•Nature
1)オルガノイド培養
足場を利用して生体に近い機能(恒常性)をもったミニ腸を作製(Homeostatic mini-intestines through scaffold-guided organoid morphogenesis)
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論文がアクセプトされるまで2年もかかった力作で,スイス連邦工科大学からの報告である。肺も腸と同様に管腔構造を持ち,内胚葉由来で,動きをもった臓器という意味では類似点があり,in vitroでの機能をいかに生体に近づけられるかは共通の夢と言える。今回,著者たちはfunctionalを超えてhomeostaticという表現をしているが,これは従来よく使われてきたfunctionalという言葉よりもさらに一歩前進してhomeostatic(恒常性)という生体に近いものの作製に成功したと主張したい気持ちがひしひしと伝わってくる。近年のオルガノイド培養技術と工学技術との融合は新しい可能性を示している。
オルガノイド培養では,平面培養が単純に三次元培養になっただけでなく,「自己組織化」を通じて平面ではなしえなかった細胞社会を生み出し細胞の分化成熟度も高まることが示されてきたが,閉じた嚢胞状の空間ができてしまうことからサイズや寿命を生体に近い形に制御することには限界があり,実験操作を加えたり,生体に近い機能を模倣することは難しかった。この論文ではまず,細胞を培養するための足場として,
Fig. 1を見るとわかるように腸液の流れをポンプで模倣できるようにした開放系の流路と,それに向かって垂直な溝をレーザー処理で作り,あたかも微絨毛の足場を垂直に並べたような構造を設けた。そこにLGR5-eGFP陽性腸幹細胞を播種するとオルガノイド培養だけの時よりも数倍早く細胞が増殖して広がり足場が上皮化された。動画がわかりやすい(
Supplementary Video 1:クリックするとダウンロード開始)。この論文は全体的にマウス由来細胞を用いた論文だが,
Extended data Fig. 2では,ヒトの小腸や気管から採取した組織幹細胞についても同様のデバイスを上皮化し還流できると説明している。通常のオルガノイド培養では継代しないと死細胞が充満して10日もすれば形が崩れてしまい長期培養ができなかったが,このデバイスでは還流することで死細胞が除去され,1カ月以上にわたって長期培養でき,クリプトに相当する溝の一番奥のくぼみ部分にはLGR5-eGFP陽性の幹細胞が維持されていた。そして細胞の構成や形態学的な構造が腸絨毛を再現できていることが示され,消化酵素の機能も4日目以降は長期間維持された。これらの細胞のシングルセルRNA-seq解析を行うと,生体の腸上皮細胞や通常のオルガノイドとの細胞構成の比較から,通常のオルガノイドではほとんど見られなかったM細胞(粘膜免疫において重要な役割を果たす)やホルモンを分泌する腸内分泌細胞が人工ミニ腸に含まれており,恒常性を持った人工ミニ腸が通常のオルガノイド培養よりも生体に近いことを示された(
Fig. 2g〜I)。著者たちはさらに人工ミニ腸に3種類の障害(UV照射,潰瘍性大腸炎のマウスモデルに使われるdextran sodium sulfate,放射線照射)を与える実験を行い,再生能力をもつことを証明している。そしてミニ人工腸の応用例として,下痢を起こすことが知られるクリプトスポリジウムの長期感染モデルに有用なことを示している。この実験ではクリプトスポリジウムが長期間生着して,人工ミニ腸内でそのライフサイクルを完了できることを示した。最後に著者らは人工ミニ腸を使って,上皮細胞以外の血管内皮細胞,免疫細胞,筋線維芽細胞との共培養を試み,マクロファージが上皮細胞から分泌された粒子を貪食する様子もビデオで示して(
Supplementary Video 10:クリックするとダウンロード開始),このモデルを使えば,異なる系譜の細胞間相互作用についても踏み込めるのではないかと期待を示している。
•Science
In Depthというコーナーにまだ9月24日付でオンライン公開されたばかりのCOVID-19の重症化に関する2つの論文についての新しい知見について編集部から「Flawed interferon response spurs severe illness」という見出しのニュースとして紹介されている。1つは重症COVID-19患者の10.2%はI型インターフェロンを失活させる自己抗体を保有しており,その94%は男性だったという内容,もう1つは重症COVID-19患者の3.5%には先天的な遺伝子変異が関係したという,いずれも大がかりで同じ国際チームが中心となった多施設共同研究の報告であり,フランス出身でロックフェラー大学のJean-Laurent Casanova博士はいずれの論文においてもlast authorと責任著者になっている。自己抗体については原因なのか結果なのかについてCOVID-19に罹ることで獲得された可能性は完全否定できないという意見もあるそうだが,著者らは自己抗体がCOVID-19に感染してから獲得されたものではなく,もともと感作して持っていた可能性が高いとしている。COVID-19で重症化する明確な要因が見つかったのは大きな進展と言え,あらかじめ患者を層別化することができれば,治験や治療戦略を立てていくうえでも重要な情報となることは間違いない。以下,順番に見ていく。
