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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 84

公開日:2020.2.19


今週のジャーナル

Nature Vol. 578, No.7794(2020年2月13日)日本語版 英語版

Science Vol. 367, Issue #6479(2020年2月14日)英語版

NEJM Vol. 382, No.7(2020年2月13日)日本語版 英語版





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恐怖の実データ!喫煙習慣による気道上皮細胞変異解析/LARRY法による数十万単一細胞シーケンスでの血球細胞分化追跡

 COVID-19の猛威は,2月18日現在で中国の罹患患者数7万人超と,わずか3週間で大きく変化している。日本では発端症例はほぼ1月中に中国観光客より感染し,それが集団感染として表面化していると理解される。有効抗ウイルス薬の朗報〔日経バイオテク宮田氏のメール便では,中国で抗HIV剤カレトラ(リンク)+広域抗ウイルス薬アビガン(リンク)の臨床試験が実施中という〕(他にも;リンク)がない中,早期診断,隔離が臨床対応である。しかし中国ではPCR診断法への疑義も出ていて心配だ。一方Radiology誌に報告された中国のCOVID-19肺炎症例CT像(リンク)は細菌性肺炎との差が明らかである。この流行もあるいは春の気温上昇で収まるのか? オリンピック開催に間に合うのか? 一方,3,500名のクルーズ船観光客・乗務員の取り扱いも今後に課題を残したままである。経過を慎重に見守ることになる。


•Nature

1)医学研究 

喫煙とヒト気管支上皮における体細胞変異(Tobacco smoking and somatic mutations in human bronchial epithelium

 呼吸器科医として目を通すべきは,やはり喫煙と気管支上皮細胞の変異解析の論文であろう。現役時代,喫煙指数と吸入職歴はうるさく主治医に確認した。肺扁平上皮癌,小細胞肺癌,一部の肺腺癌はもとより,呼吸器疾患ではCOPD,あるいはIPFでも80%が重喫煙者である。結核蔓延国では喫煙慢性炎症が結核発症とも関連する。

 この論文では気管支上皮細胞の変異検出頻度と喫煙の関連が検討されている。英国Wellcome Trust Sanger研究所とロンドン大学および関連病院のグループからの報告である。

 AASJでは1月31日に「タバコはいつ止めても遅くない」として紹介されている(リンク)。

 そもそも,喫煙による気道上皮への易変異惹起を臨床検体でどう解析すればいいのか?例えば多数の臨床検体を用いて,闇雲に変異を調べても評価は困難であろう。どの検体をシーケンス材料にするのか?あるいは非喫煙者のみならず,小児を対照に加える配慮など,この論文は臨床サイドとして学ぶべき点が多い論文である。是非,Fig.1(後述)だけでも一覧することをお薦めする。喫煙の恐ろしさが実感できる。

 Introductionには,喫煙量と肺癌発生はlinearであり,一方でこうした変異が残存しながら,なぜ禁煙は肺癌発生を減少させるのかなど,Paradoxを指摘して話が始まる。

 Methodsを見ると,さすが世界トップのWellcome Trust Sanger研究所である。臨床検体の気道上皮biopsyやbrushingによる細胞をFlow cytometryで単一basal cell化し,これをマウス由来のfeeder細胞上でcolony形成(効率15〜40%)してシーケンス解析(15 coverage/sample)が始まる。またSBSs(single base substitutions)への対応(当然SNIPが多数存在する)や,germinal variantsの除去,colony形成のin vitro段階で発生する変異への対応など,細かく記載してある。

実際にはFig.1のデータが1番面白い。

 1a.では横軸にchild 3人,never-smoker 4人,ex-smoker 6人,current smoker 3人の検査対象が並び,縦軸方向にはSBSs,Indels(1塩基混入や脱落),DBSs(double base substitutions)が示してある。いずれもchildではほとんどなく,never-smokerは加齢変化としてやや増加し,current smokerは変異数が最大で,ex-smokerはその間であるのが歴然としている。

 1b.ではその年齢分布である。喫煙の影響は40歳以降顕在化する(リンク)といわれるが,次回には是非40歳前後の検体による変異数の増加変化も知りたい。

 1c.は一番面白い。一個人の擦過検体から数十個のbasal cellのcolonyがシーケンス検討されているが,そのうち正常に近い低変異頻度のクローンの割合がex-smokerでは多くの人で20%以上,中には50%近い例もある。しかしcurrent smokerではその頻度が低い。この理由はタバコ煙の発癌物質の影響を受けなかった静止期quiescent cellがregrowthしていると考えられ,禁煙は発癌減少に有効との根拠となる。

 その他TCGA projectでも示されたsmoking signatureや,発癌に結びつくdriver変異の頻度状況が示されている。

 最後にユニークであるのがFig.4である。

 これは喫煙習慣によるテロメア長とゲノム変異状況をグラフ化したもので,これまで見たことがない。それによるとchildでは変異が少なく,テロメア長は4000bp前後で長い。never-smokerでは加齢により変異数は多くなり,テロメア長もchildより短くなる。Current smokerのテロメア長が短い傾向は明らかで,逆に変異数は多い。やはり注目されるのがex-smokerである。禁煙後,静止期で発癌性タバコ煙の障害を受けなかったbasal cellが増えるのか?テロメア長の長いものが出現し,変異数の分布もcurrentよりは減少している。 (テロメア長はWGSより計算:リンク

