•Nature
1)ウイルス学:Article
逆遺伝学的プラットフォームを用いたSARS-CoV-2の迅速な再合成(Rapid reconstruction of SARS-CoV-2 using a synthetic genomics platform) |
逆遺伝学(Reverse Genetics)とは,データベースからダウンロードしたウイルスシークエンスデータを適当な長さの断片としてDNA合成受託会社にオンラインに注文し,届いたフラグメントを研究室でつなぎ合わせて培養細胞に取り込ませ人工的にウイルス粒子を作成すること,である。20年以上前に確立されていたこの技術は現在ではウイルス研究の基盤技術である。余談であるが,遅ればせながら遺伝物質からウイルス以上の高等生物,細胞を人工的に合成できることを知ったのは,毎日新聞社科学環境部記者であった須田桃子氏の著書「
合成生物学の衝撃」を最近になり読んだ際に,ヒトゲノムシークエンスで有名なC.Venterが2008年にマイコプラズマの人工合成に成功した事を知ったときである。彼は2016年にはゼロから設計した遺伝子473個から構成される
人工細胞を創り出している。
今回の報告は,既存の合成ゲノミクスプラットフォームであったTARクローニングの手法を用いてpandemic中のSARS-CoV-2を非常に短期間でウイルス粒子合成に成功した内容である。従来のプラットフォームであるE.coliを用いた技術では,コロナウイルスなどのRNAウイルスのゲノムではそのサイズや不安定性によりクローン作製がかなり難しいとされていた。筆者らは,マイコプラズマゲノムの人工合成に用いられたパン酵母(
Saccharomyces cerevisiae)での相同組換えクローニング(transformation-associated recombination :TAR cloning)の手法を用いた。パン酵母では比較的長いDNA断片が操作可能であり,また一本鎖DNAに対するエキソヌクレアーゼ活性が低い等の優位性を持つ。そのフローは
Fig1-aがわかりやすい。実際にSARS-CoV-2のゲノムシークエンス(30kb)を12個に断片化しTARクローニングし,産生されたDNAを
in vitroでRNAに転写し培養細胞へtransfectionさせたところ,SARS-CoV-2が完成した。実際のタイムラインは
Fig2に提示されている。1月10日にシークエンスデータがリリースされ,合成SARS-CoV-2が回収されたのは2月12日である。日本中がダイヤモンドプリンセス号で騒いでいたころには,既に今後の詳細な感染メカニズム,薬剤開発,ワクチン開発に直結する技術が確立していた事になる。ウイルス逆遺伝学の優れた点は,変異ウイルスの創出が容易であり機能解析,病原性解析をはじめ,レポーター導入(実際にGFP導入ウイルスも創出されている)等の用途に広く用いることが可能である事にある。ただし,人類にとって脅威となるウイルスの創出も可能であり,致死性の高い情報をコードしている配列は特別に許可された施設のみでしか合成が許されていない。
この技術とは異なるが逆遺伝学的手法によりレポーターを組み込んだ合成SARS-CoV-2を用いた検討結果として,鼻腔を最強として胸腔内遠位気道にかけてラダーを描きながらこのウイルスが感染性を持つことがCell誌(
Article in press)に報告されている。
今回のコロナ禍が解決した後も,人類は新興感染症とは対峙していくことが必要である。その際には今回の報告のようなスピード感のある手法は汎用性もあり有用であろう。
•Science
1)感染症:Reports
中国におけるヒト接触パターンの変化がCOVID-19の流行挙動に与えた影響(Changes in contact patterns shape the dynamics of the COVID-19 outbreak in China)
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本邦では,先週になり突如政府の専門家会議が解散され物議をかもしているが,COVID-19第一波で取られた施策(学校閉鎖,自粛要請,緩いロックダウン等)が,実際の公衆衛生学的な感染対策として機能したのかどうかは,今後の方策を検討するうえでも検証が必須である。
今回の中国からの報告では,感染リスクの実際,ソーシャルディスタンスの確保よる行動制限の実際,その事実を踏まえて中国のとった施策がどの程度流行に寄与したのかを数理学的にシミュレーションを用いて検証している。具体的には武漢と上海での住民へのアンケート調査,中国CDCでのコンタクトトレースのデータをもとに,流行状況の変化をシミュレートした。
アンケート調査の結果からは,日々の他人との接触の機会は各世代で異なり,学校,家庭,職場,趣味の集まり(?)などに多くがあり,それらがソーシャルディスタンス確保の推奨により大きく制限され,ほぼ家庭内に限局したことが分かる(
図)。中国ほどのロックダウンを持ってしても職場でのコンタクトを思われせるものが0とならないのはエッセンシャルワーカーの存在が寄与しているようだ。コンタクトトレースのデータからは今まで言われてきたように,感染リスクは現役世代(15〜64歳)に比べて学童世代(〜14歳)はオッズ比で0.34,高齢世代(65歳〜)は1.47である。また家庭内感染リスクに比して,医療関連コンタクトは0.03とはるかに低い。
これらの実際のデータを用いて数理学的にシミュレーションを行うと,R0(基本再生産数)は施策の施行前が1〜4であったと仮定した場合にはいずれの値でも施策施行後には0.6以下に低下し,1年後の累積発病率も1以下となることが示されている(
