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世界的な問題として毎日報道が続くコロナウイルス関連情報はどのジャーナルにも毎週掲載されており無視はできません。Nature記事のみ少し紹介します。今週のNatureにはがんの全ゲノム塩基配列解読解析からの論文が6報も発表されています。Scienceからは全世界的な薬剤耐性を下水からのサーベイランス強化で進めていく話題,そして呼吸器内科の話題はNEJMから肺癌診断のための低線量CTスクリーニングの有用性を検証したもの,これは発見時の病期や予後に関連した死亡原因なども重要な情報になっています。
1)Article:腫瘍遺伝学
がん2658例の進化史(The evolutionary history of 2,658 cancers) |
今回は,国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC;International Cancer Genome Consortium)とがんゲノムアトラス(TCGA;The Cancer Genome Atlas)によるがん種横断的全ゲノム解析(PCAWG;Pan-Cancer Analysis of Whole Genomes)コンソーシアムからの報告が6報(本稿以外の5報 2020; 578: pages82–93,pages94–101,pages102–111,pages112–121,pages129–136)並んでおり,本稿は2658例のがんの全ゲノム塩基配列解読解析から,がんの体細胞進化の過程を研究しており,38種類のがんに関して,その生活史,ならびに変異過程とドライバー変異配列の進化を再構築した。単一生検からの塩基配列解読データはこの過程のスナップショットを表しており,特定のゲノム異常が生じたタイミングや変異過程の影響の変化を明らかにできる。初期の発がんは,限られたドライバー遺伝子群の変異や特定のコピー数増加を特徴としており,グリオブラストーマ(神経膠芽腫)の7番染色体トリソミーや髄芽腫の17q同腕染色体はそれに該当している。試料の40%では,腫瘍進化の過程全体で変異のスペクトルが大きく変化していて,段階が進むと,ドライバー遺伝子の4倍近い多様化とゲノム不安定性の増大が特徴となる。コピー数変化は有糸分裂クライシス(mitotic crisis)で起こる場合が多く,同時に染色体セグメントの増加を引き起こしていた。タイミングの解析では,ドライバー変異は,診断より数年前に起きている場合が多いことを示した(図1-a)。
これらの結果は,がんの進化的軌跡を明らかにしており,がんをより早期に発見できる手法などの開発に有用性が高いものと思われる。
2)News
コロナウイルスのアウトブレイク(Coronavirus outbreak: what’s next?) |
コロナウイルスについて知っておくべきこと,の動画あり!!
本文には,専門家達の様々な意見が書かれている。
香港大学の疫学者ベン・カウリングは,ウイルスの潜伏期間は最長14日間であり,感染拡大前には管理措置期間は短かったことを指摘している。
ウイルスがコミュニティ内で継続的に循環する,水疱瘡やインフルエンザのような感染症になってしまうかどうかが大きな問題である。これは,ワクチンが開発されるまで,ウイルスが循環するときに毎年死が発生することを意味し,無症候の感染者がウイルスを拡散してしまうと場合,ウイルスが風土病になる可能性が高い。
カリフォルニア州ラホーヤのスクリップスリサーチの感染症研究者であるクリスチャンアンダーセンは,ウイルスがより病原性になることを心配していない。彼は,ウイルスはライフサイクルの一環として絶えず変異しているが,それらの変異は通常,ウイルスの毒性を高めたり,より深刻な病気を引き起こしたりすることはないと言う。
霊長類細胞におけるSARSの2018年の研究では,突然変異がウイルスの病原性を低下させることを示した。新型コロナウイルスの死亡率は,感染者の約10%を殺したSARSよりも大幅に低い。英国リーズ大学のウイルス学者マーク・ハリスは,軽度で無症候性の症例が特定されるにつれて減少する可能性が高いと言う。 現在,ウイルスに対する効果的な薬はないが,コロナウイルスの複製を助ける蛋白質を標的とすると考えられている2つのHIV薬が治療法としてテストされている。
