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呼吸臨床
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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 111

公開日:2020.9.9


今週のジャーナル

Nature Vol. 585, No.7823(2020年9月3日)日本語版 英語版

Science Vol. 369, Issue #6508(2020年9月4日)英語版

NEJM Vol. 383, No.10(2020年9月3日)日本語版 英語版







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C9orf72変異惹起性ALS/FTDにはSTING阻害が有効?/待ってました!Systems biologicalなCOVID-19罹患患者免疫状況解析/欧州(EU)風肺線維症の捉え方はいかが?

•Nature

1)神経変性疾患 

骨髄細胞のC9orf72はSTING誘発性の炎症を抑制する(C9orf72 in myeloid cells suppresses STING-induced inflammation

 21世紀医学はprecision medicineだといわれているが,その1つの例となるようなALS(amyotrophic lateral sclerosis)/FTD(frontoparietal dementia)の原因として同定されたC9orf72変異をめぐり,それがSTING(stimulator of interferon genes)の活性化を帰結する免疫亢進の機序が解明され,さらには臨床介入となりうるようなSTING阻害の効果まで報告されているので紹介する。

 かならずしも呼吸器ではないが,臨床として示唆に富む論文であり,現在の研究技術によりこうした解析が可能になる事を理解するのも重要であると思われる。
 この論文はNews&Viewsにも取り上げられ,C9orf72とSTING,type 1 IFN-β,IFN stimulated genes等の関連がわかりやすいで示されている。

 
 報告は米国Los AngelesのCedars-Sinai Medical Centerとスペインなどの研究者によるものである。
 話の始まりは,C9orf72(まだopen reading frame名で,遺伝子名はない!)の変異(GGGGCCの6塩基repeat)により,ALS/FTDが惹起される事実の2011年の発見(Wiki)である。臨床例における家族性発症,また神経炎症病態であるFTDの合併は知られていたがそれがなぜC9orf72が関与するのか?
 まずC9orf72のKOマウスは存在し,リンパ組織のhyperplasiaと炎症性病態を惹起するが,環境により表現型は一定でなかった。そこで研究者たちは,免疫系でC9orf72が最も発現する骨髄系細胞の解析からはじめ,splenic DCの8w,8mの時系列解析で比較検討することから始めた。あまり差のない中,CD 11b(+) DC上のCD86がC9orf72 -/-で優位に高発現であった。
そこでC9orf72fl/flとCxc3cr1creやLysMcreとのconditional knockout mouseで解析したところ,splenomegalyが生み出された(Fig.1)。さらにsplenocytesのpathway analysisを調べたところ,type 1 interferon signalingの亢進が明らかになった。
 この免疫亢進の解明のため,C9orf72 -/-骨髄由来macrophageに対し各種の刺激物質の反応見たところ,cGAMP-STING系の関与が明らかになった。逆にC9orf72fl/fl/Cxc3cr1creとSTING -/- マウスを交配するとsplenomegalyがrescueされた。
 C9orf72とSTINGの関係は,おそらくSTINGのdegradationに関与するとされるが詳細は今後となる。報告ではALS/FTD患者の癌罹患率の低いことから,研究グループはC9orf72 -/- マウスでB16細胞(melanoma)の移植増殖も見ているが,+/-,-/-マウスでは肺の癌コロニー数も腫瘍量も細胞性免疫亢進のため低いことが見事に示されている。
 加えて臨床例でsporadic ALSとC9orf72変異ALS患者の血球細胞の各種比較もなされ,実際に後者ではC9orf72の発現は低く,type 1 IFN系の反応は亢進している。
 最後にSTING阻害薬H151を使用して,sporadic ALSとC9orf72変異ALS患者PBMCsでのinterferon stimulating genesでの反応を見ると,C9orf72変異ALS患者では反応の抑制が見られている(Fig.4h)。


 最近STINGやcGAMPの話題が多い。
 AASJではSTING機構の進化的に古い起源を報告するNature論文が紹介されている(リンク)。免疫という地球上生物必須の旧いメカニズムと,現実臨床の神経炎症疾患形成の深い由来に思いがはせる。
 先にNEJMに肺癌NSCLCの近年の臨床成績の向上が報告(リンク)されていた。それは2004年のEGFR driver変異発見とそのkinase阻害薬(分子標的薬)に端を発するもので,それまでの肺腺癌病理像を越える遺伝子診断というprecision medicineが可能になったからである。
 神経性難病としてのALSにおいて,一部がC9orf72変異によることが明らかになったが,その病態解析からALS発症の複雑な機構の理解がさらに深まることが期待される。