図)。同様の施策が必要である事にはなるが,今回の取られた行動制限の施策は効果的であった事が分かる。また,学校閉鎖であるが,中国の学校事情も日本に通ずるものがあるようで,3つのシナリオを用意してシミュレートされている。①学校を閉鎖しない場合,②夏季講習等を含めて学童間の接触を完全に絶った場合。③学校は閉鎖するものの塾などでの接触のある状況,つまり夏休みの状況とする場合である。驚くべき事にいずれの場合においても1年後の累積発病率には大きな影響を与えない結果が得られている(
図)。これは,学童期においては完全休校となった場合には家庭での成人(親)との接触が増える事が影響するらしい。ただし,単位時間当たりの感染者数ピークは①>②>③となり,学校閉鎖により感染者数のピークをなだらかにする効果は認められるために,医療崩壊を防ぐ観点からは有用である可能性は残された。
本邦で取られた施策は世界に比してマイルドであったにもかかわらず,流行抑制効果,死亡者数抑制効果が高かったことが驚きをもって知られているが,産業への自粛要請,長期間の学校閉鎖と社会生活には大きなインパクトを与えている。今回の報告はあくまでもシミュレーションでの結果であるが,COVID-19への疫学的対策には情動的な発案ではなく科学的な根拠を持ったうえでの議論が必須である。同様の検証のもとに第二波への備えが必要であろう。
2)感染症:perspective
マスクでエアロゾル感染を予防しよう!(Reducing transmission of SARS-CoV-2) |
COVID-19の流行抑制の方策としてもう一つ。個人レベルで行えるマスク着用についての解説が掲載されている。日本人としては今更感もあるが何事も科学的に考察することは重要である。公衆衛生学的にも個人的にもwithコロナの時代になったものと実感させられた。
•NEJM
1)その他:Perspective
医師のバーンアウト,内的モチベーションをサポートする(Physician burnout, interrupted) |
呼吸器内科領域では語られることの少なかった医師のバーンアウト(燃え尽き症候群)についてのperspectiveである。医師のバーンアウトを改善するための,組織心理学から得られた教訓について米国の観点から論じている。オールドファッション感は否めないが,“燃え尽き”と聞くと有名な漫画の微笑みを浮かべた
ラストシーンがある。一般的にはこのように「やり切った」感のある文言のようではあるが,バーンアウトはもともと薬物依存症のヒトが陥る無気力状態を表すスラングであったということである。
米国では以前より問題となっており,救急領域をはじめ様々な分野で論じられている。バーンアウトは共感の喪失,職務遂行能力の低下,医療ミスの増加につながり,ひいては医師の離職,患者の不利益に直結する。当初は個々の資質の問題とされ,様々な自分回復プログラム(運動,リラックス,養育環境の整備等)が試されたが,いずれにおいても好ましい結果は得られていない。米国らしいが,単純に金銭的インセンティブを与えることでバーンアウトが回避できると考えられた事もあったが,それだけでは回避できないことが既に報告されており,この点が医療システムを構築する側には理解しがたい点のようである。
今回のperspectiveでは,バーンアウトの原因を個人の資質の問題ではなく,医療の効率性を高めるためにビジネス化された現在の医療システムと,医師の利他という価値観に基づくモチベーションの間の問題と位置づけ,組織心理学の観点から解決を行う事を主張している。
医師のモチベーションと心理的幸福はAutonomy, Competency, Relatednessの3つの柱で支えられ,それらを回復することがバーンアウトの回避には必要とのことである。
Autonomy(自律性)とは,医師が意欲を持って行動する権利,自信の行動を自身で選択する経験を持つことができる事,医師におけるCompetency(能力,有能性)は深い医学知識をもとに,各患者に対して適切な臨床判断を行うことである。とされる。Relatedness(関連性,つながり)とは,患者に十分な時間とサポートを提供しながら,広く社会に貢献していけているという心理的感覚である。
ところが,効率化・ビジネス化を目的として構築された現代の医療システムのなかでは,勤怠管理はおろか診療録の記載内容まで電子カルテに管理され,有能かどうかは健康保険請求のためにどれだけ適切かつ迅速に必要事項を提供することができるかで評価される。その中では,金銭的な評価を受けにくい患者との時間や関わりは評価されることなく過ぎていくことになる。医師はシステムに使われているのだ。利他という価値観からキャリアを選択した医師にとっては,これら3つの柱を回復することが本来のモチベーションの回復と心理的幸福を達成することになる。
過去のトップジャーナルハックでも取り上げたトピックの一つであるが,
#75で引用された医師としての矜持を感じる一文を改めて記したい。“The patient-physician relationship is essential to healing and it brings meaning and purpose to our profession and our lives.”
この問題は医師や,弁護士のように高度に専門家かつ社会的に高度に認知された職種では認められないと考えられていたが,そういった職種における,クライアントとのパターナルな関係が大きく変わった現代になり表面化した問題である。本邦の医師の間でも
脳神経内科学会などでは既に解決すべき課題として取り上げ議論が始まっているようだ。私の感覚として呼吸器内科医は『いい人』がひときわ多く,利他という価値観を持つ人しか呼吸器内科医にならないのではないかと感じている。そんな集団の中で今回解説されたような状況に陥っている人が多くないと良いが,実際のところどうであろう? 組織としてのアプローチが必要であり個々の力のみでは難しい点もあるが,私達も考えることをやめてはいけない内容と感じた。
(坂上拓郎)