6月に入りコロナ感染対応の自粛は,学校再開とともにさらに緩んだが,東京における感染増加のニュースが続いている。自覚症状のない陽性者が夜の酒場の高エアロゾル環境で感染を広げる。韓国にも見られる難しい状況である。
一方,PubMedで6,000報は越えるというSARS-CoV-2関連論文のうち,top journalに報告された論文にもかかわらずretraction(論文取り下げ)が出ている。これは「何が信じられるか?」というシリアスな状況でもある。
通年ならば米国での学会開催の時期である。今年はせいぜいvirtual meetingである。米国学会は,関連領域発表のみならず,著名な演者のplenary sessionも楽しみであった。
そんな中,Corona pandemicのnew normalとして,DANA-Farber/Harvard Cancer CenterのSeminar seriesが以下のサイトで開催されている(
リンク)。先週のScienceの表紙,“Bacteria in Tumors”に関してMeyerson先生が,それ以外にもTyler Jacks先生や,今週はHaber先生のレクチャーも聴取可能である。
•Nature
1)がん
同一がん遺伝子内の複数変異の全体像と機能(Landscape and function of multiple mutations within individual oncogenes) |
Dry Labのユニークな報告がなされる中,今週は国立がん研究センターを中心とする日本のグループから,TCGA(The Cancer Genome Atlas)などのlarge repositoryからダウンロードしたデータを,curationしながら解析した報告が注目される。
2013年夏以降,米国を中心としたがんゲノムのデータベース構築(TCGA)とそれによる各種臓器腫瘍におけるタバコ等のsignatureやmutational landscapeが報告された。例えば後者(
リンク)の
Fig.2では,各種腫瘍における高頻度変異の遺伝子群の一覧が示され,例えば肺腺癌のEGFR変異のような強いdriver性を示す変異と,それ以外の変異の意味づけなど詳細不明な粗データで,実際の臨床感覚からすれば,がんゲノム研究とはこの程度なのかという不消化感が残った。
今回国立がんセンターのグループは,実際の腫瘍検体におけるがん遺伝子(oncogene)群に複数変異がどの遺伝子でどの程度存在し,それがいかなる意義を持つかを,いわゆるDry Lab解析として示したもので,今後さらなる臨床的展開が期待される。
本論文は本年4月上旬に国立がん研究センターより
プレスリリースされており,その内容を参考に概略する。
こうしたDry Labの仕事は,門外漢にはその全体像を理解しにくい。それにはExtended data
Fig.1に,おおよその解析outlineが示してあり,参考になる。
まず1,1043症例で複数変異がどの程度存在するかを調べたところ,PIK3CAやEGFRでは,10%前後に複数変異を認め,実際の症例数も数100レベルであった。9種類のがん遺伝子では,その症例数の5%以上に複数変異を持つという,一般的な現象でもある。
次に変異が同一allele(シス)か,対側allele(トランス)かを調べたところ,oncogeneとtumor suppressor gene(TSG)では明瞭な差があり,oncogeneではシスの割合が多く,TSGではトランスでの頻度が高かった。複数変異の起こりやすい14種oncogeneでは,90%の複数変異がシスであった。この事実は肺腺癌EGFR変異ではよく知られており,薬剤耐性のメカニズムでもある。
変異といえどもmajorな変異と,minorな変異がある。先のExtended data Fig.1.bで示したlogicで,PIK3CA遺伝子を解析したところ,単独で高頻度の変異部位には複数変異は生じにくく,低頻度の部位に生じていることが示された。
この意義を理解するため,PIK3CA遺伝子に複数変異を導入した細胞株を使って機能解析したところ,実際に細胞増殖が亢進し,マウスxenograftの腫瘍サイズも大きかった。
したがって,がん細胞は当該複数変異に強い依存性を示すことになり,分子標的薬の治療反応性との関連性で臨床的意義がある。これは分子動力学シミュレーションでも,複数変異が活性化状態と関連することが示された。
以上,日本からのDry Lab論文として本論文は,私自身,2013年論文で感じた不消化部分を,具体的な機能として複数変異の意義を示した点で,臨床的な意味も大きいといえる。
•Science
1)生物技術
高解像度のオブジェクト起源タグのためのバーコード微生物システム(Barcoded microbial system for high-resolution object provenance) |
スーパーでの野菜や果実も海外からの輸入が見られる。一体どんな環境で生産しているのか? 一応タグが付いているが信じられるのか? こうしたタグを遺伝子barcodingで対応しようとする論文がHarvard大学のグループから出ている。この論文はPerspectivesにも紹介してある(
リンク)。
BarcodingをPubMedで検索すると年間300報前後であったものが,2007年頃より急増,最近では5,000論文で推移している,NGSに組み合わせたbarcoding技術がトンデモない生物学を次々と展開している。以前少し紹介したが,形態形成初期(原腸形成)のscRNAseqでの胚葉形成等の理解である。
