アメリカのトランプ大統領は,新型コロナウイルス感染症の治療に回復者血漿を緊急承認したことを発表した。今回はNatureもScienceにもSARS-CoV-2に対する中和抗体の論文が掲載されている。しかし,多くの研究が進行中(SARS-CoV-2感染した回復期の個人からの血漿を評価するランダム化比較試験や,免疫グロブリンを評価する試験など)でも,これらの治療法が本当に罹患率または死亡率を低減できるかはまだ明らかにはされていないのではないか。夏を代表するヒマワリ,花言葉は「あなたを幸福にする」が表向きだが,ペルーでは「偽り」とされているらしい。さて,血漿療法は期待できるのか?
•Nature
今週号は表紙のごとくSARS-CoV-2研究報告が多数掲載されている「夏のCOVID-19祭り」のようになっている。ちなみに表紙は血流内のSARS-CoV-2をイメージしており,ウイルス表面のスパイク蛋白質に中和抗体が結合している様子とのこと。
1)コロナウイルス
SARS-CoV-2スパイク蛋白質上の多数のエピトープに対する強力な中和抗体(Potent neutralizing antibodies against multiple epitopes on SARS-CoV-2 spike) |
米国ニューヨークのコロンビア大学AIDS research centerからの報告で,今年に入ってCOVID-19研究をいくつか報告しているウイルス免疫学の教室である。本研究では,重症COVID-19で入院した5例から61種類のSARS-CoV-2中和モノクローナル抗体(mAb)を単離している。これらの中にはin vitroでSARS-CoV-2を強力に中和する抗体が19種あり,そのうちの9種は50%ウイルス阻害濃度が0.7~9ng ml−1という非常に高い効力をもつことを明らかにしている。
これらの抗体の主なターゲットはSARS-CoV-2のスパイク蛋白で,これは宿主細胞上のACE2受容体へのウイルス結合に関与する三量体蛋白である。この三量体は,大きな外部ドメイン(S1,S2サブユニット),膜貫通アンカー,短い細胞内テール,の3つのセグメントで構成されている。S1サブユニットには受容体結合ドメイン(RBD)とN末端ドメイン(NTD)という2つの主要な構造要素があり,RBDがACE2に関与した後,S2サブユニットはウイルスと細胞膜の融合を仲介するとされている。
この研究で注目すべきはエピトープマッピング(
図3)により,19種のSARS-CoV-2を強力に中和する抗体は8つのクラスターに分かれ,それらは受容体結合ドメイン(RBD)に対する抗体とN末端ドメイン(NTD)に対する抗体にほぼ二等分された事である。このことは,ウイルススパイクの先端にあるこれらの領域の両方が免疫原性を持つことが示されたことにもなる。これまでに注目されていたRBDに高い親和性で結合するmAbのCR3022は確かにクラスターGに含まれているが,それ以上に強力に競合阻害するmAbが分離されている。またSARS-CoV-2の三量体蛋白と複合したmAbのFab領域の低温電子顕微鏡での所見(
図4)も示されており,mAbによるSARS-CoV-2の中和は,RBDをdown conformationしてACE2へのアクセスを遮断する可能性が高いことを示している。これらのmAbを単離したこと,SARS-CoV-2に対する治療薬もしくは予防薬として臨床開発を行うために非常に有効な情報だと思われる。
SARS-CoV-2に対して強力な中和活性と防御性をもつヒト抗体(Potently neutralizing and protective human antibodies against SARS-CoV-2) |
こちらは米国ヴァンダービルド大学の病理微生物免疫学からの報告で,スパイク蛋白を標的とする多数のヒトmAbの解析を行い,強力な中和活性を示し,スパイク蛋白の受容体結合ドメイン(RBD)とACE2との相互作用を完全に阻害する抗体を複数見つけ出したというものである。これは武漢でSARS-CoV-2に感染した2名のCOVID-19患者の回復期でのB細胞から分離したmAbである。この強力な中和活性を示す2種のモノクローナル抗体COV2-2196とCOV2-2130は,認識する部位が重複しておらず,スパイク蛋白に同時に結合し,相乗的に働いて野生型のSARS-CoV-2を中和したことを動物モデルで証明している。