1)COVID-19
重篤なCOVID-19患者におけるI型インターフェロンに対する自己抗体(Auto-antibodies against type I IFNs in patients with life-threatening COVID-19)
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I型インターフェロンに対する自己抗体はインターフェロン治療中にできたり,自己免疫性多内分泌腺症候群1型(APS-1)ではほとんどの患者が保有していることが知られてきた。今回の発見のきっかけは3名のAPS-1患者が重篤なCOVID-10肺炎になったことであり,987人の重篤なCOVID-19肺炎患者について調べたところ,I型インターフェロンに対する中和自己抗体を保有していたのは101人(10.2%)だったのに対して,無症状および軽症者663人のコホートでは0人,健常者1227人では4名(0.33%)だった。自己抗体が中和作用を持つことの証明は,健常者由来の末梢血単核球細胞に患者血漿を添加して,I型インターフェロンであるIFN-α2やIFN-ωによる刺激を加えたときにSTAT1のリン酸化が阻害されるかどうかで調べている(
Figure 1)が,中和自己抗体を保有するCOVID-19患者の血漿ではIFN-α2かIFN-ωのどちらかは完全に抑制されることが証明された。また,重篤なCOVID-19における自己抗体保有患者の内訳では,男性が圧倒的に多く(94%),抗体陰性の男性の割合75%よりも多い頻度(p=2.5×10
-6)であり,年齢層も65歳以上が49.5%で,自己抗体陰性の患者に占める65歳以上の割合38%よりも陽性率が高かった(p=0.024)(
Figure 4)。I型インターフェロンに対する自己抗体陽性は予後にも相関し,101人中37人(36.6%)が死亡した。著者たちはI型インターフェロンに対する自己抗体はCOVID-19に罹る以前からあったのではないかと述べている。そして,普段は症状を伴わないI型インターフェロンに対する自己抗体を調べることが重症化するリスクのある患者の層別化や,抗体療法やIFN補充療法の治験などを進めていくにも有用な情報になるとしている。
重篤なCOVID-19患者におけるI型インターフェロンに関連した先天的遺伝子異常(Inborn errors of type I IFN immunity in patients with life-threatening COVID-19)
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659人の重篤なCOVID-10肺炎患者を登録し,全ゲノム(364例)とエクソーム(295例)を実施した。著者たちはインフルエンザ肺炎の重症化因子となったTLR3,IRF7,IRF9の3つの遺伝子座と,それぞれに依存してI型インターフェロン誘導に関わる遺伝子座も含めた計13遺伝子座に着目し,ヘテロでも変異があるものを集計し,IRF7あるいはIFNAR1が両アレルともバリアントになっている4人の血縁関係のない患者と12遺伝子座のどれかに片アレルのバリアントを持つ113人の患者を見出した。この中には重篤なインフルエンザ肺炎で報告されたTLR3 pPro554Ser変異や片アレルでも有害とされるIFNAR1 pPro335del変異の他に9個の機能欠損が予測される変異も含まれていた。一方で対照群として調べた無症状や軽症の感染者534人では,片アレルのみの機能欠損変異が1つ見つかっただけだった。さらに詳しく調べたところ,少なくとも23人(3.5%)の血縁関係のない患者で8遺伝子座(IRF3,IRF7,IFNAR1,INFAR2,TLR3,TICAM1,TBK1,UNC93B1)のうちの1つで欠損型変異を持つことがわかった。そして著者らはin vitroの実証実験として,例えば,IRF7ヘテロおよびホモ欠損の患者から採取してPHAで刺激したT細胞ではIRF7の発現が弱いこと,IRF7ホモ欠損患者の形質細胞様樹状細胞(pDCs)を採取してSARS-CoV-2感染に対するI型・III型インターフェロン産生応用が消失していること(
Figure 4),不死化したTLR3,IRF7,あるいはIFNAR1ノックアウト線維芽細胞にACE2とTMPRSS2を強制発現させた細胞株でSARS-CoV-2の感染程度を調べる実験(
Figure 6)などから,これらの遺伝子の機能欠損により(ヘテロ欠損でも)COVID-19が重症化しうる可能性を示唆している。さらにin vivoの証明として,入手できたCOVID-19急性期の患者血液を使って,13種類のIFN-αの測定を行って,IRF7,TLR3,TBK1,IFNAR1,TICAM1の欠損患者でIFN-αの血中濃度が1pg/ml未満に低下していたことを示した(
