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携帯電話情報からのCovid-19感染拡大防止へ/森は「惑星の肺」である
今週号もCovid-19の話題は多数存在する。その中で最もホットな話題は中国からの携帯電話情報からの人口移動データを用いた非線形モデル開発を取り上げたい。ちょうど同時期となる6月19日に厚労省が新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)をリリースした。これは新型コロナウイルス感染拡大を防止するために陽性者と接触があった可能性をスマートフォンにより通知するシステムで,1日間で合計179万件ダウンロードされた。このCOCOAを単に個人の感染防止対策にするわけではないと思うが,中国での感染拡大予測モデルを十分に応用してCOVID-19感染第2波への対策に臨んでもらいたい。
1)健康科学
中国でのCOVID-19の時空間的分布を動かす人口の流れ(Population flow drives spatio-temporal distribution of COVID-19 in China) |
この論文は香港大学そして深圳大学(香港中国本土を結ぶ近代都市)の経営経済学者によるもので,公衆衛生・疫学研究を専門にしているイエール大学ネットワーク科学研究所との共同研究である。COVID-19のパンデミックは中国の春節時期に重なったことが大きな要因なのだろう。大規模で拡散的な人の移動は,疾患の局地的なアウトブレイク(集団発生)をより広範なエピデミック(大流行)へと増幅させる。本研究は,人口流動の総計を迅速かつ正確に追跡することで,疫学情報だけではなく感染予防対策に大きく寄与している。
2020年1月1~24日にCOVID-19感染発生地とされる武漢市からの人口の動き追跡して中国本土全域の296地級市へ移動した人々の携帯電話データ1147万8484件を用いて解析された研究で,重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2;COVID-19の原因ウイルス)の地理的分布および感染の相対度数の両方が,中国本土全域で最大2週間先まで正確に予測できることを報告している。
日本経済新聞社がアップデートしていた中国本土の経時的感染者数マップは武漢市がロックダウンされた1月23日以降も湖北省内そして湖北省から周囲へと感染者拡大しているのがよく分かるが,本研究では感染者だけではなく全人口の動きを解析している。
湖北省内での武漢市からの人口流出を1/1から1/31まで1週間ごとに示しており,大学生らの冬休み期間である第1ピーク(1月10日前後)と春節や武漢市内の感染回避のため1月20日頃の第2ピークに近接する考感市や黄岡市への人口移動が急激に増加していた。1/23以降はロックダウンにより湖北省すべての市で人口移動が激減している。また湖北省外へは,武漢市に次ぐ大都市である湖南省の長紗市や河南省の信陽市への流出が多いことがわかる。これらのデータ(図)からは,湖北省外への移動に比べて,湖北省内への移動が3倍以上であったことが分かる。実際,武漢市長が1月26日に記者会見しており,すでに500万人が武漢市を離れ,その6-7割は湖北省内の他の市へ,それ以外は湖北省外の河南省,湖南省,などへと移動してた。
Fig.2 では感染者累積数と武漢からの総人口流出が強い相関を示し,経時的にも相関係数0.952まで上昇しているのには驚かされる。これらをもとに研究者らは中国本土内のCOVID-19感染者分布とその拡大増加変動を統計学的に算出する時空間モデルを開発した。これは感染者数だけではなく発生の相対的な強さに注目した非線形モデルになっている。このモデルにより,①人口移動停止による隔離の有効性を確認し,②感染相対度数と地理的分布での感染拡大が予測でき,③感染の伝播リスクが高い地域を特定し,④感染の地理的拡大および拡大パターンを予測できることが報告された。
最後に,このモデルは利用可能なデータを有するすべての国の政策立案者が使用でき,迅速かつ正確なリスク評価を行い,限られた資源の配分を進行中のアウトブレイクに先立って計画することできる,とも記載されている。
1)FEATURE:気象製造者(Weather makers)
森林が世界に雨を供給する,そして風をも作るとの主張(Forests supply the world with rain. A controversial Russian theory claims they also make wind)(リンク) |
気管支喘息や関節リウマチの体調は古くから気候の変化に影響されやすいとか,風が吹けば桶屋が儲かる,など雨や風は日常生活にさまざまな影響をもたらす。FEATURESの記事になるが,「雨や風の源は森林である」という強い主張の興味深いものである。
地球上で最大の樹木であるロシアの北方林は,アジア北部の気候にどのように関連しているのか,多くの物理学者の論争は続いているようである。しかし,この記事では,物理学的に樹木からの水蒸気がどのように風を動かすかを説明している。それは東シベリアの巨大な川を流れる雨を運ぶ風,地球上で最も人口の多い国の穀倉地帯である中国の北平原に水を吹きかける風,など海岸部から遠い場所においての理論が記載されている。
