日本のコロナ感染流行は緊急事態宣言発動後,ようやく第一波は収まりつつあるようだ。
17,000人前後が罹患し,800人弱が死亡。重症化は6%に見られ,また重症化は罹患2週前後(これはアビガン使用が期待される)から急速に進むという。その機序は何なのか? 謎ばかりである。
そんな中Science,5月1日号に“happy hypoxia”(
リンク)が掲載され話題になっている。実測PaO
2値がどの程度かは不明であるが,呼吸器科医は従来のコンセプトへの挑戦を受けている。細菌性肺炎(肺胞内細菌増殖と分泌物)による低酸素血症は1960年代に研究の進んだ,V
A/Q mismatchで説明される。しかもそれは時間が経ればhypoxic vasoconstrictionで緩和されるはずだ。コロナ肺炎の肺胞病巣部では何が起こっているのか? 主病巣は血管内皮(損傷による血栓形成)なのか?
ほとんどの呼吸器科医はこんなに多数のウイルス性肺炎症例を見たことはない。インフルエンザ後の肺炎は二次性細菌性肺炎がほとんどである。コロナ論文にみるCT陰影の病理形態像は何なのか? 一方,現在のHOT(home oxygen therapy)がまだ普及以前の40年前,DPBなどの慢性呼吸不全では,確かにhypoxemiaでも日常生活が平気である患者も多数存在した。しかしコロナ感染10日前後の亜急性期で“happy hypoxia”は本当なのか? 呼吸器科医は挑戦を受けているというべきだ。
•Nature
1)免疫学
脳による体液性免疫応答の制御は行動調節の影響を受ける(Brain control of humoral immune responses amenable to behavioral modulation) |
「ストレスや心配事は免疫機能を低下させる」。一般にもよく使われる文言だが,その直接的科学的実際は,当然ながら論文にも見られなかった。少し考えてみても脳科学と免疫学をいかに接続するのか? 脳科学や免疫というそれぞれ独立した領域だけでは,とても答えが出ない。この2つの領域を統合するには広域な研究グループを集めるプロジェクトを立ち上げる必要がある。
中国北京の清華大学を中心とするグループが,この広域projectに挑戦している。この論文はNews&Viewsにも取り上げられている。その
図を見ると脳から脾臓の免疫細胞まで,retrograde tracingやoptogeneticsなどの最新手技から,免疫細胞におけるneurotransmitterの授受やcorticotropinによる伝達まで,さらには実際のmild stress惹起による行動負荷系も工夫され,長らくいわれてきた「hypothalamus-pituitary-adrenal axis」の1部が示されている。
研究は,マウスの脾臓に入る神経(splenic nerve)を開腹下にアルコールで除くことから始まる。そのdenervation効果を脾臓の免疫系解析で調べている。おそらく多様な検討がなされただろうが,論文ではT細胞刺激によく使用される,KLH(keyhole limpet hemocyanin)を用い,脾臓のgerminal center(GC)とsplenic plasma cell(SPPC)を中心に解析している。こうした神経系の免疫系への影響は以下の総説に詳しい(
リンク)。また脾臓に関する総説は以下を参照(
リンク)。
脾臓へ入るsplenic nerveのdenervationの結果は,White pulpのT細胞依存性免疫応答においてSPPC数が抑制されると判明した。
次にこの現象が免疫細胞のシグナルが関与することを証明するため,N&Vの前述リンクに戻り,活性化CD4
+T細胞をからのacetylcholineがB細胞での5量体nicotinic acetylcholine受容体として発現するCHRNAB1,同B4,同A9をCRYSPR Cas法でconditional KOを作成し,検討するとSPPC細胞数の抑制が外れる事実を確認している(
Fig.2)。
一方,神経学的にはretrograde tracing手技で蛍光標識したPRV(pseudo rabies virus)でsplenic nerveの連携元を遡及解析し,CeA(扁桃体中心核:central nucleus of amygdala)やPVN(室傍核:paraventricular nucleus)まで戻ることが確認されている。
このデータをもとに,次にはCeA,PVNへのoptogenetics手技(そのためのconstructが10種)でこれらの核におけるCRH(corticotropin releasing hormone)陽性細胞の刺激により,脾臓のSPPCが確かに有意に増加すること,阻害により減少することを示している。
最後に軽度ストレス下(EPS:elevated platform standing)での変化である。軽度ストレスは,床上1.3mの高さで,直径10cmの透明円盤の上にマウスを置く方法を開発している。もちろんストレスが強いとcorticoidsにより免疫抑制になるが,EPS程度では反ってSPPCは増加する。
以上論文内容を概説するだけでも,その研究展開の広域性が理解されるだろう。こうした新たな研究傾向は,従来の研究よりははるかに大きなグループの形成が必要である。筆者は実際に免疫系細胞にneurotransmitterが受容体等シグナル機能していることや,CeA,PVNにCRH陽性細胞が多数存在するという事実にも驚いた。
もう一方で,中国のトップ研究施設である清華大学の研究報告であるが,こうした神経系・免疫系を繋ぐ全人的医学は,本来中国医学の特質でもある。20世紀の研究技術では実証法がなく,伝統的な医学と考えられた領域にも,中国の研究者達は21世紀技術で踏み込んでいくことになるのだろうか?