Figure 7)。著者たちはこれらの遺伝子欠損患者はI型インターフェロンに対する自己抗体を保有しておらず,自己抗体とは独立したCOVID-19重症化メカニズムと結論付けた。遺伝子欠損型の患者を層別化するメリットとして,早期にI型インターフェロンを投与するのは理にかなっているかもしれないと述べている。
•NEJM
1)癌
進行固形癌におけるKRAS G12C阻害薬Sotorasibの治験(Phase I)(KRASG12C inhibition with sotorasib in advanced solid tumors) |
非小細胞肺癌の約13%,大腸癌の1〜3%に見つかるKRAS G12C変異に対する阻害薬Sotorasib(AMG510)の他施設共同Phase I治験(CodeBreaK100)結果についての待望の論文であり,Editorialにも紹介されている。一般的に治験には膨大な費用がかかるが,この研究ではSotorasib(AMG510)を開発したAmgenが多くを出資する形で,テキサス大学MDアンダーソンがんセンターをはじめとする米国内の病院だけでなく,日本,韓国,フランス,カナダ,オーストラリアも参画している。KRAS分子標的薬の開発は40年にもわたり,長らく開発が困難されていた経緯や非臨床試験についてはこれまでにもすでにTJHでも扱われてきた(
No.72,
No.80)ので是非参照されたい。ASCOなどの学会でもすでに治験結果の一部は報告されてきているが,この正式なPhase I試験の論文報告では主要評価項目は安全性だが,副次評価項目には奏効率,無増悪生存期間,奏功期間などが含まれており,Discussionにおいて薬効への期待が言及されている。
対象患者は129人の18歳以上のPerformance Status 0〜2の進行固形癌患者(非小細胞肺癌59人,大腸癌42人,膵臓癌などその他の癌28人)で,まず最初に2〜4人ずつの4コホートに対して1日1回経口投与で,sotorasibとして180mg,360mg,720mg,960mgの用量漸増試験が行われ,用量決定後,拡大コホートでの治験が行われた。結果的に960mgがこの後に行われるPhase 2での用量として決定された。データのカットオフ日は2020年6月1日で,観察期間の中央値は11.7カ月だった。この時までに治験に参加した107名(82.9%)は癌が進行して治験中止となり,54名(41.9%)はすでに亡くなっているが,抗癌薬のPhase I治験では,健常者に投与するわけにはいかず,進行癌患者での治験になるとこのような転帰は必然的なので,それも十分織り込んだ上で慎重にデータを解釈する必要がある。
結果,安全性については用量制限毒性(dose-limiting toxic effect)は認められず,治験薬投与中の有害事象全体は125人(96.9%)に認め,それによる治験中断は9人(7%)だった。内訳はTable 2に公開されている。治療関連有害事象(Treatment-related adverse event)についての死亡例はなく,73名(56.6%)の患者では何らかの治療関連有害事象が報告され,15名(11.6%)ではGrade 3〜4だった。Grade 3の治療関連有害事象として多かったのはALT上昇(4.7%),下痢(3.9%),貧血(3.1%)などだった。Grade 4は1症例だけでALT上昇だったがsotorasib用量を減らしてステロイド漸減治療を行うと元に戻った。またALTとASTのGrade 3の上昇を認めために治験を中断したケースが1症例あった。治療効果については非小細胞肺癌全体での奏効率は32.2%(95%信頼区間:20.6-45.6),PDは5人(8.5%)だった。初回投与から6週目の評価で,腫瘍縮小は42人(71.2%)に認められた(
図)。無増悪生存期間(PFS)は6.3カ月(0.0〜14.9カ月)で,PR患者での奏功期間の中央値は10.9カ月(1.1以上〜13.6カ月),SD患者では4.0カ月(1.4〜10.9カ月以上)だった。大腸癌やその他の癌についても同様の項目のデータがTable 3に示されている。
Discussionにおいて著者たちは今回の治験結果から,下痢,悪心,嘔気,倦怠感,肝機能異常といった原因と考えられる副作用は認めたものの,被験者がすでに抗癌薬治療を何度も受けてきた進行癌患者での治験だったことを考えると,これらの副作用は比較的軽度であり,治験中断に至るほどのsotorasib自体の毒性はほとんどなかったとしている。また治療効果について,詳細はPhase 2以降に委ねる必要があるが,今回は単剤での治験だったにもかかわらず,無増悪生存期間は進行非小細胞肺癌で通常予想される2.5〜4.0カ月に比べて6.3カ月と2カ月以上も長くなったことが想定され,大腸癌でも同様の効果が予想できたとしている。今後の治験に十分期待の持てる結果だったと考えられ,すでに単剤や他剤との併用療法についての治験も始まっていることが期待感を持って述べられている。
(後藤慎平)