Harvard大学のグループはBMS(Barcoded Microbial Spores)systemと命名し,その応用を報告している。そのポイントは過酷な外環境における芽胞sporeのタフネスであり,一方で核酸barcode発生法や用途が広がってきたbarcodingを組み合わせた点である。
もちろん環境拡散の課題はあり,一応,①すでに実応用されている枯草菌(B subtilis)や酵母(C cerevisiae)を使用する,②増殖にはアミノ酸要求性をつける,➂芽胞自身をheat inactivationするなどの策はとっている。
論文は
Fig.1で基本的な使途と検出法を示し,表面が砂,土,カーペット,木製床などでの応用性,靴底付着検出での歩行経路の追跡,植物の葉のスプレーでの後検出などを示している。
もう1点特筆すべきは,検出法にCRISPR開発で有名なFeng ZhangによるSHERLO
CK(Specific High-sensitivity Enzymatic Reporter UnLOCKing)法が使われている(
リンク)。この2017年の論文ではZikaウイルス検出など示しているが,今回のCorona検出PCR騒動の中,SHERLO
CKをCorona検査用キットとしてFDAが暫定認定を出したニュースをご存じの方も多いだろう。
いずれにしても,外環境への暴露問題で,日本では大議論になりそうだ。しかし世界的には特許も絡んで大きな展開が起こるかもしれない。Barcodingが実社会に入り,CRISPR応用も実社会に入るというAfter Coronaの世界である。
•NEJM
1)肺癌
METエクソン14スキッピング変異を伴う非小細胞肺癌におけるtepotinib(Tepotinib in non–small-cell lung cancer with MET exon 14 skipping mutations)
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Natureの論文紹介でも述べたように,oncogeneには多数のdriver変異が知られている。肺癌NSCLCではEGFR変異の意義が大きく,今回のASCO virtual meetingではNEJSCのerlotinib + bevacizumab臨床試験でのmedian OSが約50カ月と示された。こうなるとOSの優位性を示すことが困難になるほど肺癌治療はここ20年で進歩した。
そうした中で, EGFR変異とは関係なく,MET変異がdriver性を示すことをは以前より知られていた(先のNature論文でも複数変異oncogeneとしてMETがみられる)。ことにMETのexon 14 splicing site変異によりexon 14 skippingが見られ,その結果E3 ubiquitination ligase,CBL(
Wiki)のbinding site(Y1003)がなくなり,METのturn overが伸びて,そのsignalも増強されることよりdriver性を示す。
すでに2015年,Cancer Discovery誌(
リンク)にこの exon 14 skippingには本変位が多様ながんで見られ,殊に肺腺癌では約3%もに認められ,現在ALK阻害薬として使用されるcrizotinib(もともとはMET阻害薬として開発)により肺癌縮小効果が示されていた。
今回Merckが開発したtepotinib(商品名:テプミトコ)(
KEGG)を用いた国際第II相臨床試験(日本からも2施設が参加)で,その有効性を示した論文である(tepotinibは2020年3月25日日本で承認済み)。
臨床試験は,2016年9月13日より2020年1月1日まで,6,708人をスクリーニングし169名(2.5%)にMET exon 14 skipping変異が見られ,内152名に薬剤が投与された。これらは組織検体診断(60名),liquid biopsy(66名),両方(27名)で変異診断された(Merck社はコンパニオン診断として「Archer METコンパニオン診断システム」を推奨)。
結果は99名のWaterfall plotでは結構な効果が認められている(
Fig.1)。ORRが46%で全てPR,CRはなかったという。その有効性はbiopsy法にはよらなかった。Median DOR(duration of response)は11.1カ月であった。
AEは末梢浮腫,悪心,下痢などであるが,1名は急性呼吸不全で死亡している。
EGFR変異はアジア系で高頻度であるが,それに次ぐALK変異(約5%),やMET exon14 skipping変異(約3%)は人種的偏りはないようである。
今回はNature,NEJMとがんゲノムにおける多発変異の意義,あるいは新規MET exon 14 skipping変異への分子標的薬を取り上げた。
最初に示したDANA Farber/Harvardのセミナーで4月14日のTyler Jacksのセミナーを聴くと,彼のKPモデルマウス(Kras変異の肺胞上皮細胞へのknock-in)の次の展開を知ることができる。このモデルはAAH→adenoma→adenocarcinoma→metastaticと実際に悪性度が進む。それをscRNAseq,ことにATAC sequencingを行うと,tSNE分布像で正常から癌化progression,そして転移巣細胞への変化が示され,転移に関連する遺伝子としてRunx2が取り上げられ,さらにCRISPRi or CRISPRaでその意義を検討している。このマウス肺癌モデルの悪性度の進行にはゲノム変異集積が見られるのか? いかなる遺伝子に変異が存在するのか? Nature論文と同時に読むことで,マウスモデルでの実際に興味を持った。
(貫和敏博)