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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 90

公開日:2020.4.1


今週のジャーナル

Nature Vol. 579, No.7800(2020年3月26日)日本語版 英語版

Science Vol. 367, Issue #6485(2020年3月27日)英語版

NEJM Vol. 382, No.13(2020年3月26日)日本語版 英語版





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Dry LabでTCGAデータベースから発癌関蓮微生物を同定する/Variant allele frequenciesと未病/なぜVapingはタバコを吸わない若者に拡がるか?

 3週間毎にTJH記事を書いている。
 コロナ感染の広がりは,日本でも限界状態だと理解される。TJHでは本年1月28日#81から武漢コロナ感染を取り上げ始めた。その後はイラン,イタリア,EU諸国と中国外に広がり,遅れて米国が現在18万人超で世界最大の流行国となってしまった。日本もいつ非常事態宣言が出されてもおかしくない。移動禁止,接触禁止しか,現在乗り越える方法はない。
 いったいこのPandemicの次への教訓は何か? その1つは,感染症Outbreakに関しての情報規制は,国際交通の発達した現在,許されない行為であることを国際条約として成立させる必要があるのではないか。

•Nature

1)がん 
血液と組織のマイクロバイオーム解析が示唆するがん診断手法(Microbiome analyses of blood and tissues suggest cancer diagnostic approach
 腸内細菌の話題は,ほぼ毎週Top Journalで見られる。しかし,悪性腫瘍におけるmicroorganismの関与は,実際に既存核酸データからどう解析できるか?
 2015年,筆者が米国の結核研究状況視察でボストンを訪れた際,東北大学のM先生が留学中のBroad InstituteのDr. Meyersonからとんでもない話を聞いた。「大腸がんのゲノム検索で,Fusobacteriumが見出される。どう考えればいいのか?」。この研究内容は2017年Scienceに報告され,Fusobacterium以外にも数種がゲノム解析に混在し,大腸がん細胞をマウスxenograft作成してもFusobacterium属は見いだされ,抗生剤投与でその数が減り,腫瘍も抑制されるという(リンク)。腫瘍細胞との共生symbiosisな関係である。
 このScience論文をreference#1に挙げたのが今回紹介するUCSDのグループからの報告である。全くのいわゆる「Dry Lab」における膨大なデータ処理の報告である。こうした領域の雑誌では普通なことだろうが,Top Journalでも今後同様論文は増加してゆくだろう。
 この論文はNews & Viewsにも取り上げられている()。むしろこの紹介を手がかりにしないと,この論文は読み切れない。研究にはTCGA(The Cancer Genome Atlas)プロジェクトでの各種腫瘍の核酸データベースが使用されている。しかしデータベースの核酸配列をそのまま使えない。normalizationが必要である。Fig. 1にはTCGAのsequencingを施行した8施設のデータ間にはbatch effectがあり,その修正プログラムによって相互の影響を正常化したことが示されている(Fig. 1)。こんなにもbatch差がある事実すら知らなかった。私には未知領域であるので,方法論も興味を引く。MethodsのTCGA data accessionに示される各種URL,またAWS(Amazon Web Service)をホストとするstorage。あるいはSHOGUN TCGA bioinformatic processingには,local computer cluster(Intel,AMDの1000個前後のCPU数が示してある)や,計算時間(5カ月)と思われる記載もある。
 Normalizeしたデータは,機械学習(machine learning:ML)で関与する微生物の属を検出する。その結果はFig. 2に示されている。まず先に示したFusobacteriumと消化器系腫瘍(大腸,食堂,直腸,胃)では対照の正常臓器や正常血液に比べて明らかに有意に高頻度であることが示されている(Fig. 2)。一方,alphapapillomavirus属は子宮扁平上皮癌,頭頸部扁平上皮癌が,あるいは肝癌におけるorthohepadenovirus属などが示されている。一方,2014年にも示されたというが,胃癌とhelicobacter pyloriの関連はなかったと記載(おそらく米国検体であるからか?)されている。
 著者らはさらに大胆にも,血中核酸情報におけるctDNA(circulating tumor DNA)やmbDNA (microbial DNA )の検出も試みている。このためには検体収集や実験段階でのcontamination対応(Extended Fig.6)を考慮する必要があり,その説明と評価が述べられている。その結果は前立腺癌,肺癌,皮膚癌などで良好なROC曲線を示し,stage I,IIなどの早期でも,血中における発癌部位診断の将来的な可能性を論じている。
 現役退職の前後,10年前に,こうした時代の到来は予想していた。現実に既存のTCGAデータから,腫瘍における微生物の関与を見事に検証している。もちろん,解析プログラムは著者のグループで作成している。グループにはDepartment of Computer Science and Engineeringが入っている。医学部として臨床に関連した核酸データを,どう数理プログラムを開発して,新規の解析研究を成し遂げるのか?総合大学としてのあり方が問われる新しい時代である。

