" /> 剖検肺の解析から明らかになってきた新型コロナウイルス感染(Covid-19)の血管病変の怖さ,Covid-19の集団感染の報告およびICU入室重症例の報告 |
呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 97

公開日:2020.5.27


今週のジャーナル

Nature Vol. 581, No.7808(2020年5月21日)日本語版 英語版

Science Vol. 368, Issue #6493(2020年5月22日)英語版

NEJM Vol. 382, No.21(2020年5月21日)日本語版 英語版





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剖検肺の解析から明らかになってきた新型コロナウイルス感染(Covid-19)の血管病変の怖さ,Covid-19の集団感染の報告およびICU入室重症例の報告

•Nature

1)分子生物学 
単一細胞レベルでのヒト細胞全体像の構築(Construction of a human cell landscape at single-cell level
 こうしたscRNA-seqデータベース作成は,ヒトでは国際コンソーシアムであるHuman Cell Atlasなどで世界的に盛んに行われており,新型コロナウイルス感染に関連した内容の論文も発表されてきている(Cell誌の論文リンク,Nature Medicine誌の論文リンク1リンク2など)。また,様々な動物種のデータが蓄積されつつあり,最近ではホヤの初期発生データがCell誌に報告されている(リンク)。中国杭州市の浙江大学からの報告で,ヒトの主要器官のシングルセルRNAシークエンス(scRNA-seq)を行って単一細胞アトラスを作成している。膨大な数の約60万個(599,926個)という数の細胞のシングルセル解析を行って解析している(Fig.1)。今後ヒトの生物学研究で重要なデータベースとなると思われる。

•Science

1)免疫 
超分子攻撃粒子(SMAP)は細胞傷害性T細胞が放出する細胞死を引き起こす因子(Supramolecular attack particles are autonomous killing entities released from cytotoxic T cells
 細胞傷害性T細胞(cytotoxic T cells:CTLs)はウイルス感染細胞や癌細胞を殺すが,そのメカニズムとしてパーフォリン,グランザイム,FasLなどが知られている()。パーフォリンとグランザイムは分泌ライソゾームから分泌され,パーフォリンは細胞膜に穴をあけて,そこからグランザイムが細胞内に入ることで細胞死を引き起こすが,その詳細なメカニズムについては不明であった。オックスフォード大学の研究グループからの本論文では,CTLから放出される複数の蛋白分子の複合体であるSupramolecular attack particles(SMAPs)を同定して解析している()。パーフォリンやグランザイムを含む複合体SMAPはCD8 T細胞やNK細胞から放出され,120nm径の大きさの粒子で,質量分析解析の結果ではサイトカインやケモカインなどを含む285以上の蛋白質が含まれる。そしてSMAPを構成している分子の中で,接着因子で糖蛋白質であるThrombspondin-1(TSP1)のC末端側の60kDa断片(カルシウム結合反復配列領域が含まれる)がSMAPの周りの殻に含まれていることが同定された。このTSP1については,遺伝子欠損マウスの実験などから,細胞死を引き起こすのに重要な役割をしていることが明らかとなった。本論文はAASJでも紹介されている(リンク)。

•NEJM

 今週号も新型コロナウイルス感染(COVID-19)関連の報告が続いているが,Original Articlesにはシアトルからの論文が2つ,他にCorrespondenceやオンライン掲載の報告について紹介する。

1) 感染症 
ワシントン州キング郡の長期療養施設における Covid-19 の疫学(Epidemiology of Covid-19 in a long-term care facility in King County, Washington
 Covid-19の集団感染,特に入居者が高齢で慢性基礎疾患を有する割合が高い施設での感染は世界中で問題となっている。2020年2月に米国シアトル(ワシントン州キング郡)の長期療養施設でみつかった集団感染について,ワシントン大学,公衆衛生局,CDCからの報告である。2月28日に感染確定例1例が確認され,以後3月18日の時点で,入居者101例,ヘルスケア従事者50例,訪問者16例の計167 例のCovid-19確定例が,この施設と疫学的に関連していることが明らかになった。このうち7 例には症状が確認されなかった。診断後の入院率は施設入居者54.5%,訪問者50.0%,スタッフ6.0%であり,入居者の致死率は33.7%(101例中34例)であった。3月18日の時点で同地域(キング郡)では 30 カ所の長期療養施設でCovid-19の確定例が同定されている。こうした施設では感染している可能性のある患者を積極的に監視し,適切な感染予防対策を講じることが大切である。