二酸化炭素を吸収して酸素を出す能力を備えた世界の大きな森林は,「惑星の肺」,または「鼓動する心臓」と例えられている。森林は膨大な量の湿気を空気中に再利用し,その過程で世界中にその水を汲み上げる風を吹き上げるという理論である。しかし,森林を生物学的ポンプと呼ぶこの理論は,かなり論争されている。海岸からかなり離れていても森林に覆われている大陸内部では沿岸部と同量の雨をもたらす,また森林に覆われていない大陸内部では雨量が乏しく乾燥地帯となる現象から,現在はこの森林が生物学的ポンプであるという理論の意見が多い。これまで多くの教科書では,海水の蒸発が雲の中で結露になり雨のように降り注ぐ説明のイラストを目にするが,森林からの説明はあまり見られない。樹木は光合成のために土壌から水を捕獲して葉の微細な細孔は未使用の水を蒸気として空気中に放出している。樹木の発汗に相当する蒸散は,1本の成熟した木で1日に数百リットルの水を放出しており,同サイズの水域よりも森林は多くの水分を空気中に蒸散している。この森林からの蒸散によってリサイクルされた水は,海から蒸発した水よりも質量数18の重い酸素同位体を多く含んでいることから,アマゾンの降雨量の半分は森林自体の蒸散によるものであることが証明されている。
また森の上にある高さ約1.5キロの大気流についても論争があり,それらが湿気の多くを運んでいるために「空飛ぶ川」と呼ばれている。アマゾン上空の空飛ぶ川は,巨大な地上の河川と同じくらいの水を運ぶと考えられており,また中国における水の80%は,スカンジナビアとロシアの北方林によってリサイクルされた大西洋の湿気を利用してできたものと考えられている。この空飛ぶ川の原理は,「森林からの水蒸気が凝縮して雲になると,ガスはより少ない体積を占める液体になる。これにより空気圧が低下し,結露の少ない場所から水平に空気を取り入れる」と言われている。現実的には,沿岸森林の上の結露が海風をターボチャージし,内陸の湿った空気を吸い込んで結局雨として結露して落下する。森林が内陸に続く場合は,このサイクルが繰り返され湿った風が何千キロも続くとされている(図)。
この生物学的ポンプから考えると,森林の損失は水分源だけでなく風のパターンも変化させ,地球全体の環境変化にも大きく影響することが考えられる。温暖化効果が上空で発生し,凝縮の圧力低下が地表の近くで発生し,そこで風が生成される理論や,湿気が海上で結露するときに放出される熱によって駆動される,という理論もある。TJHack No.94で取り上げている地球温暖化による生態系の破壊が突然一気に起きることとも強く関連しているだろう,自然の未知なる力はとてつもなく大きい。
レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系阻害薬とCovid-19のリスクについて(Renin–angiotensin–aldosterone system blockers and the risk of Covid-19) |
SARS-CoV-2はヒト肺胞上皮細胞Ⅱ型におけるACE2に結合して細胞内に侵入・感染すると言われている。レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)阻害薬は,このACE2の発現を増加させるためにウイルス侵入増殖の感受性を高めることが一時懸念されていた。しかし,ACE阻害薬はACE2作用を阻害しない,ARB投与により心臓や脳,尿中のACE2発現は増加させるが,血中や肺での増加はしないと言われている。またCovid-19患者のみを対象にしたRAAS阻害薬の影響を検討した後方視的研究(リンク)では関連性は示されていないが,非感染者を比較対象とした大規模臨床研究はこれまで報告されていなかった。
本論文は,イタリアのロンバルディア地方の住民ベースで行われた症例対照研究の結果である。2020 年 2 月 21 日~3 月 11 日に重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2(SARS-CoV-2)感染が確定された症例Covid-19患者 6,272 例を,地域保健サービス(Regional Health Service)の受益者 30,759 例(対照)と性,年齢,居住する自治体でマッチさせ,特定の薬剤の使用に関する情報と患者の臨床プロファイルを地域の医療利用データベースから取得して,薬剤と感染との関連性を評価している。
Covid-19患者および対照群ともに平均(±SD)年齢は 68±13 歳,37%が女性であった。ACE阻害薬,ARBの使用はCovid-19患者のほうが対照群より多く,その他の降圧薬や降圧薬以外の使用についても同様であった。またCovid-19患者は臨床プロファイルがより不良であった。ARB または ACE 阻害薬の使用と Covid-19 との関連性は患者全体では示されず〔補正オッズ比:ARB で 0.95(95%信頼区間[CI]0.86~1.05),ACE 阻害薬で0.96(95%CI 0.87~1.07)〕,重症または致死的経過をとった患者でも示されず〔補正オッズ比:ARBで0.83(95%CI 0.63~1.10),ACE阻害薬で0.91(95%CI 0.69~1.21)〕,性別での解析でも関連性は認められなかった(表)。この大規模な住民ベースの研究ではACE 阻害薬と ARB の使用は Covid-19 患者のほうが対照よりも多く,これは心血管疾患の有病率がCovid-19患者のほうが高いためと思われる。しかしACE阻害薬やARBがCovid-19のリスクに影響を及ぼすというエビデンスはこの臨床研究においても認められなかった。この結果は,従来から各学会〔米国心臓協会(AHA),米国心不全学会(HFSA),米国心臓学会(ACC)〕が明示しているように,「患者は処方通りにRAAS阻害薬を継続すること,そして薬剤変更は慎重な評価の上で行うべき」という方針を強く推奨するものになった。
(石井晴之)