2)その他
今月のOutlookはBoehringer-Ingelheim社のスポンサーによるCOPDが特集である。
•Science
1)Vaccine開発
De novo蛋白質設計により,RSV中和抗体の正確な誘導が可能(De novo protein design enables the precise induction of RSV-neutralizing antibodies)
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SARS-CoV-2感染Pandemicが一部の国ではなお拡大する中,第1波がなんとか収まりつつある国々,企業では,第2波に備えての抗ウイルス薬開発,ワクチン開発が大きな話題である。しかし時間的には早くて基礎研究に1年,臨床開発を含めると順調でも2年といわれている。今朝,米国でmRNAワクチン第1相開発順調とのニュースも飛び込む。
そうした中,ScienceにRSV(RSウイルス:Respiratory syncytial virus)に対する中和抗体誘導のため,そのepitopeとして知られるRSVF(RSウイルス融合蛋白質)の3カ所の主要抗原motif情報を用いたde novo蛋白合成と,それをVaccinationする動物投与結果の報告がなされている。
論文はスイス,ローザンヌを中心とするEU,米国等各国の共同研究によるものである。蛋白立体構造検討の詳細内容はとても歯が立たないので,概要の解説になるが,蛋白立体構造解析も,デザインできるまで進んでいると理解できる。
著者らのResearch Article Summaryの
図が全体像のすべてである。図左のRSVには宿主細胞間の融合に関与するRSVFが表面に突出している。このRSVFの蛋白構造の一部ペプチドmotifを選んで,著者ら開発のTopoBuilderと命名された蛋白設計アルゴリズムによって,機能的なmotifを維持したまま安定させる蛋白質トポロジーを構築した(この辺は
Fig.1)。次いでin silico foldingやRosetta(
リンク)を使用してシーケンス設計を行い,plasmidに組み込んでE. coliで蛋白を産生し,精製した。このimmunogenはferritinとともにnanoparticlesとして動物実験に使用する。
アフリカミドリ猿へのVaccinationでは4週前後で中和抗体が認められた。ここでは元のRSVFの抗原motif,S2,S0,S4を等モル比でnanoparticleとした3価抗原(Trivax1)が強い中和抗体を誘導し,実際にRSVFの3カ所に中和抗体が結合した電顕写真が示してある。
SARS-CoV-2へのVaccineには,すでに数10もの計画が国際的競争を始めているようである。SARS-CoV-2の表面蛋白,一方ヒトACE2結合部の立体構造などはすでにトップジャーナルに報告されている。これらの情報がどう活用され,臨床的効果の良好なVaccine開発にどのグループが成功するのか?興味津々である。
一方RSウイルスでは,1960年代,不活化ワクチンが臨床試験されたが,ワクチン接種群で悲惨なadverse events(抗体依存性感染増強:すなわち非中和抗体がFcγRを介してRVウイルスを細胞内に引き込んだ)が発生している。ワクチン開発の困難な側面であるが,今回報告のde novo設計Vaccineがさらに改良され,臨床に使用されることを祈念する。
•NEJM
1)肝細胞癌
切除不能な肝細胞癌におけるアテゾリズマブとベバシズマブの併用(Atezolizumab plus bevacizumab in unresectable hepatocellular carcinoma)
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呼吸器専門領域とは異なるが,進行期肝細胞癌治療にICIとしてのAtezolizumab(抗PD-L1抗体,テセントリク)と抗VEGF抗体(Bevacizumab,アバスチン)併用が,現在の標準治療であるSorafenib(B-Raf,c-Kit,VEGFR,PDGFRのtyrosine kinase阻害)に対し,OS(overall survival)を有意に延長させたと報告されている。
肺癌でも同様な効果の報告が2018年になされている(
リンク,
TJH#2)が,抗VEGF抗体の意義も後述する。
米国を中心とした国際臨床試験である。Editorial(
リンク)にも取り上げられている。全身療法歴のない切除不能な肝細胞癌患者をAtezolizumab+Bevacizumab群(AB群)336例,Sorafenib群(S群)165例(2:1割付)で2018年3月より施行された。成績はS群に対するAB群の死亡ハザード比は0.58であり,PFS(progression free survival)ではAB群:S群=6.8M(95%CI:5.7 – 8.3):4.3M(95%CI:4.0 – 5.6)(p<0.001)であった(
Fig.1)。
ともに単剤として効果は認められていたが,併用して歴然とした差になった。Adverse eventsはAB群で高血圧が見られたが,重篤なものは頻度が低いという。Editorial中に静脈瘤からの出血の可能性に対し,Child-Pugh class Aの肝機能(十分に補償をされた肝疾患)と内視鏡評価を受け除外されたという。肝細胞癌治療のLandmarkであると記されている。
さて抗VEGF抗体の注目すべき点を記しておく(
リンク)。
もともとNSCLC(非小細胞肺癌)で分子標的薬+抗VEGF抗体併用が,PFSを飛躍的に改善させた(
リンク)。たまたま同一企業の製剤併用であったが,その基礎に未知biologyの存在を感じた。幸いトップジャーナルをフォローしていて,2017年Natureの報告(
リンク)を読んで納得した。抗VEGF抗体には,異常腫瘍血管を正常化する以外に,Th1免疫系も回復する(
図:アクセスするとダウンロードされるので,開いて御覧下さい。右上の図がこの論文をまとめたもので,VEGFの正常化が腫瘍組織の血管正常化,Th1免疫系の正常化への一連の現象が示される)。したがってICIと抗VEGF抗体はもともと理にかなった併用である。
著者自身は,呼吸器における肉芽腫性疾患(サルコイドーシス,結核など)への臨床応用もあり得ると考えている。さらに抗VEGF抗体点眼薬の血中移行も良好なので,内科的全身性応用があるかもしれない。抗VEGF抗体はまだまだ臨床開発が期待される。
(貫和敏博)