•Science

1)COVID-19 

COVID-19患者のDeep immune profilingは,治療上の意味を持つ明確な免疫タイプを明らかにする(Deep immune profiling of COVID-19 patients reveals distinct immunotypes with therapeutic implications
ヒトにおける軽度vs重度のCOVID-19感染に対する免疫のシステム生物学的評価(Systems biological assessment of immunity to mild versus severe COVID-19 infection in humans

 COVID-19に関しては,トップジャーナルといえども毎週,膨大な数の論文が掲載されている。しかし当初の慌ただしい対応の時期が過ぎ,おそらく並行してよく計画されたsystematicなデータ入手とその解釈に関する研究論文が,8月以降報告され始めている。今回Scienceには2報のそうした論文が掲載されているので紹介したい(かなり力不足ではあるが)。
 1つはペンシルベニア大学のもので,大学病院入院の患者をCOVID-19感染中,recovered, healthy donorに分け,それぞれ149,46,70例(flow studyにはそれぞれ125,30,60例) (Fig.1A)を検討している。患者末梢血より細胞成分とplasmaを分け保存し,antibody panelおよびflow cytometryを行い,plasma中のたんぱくはLuminexで測定し,これらデータを統合しCytobank(リンク)で解析している。
 膨大なデータを背景として引き出した結論は,SARS-CoV-2感染に対する個々の反応は大変heterogenousなもので研究者はこれを3つのグループに分けた。
 Immunotype 1:Composed of robust CD4 T cell activation, paucity of cTFH cells with proliferating effectors or exhausted CD8 cells and T-bet+ PB (plasmablasts); clinically severe.
 Immunotype 2:characterized by more traditional effector CD8 T cell subsets, less CD4 T cell activation, and proliferating PBs and memory B cells; clinically better.
 Immunotype 3: in which minimal lymphocytes activation response was observed; clinically 20% of COVID-19 patients without antiviral T, B cell response.
という総括であるが,尚その意味が理解できない点が多い。しかし,ここに列挙してある事柄は,あるいは感染後中和抗体が早期に低下してしまう等の,現在個々に報告されている事実の背景なのかも知れない。


 もう1つはスタンフォード大学と香港大学の共同研究で,Hongkong cohortとAtlanta cohortの患者それぞれ36,40例と,対照としての健常者各45,24例,さらに他のウイルス感染(flu/RSV)16例を用い,Mass cytometry(いわゆるCy TOF法:使用抗体にbarcodingを実施するので多数検体をone batchで実施できる利点がある(詳細はこちら)。Antibody panelはSupplのTableに一覧)で検討し,他にplasma蛋白計測,scRNAseqを行って,蛋白量変化の背景も検討している。
 彼らはSARS-CoV-2感染がT細胞系の深刻なexhaustionを惹起すると述べている。その結果末梢type 1 interferon responseが不全となる。PlasmaのIL-6,TNF-α,MCP-3等は臨床経過重篤度に応じて高値となる。これとともに炎症性メディエイターのEN-RAGE(S100A12,Wiki),TNFSF14,OSMなども高値を示す。これらは血球からの産生ではなく,破壊肺組織に由来する可能性を議論している。これを補足するものとして細菌由来の16S rRNAやLPS(同じく破壊肺由来と考えられる)も臨床重篤度に応じて高値を示している(Fig. 6)。そうすると,Fig. S6のHGFも重症度に応じて高値となるが,肺組織修復も一つの介入手段である可能性はある(複数の論文がHGFデータを取り上げている)。


 これら膨大なデータによる論文はNature(リンク)やNat Med(リンク)にも最近続々と報告されている。ここに紹介したScienceの2報を併せて一読して感じられる事は,データは集まったが,なお統一的な免疫現象の解明には不十分な印象である。もう数ヶ月先にはmetadata解析のような共同研究,あるいはすぐれた視点の総説が報告されるのではないかと思われる。
 現在COVID-19感染の第二波は収まりつつある印象であるが,報告されるように重症例は多くない。これは臨床現場でレムデシビル+ステロイド等が効果を出しているのか? あるいは不顕性感染が日本人集団としての免疫耐性を生じつつあるのか?
 おそらく第3波は国際航空便の順次拡大が,米国やインド,アジアからの新たな感染を引き込む事により見られるのではないかと思われる。
 日本でも感染死亡率は低下しつつあり,今回のSARS-CoV-2感染による膨大なデータが示すような反応は,もはや日本人集団では見られない可能性があるのかもしれない。