死亡者数は,中国の医療制度がどのように対処しているかにもよるが,WHOの局長であるTedros Adhanom Ghebreyesusは,アウトブレイクが脆弱な医療システムを持つ国に広がる可能性があること懸念しており,ウイルスが世界中に広がる場合,死者の数は相当なものになる可能性がある。スペイン風邪として知られる1918年のインフルエンザの流行は,当時の世界人口の3分の1である約5億人を感染させ,5,000万人もの人が亡くなったと推定する人もいる。
3)Editorial
新型コロナウイルスに関連する研究成果は,迅速に公開し共有すべき(Calling all coronavirus researchers: keep sharing, stay open) |
昨年12月に最初に報告されたコロナウイルス,現在,400人以上の命が失われていて,国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態である。中国では,都市が封鎖されており,当局は武漢に新しい病院を建設,医療従事者とともに,同国の研究者は重要な役割を果たしている。
Natureとその出版社Springer Natureは現在,コロナウイルスに関連する研究データと調査結果の迅速な共有を確保するために,他の出版社,資金提供者,科学団体と共同声明に署名し,迅速に研究成果の共有へと協力するようにしている。
Natureの2つの論文で,武漢ウイルス学研究所と復旦大学上海の研究者が率いるチームは,このウイルスが重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こしたものと類似しており,コウモリに由来する証拠があることを確認した。武漢チームは,最初の症例が報告された動物市場で働いていた少数の患者からのウイルスゲノムサンプルを分析(Zhou P. et al. ) 。Fudanチームは,感染した1人の市場労働者のサンプルをシーケンスした(Wu F, et al. )。この2つの論文をpdfで取り出せるようになっている。
1)感染症:薬剤耐性
抗菌薬耐性のサーベイランスに下水を使用する(Using sewage for surveillance of antimicrobial resistance) |
下水や河川からの抗菌薬耐性菌(AMR)のサーベイランスは,主に大腸菌をターゲットとして1990年代から調査されている。わが国でも多量の抗菌薬使用により薬剤耐性が発生し,病院内の耐性菌感染の事例が社会的にも大きな問題になっている。人が服用した抗菌薬は最終的には体外に排出されることから下水中に放出されているし,下水処理水の割合も増えているため,下水は薬剤耐性菌のサーベイランスには社会的に大きな情報源になっている。AMRサーベイランスデータは,治療ガイドラインの開発にも役立つ。しかし全世界スケールでは,特に低および中所得国においては目的を達成することは難しい。これは従来からの分離菌株によるサーベイランスの質と量が国によって差が大きく非常に不均一なデータとなってしまうからである。
そこで,国全体のサーベイランスとしては手頃な価格となるよう,下水での次世代シーケンス(NGS)に基いたグローバルなAMRサーベイランスの有用性が挙げられている。
ポリオのサーベイランスには,下水処理場への入水口の検査が既に推奨されており,最近では,下水がヒト集団におけるAMR遺伝子の発生と定量化に成功している。それらの研究では主にメタゲノムシーケンスが使用され,時には定量的PCRも使用している。下水からの薬剤耐性データは臨床サーベイランスからのデータともよく相関する。
このメタゲノミクスを使用したグローバルな下水ベースのサーベイランスは,すべての細菌分類群にわたってプールされAMR遺伝子頻度を測定するので,臨床分離株との有病率に反映はしない。ただ,臨床分離株に基づく現在のサーベイランスを強化できると考えられている。理想的には,これら2つのソースからのデータを並行して収集し,地理的パターンと時間的傾向の較正と確認が可能となり特定の制限を認識できるのです。
