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今週は世界を揺るがす武漢新型コロナウイルスのOutbreak状況下で,緊急短報であるが,2020年1月24日にメール配信されたこのレポートを紹介する以外に選択肢はないだろう。通常の順序を変えて,NEJM誌から始める。
1)感染症 BRIEF REPORT
中国の肺炎患者からの新規コロナウイルス,2019(A Novel Coronavirus from Patients with Pneumonia in China,2019) |
昨年末より年始にかけて,中国武漢で新型肺炎が発生したニュースは伝わっていた。それが1月中旬よりOutbreak状況に展開してきている。しかもニュース番組での患者数,死亡患者数は毎日対数関数的に増加する。何を信じていいのか分からない状況下で,武漢の出入交通は遮断され,中国政府は春節の海外団体旅行を控えるよう通告を出し,さらに1月27日には禁止令をだした。Twitterでフォローしている日経バイオテク宮田氏のTweetから,“#Wuhan”を紹介され,実際に読むと俄に信じられない,患者総数10万人というTweetもある。
こんな状況下でのNEJM誌緊急短報であるが,上記の1カ月で新規コロナウイルス(2019-nCoVと命名)の核酸配列を確定し,ウイルスも分離したという報告である。現在の中国のサイエンス・レベルを示すものといえる。
速報は中国CDCのNa Zhuらのものである。
ウイルス同定の方法論とともに3例(49F,61M,32M,いずれも武漢海鮮市場勤務)の臨床例の経過が記されている。第1例は12月23日発熱(37℃台),咳があり,4日後,咳と胸部症状は悪化したのに熱は下がったとある。第2例は12月20日,発熱と咳で発症,1週間で悪化し,さらに2日後重篤となる(胸部写真参照:bilateral fluffy opacitiesと記載)。3列目の詳細はない。第1,3例は改善したが,第2例は挿管・呼吸管理をするも死亡した。
こうした臨床対応と同時並行して,12月30日武漢市内の病院の患者3名のBALFからRNA抽出をして,IlluminaとNanopore sequencingで各サンプル20000 viral readsした。その結果は,bat SARS-like CoVと85%のidentityが認められた。同時に外科手術切除気管支由来の上皮細胞培養に患者検体を加え培養した結果,新規コロナウイルス2019-nCoVが分離された。この分離2019-nCoVの塩基配列は患者3名の検体とほぼ完全に一致した。
2019-nCoVのphylogenetic analysisがFig. 4に示されている。Sarbeco virusであるがSARS-CoVとは異なり,またMERS-CoVとはかけ離れている。
もちろんこれは速報であり,その病原性の詳細は今後の研究となる。緊急速報にはPerspectiveとEditorialも同時に配信されている。ほぼ同時にLancet誌にも2報報告がある(こちらはCT写真あり)(リンク)。もう一報は家族発生ヒト・ヒト感染を示唆している。最近20年で3回目のコロナウイルスOutbreakである。臨床的には,基本的に患者隔離と支持療法しか対応できない。
しかしSARS-CoVでは,感染における呼吸器との親和性が血管内皮細胞のhACE2によるlung injuryである事実が明らかになっている(リンク)。hACE2を受容体とするメカニズムが今回の2019-nCoVにも共通するのか? もし共通するならば,当然decoy蛋白を用いる等治療ターゲットにもなりうる。
武漢Outbreakはまだまだ収束には程遠い状況であり,今後の推移から目が離せそうにない。
今週号の表紙は,海洋底古細菌研究の日本人グループ井町らの論文である。地球上生物がprokaryoteからeukaryoteへの進化研究の第一歩となると高く評価され,西川先生のAASJにも紹介されている(リンク)。
1)がん免疫学
B細胞と三次リンパ組織様構造は免疫療法の奏効性を高める(B cells and tertiary lymphoid structures promote immunotherapy response) |
B細胞は肉腫における生存と免疫療法の奏効性に関与する(B cells are associated with survival and immunotherapy response in sarcoma) |
三次リンパ組織様構造は黒色腫における免疫療法と生存を改善する(Tertiary lymphoid structures improve immunotherapy and survival in melanoma) |
臨床としての話題は,back to backで掲載された3報の腫瘍組織内3次リンパ構造(tertiary lymphoid structures:TLSs)の存在と,ICI(immune checkpoint inhibitor)治療奏功の関連論文である。今までの殺細胞性T細胞中心の癌免疫療法にB細胞が登場する。
米国MD Andersonがんセンター,仏INSERM,スウェーデンLund大学からの報告で,中心研究者は相互に共著者となっている。News&Viewsにも紹介されている(図リンク)。
投稿は2019年2月であり,今週号に先立って2019年6月のNatRevCancer誌に施設の1つINSERMのFridman WHらのグループの総説が出ている(リンク)。