•NEJM

1)REVIEW ARTICLE 

線維性肺疾患のスペクトラム(Spectrum of fibrotic lung diseases

 NEJMのReview articleは依頼ではなく,筆者からの投稿と聞いている。今回はEUの呼吸器内科医からの総説であり,米国の厚かましい肺線維症臨床家とは違う視点を期待して読んでみた。著者の1人,Cottin Vは元々膠原病肺など,広い視野から肺の線維化を考える医師であるが,その特性がよく見られる総説である。


 肺線維症(間質性肺炎)は,「肺炎」といえば細菌性肺炎がイメージされる一般聴衆に説明するのが困難な病態である。肺胞という気腔の最末梢のイメージも,Netterのブドウの房様概念図がしばしば使われ,interstitium(間質)とは何かを説明できる適当な図がない。今回のCOVID-19感染肺病態も,テレビ解説では「肺炎」といわれているが,感染症専門医にはこの病態がどこまで理解されているか,何度も不安を感じた呼吸科医は多かったのではないだろうか?


 本総説の特徴は,肺に線維化をきたす疾患をトータルに考える視点である。SupplのFig S1に背景疾患頻度が図示してある(Review articleにアクセスし,最下端のSupplementary MaterialのPDFをdownloadして下さい:リンク)。これは米国にはない,EU的視野というエスプリを感じる。驚くのはSarcoidosisを背景とする割合が45%という多さだ(本文中には日本人にSarcoidosisは少ないとある)。IPFばかりでなく,こうした全体像を眺めていると,肺の線維化に至る個々の過程を考えてしまう。
 次に多いのは,いわゆる膠原病肺で18%(膠原病肺のうち,RAは39%,SScは31%)。次がIPF(12%),Unclassifiable(8%),idiopathic NSIP(3%)と続く。この合わせて23%(全肺線維化病態の約1/4)は,結局waste basket的分類である。また治療上のアルゴリズムが異なる。その他にもPneumonitis(5%),CHP(3%),drug-induced(4%)等というのが,現在EU呼吸器科医の診ている線維化肺である。
 Fig S2には,それらの内の特徴的なCT写真が示してある。一見して,こんなものとてもAI診断の対象になりそうもない。思い出すのは40年前,米国NIH留学中,毎週の臨床データ回診で,肺線維症の胸部写真が日本に比べ多様で「汚い」という印象(日本症例はほとんどが胸膜直下,横隔膜近傍の線維化)であったが,Fig S2に並べられると,やはり日本との相違を感じる(日本はCT撮影が普及していて早期例も多い)。


 各疾患関連肺線維化の臨床像descriptionは一覧表になっている。
 もう一つのEU風特色はFig 3の治療アルゴリズムである。進行度合へのobservationから始まり,免疫関連線維化肺はglucocorticoidや免疫抑制剤,さらに抗線維化剤へと進む。一方IPFは,直接抗線維化剤である。その下には外来診療におけるregular follow-upにより,progressive,stable,ameliorizationを判断し,reconsider managementとなる。これは米国ガイドラインには見られない図で,大変わかりやすいと思った。
 次に肺線維症臨床の大きな課題あるprogressive pulmonary fibrosisへの対応であるが,その明確なstandard definitionがないと記してある。
すなわち,もっと基礎研究が必要なわけであるが,これに関して著者らは,昨年末報告のNat Rev Rheumatolの総説「Shared and distinct mechanism of fibrosis」を引用している(リンク)。この総説の著者らは独,MunichやErlangen大学あるいはBoehringer社,また米国の研究者たちであるが,肺の専門医が多く,実質肺線維症の総説である。しっかりした文献が400弱挙げられ,大変勉強になり,一読すべきものである。注目すべきは,Table 4に現行の臨床試験状況が示してある。多くはSScが対象疾患であるが,IPFではautotaxinがPhase IIIである。
 さらには新規研究展開に何をすべきか? Table 3に現代実験技術一覧がある。Organoidsの応用研究展開,scRNAseq,さらにScienceのCOVID-19論文でも使われたMass cytometry(CyTOF)やmetabolomicsが挙げてある。最近in situ scRNAseq技術が注目されている。肺という多様な細胞の複雑な臓器においてはこうした新規技術の応用が重要である。
 このNEJMの総説は,米国のガイドラインとは異なり,EU風エスプリが随所に感じられる点が特色である。引用50文献の9割近くが最近5年以内のものであることも,しばらく現場を離れている筆者にはありがたい。一読をおすすめするとともに,日本からの現役研究者の総説執筆も期待する。


(貫和敏博)



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