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「ほぼ週刊 トップジャーナル・ハック!」No. 115

公開日:2020.10.7


今週のジャーナル

Nature Vol. 586, No.7827(2020年10月1日)日本語版 英語版

Science Vol. 370, Issue #6512(2020年10月2日)英語版

NEJM Vol. 383, No.14(2020年10月1日)日本語版 英語版







Archive

インフルエンザワクチンを毎年接種しなければならない理由/性決定遺伝子Sryの新規エクソン発見とこれまで間違っていた教科書的事実

•Nature

1)免疫学:Article
ヒトにおけるインフルエンザワクチン接種に対する胚中心B細胞応答(Human germinal centres engage memory and naive B cells after influenza vaccination
 本研究は「どうしてインフルエンザワクチンは毎年打たないとだめなんですか?」という問いに正面から回答している。そしてタイトル中の「humanヒト」の語句が,本研究の意義を象徴している。
 米国ワシントン大学医学部の著者らは,8人の健常な若年成人に季節性インフルエンザワクチン(不活化四価)を接種した。そして,胚中心B細胞を採取するために,接種前,接種後1・2・4・9週後の計5回,ワクチン接種と同側の腋窩リンパ節を超音波ガイド下で穿刺吸引した。接種1週間後には,ワクチンに結合する胚中心B細胞が検出され,この胚中心反応は最大9週間持続することが明らかになった(図2)。ワクチンに結合する抗体を分泌する形質芽細胞も末梢血中に認められた。
 そして,この形質芽細胞とオーバーラップする胚中心B細胞は,体細胞変異を高頻度に有し,今回接種したワクチンに限らず,広くインフルエンザウイルスに交差反応する抗体をコードしていた(図3)。すなわち,過去のインフルエンザ感染やワクチン接種を記憶しているメモリーB細胞由来と考えられた。
 一方,末梢血中の形質芽細胞とオーバーラップしない胚中心B細胞は,体細胞変異の頻度が有意に低く,今回接種したワクチン特異的な抗体をコードしていた(図3)。すなわち,ナイーブB細胞由来と考えられた。このナイーブB細胞由来の胚中心B細胞がコードする抗体のエピトープには,メモリーB細胞由来の胚中心B細胞のそれとは異なる新規エピトープも含まれていた。
 インフルエンザウイルスは「抗原ドリフト」と呼ばれる小規模の抗原変異を繰り返している。インフルエンザワクチンを接種すると,「変異した抗原性だけでなく,インフルエンザウイルスに広く共通する抗原性にも対応できる抗体反応が惹起されること」をヒトで示した意義は大きい(NEWS AND VIEWS)。


•Science

1)生物学:Reports 

Sry遺伝子にはオスの性決定に重要な隠れエクソンがある(The mouse Sry locus harbors a cryptic exon that is essential for male sex determination
 生物の究極の表現型は雌雄である。哺乳類でオスの性決定を司っているSry(sex-determining region Y)遺伝子について,これまで信じられてきた構造解釈が間違っていたこと示した。大阪大学からの報告である。
 教科書的事実として,「Sry遺伝子はエクソン1個で,395個のアミノ酸からなる転写因子をコードしている」と考えられていた(Wikipediaでも「イントロンを含まず」と記載されている)。筆者らがRNAシークエンス解析を行ったところ,これまで知られていたSry遺伝子のエクソンに連なるエクソン2を見つけた(図1)。なお,エクソン2はパリンドローム配列に埋もれているために,シークエンスリードの重複を除いて解析していると,エクソン2のリードも排除されてしまい検出されない。重複のシークエンスリードを許容すると,エクソン2のリードが検出されてくる(図1A)。
 エクソン1の途中からスプライシングされるため,エクソン2に連なるSry遺伝子の産物は,旧SRYより短く,392個のアミノ酸からなる。旧SRYと新SRYは,N末端377個のアミノ酸配列は同じで,旧SRYのC末端18個アミノ酸と新SRYのC末端15個アミノ酸のみが異なる(図1D)。pre-Sertoli細胞では,旧SRYと新SRY,実際どちらも発現していた。なお,転写調節に関わる機能は,N末端377個のアミノ酸配列内にあり,旧SRYと新SRYとで同等と考えられた。
 通常であれば,この段階で「スプライシングバリアントが見つかった」で終わってしまう。しかし筆者らは,エクソン2の欠損マウスを作製してみた。すると,エクソン2の欠損によって,XYマウスがメスに性転換してしまった(図2)。すなわち,オスの性決定に重要なのは,これまで信じられてきた旧SRYではなく,新SRYであることがわかった。
 そして筆者らは,その機序を掘り下げていった。上述したように,旧SRYと新SRYの違いは,旧SRYのC末端18個アミノ酸(旧18)と新SRYのC末端15個アミノ酸(新15)である。そこで旧18と新15のアミノ酸配列をそれぞれ,EGFP蛋白質のC末端に融合してみた。すると,新15を融合しても細胞内のEGFP蛋白質量に変化はなかったが,旧18を融合したEGFPの蛋白質量は減少した(図4C)。旧18のアミノ酸配列をC末端に融合するとその融合蛋白質の安定性は低下し,旧18のアミノ酸配列内に「デグロン(ユビキチンリガーゼを呼び寄せてユビキチン化を促す)」が示唆された。
 最後に筆者らは決定的な検証実験を行っている。エクソン2の欠損でメスに性転換してしまうXYマウスにおいて,デグロン機能として重要な旧18内のアミノ酸1個を置換してみた。すると,このXYマウスは,新SRYを欠損しているにもかかわらず,デグロン機能を欠損した(ユビキチン化されなくなった)旧SRYによって,再びオスへと性転換した(図4F)。                           
 XYマウスをオスからメスに,さらにメスから再びオスへと,生物学の面白さを手品のように示しながら,これまでの常識を覆した凄い論文である。ちなみに,筆者ら自身が,大阪大学のサイトで本論文について解説し,エクソン2を発見した研究秘話も紹介している。

