これへの予防医学としての医療の意義は大きい。
これはSmart Watchであるが,Smart shirtsやSmart underwearなどはもはや,on lineデータ収集のみならず,歩行・走行の補助(
リンク)や,化学検査として運動中の乳酸測定が可能なshirts(
リンク)など,まさに開発花盛りである。5年後には5Gシステムによって,実用化されているものも多いだろう。
2)その他:Special Report
ClinicalTrials.gov開始10年の現状(10-year update on ClinicalTrials.gov)
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FDAでの法制化を受け,Clinival.Trials.gov登録臨床試験の結果もデータベースに追加が始まり,10年の経過報告がなされている。結果報告は徐々に増加しているが,2017年で3分の1程度(
図)である。最後の部分には,この臨床試験結果報告が臨床研究にいかなる利点があるかも議論されている。
(貫和敏博)