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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 79

公開日:2020.1.15


今週のジャーナル

Nature Vol. 577, No.7789(2020年1月9日)日本語版 英語版

Science Vol. 367, Issue #6474(2020年1月10日)英語版

NEJM Vol. 382, No.2(2020年1月9日)日本語版 英語版





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発癌機構とは異なる炎症組織における体細胞遺伝子の変異

•Nature

 本号では日本を代表する2つの研究施設から潰瘍性大腸炎の上皮細胞における遺伝子変異解析についての研究成果が発表されているので紹介したい。発癌機構とは異なる炎症における体細胞遺伝子変異の発見であり,興味深い知見である。


1)遺伝学 

ヒト潰瘍性大腸炎の上皮における炎症遺伝子の体細胞変異(Somatic inflammatory gene mutations in human ulcerative colitis epithelium

 オルガノイド研究で有名な慶應義塾大学の佐藤俊朗先生らの研究で,慢性炎症性疾患である潰瘍性大腸炎の患者の腸上皮におけるIL-17シグナル伝達関連の遺伝的変異について報告している。ヒト大腸の76のクローン化オルガノイドについての全エキソーム塩基配列解析データを用いて調べたところ,潰瘍性大腸炎患者の炎症を起こした上皮においては,NFKBIZ,ZC3H12A,PIGRなど,IL-17シグナル伝達に関係がある多数の遺伝子群(図2)に体細胞変異が蓄積していることをみいだした。興味深いことに,これらの遺伝子は,大腸癌ではほとんど変異が見られない遺伝子であり,さらにこれらの変異によって,IL-17Aが誘導するアポトーシス促進応答に抵抗性が生じることが明らかにしている。また,これらの遺伝的変異の一部はマウスの実験的大腸炎を増悪させることが知られており,ヒト大腸上皮の体細胞変異発生と炎症過程との因果関係を示唆する所見である。


潰瘍性大腸炎で高頻度に見られる,NFKBIZ経路に収斂する変異(Frequent mutations that converge on the NFKBIZ pathway in ulcerative colitis

 京都大学の小川誠司先生の研究グループからの報告で,潰瘍性大腸炎の患者の組織において,全エキソーム塩基配列を解読し,慶應大学からの報告と同様にNFKBIZ,TRAF3IP2,ZC3H12A,PIGR,HNRNPFなどのIL-17シグナル伝達経路(こちらもFigure 2がわかりやすい)に関わる複数の新規遺伝子変異を見いだしている。潰瘍性大腸炎の患者では,炎症に侵された腸管が遺伝子変異を生じたクローンによって広い面積にわたって再構築されていることを明らかにした。そして変異プロファイルは,潰瘍性大腸炎を背景として発生する大腸癌と潰瘍性大腸炎の非腫瘍粘膜とでは大きく異なるため,これら2つの組織では異なる正の選択機構が働いていることが示唆された。例えばNFKBIZ変異は,潰瘍性大腸炎患者の上皮では非常に広範に認められるが散発性大腸癌や潰瘍性大腸炎を背景として発生する大腸癌ではほとんど見られなかったこと,Nfkbiz変異マウスにおいて腫瘍の形成が著しく抑えられること,そしてヒト大腸癌細胞株では,NFKBIZ遺伝子の欠損により細胞の競争力が損なわれることなどから,NFKBIZ変異細胞が大腸発癌過程において負に選択されていることが示唆された。


•Science

1)感染症 

多剤使用下における抗菌剤耐性(resistance)に対する薬剤抵抗性(tolerance)の影響(Effect of tolerance on the evolution of antibiotic resistance under drug combinations