•Science


1)RESEARCH ARTICLES 
クローン造血の形成経過ダイナミクスとフィットネスを基盤とする全体像(The evolutionary dynamics and fitness landscape of clonal hematopoiesis
 ヒト全ゲノムが多数読まれるようになって約10年である。Nature論文もTCGAデータを使用した解析であったが,Scienceも同様な論文を紹介したい。20世紀医学では到達できなかった病態の解析である。
それは,血液腫瘍のない正常者末梢血全ゲノム核酸配列の,8施設での公開データベースを用いての変異解析を通して,そもそも末梢血の血液細胞でHSC(hematopoietic stem cells)にいかなる変異が入り,その変異が環境にfitしていかにclonal性を獲得していくかが報告されている。
 この論文は英国Cambridge大学のグループからで,先の喫煙による気道上皮細胞の変異増加の論文(TJH#84)も英国のグループであった事を思い出す。この論文もPerspectivesに紹介されている()。
 さて研究グループは2018年の論文を引用し,VAFs(variants allele frequencies)という概念をまず紹介する。これはAMLに進行するpredictorであるという。8施設からの公開データベースには約50,000人の全ゲノムデータがあり,VAFがどう分布しているかを示すことから論文は始まる。なおHSCというと骨髄を思い浮かべるが,mutation解析では末梢血でも骨髄状況を反映しているという。
 VAFは元配列データのシーケンス深度,エラー訂正処理等が影響する(Fig.1A)。ここでは1つの例として,CH(clonal hematopoiesis)に大きく関与するDNMT3A〔DNA (cytosine-5)-methyltransferase 3A〕遺伝子上の変異頻度がFig.1Bに示されている。こうした生データを使って,その変異が加齢と共にどう変化するかを数式を立てて,その変数を動かしての議論となる。結局あるclonal変異のfitness度合とその変異頻度が,長期的にはCHに反映される。前回論文で明らかになったDNMT3A,TET2,SRSF2,ASXL1,TP53などがclonalに残りpre-AML,AMLが発症する。これらのうちDNMT3Aに関しては,8施設データベース毎に最もfitness性の高いDNMT3AR882H,nonsynonymous変異などのVAFsが示してあり,多数例ゲノムを利用した再解析によるclonal hematopoiesisの実態が示されている。
 私自身がこうした解析に関心を持つのは,発症以前の血液細胞動態が,臨床医として従来の医学では想像すらできなかった主な関連遺伝子が浮かび上がる,その実際の姿を知ることにある。Discussionは異例に長く,こうした背景が説明されている。
将来的に末梢血細胞でDNMT3AR882HのVAF抑制が可能になれば,AMLへの未病の医療ができるのだろうか?

•NEJM

 こちらは毎週の定期配信以外に,多数の臨時配信でCOVID-19関連の論文が15報以上送られてくる。1つには鍾南山先生のCOVID-19起源の議論で,南アジアに広く風土病的な広がりが説明されている。これは現在の米・中のコロナ起源論争の一環か? 国際的な裁判になる可能性をはらんでいる。
 一方,日経メール配信でシャレド・ダイアモンド先生は,「中国はさらなるズーノーシスの発⽣を未然に防ぐべく,野⽣動物市場の閉鎖についに踏み切り,⾷⽤⽬的での野⽣動物の取引を永久に禁⽌した。」と述べている。日本のメディアのニュースにはないが,これが最も重要な点であると考える。

1)Perspective(電子配信版)
ベイピングを規制する - ポリシー,可能性,および危険性(Regulating vaping — policies, possibilities, and perils
 今回はVaping規制が取り上げられているので紹介したい。なお今週号のNatureでは,Research Highlightsにも関連したPNAS論文の紹介があるので合わせて紹介する。
 さてこのPerspective記事を読んでの驚きは,米国の喫煙者数は1960年代がピークで,それ以降は減少傾向であった。それが2019年の調査では,米国の高校生の27%以上がe-cigarette経験があるという点である。その大きな理由がニコチンよりもメンソールや果実などのflavoring添付に惹かれると記載してある。
 今回のe-cigarette吸入肺障害の原因は不法販売のTHC(tetrahydrocannabinol)とVitamin E acetateを混ぜたJuulカートリッジの使用()であった。Natureに紹介されたWu DらはPNAS 3月24日号(リンク)に肺毒性の主因は,Vitamin Eの熱分解(Wikipedia)によるketene(H2C=C=O)()であると報告している。
 さてこの悲劇的な肺傷害事件に対し,2019年12月米国連邦議会はTobacco21法案を可決した。しかし年齢制限に対しての各州の対応はバラバラのようである()。またFDAは同じ12月にカートリッジ電子タバコのflavorを禁止すると発表したが,これも抜け道があるようである。
 タバコ喫煙の問題は呼吸器科医にとって大きな課題である。
 歴史的にアメリカ大陸の宗教儀式であったものが,ヨーロッパで嗜好品となり普及した。それが社会に大きく広がったのは,20世紀に戦費として税収対象となった「たばこ税」であり,戦場兵士への慰問品タバコである。日本の財務省を含め多くの国はこれを改めない。実際,地方自治体の会計報告を見ると,たばこ税の還元がいかに大きな収入源かが理解できる。すなわち当初は戦費調達であったものが,現在は地方自治体が歳入のためのaddiction構造になっている。
 もう1つの問題は不法添加物が容易に使える点である。そもそもe-cigaretteや日本の加熱式たばこは,禁煙補助の意味も議論される。しかし現在米国で広がる不法添加物が日本の若者にも広がる可能性は大きい。加熱による熱反応は大丈夫か?
 何よりも気道や肺胞上皮細胞は,微生物とは違い,chemicalな吸入に対して何の進化上の備えもない。「余計なものを気道に入れるな」というのが呼吸器科医の立場と考える。

(貫和敏博)

※500文字以内で書いてください