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新型コロナウイルスの猛威は留まるところを知らず,春の各種学会の開催や夏の東京オリンピックへの影響も懸念される事態となってきている。疾患名はCOVID-19,原因ウイルス名は暫定的には2019-nCoVであったが,SARS-CoV-2となって2週間がたとうとしている。各誌でCOVID-19の関連記事を掲載しており,あえて紹介しませんが御参照いただければと思います。
1)がん
頭頸部癌におけるp53の喪失はニューロンの再プログラム化を促す(Loss of p53 drives neuron reprogramming in head and neck cancer) |
がん微小環境については研究の盛んな領域だが,免疫細胞・血管内皮細胞・線維芽細胞など複数の細胞が複雑に絡み合っている。神経細胞(ニューロン)もその重要な構成因子であり,以前より前立腺癌などではその病態との関連が報告されていた。また,昨年9月には脳腫瘍であるグリオーマ細胞は神経細胞とシナプス形成して増殖に関与しているという論文も本誌に報告された(リンク)。本号のNatureの表紙は,ニューロンの傍に密集している固形腫瘍の想像図であり,Cover Storyでも「Twisted nerves. ねじ曲げられた神経:固形腫瘍はニューロンを操作してがんの増殖を促進する」として紹介されている。
腫瘍で新たに形成されたアドレナリン作動性神経線維は腫瘍増殖を促進することが示されているが,これら神経細胞の起源や,そのメカニズムについては不明であった。
米国ヒューストンのテキサス大学・MDアンダーソン癌センターからの本研究では,はじめに頭頸部癌で神経細胞の成長を阻害するようなマイクロRNA・miR-34aが小胞として分泌されることを見出している。さらに癌抑制遺伝子であるp53に変異のある癌では,これらマイクロRNAが分泌されないために神経細胞の増殖を促進させてリプログラミングすることになり,神経細胞をアドレナリン作動性ニューロンに分化させて腫瘍を増殖促進することを示している。
興味深いことは神経細胞の除去や高血圧薬として日常使用されている交感神経受容体遮断薬であるCarvedilol(アーチストⓇ)の投与でマウスの実験では腫瘍増大を抑制できた点であろう。NEWS AND VIEWSでも紹介されており,その図がわかりやすい。ゲノムの守護神ともいわれるp53遺伝子は肺癌でも50~80%の変異があるといわれており,さまざまな機能が報告されてきているが,本分野でも今後の研究の発展が期待される。
1)感染症・ワクチン
肺サーファクタント類似ナノ粒子によるインフルエンザワクチン(Pulmonary surfactant–biomimetic nanoparticles potentiate heterosubtypic influenza immunity) |
インフルエンザワクチンがその年によって効果に差があることはよく知られており,より有効なワクチンの開発が望まれている。米国ボストンのMGHと中国上海の復旦大学からの本論文では,ウイルス感染防御や自己免疫疾患などで大切なcGAS-STING経路に着目している。
細胞質内に存在する,サイクリックGMP-AMP合成酵素(cGAS)が細胞内のDNAの刺激を受けると,cyclic GMP-AMP(cGAMP)が合成される。cGAMPは小胞体膜上に存在するSTING(Stimulator of interferon genes)を刺激し,強力にI型インターフェロンを産生する(図)。そこでSTINGを刺激する分子であるcGAMPをサーファクタント類似のナノ粒子であるリポソームに封入したアジュバント(PS-GAMP)としてインフルエンザワクチンと共に気道投与すると,PS-GAMPは効率よく肺胞マクロファージにとりこまれ,ワクチン効果を発揮した。
そのメカニズムで興味深いのはマクロファージに取り込まれたcGAMPはtight junctionを通ってII型上皮細胞に移動し,II型上皮細胞内でサイトカイン産生などの反応が生じることが重要である点である。このtight junctionの通過はtight junctionを阻害すると効果が減弱することから証明されている。そして樹状細胞およびCD8+T細胞がしっかりと誘導され,H1N1のワクチンで他のH3N2,H5N1やH7N9といった他のサブタイプにも効果がみられ,投与2日後から有効で6カ月間の持続が確認されている。
またこうした効果は肺胞マクロファージだけでは不十分でII型上皮細胞が必要であること,マウスだけでなくよりヒトに近いとされるフェレットにおけるデータも示されている。なお本論文はAASJでも紹介されている(リンク)。著者らのまとめの図がわかりやすい。
1)呼吸器内科
電子たばこ関連肺傷害に関連する気管支肺胞洗浄液中のビタミンEアセテート(Vitamin E acetate in bronchoalveolar-lavage fluid associated with EVALI) |
現在米国で集団発生している電子たばこ関連肺傷害(electronic-cigarette, or vaping, product use–associated lung injury :EVALI)の原因物質の詳細については,まだ明らかにされていない。全米ほぼ全域で2,400人以上の患者が入院し,50人以上の死者が発生している。
米国CDCなどのワーキンググループによる本研究では,EVALI患者の気管支肺胞洗浄液(BALF)中の毒性物質の解析を行っている。米国16州のEVALI患者51例と,2015年に開始され継続中の喫煙に関する研究〔非喫煙者,電子たばこ(ベイピング)製品のみの使用者,紙巻たばこのみの喫煙者が対象〕に参加している健常者99例からBALFを採取した。これらのBALFを用いて同位体希釈質量分析を行い,重要度の高い毒性物質であるビタミンEアセテート,植物油,中鎖脂肪酸トリグリセリド油,ココナッツオイル,石油蒸留物,希釈テルペン類を測定した。
その結果,ビタミンEアセテートは,16州の51例中48例(94%)のBALFで検出されたが,健常対照群のBALFでは検出されなかった。他の重要度の高い毒性物質は,ココナッツオイルとリモネン(それぞれ1例で検出)を除き,症例患者のBALFでも対照群のBALFでも検出されなかった。
以前から指摘されているテトラヒドロカンナビノール(THC)またはその代謝産物については50例中47例(94%)でBALF中に検出され,疾患発症前の90日間にTHC製品をベイピングしたことを申告していた。これら47例中30例(64%)でニコチンまたはその代謝産物が検出された。
ビタミンEアセテートはサプリメントやスキンクリームに含まれていて珍しいものではないが,吸入した際の体内への影響はこれまでは不明であった。今回の研究結果からはビタミンEアセテートはEVALIと関連していた。
なお本論文はPerspectiveにも掲載されており,オーディオでの解説インタビューも聴講可能である(リンク)。
背景にあるマリファナ合法化や容認,あるいは非合法なTHCや高濃度nicotine販売,さらにはこれらが18~34歳の米国若年層を巻き込んでいる事実は,日本社会としても対岸の火事では済まないと考える。
(鈴木拓児)