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Tau蛋白運搬のLRP1は認知症創薬にどう貢献するか?/がん細胞異常ゲノム構造を説明する力学的BFB論/TAAR1 agonistのSchizophrenia第II相臨床試験が有効
Corona Pandemicの進展はメディアもJohns Hopkinsサイトを参照する。毎日見ていると,EUでは死亡者数は減少傾向が見られ,悲惨な米国の状況も横這いになってきた。EU主要諸国イタリア,フランス,ドイツ,英国は厳しい状況であるが,ドイツの死亡率は2%前後と低い。中国や韓国は移動抑制の統制を緩める方向である。一方ロシア,ブラジルの患者数の増加は激しい。日本では緊急事態宣言,さらに全国への宣言拡大を経て,関東圏では患者数横這いの状況が期待される。
いずれにしても第二次大戦後最悪のPandemicであり,今後への教訓は多い。治療薬として,先週#92でも紹介されたレムデシビル(Wiki)(日経バイオテク記事:米Gilead社)の名前がメディアで前面に出ている。しかしFavipiravir(アビガン)は承認済みであり,日本としてはしっかり臨床試験を進めるべきである。今週のScienceには,全身病としてのコロナ感染が取り上げられており(リンク)勉強になる。本日ニュースのコロナ陽性患者の突然死は,ここに述べてある心臓病変が関連あるのかも知れない。
1)神経変性
LRP1はタウの取り込みと拡散におけるマスター調節因子である(LRP1 is a master regulator of tau uptake and spread) |
今回はTau蛋白に関連する論文を取り上げる。呼吸器の専門をはずれるが,CRISPRiを用いてその運搬機構同定の驚きの報告である。
筆者は本TJHack執筆先生方より20歳ほど高齢である。物忘れは60歳以降加速しつつある。年相応とはいえ,その脳内病態には関心が募る年齢である。認知症に対しての薬剤開発は,残念ながら最近各社撤退のニュースが続いている。
ここに取り上げる論文は,カルフォルニア大学Santa Barbaraを中心とするグループからである。この論文はNews&Viewsに取り上げられている。その図(リンク)をみて,この研究に関心を持った。
また,このグループは先行する論文を2018年,Scientific Reports(リンク)に報告している。方法論やCRISPRi(Wiki)はこちらに詳しい。Tau蛋白(MART: microtubule-associated protein Tau)に関してはWiki参照。要するにその機能は神経細胞軸索の微小管維持と考えられている。
研究の主題はTau蛋白の神経細胞間輸送に関するLRP1(low density lipoprotein receptor-related protein 1)(他にも,α2-macrogulobulin receptor,ApoE receptor,CD91などの呼称)である。この領域の研究者の間ではTau蛋白との関連が検討されていた。
グループはまずLRPグループの中でTau蛋白の運搬に関与するものは何かを,CRISPRiの系を使えるH4細胞(ヒトneuroglioma)を使い,Tau蛋白にはAlexa Flour 488で蛍光ラベルした。7種のLRP関連遺伝子のsgRNA(single guide RNA)でノックアウトされ,Tauの取り込みが全くなくなったのはLRP1のみであった(Fig.1)。
次にLRP1の接着subdomain,IからIVのTau蛋白との関連を調べると,subdomain II,IVのみが関与する。さらに細胞種もH4以外にiPS分化神経細胞においてもLRP1 sgRNAでTau蛋白の取り込みがみられなくなる。
ではin vivoではどうか?
著者らはドイツのグループが用いたAAV遺伝子導入系を使用して,導入細胞自体はGFPで識別し,そこで発現されたTau蛋白が近傍の神経細胞へ搬送されることを,抗Tau蛋白抗体で追跡した。この系でLRP1のknockdown(shRNA使用)miceを使うと,Tau蛋白の拡散は抑制された。脳組織ではcortexとhippocampusでその拡散抑制が見られた。
以上の成績はTau蛋白とLRP1の直接的関連の最初の報告として注目される。Tau蛋白の神経細胞間運搬を説明する一つの理論的根拠であり,認知症の創薬が活発化することを期待する。
LRP1は血管平滑筋,肝臓とともに神経系,ことにシナプス後膜に発現している。LRP1はTau蛋白以外にもamyloid β(Aβ)のclean upにも関わるといわれている。しかしLRP1そのものの阻害は運動機能に影響が出るので,LRP1のTau蛋白接着阻害ペプチドなどが可能性としてNews&Viewsには述べられている。この論文はAASJでも紹介されている(リンク)。
1)がん生物学
単一細胞分裂エラーから癌ゲノムの複雑構造を生成するメカニズム(Mechanisms generating cancer genome complexity from a single cell division error) |
2010年前後,Cancer Genomeが全部読まれるようになり,一例の肺腺癌ゲノムのCircos plot(リンク)を見たとき,本当に癌細胞の恐怖を感じた。これは“ゾンビ”そのものではないか?
