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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 86

公開日:2020.3.4


今週のジャーナル

Nature Vol. 578, No.7796(2020年2月27日)日本語版 英語版

Science Vol. 367, Issue #6481(2020年2月28日)英語版

NEJM Vol. 382, No.9(2020年2月27日)日本語版 英語版





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新しいがん組織physical論:がん細胞への圧迫がPFKを活性化/腸内細菌が骨髄移植の死亡率や肥満発症リスクにつながる

•Nature

 今週号では興味深い知見が複数報告されている。例えば,自然免疫受容体で微生物のDNA認識に関わるToll様受容体9(TLR9)が,筋肉の糖代謝調整に関わることや,ガンマデルタT細胞が分泌するIL-17というサイトカインが褐色脂肪細胞の熱産生に関わることが報告され,免疫と代謝の新たな関連が明らかにされた。今回は,がんに対する物理的刺激と代謝の関係を示した論文を紹介する。


1)腫瘍学 

細胞の骨格構造を介した,がん糖代謝の機械的調節(Mechanical regulation of glycolysis via cytoskeleton architecture

 外部からの機械的刺激を細胞が知覚するいわゆるメカノセンシングでは,機械的刺激が細胞内で生化学的刺激として変換されて伝わり(メカノトランスダクション),結果として細胞骨格の変化や遺伝子の発現が調節されることが示されている。また慢性呼吸器疾患では,線維化などに伴う細胞外基質の変化(硬さの変化)が病態形成に重要な役割を果たしていることが報告されている(少し前のERJに詳細なreviewが掲載されている )。

 今回,UT Southwesternのグループは,ヒト気道上皮細胞と肺がん細胞を用いた実験により,細胞周囲に存在する細胞外基質の硬さの変化によって,細胞内でアクチンフィラメントの重合による細胞の骨格変化が誘導されるだけでなく,細胞内の糖代謝が変化することを明らかにしている。その要点を分かりやすく示したがNEWS and VIEWSで紹介されている。

 彼らはまずヒト気道上皮細胞を,硬さの異なるコラーゲンでコートされたスライドグラス上で培養した際に形態的な変化が誘導されることを示している(周りが硬いとアクチンフィラメントが重合)。それと同時に,糖代謝で生じる代謝産物が,周囲が柔らかいときと比べて硬いときに明らかに亢進していることを示している(周りが硬いと糖代謝が亢進)。そこで,解糖系の律速酵素であるホスホフルクトキナーゼ(Phosphofructokinase:PFK)の活性に着目したところ,周辺が柔らかいと(正常の状態では)活性が低下していることを見出した。つまり機械的刺激によるPFK活性化の制御が示唆された。通常PFKはユビキチンープロテアソーム系によって分解されているが,特にE3 ubiquitin ligasesであるTRIM21(Tripartite motif-containing protein 21)が中心的に作用している。彼らは,機械的刺激によりFアクチンの重合(F-actin bundling)がもたらされることを示したが,このフィラメント重合によりTRIM21が細胞内で移動できなくなることによって,PFKと相互作用できなくなり,結果としてPFKの活性化が維持されることを明らかにした。TRIM21のノックダウンやプロテアーゼ阻害薬を使用した実験によっても同様にPFK活性化が維持されることを示し,周辺が硬くなる→フィラメント重合→TRIM21の細胞内分布が変化→PFKの活性化持続→糖代謝亢進というメカニズムを証明した。がん遺伝子変異などによって,細胞外基質が不可逆的に硬くなったり,TRIM21の酵素活性が低下したりするような場合には,もはや糖代謝の亢進を抑制できなくなることから,TRIM21を標的とした治療法の可能性を示唆している。

 今回の報告は,間質性肺炎に合併する肺がんや細胞外基質に富んだ小細胞肺癌の性質を考えるうえでも重要な知見になるだろう。


•Science

慶応大学を中心としたグループからの報告。


1)細菌学・免疫学 

妊娠中のマウス母体の腸内細菌叢が仔マウスの代謝機能に影響を与える(Maternal gut microbiota in pregnancy influences offspring metabolic phenotype in mice