•NEJM

1)腫瘍学:Original Article 
PD-L1発現量で選択した非小細胞肺癌患者の一次治療としてのアテゾリズマブ(Atezolizumab for first-line treatment of PD-L1–selected patients with NSCLC
 進展型非小細胞肺癌の一次治療において,PD-L1阻害薬(商品名:テセントリク,一般名:アテゾリズマブ)単剤の効果を調べた第3相試験IMpower110の中間解析結果である。アテゾリズマブ単剤治療の対照は,化学療法群である。非小細胞肺癌に対するアテゾリズマブは,2018年1月に非小細胞肺癌に対する二次治療の適応で承認され,同年12月には一次治療に対する化学療法との併用療法が承認されている。また非小細胞肺癌の一次治療で,免疫チェックポイント阻害薬の単剤使用が承認されているのは現在PD-1阻害薬のペンブロリズマブのみである。これに今後,今回のIMpower110試験の結果を受けて,アテゾリズマブが加わるものと思われる。なお,今回の中間解析結果をもって,米国FDAでは本年5月に,非小細胞肺癌の一次治療として,アテゾリズマブの単剤治療が承認されている。
 今回のIMpower110試験の対象者は,PD-L1陽性腫瘍細胞1%以上(あるいは腫瘍浸潤免疫細胞が腫瘍の1%以上を占める)で,転移巣を有する非小細胞肺癌患者である。うちEGFR遺伝子変異やALK遺伝子転座を有する患者は,効果判定の解析から除外されている。主要評価項目は全生存期間で,PD-L1の発現状況応じて,高発現層205名(PD-L1陽性50%以上または腫瘍浸潤免疫細胞10%以上),高/中程度発現層328名(PD-L1陽性または腫瘍浸潤免疫細胞いずれか5%以上),全層554名と階層的に解析する手法を取っている。
 その結果(図1),全生存期間の中央値は,PD-L1高発現層ではアテゾリズマブ群20.2カ月に対し化学療法群13.1カ月,高/中程度発現層ではアテゾリズマブ群18.2カ月に対し化学療法群14.9カ月と,アテゾリズマブ群で有意な延長を認めている。全層比較では,アテゾリズマブ群17.5カ月に対し化学療法群14.1カ月と,アテゾリズマブ群が優位ではあるものの,有意差は付いていない。
 今回のIMpower110試験結果を受けて,特にPD-L1高発現層の非小細胞肺癌患者に対して,一次治療として免疫チェックポイント阻害薬単剤を選択しようとするような際,「先行しているペンブロリズマブと今回のアテゾリズマブ,抗腫瘍効果を考えてどちらを選択すべきか?」という問題が当然今後生じてくる。Impower110試験の観察期間中央値は全層で15.2カ月であり,長期間経過観察後の生存割合など,追加報告が期待される。

2)医療学:Special Article 
医師の勤務時間と性別による賃金の格差―プライマリケアからのエビデンス(Physician work hours and the gender pay gap — Evidence from primary care
 米国ボストンのブリガム・アンド・ウイメンズ病院からの報告である。米国で初期診療に従事している医師の収入について,男女差を考察している。米国のプライマリケア医において,年間請求額が男性医師で358,795ドル(約3,800万円)・女性医師で319,652ドル(約3,400万円)といった懐具合,1日の来院者数が男性医師で15.2人・女性医師で13.6人といった患者数,さらには患者1人の診察時間が男性医師で15.3分・女性医師で17.6分といった診療状況など,米国の医療事情が興味深く映し出されている。

(TK)

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