がんゲノム研究は遺伝子機能異常としてのoncogeneに注目が集まり,塩基配列変異解析が主体で,driver変異としてのEGFR変異ではそのリン酸化酵素特異阻害で大きく臨床を推し進めた。
しかし一方で,単なる塩基変異以外に,染色体がズタズタ,さらに関連ない染色体箇所でのfusionなど染色体構造の変化は一体何を意味するのか?chromothripsisのような比較的短塩基配列コピーが100倍にもなる現象はなぜ起こるのか?私自身の問題意識として残っている。
ここに紹介するScienceのArticleは,米国の理研のようなHoward Hughesに属するHarvard大学のDavid Pellmanを中心とするグループの報告である。こうした染色体がズタズタのゾンビ的状況は,BFB(breakage-fusion-bridge)という概念を示し,染色体複製から細胞分裂へいたる段階での染色体DNA鎖にかかるactomyosin張力の力学的結果である断裂から引き起こされると説明する。これを詳細な単細胞全ゲノム解析に基づいて説得力ある説明となっている。この論文はPerspectivesにも紹介され(リンク),また著者らのサマリーにも基本概念としての図(リンク)が載っている。
このグループは2015年Nature誌にChromothripsisが形成されるのは,micronuclei(異常mitosisにもよる小さな核様構造形成)が原因という論文(リンク)を発表している。この時,すでに形態変化を塩基配列変化で確認するという新しい方法論 ”Look-Seq”法を使っている。
さてArticleとして非常に大量のデータを駆使して,背景としてのchromosome breakage変化を解析する論文であるので,正面からとっつくと歯が立たない面もある。しかし,Discussionには小総説的に前回のNature論文のChromothripsisと今回の力学的破断によるBFB論をまとめてあるので,それを一読するのが理解には最適であるだろう。図は7つ(Supplementにも23の図)あり,まずbridge-breakageの写真,その破綻がいかにdaughter細胞に引き継がれるかを,塩基配列解析差で示し(Fig.2),次にCircos plotでsingle break,local jump,fragment形成が説明される。そして,こうした変化の起源がmechanical breakageによる事を,見事に塩基配列解析で実際に示し,その1例としてのTandem short template(TST)jumpを実際にヒト腎がん由来検体のlong read sequencingで示している。
さらにこうしたbreakageの1部が,mitosisを経てmicronucleiとしてさらにゾンビ的evolutionがなされる。図を追うだけでも彼らの論旨は理解できる。まさにTCGAのがん染色体異常変化の基本構成はこうなんですよという説明である。
Discussionの小項目だけを列記すると:①Mutagenesis and DNA fragmentation from actomyosin-based force,②Chromosomal rearrangements from abnormal nuclear architecture,③A second wave of DNA damage from aberrant mitotic DNA replication,④Chromosome bridges generate micronuclei,⑤Rapid genome evolution from a single cell division errorとなる。詳細なデータに裏付けられた新しい概念である。
細胞分裂の過程で一時消失し,また現れるnuclear envelope (NE)不全,あるいはその中のreplication forkやcentromere構造蛋白の偏りなどが,がん細胞において塩基変異のみでない,染色体構造変化としての“ゾンビ”細胞を作り出している。一方で,こうしたゾンビに対しては癌免疫療法のさらなる進歩が待たれる。
1)精神科
統合失調症に対する D2 受容体に結合しない薬剤(A non–D2-receptor-binding drug for schizophrenia) |
これも呼吸器とは領域が違うが,新たな創薬の可能性として,SchizophreniaへのDopamin D2受容体に結合しない新薬SEP363856(リンク)第II相臨床試験がポジティブとして報告されている。Editorialにも扱われている。
周知のように治療困難であったSchizophreniaに対しては,Olanzapin(ジブレキサ)が日本では21世紀に入り承認され,社会復帰可能な治療成績を達成している。しかしその一方で体重増加,耐糖異常が問題である。
SEP363856はSerotonin 1A受容体と痕跡アミン関連受容体-1(trace amine-associated receptor 1: TAAR1)(Wiki)のagonist効果を主体とする薬剤である。TAAR1とは聞き慣れない受容体である。実は非常に新しい。そのcloningは新規G-protein coupled receptorとして2001年に報告され(リンク),2006年にはNature誌にマウスのフェロモン受容体の可能性が報告されている(リンク)。その後Dopamine D2受容体に関連する副作用が問題となる中,向精神科薬としての開発の可能性が注目され,現代技法下のヒット化合物・化学合成が展開し(リンク),今回の臨床試験に結び付いた。TAAR1のシグナルはDopamine受容体シグナルを調節するようである。
第II相臨床試験は,Sunovion社やYale大学の研究者でなされ,SEP363856(50または75 mg)を1日1回 4週間投与で,120例を実薬群,125例をプラセボ群として施行された。評価は,陽性・陰性症状評価尺度(PANSS:スコアが高いほど精神症状が重度)の変化量,臨床全般的印象・重症度(CGI-S)や簡易陰性症状尺度(BNSS)なども副次endpointとしてなされた。
結果は4週後時点で,PANSSの平均が実薬群で-17.2ポイント,プラセボ群-9.7ポイント(p=0.001)であり,他のスコア変化も同様の方向性を示した。他剤で問題となる錐体外路症状,脂質,HbA1C,プロラクチンなどは2群で同程度であった。副作用は消化器系が主体である。また一部長期継続者のデータも報告されている。
今後,多人数・長期の臨床試験となるだろうが,21世紀に入ってのTAAR1発見,そして向精神薬としての可能性のもとに化合物開発,臨床試験へ進むという現代生物科学,化合物開発の能力が総合的に展開した,難病の新規薬剤として紹介した。
(貫和敏博)