 無菌環境(Germ-free)で飼育されたマウスは,通常のSPF環境で飼育されたマウスと比較して,同じ高脂肪食を摂取させた場合でもより肥満傾向が強くなることが知られていた。しかしながら,そのメカニズムはわからず,母体の腸内細菌叢の存在が産後の肥満抑制に何らかの形で寄与している可能性が示唆されていた。今回,慶応大学を中心としたグループから,妊娠中のマウス母体の腸内細菌叢と食餌中の繊維との反応によって産生される短鎖脂肪酸(Short-chain fatty acids:SCFAs),特にプロピオン酸塩が胎盤を通過して胎児に移行し,インスリンシグナル阻害により脂肪組織への脂肪沈着を抑制するとともに(この経路は短鎖脂肪酸受容体であるG-protein coupled receptor 41:GPR41を介する),胎児マウスの交感神経系の発達(この経路はGPR43を介する)に寄与することを明らかにした。この論文はPerspectiveで取り上げられており,わかりやすい図解で掲載されている。

 もともと著者らのグループは,短鎖脂肪酸受容体のGPR41およびGPR43の役割についてすでに報告していたが,今回,①妊娠中の母体マウスの大腸粘膜面で産生される短鎖脂肪酸が母体の肝血流,胎盤を経由して胎児に運ばれること,②腸粘膜や膵臓にGPR41/43が高発現しており,それら受容体を介したシグナルが欠損すると,交感神経の活性化障害,GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)発現腸管内分泌細胞および膵臓β細胞の発達障害が生じ,その結果としてエネルギー代謝異常が誘導され,これらが仔マウスの生後の代謝障害の原因になることを明らかにした()。

 今回の論文は最近注目されている「将来の健康や特定の病気へのかかりやすさが,胎児期や生後早期の環境の影響を強く受けるという概念(Developmental Origins of Health and Disease:DOHaD)」を科学的に証明したという点で大きなインパクトがある。


•NEJM

 再び腸内細菌の論文ではあるが,北海道大学血液内科のデータが含まれているため取り上げる。


1)血液疾患・造血幹細胞移植 

腸内細菌叢が同種造血細胞移植における死亡の予測因子となりうる(Microbiota as predictor of mortality in allogeneic hematopoietic-cell transplantation

 もともとヒトの腸内細菌叢の組成は,居住地域や人種などの影響によって大きな差があることが知られている。これまで腸内細菌の組成が同種造血細胞移植後の臨床的なアウトカムと関連することが,単一施設レベルで報告されていたが(同じグループから過去に報告されている抗生剤使用とGVDH関連死に関する論文:リンク),地域や人種を超えて同様の関連性が認められるかについては明らかでなかった。今回,腸内細菌叢の多様性が同種造血細胞移植における死亡の予測因子となりうるか検証するため,日本の北海道大学を含む世界の4施設(米国2カ所,ドイツ,日本)でコホート研究が行われた。

 ニューヨークのMSKCCで行われた解析をコホート1,ノースカロライナのDuke大学,日本の北海道大学,ドイツのRegensburg大学の3施設で行われた解析をコホート2としている。4施設で同種造血細胞移植中の合計1,362例,8,767個の便検体のメタゲノム解析が行われ,microbiota disruption(移植後day7~21における腸内細菌叢の多様性の喪失と1種類の細菌種の優位性)と同種造血細胞移植後の死亡率との関連が評価された

 Fig1Aにあるように、どの施設でも移植前後で腸内細菌叢の多様性は減少傾向にあるが,それぞれの施設で,腸内細菌叢の多様性が高い群と低い群に分けて評価した場合,多様性が高い(維持される)群では死亡率が低いことが確認された。死亡は,コホート1では,高多様性群354例中104例に対して,低多様性群350例中136例であった(ハザード比0.71)。コホート2では,高多様性群87例中18例に対して,低多様性群92例中35例であった(補正ハザード比0.49)。コホート1で行われた,サブグループ解析では,移植前の腸内細菌叢の多様性の低さは,移植関連死とGVHDによる死亡率の高さと関連していた(Fig3)。以上から,同種造血細胞移植中のmicrobiota disruptionのパターンは,世界の異なる移植施設で共通して認められる事象であることが明らかになった。

 今回の報告では,移植前の腸内細菌叢の多様性の低さが生存率の低さとも関連することが示されているが,今後治療介入を考える場合には,耐性菌のコンタミの問題を克服するだけでなく,どのタイミングで多様性を戻すのが良いか,どのような菌種を補充すべきかなどの課題が依然残されていると考えられる。



2)Review Article 

梅毒の流行(The modern epidemic of syphilis

 梅毒に関する検査アルゴリズムや推奨される治療指針などが概説されている。


(小山正平)


※500文字以内で書いてください