Web上の反応を見ると,TLSsが重要である認識は最近数年来,癌免疫研究者で共有されていたようである。
定義として,一次リンパ組織は胸腺,骨髄,二次リンパ組織はリンパ節,扁桃腺,パイエル板など,三次リンパ組織はectopic lymphoid tissueともいわれ,炎症・癌病巣に出現する比較的小規模なgerminal center様形態である。
この3論文を理解するためには,Fridmanらの前記の総説の一読を勧める。その1例としては,米国の癌ゲノム研究TCGA検体9880腫瘍サンプルの多数の免疫特性発現profileがt-SNE表示で示されていて圧倒される(リンク)。またTLSsのマーカーとして,CD20+B細follicleとその近傍のCD3+T細胞の存在,あるいはTLSs形成に関与するchemokine,cytokineの情報,またADCCまで考慮されるTLSsの機能(リンク)など背景理解に優れている。
こうした基礎理解がバックにあると,むしろNatureの3論文では,ICI臨床にどう癌組織TLSs存在が反映されているかを見ることになる。
MD Andersonのグループはmelanomaにneoadjvant療法+ICI臨床試験(NCT02519322)での結果として,ResponderにTLSsやCD20陽性細胞の存在が有意に多いことが示され,さらに興味深い点は,TLSsのB細胞レセプターのクローン解析で,clonalityの高いものがResponderに多い点である。有効な抗原の選択認識の可能性を示唆する。
INSERMのグループはSarcoma検体におけるsarcoma immune classes(SICs)を5段階(免疫細胞や免疫機能,あるいはPD-1発現程度などを用い)に分け,長期予後を見ているが,B細胞 lineage+やCD8+T細胞で予後に明確な差が示されている。
一方,Lund大学グループは転移性melanomaにおける解析でTLSs highの患者では2つのcohortで60%以上の患者で長期OSが得られている。
これらは地域や癌腫を越えた,説得ある多方面データといえる。
では腫瘍組織にTLSsを増やすには何が必要か? Fridmanの総説に図が示してある(リンク)。今後の臨床応用が期待される。
呼吸器科医として思い出すのは,度々リウマチ肺病理像で,病理医がgerminal centerを認めると説明する点である。炎症肺では,あるいは逆にTLSsを抑制できれば,リウマチ肺は改善するのだろうか?
ICI療法奏功率は肺癌では現時点で20%程度である。しかしICI奏功性が臨床評価できることにより,TLSs研究などさらに免疫学地平が広がるダイナミズムを感じる。癌免疫治療の展開は本当に面白い時代に入っている。
1)がん免疫療法
RNAワクチンは固形腫瘍に対するclaudin-CAR-T細胞の拡大と有効性を促進(An RNA vaccine drives expansion and efficacy of claudin-CAR-T cells against solid tumors) |
キメラ抗原受容体T細胞(chimeric antigen receptor-T cell: CAR-T cell)はFDA承認のキムリア(kymriah)の薬価ばかりが話題となる。しかし現在適応である急性リンパ性白血病(B細胞マーカーCD19陽性)から固形腫瘍へと製薬企業は開発を進めている。
高薬価の背景には自己T細胞を遺伝子改変し,増殖して戻すという,他に類のない複雑な工程がある。血液腫瘍と異なり,固形腫瘍に対しては,腫瘍組織そのものへの到達が不十分であり,腫瘍組織の免疫抑制環境で,増殖へのシグナルもない点が課題である。
本論文は独,Mainzの研究グループで新規医療技術開発のBiopharmaceutical New Technologies(BioNTech)よりの報告である。今回はキメラ抗原受容体の相手方に胎生期の発現,また卵巣癌で高発現が見られるclaudin 6(CLDN6)を選び,そのCAR-T細胞の増殖,boostingにliposome RNA vaccine(こちらはCLDN6 mRNA)を使用する戦略である。RNA vaccineに関しては既報(リンク)があり,着実な研究展開である。本論文は西川先生のAASJにも取り上げられている(リンク)。
論文はCLDN6の卵巣癌系特異発現から始まり,RNA-PLX(anionic mRNA + cationic liposome)が樹状細胞(DC)に取り込まれ,全身の環境に届くことが示される。重要な点は,CLDN6のCAR-TのみならずLPXを同時に使用するので,固形腫瘍の課題である抗原接触性が改善され,103個のCAR-T細胞もLPXを併用すると106レベル超まで増殖する。しかもLPXをboosterにも使用できる(Fig.3)。まだ動物モデル実験レベルであるが,定型的な抗腫瘍効果が示されている。
著者らのユニークな点は,Fig.4-EにCAR-T細胞のoptimal therapeutic windowsの考え方を示し,適切なLPX投与でそのレベル維持の可能性を述べている点である。
NatureのTLSsによる腫瘍組織B細胞関与といい,本論文のCARVacといい,ICI療法やCD19 CAR-T系の先行する臨床実績にさらに有効性向上を構築する点で,大変興味深い。共通する課題として,TLSsで情報交換されている有効抗原性の情報をどうdecodeするか? それをいかにLPX等に反映するか? 免疫学的展開はまだまだ続く。
(貫和敏博)