この下水ベースのメタゲノムAMRサーベイランスには重要な利点がある。1)従来のサーベイランスでは日常的に評価されていない大規模なコミュニティを特徴づけられる。2)サンプルの収集(安価な機器を使用)と出荷のみという実施が簡単である。3)シーケンスおよびバイオインフォマティクスの方法は,中央施設で行われるので標準化される。4)データはどの個人にもリンクしないのでインフォームドコンセントに関する法的要件はない。5)下水ベースのサーベイランスは,細菌性病原体を分離および識別する診断能力が存在するかどうかに関係なく,将来の傾向のベースラインデータにもなる。6)メタゲノミクスに基づいているので,以前に未知の遺伝子がその後特定された場合,データの遡及的分析が可能になり,グローバルな出現の迅速な評価が可能。7)メタゲノムはサンプル中のすべてのDNAおよび潜在的なRNAに関する情報を提供するため,腸内病原体を含むあらゆる生物のサーベイランスにも役立つものとなる。
重要な問題事項としては,DNA精製の方法論とバイオインフォマティクス分析の選択が挙げられている。どちらも結果に影響を与える可能性があり,サンプルの収集,処理,DNA精製,シーケンスのプロトコルはすでに利用可能になっているが完全に標準化されていない。WHOや欧州ではECDCなど,地域および/またはグローバルAMRサーベイランスを実施する権限を持つ国際機関が,グローバルな下水ベースのサーベイランスを確実に採用する必要があり,それにより,GLASSなどの既存の監視システムへの直接かつ持続可能なリンクも確保される。
世界中の汚水サンプルの年次収集のため,シーケンス,バイオインフォマティクス,分析,報告を担当するWHO協力センターに下水を出荷することが作業モデルになると考えられている(図) 。世界中で能力が構築されれば,おそらくローカルでも分析され,国際機関を通じてグローバルに共有されるシステムに移行することができる。グローバルな下水ベースのAMRサーベイランスシステムは,比較的低コストのため特に資源の乏しい環境において,実質的かつ迅速な利益が得られる。現在のAMRサーベイランスの取り組みを補完および強化し,AMRサーベイランスを世界規模で共有していくことが目標とされる。
1)Original article
低線量CTスクリーニングは肺癌死亡率を低下させる(Reduced lung-cancer mortality with volume CT screening in a randomized trial) |
この試験(NELSON試験)はCT健診を今後より一層進めさせる結果となった。オランダ・ベルギーで行われた喫煙リスクを有する男性(13,195名)を対象に低線量CTスクリーニング群とスクリーニングなし群(対象群)に無作為化して原発性肺癌発生および死亡率を比較した試験である。スクリーニングは登録時,1年後,3年後,5.5年後に実施され,両群とも10年間の追跡調査が行われた。
スクリーニング群に対するアドヒアランスは平均90.0%であった。またスクリーニング群は平均で9.2%がさらに11回以上CTを受け,結節影で紹介された割合は全体の2.1%であった。追跡調査10年の時点で肺癌発生率はスクリーニング群で1,000人年あたり5.58件,対照群で1,000人年あたり4.91件であった。しかし図1でもわかるようにスクリーニング時に肺癌診断されることが多く,そのうち58.6%がstageIAもしくはIBと早期診断されていた。それに対して対象群でのstageIA,I,IBでの診断例は13.5%と低値であった。しかし,表で示されたようにスクリーニング群でもスクリーニング時以外で肺癌診断された例では51.8%がstageIVでの診断であったことも注目しなければならない。
肺癌死亡率はそれぞれ1,000人年あたり2.50件,3.30件。喫煙リスクを有する男性ではスクリーニング群の10年時点における肺癌による累積死亡率比は0.76(95%信頼区間[CI] 0.61~0.94,P=0.01)と対象群に比較して有意に死亡率を低下させていた。この結果は追跡8年および99年時点でも同程度の数値であった(表3)。本試験はサブ解析として女性2,594名でも調査しているが,女性では10年の時点で有意差はなかった。スクリーニング群,対象群とも肺癌が死亡原因であった割合はそれぞれ18.4%, 24.4%であった。最も頻度が高かった原因は両者とも他の悪性腫瘍で,心疾患も肺癌と同程度に原因となっていた。これは,喫煙が多彩な健康障害をもたらすデータとして認識しなければならない。
喫煙リスクを有する男性にとって低線量CTスクリーニングは肺癌死亡率低下に有用である可能性を示唆している。しかし,試験全体としては肺癌を示唆する結果に対してフォローアップ検査が行われた割合は低かったことや,スクリーニングの頻度などは議論を要するところである。
(石井晴之)