シアトル地域の重症患者における Covid-19 ― ケースシリーズ(Covid-19 in critically ill patients in the Seattle Region — Case series
 2020年2月,米国ワシントン州では新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の市中感染が確認された。本論文は3月23日までのシアトル地域にある9カ所の病院の集中治療室(ICU)に入室した患者24例についての14日間以上の追跡データで,米国シアトルのワシントン大学を中心としたグループから報告されている。ARDSを発症した患者のCT画像については短い動画(リンク)でみることができる。
 Covid-19 確定例 24 例の年齢の平均は64±18歳,男性が63%,症状は入院の7±4日前に出現した。咳嗽と息切れの症状が多く,患者の50%に入院時に発熱がみられ,58%は糖尿病を有していた。全例が低酸素性呼吸不全で入院し,75%(18例)が人工呼吸管理を必要とした。患者の大部分(17 例)で血圧低下もみられ昇圧薬を必要とした。インフルエンザなどの他の呼吸器系ウイルスの検査で陽性の患者はいなかった。患者の半数(12例)が ICU入室1日目から18日目のあいだに死亡した(このうち 4 例は,入院時にDNR指示)。生存していた12例のうち5例は退院し,4例はICUを退室したが入院を継続し,3例はICUで引き続き人工呼吸管理を受けていた。
 Covid-19重症例は人工呼吸管理にいたる低酸素性呼吸不全,昇圧薬を必要とする血圧低下,またはその両方でICU入室となったが,これらの重症患者の致死率は高かった。

<Correspondence>
レーザーによる会話の際に生じる飛沫の可視化(Visualizing speech-generated oral fluid droplets with laser light scattering
 米国NIHからの論文で,会話の際に発生する飛沫についてレーザーで可視化して解析したデータが約40秒間の動画と共に紹介されている(リンク)。被検者に“Stay healthy”と声を出させた際の飛沫が実際に見ることができる。声の大きさでも異なるが,数百個の20~500μmの飛沫が形成されて飛散することを観察している。当然だが,マスク装着後では飛沫の発生が抑えられている動画もみることができる。時節柄,百聞は一見にしかず,な報告である。

Covid-19における肺血管障害,血栓と血管新生(Pulmonary vascular endothelialitis, thrombosis, and angiogenesis in Covid-19
 まだオンライン掲載(リンク)ではあるが,Covid-19の病態を考えるうえで重要な剖検肺の解析結果の報告であるので,早めではあるが紹介する。
 主にドイツのハノーファー大学と米国ボストンのハーバード大学ブリガム病院を中心とした研究者からの報告であり,Covid-19の7症例,インフルエンザA(H1N1)感染によるARDSの7症例およびコントロールの非感染肺の剖検検体で解析されている。Covid-19の症例とインフルエンザ感染のどちらの死亡症例でも肺ではDAD(diffuse alveolar damage)の所見であり,血管周囲のT細胞の浸潤が観察された(Figure 1)。Covid-19で特徴的な点として,(1)血管内皮細胞内には透過型電子顕微鏡によってSARS-CoV-2ウイルスが同定されており(Figure 3D),血管内皮細胞の細胞膜破壊を生じるような血管内皮傷害がみられている,(2)肺胞毛細血管内に広範に微小血栓による閉塞所見がみられている(Figure 2),(3)肺で血管新生,とくに“intussusceptive angiogenesis”というタイプの血管新生が生じている(Figure 3B・3C),ことが観察された。血管新生のメカニズムとしては“sprouting angiogenesis”()とintussusceptive pillar を特徴とする“intussusceptive angiogenesis”()とが知られているが,今回の解析ではどちらのタイプの血管新生もCovid-19患者において入院日数が長い重症例でより多く観察され,とくに後者のタイプの血管新生が良く見られた(Figure 4)。また,遺伝子発現解析もおこなっており,Covid-19の肺で特異的な血管新生関連の遺伝子発現も観察された。
 本論文はCovid-19の7症例とインフルエンザ感染7症例という少数例での比較検討という制限はあるが,Covid-19重症患者ではARDSのDAD所見に加えて,肺における血管内皮細胞内のウイルス感染,血管傷害,血栓症と血管新生という血管病変の特徴がみられることが明らかとなった。経気道的な進展では説明のつかない重症例の病態を理解するうえで重要な報告であり,更なる症例の解析が期待される。

(鈴木拓児)