•Science
1)コロナウイルス
強力なSARS-CoV-2中和抗体の分離と小動物モデルでの疾患防御(Isolation of potent SARS-CoV-2 neutralizing antibodies and protection from disease in a small animal model) |
こちらもSARS-CoV-2の三量体であるスパイク蛋白における受容体結合ドメイン(RBD)の2つのエピトープと非RBDエピトープに強力な中和抗体(nAbs)を分離した報告であるが,重症COVID-19から回復した患者から血漿およびPBMCを収集してmAbを迅速にスクリーニングするための機能アッセイを開発したという報告である。
標準mAb分離パイプラインとして,ハイスループットな増幅,クローニング,発現,および選択されたいくつかのnAbsそれぞれからわずか10日間で分離された数百の未精製Ab重鎖および軽鎖ペアの機能スクリーニングするシステム(
図)の最適化を提示している。中和活性の評価と共に,別のCOVID-19既感染者からの血漿を用いてRBDへの結合,細胞表面に発現したスパイクへの結合,複製ウイルスなどにおける中和なども評価している。この過程でIgGを精製しシリアンハムスターの動物モデルで検証および特性評価実験を行い,強力な中和mAbを選択している。これらは前述したNatureの研究成果とmAbの単離や評価は同様の傾向を示しているので,この機能アッセイの提示はワクチン開発のための中和抗体設計をより進ませる報告ではないだろうか。
•NEJM
ビスホスホネート製剤による脆弱性骨折予防と非定型大腿骨骨折のリスク(Atypical Femur Fracture Risk versus Fragility Fracture Prevention with Bisphosphonates)
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ビスホスホネート製剤(BP)は,大腿骨近位部骨折および骨粗鬆症性骨折の減少に有効である。しかし非定型大腿骨骨折への懸念からBPの使用が大幅に減少している。この非定型大腿骨骨折とは軽微な外力によって大腿骨小転子遠位部直下から顆上部直上までの部位や骨幹部に生じる骨折である。スイスやアメリカからBP使用者でそのリスクが上昇すると報告があり,わが国でも非定型大腿骨骨折例の29〜66%でBP使用しており,その約半数が3年以上の使用歴を有していた。しかし,この報告を懸念しBP使用が大幅に減少しており,大腿骨近位部骨折の発生率が上昇している可能性が指摘されている。
BP製剤の投与を受けている50歳以上の女性を対象とし2007年1月1日から2017年11月30日まで追跡したコホート研究である。女性196,129のうち,非定型大腿骨骨折は277例(0.001%)で発症した。多変量補正後,非定型大腿骨骨折のリスクはBP製剤の使用期間に伴って上昇し,3カ月未満の場合と比較したハザード比は,3年以上5年未満で8.86(95%信頼区間 [CI] 2.79~28.20),8年以上で43.51(95%CI 13.70~138.15)まで上昇した。他の危険因子としては,人種(アジア人の白人に対するハザード比4.84),身長,体重,グルココルチコイドの使用などであった。BP製剤の中止は,非定型大腿骨骨折リスクの急速な低下と関連していた。BP製剤の1~10年間の使用中の骨粗鬆症性骨折・大腿骨近位部骨折リスクの低下は,白人では非定型大腿骨骨折リスクの上昇をはるかに上回ったが,アジア人では白人ほど大きくは上回らなかった(
図)。
本研究結果では確かにBP製剤の非定型大腿骨骨折のリスクはみられるが,75歳以上においては本研究でも大腿骨近位部骨折およびその他の骨折は増加傾向を示しており,BP製剤を中止するリスクの方が高いのではないかと思われる。
(石井晴之)