 米国では2019年に280万件以上の抗菌剤耐性の感染症がみられ,それによって3万5千人が死亡している。英語のtoleranceもresistanceも日本語で耐性と訳せるために,薬剤耐性というときの日本語の「耐性」は英語の表現に比べてわかりづらい。本稿ではtoleranceはあえて「抵抗性」と訳すことで,本来の薬剤耐性のresistanceの「耐性」と区別することにする。「antibiotic tolerance(抗菌剤抵抗性)」は細菌が増殖を停止するが殺されていない「冬眠」のような状況と説明される。すなわち薬剤耐性では抗菌剤の効果が落ちてMIC(minimum inhibitory concentration)は上がるが,薬剤抵抗性ではMICは変わらずに細菌を殺すまでの時間が伸びてしまっている。本論文はイスラエルのヘブライ大学からの報告で,MRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus)の敗血症患者からの細菌について解析している。耐性菌予防のために2剤併用治療が行われるが,ダプトマイシン抵抗性とリファンピシン耐性ではダプトマイシン抵抗性が先行することを報告している。2剤併用治療でどちらかの抗菌剤に耐性株が出現しても,もう一つの薬が分裂する細菌を抑え,耐性株の出現を抑える。しかしながら死なないが分裂しない抵抗性を示した場合には,もう一剤も分裂しない菌に対しては殺せないので結果的には耐性菌を生み出すことになる。PERSPECTIVEにも紹介されており,そのによる説明がわかりやすい。


•NEJM

大動脈弁狭窄症について3つの臨床試験について報告されている。


1)循環器 

無症状の大動脈弁狭窄症に対する早期手術と保存的治療との比較(Early surgery or conservative care for asymptomatic aortic stenosis

 韓国のウルサン大学とソウル大学からの報告で,重症大動脈弁狭窄症を有する無症状の患者に対する外科的介入のタイミングと適応についての研究である。145人の患者が早期(2カ月以内)に弁置換術を行う群と保存的治療を行う群に無作為に割り付けられた。追跡期間中央値6年の時点で,手術死亡または心血管系の原因による死亡からなる複合エンドポイントの発生率は保存的治療群に比べて早期手術群のほうが少ないという結果であった。本論文はEDITORIALSで紹介されている(リンク)。


経カテーテル大動脈弁置換術後のリバーロキサバンの比較試験(A controlled trial of rivaroxaban after transcatheter aortic-valve replacement

 GALILEO(Global Study Comparing a Rivaroxaban-based Antithrombotic Strategy to an Antiplatelet-based Strategy after Transcatheter Aortic Valve Replacement to Optimize Clinical Outcomes)という欧州・米国の国際的研究で,経カテーテル大動脈弁置換術(transcatheter aortic-valve replacement:TAVR)後の治療法の報告である。TAVR成功後の経口抗凝固薬の確立された適応がない患者1644人が,直接作用型の第Xa因子阻害薬リバーロキサバン(最初の3カ月間はアスピリンも連日投与)による治療群とアスピリン連日治療群(最初の3カ月間はクロピドグレルも連日投与)に割り付けられた。結果はリバーロキサバンの連日投与を含む治療戦略は,抗血小板薬ベースの戦略よりも,死亡または血栓塞栓性合併症のリスクと出血のリスクが高いことに関連していた。この論文もEDITORIALSに紹介されている(リンク)。


経カテーテル大動脈弁置換術後の弁尖の可動性の低下(Reduced leaflet motion after transcatheter aortic-valve replacement

 こちらもGALILEO-4Dの欧州・米国の国際的共同研究で,大規模無作為化試験のサブスタディとして,TAVRが成功し,長期抗凝固療法の適応がない患者を,同様にリバーロキサバンベースの抗凝固戦略と,抗血小板薬ベースの戦略に無作為に割り付け,4次元CTによって弁尖の可動性が評価された。231例が登録され,リバーロキサバンベースの抗凝固戦略は,抗血小板薬ベースの戦略よりも,症状を伴わない弁尖の動きの異常の予防に有効であった。しかし主試験では,リバーロキサバンベースの戦略は,抗血小板薬ベースの戦略よりも死亡または血栓塞栓性合併症のリスクと出血のリスクが高いことに関連していた。


(鈴木拓児)


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