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関節リウマチの悪玉線維芽細胞と血管との関係/オス鳥の羽が華やかなのはどうしてか/レムデシビルcompassionate use報告,日本症例の効果は?
Notchシグナル伝達は滑膜線維芽細胞のアイデンティティーと関節炎の病態を誘導する(Notch signalling drives synovial fibroblast identity and arthritis pathology) |
関節を覆う滑膜には,二種類の線維芽細胞がある。表層にあるPRG4(プロテオグリカン4)陽性の線維芽細胞と,深層にあるCD90(THY1遺伝子の産物)陽性の線維芽細胞である。関節リウマチの病態には,深層にあるCD90陽性の線維芽細胞が関わっていると報告されている(Nat Commun 2018;9:789)。しかし,この線維芽細胞の分化や増殖を担っている分子機構は不明であった。
今回の報告は,上述の既報と同じ研究グループ(米国ボストンのハーバード大学)からの続報である。筆者らはまずこの2種類の線維芽細胞の単細胞RNAシークエンスを行った。その結果,この二種類の線維芽細胞クラスターは,明確に分けられる訳ではなく,連続的に形質変化している細胞集団であることが示唆された(図1a-c)。そして組織学的な解析の結果,血管との空間的距離が,この形質変化を支えていることがわかった。血管の近傍にはCD90陽性の線維芽細胞があり,血管から離れるに従って,PRG4陽性の線維芽細胞へと形質変化していた(図1d-f)。すなわち,線維芽細胞は血管内皮細胞からのシグナルを受け取ることによって,CD90陽性線維芽細胞へと形質変化すると考えられた。さらに抗NOTCH3拮抗抗体やNotch3遺伝子欠損マウスを用いた実験などから,「静脈系ではなく動脈系の血管内皮細胞に発現するNotchリガンド(JAG1,JAG2,DLL4)が,線維芽細胞上のNOTCH3を刺激し,CD90陽性線維芽細胞への形質変化や細胞増殖を促している」とわかった。
すなわち本論文によって「関節リウマチにおける滑膜線維芽細胞の病因性は,血管内皮細胞由来のNotchシグナル伝達によって支えられていること」が示された。今後このNotchシグナルが,関節リウマチの重要な治療標的になるものと期待される。
トリにおける性的二色性の遺伝学的機構(A genetic mechanism for sexual dichromatism in birds) |
性別によって個体の形質(体格や色など)が異なる現象は,「性的二型(sexual dimorphism)」として知られている(Wiki)。 本論文は,この性的二型の色バージョン,「性的二色性(sexual dichromatism)」についての報告である。特に鳥類では「オスの羽毛の色は鮮やかなのに,メスの羽毛の色は地味」といった種が知られている。これが性的二色性である。NHKのテレビ番組『ダーウィンが来た!』に毎回取り上げられているようなネタではあるが,驚くべきことに「ほぼ同一のゲノムを有するオスとメスからどうして性的二色性が起きるのか?」といったメカニズムはよくわかっていなかった。これを裏付けるように,「性的二色性」とgoogleで検索しても,わずか一個しかヒットしない。
今回ポルトガルのポルト大学の著者らは,ショウジョウヒワ(性的二色性あり:オスは赤色でメスは灰色)とカナリア(性的二色性なし:オスとメスともに黄色)を交配させ,赤色の交雑種を選んでカナリアへの戻し交配を繰り返した(図1)。その結果,オスだけ赤色となる性的二色性を有するモザイクカナリアを作製することができた。この性的二色性は劣性遺伝形式を示したことから,モザイクカナリアのゲノム上で,ショウジョウヒワ由来のハプロタイプがホモ接合している遺伝子領域を探索したところ,性的二色性の責任遺伝子としてBCO2 (βカロチン酸素添加酵素2,カロテノイドを分解し色素沈着を減少させる)を同定した。モザイクカナリアのメスでは,オスに比べて,BCO2遺伝子の発現が上昇していることが確認された。
性的二色性はこれまで,オスが発色の形質を獲得することによって進化してきたと考えられてきた。しかし今回の知見は,逆に,「メスが発色の形質を失うことによって,性的二色性が進化してきたこと」を示唆するものである。
なお,ショウジョウヒワとカナリアのBCO2自体は,アミノ酸2個の違いしかない。エストロゲンに反応してBCO2遺伝子の発現を制御している領域が,BCO2遺伝子近傍にあると思われる。また図1と表紙にあるように,ショウジョウヒワでは胸部が赤色なのに対して,モザイクカナリアでは頭部が赤色と,発色の部位が異なる。これについてはトランス作用性にBCO2遺伝子の発現を身体部位ごとに制御する機構が示唆された。しかし,これらの分子機構については,本論文では明らかにされていない。 この論文はAASJで西川先生も紹介している(リンク)。
重症Covid-19に対する未承認薬レムデシビルの人道的使用(Compassionate use of remdesivir for patients with severe Covid-19) |
5月7日に本邦でも重症COVID-19患者に特例承認されたレムデシビルについて,その単群使用成績の報告である。レムデシビルは,Gilead社がもともとエボラ出血熱を対象に開発を進めていた低分子化合物で,SARS-CoV-2のRNAポリメラーゼを阻害することで,その増殖を抑制することが期待されている。
本報告では,酸素飽和度94%以下のCOVID-19入院患者61名にレムデシビルが投与されている。うち53名が解析対象となっており,日本からの症例も9名含まれている。「酸素飽和度94%以下」が患者選択基準ではあるが,人工呼吸とECMOで管理されている患者がそれぞれ30名と4名と,あわせて34名(64%)は重症の呼吸不全を呈していた。10日間のレムデシビルの経静脈投与により,53名のうち36名(68%)の患者で,呼吸状態の改善がみられた。34名の人工呼吸あるいはECMOで管理されていた患者のうち,亡くなったのは6名(18%)であった。人工呼吸あるいはECMOでの管理を要するようなCOVID-19患者の致死率は6割超と報告されており,重症COVID-19患者に対してレムデシビルの臨床効果が期待される結果であった。ただし,本報告の観察期間の中央値はわずか18日間であり,観察終了時点で人工呼吸とECMOで管理されている患者それぞれ8名と2名,あわせて10名は生存例とされている。重症COVID-19患者に対するレムデシビルの臨床効果を確立させるためには,対照患者群のある第Ⅲ相臨床試験で,より長期的な予後を評価する必要があると思われる。
なお,COVID-19に対するレムデシビルの効果については,「人工呼吸管理を要しないような入院症例では,5日間投与と10日間投与に有意差がないこと」が397名の非盲検第III相臨床試験(N Engl J Med誌に掲載予定)で示されている。また,COVID-19の中等症患者に対するレムデシビルの効果についても,6月1日付けでGilead社からプレスリリースされている。それによると,中等症患者においてレムデシビルの5日間投与は,標準ケア群に比し,11日目に有意な臨床的改善を示したものの,より高い効果が期待される10日間投与では有意な改善を示すことができなかった。ちなみに,このプレスリリースの結果は株式市場の期待には応えられなかったようで,プレスリリースを挟む前後3日間でGilead社の株価は6%下落している。
これまで公表されているデータを見る限り,レムデシビルの効果は,軽症や中等症のCOVID-19患者に対しては極めて限定的で,人工呼吸やECMOの管理を要するような重症例にその効果が示唆される。
(TK)