 いやはや「うーん」と呻ってしまうデータである。タバコ税という名目でタバコ産業を容認する政府や議員は,自分たちの政策が帰結する恐ろしい実態を直視すべきである。喫煙の恐ろしさは福島原発事故よりはるかに,はるかに(変異誘発という意味では)深刻である。またメディアは現喫煙者用に分かりやすく解説すべきですね。


•Science

1)細胞生物学 


転写ランドスケープによる系統追跡で分化中の状態とその結果が連関する(Lineage tracing on transcriptional landscapes links state to fate during differentiation

 「単一細胞シーケンス(scRNAseq)」はTJHackで何度か取り上げられている。臨床にいると,「何だ,また新しい方法論か?」と思われるかもしれないが,単一細胞シーケンスは21世紀の助走期を経て,いよいよBig biological scienceの時代に入る分岐点のような印象を持つ。それは一細胞ごとにbarcodeというmarkerを与えて,100万近い細胞数レベルの発現解析を一度の実験で行い,高速演算装置を使いこなす,文字通りBig scienceだからである。研究はもはや実験台(bench)の上での時代ではない。Wet実験はどんどん自動化される方向に進んでいる。そして演算結果のtSNE(t-distributed Stochastic Neighbor Embedding: リンク)像が臨床に結びつくことになる,Stochastic biologyへの分岐点である。

 ここに取り上げた論文は,ハーヴァード大学のグループによるArticleである。LARRY(lineage and RNA recovery)法と命名している。Hematopoietic stem and progenitor cells(HSPCs)がどう血液細胞として分化していくかという血球細胞trajectoryで,臨床からも遠いわけではない。

 結果の細かい点より,現在のBig biological scienceの仕組みの導入の説明をしたい。


 サイエンスのArticleであるので,著者による簡易解説が1ページにまとめられ,そのがすべてを示している。図の最上部が100万種レベルのbarcodeのconstructで,そしてそれをlentivirusでHSPCsに遺伝子導入する。図の下方には左側にin vitroの細胞培養系での解析。右側にはbarcodeを遺伝子導入したHSPCsを同系マウスに移植し,in vivoでの分化を1週目,2週目と時系列で追跡解析を行う。

 さらに詳細な図はFig.1であり,対比していただくと良く理解できる。

 さて,Supplemental materialsを見てみよう:

 いったい100万種類ものbarcode用核酸配列部分をどう合成するのか? 読んでみるとKlenow DNA polymeraseを用い28塩基配列にランダムにGATC配列を入れていく〔428は約1016だが,そのうちこの合成法のユニーク配列としては0.5×106レベル(詳細はSuppl.中に記載あり)となる〕。35年前の留学中のNick translationを思い出す。時代は本当に大変革している。そして作成したlibraryをHEK293T細胞でlentivirusに組み込み,これをHSPCsに遺伝子導入して,in vitroとin vivoの系でtranscriptomeを調べて血球細胞分化のtrajectoryを高速演算し解析する。

 このBig scienceの解析結果として面白いのは,1つにはMo(単球系細胞)のtrajectoryが2系統,Neu-likeとDC-like,があるという。もう一点はこれだけのBig science解析でも(あるいはここまで解析して次のステップのoverviewが得られたのか?),なおかつhidden variablesが存在するという点である。著者らはDiscussion中で,それは“The molecular factors distinguishing these cells may be undersampled mRNA or heritable cellular properties such as chromatin state that are hidden from scSeq but manifest in the fact of isolated sister cells.”と述べている。確かに細胞分化と染色体heterochromatin構造は表裏の関係にある。ヒトゲノム後のENCODE project(リンク)では,せいぜい数百細胞株でchromatin構造が調べられただけであり,次の難題をいかに克服するかという問題が提示されている。あるいはES細胞や,iPS細胞を用いて染色体reprogramingからのスタートになるのか? 一方でこれだけのBig scienceを動かす日本の施設構成は今後どう設計すべきなのか? この論文を読んでいろいろ考えさせられた。


•NEJM

1)膠原病領域 

重度のANCA関連血管炎に対する血漿交換とグルココルチコイド(Plasma exchange and glucocorticoids in severe ANCA-associated vasculitis

 呼吸器臨床はしばしばアレルギー膠原病内科と共同診療をすることになる。今回の臨床試験報告である重症ANCA関連血管炎のplasma exchange療法とglucocorticoid療法の治療選択は,常に臨床判断に悩むところである。有効性を示す患者はいるが,エビデンスとして示せるか?結果はnegative studyであるので,簡便にまとめる。

カナダMcMaster大学などのPEXIVAS研究グループからの報告である。Editorialにも取り上げられていて,これを読むと呼吸器科医としては背景が理解しやすい。

 2- by-2 factorial design(Table 1)で実施され,7年間の経過で全死亡を評価している。Plasma exchange療法での死亡100/352,対照109/352でp=0.27,HR=0.86 (0.15~1.13)である( )。glucocorticoid減量(約50%減量)での死亡92/330,glucocorticoid標準量では83/325であり,noninferiorityは認められた。

 長期に渡り,多施設で多数例を見ているが,臨床試験の困難さが示されている。Plasma exchangeやglucocorticoid療法は少し20世紀医療としての非特異療法でもある。21世紀医療はもっと個々の背景病態に即した選択的ターゲットに対する医療を考えるべきだろう。


(貫和敏博)


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