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内皮細胞SLIT2が腫瘍の転移促進に関与/SARS-CoV-2のスパイクに蝶番があった
10月8日号のNEJMには「Dying in a Leadership Vacuum」という記事が編集部の名前で掲載されている。米国のCOVID-19感染拡大における社会的な問題,そして政治への意見を述べているのは,かなり驚いた。米国のリーダーがマスクは効果的な感染管理手段ではなく政治的手段であると述べたこと,専門家を無視し軽蔑することを選択したこと,そして政権は真実を覆い隠し完全な嘘の公布を容易にする,など記載している。最後には,この選挙は私たちに判断を下す力を与えてくれます,とまで主張している。かなり多くの読者が衝撃を受けた記事であっただろう。読売新聞でもこの掲載記事が紹介されているくらいである(リンク)。
今週は,腫瘍の転移促進への内皮細胞SLIT2の関与や,SARS-CoV-2のスパイクタンパクの詳細な構造解明(サイエンス表紙にMOTIONとしてイラストされている),など新たな治療ターゲットへの興味深い情報を紹介したい。
1)腫瘍生物学
内皮細胞におけるTLR3–SLIT2軸の腫瘍性活性化が腫瘍の転移を促進する(Tumoural activation of TLR3–SLIT2 axis in endothelium drives metastasis) |
Slitは中枢神経系の軸索ガイダンスの制御に重要な役割を果たす分泌性のタンパク質でRoundabout(Robo)受容体に対するリガントである(リンク)。脊椎動物の発達期および成熟期の中枢神経系などに強く発現しているが,マウスにおける肺や横隔膜の内皮細胞にも発現して血管新生誘導因子としても働く(Histol Histopathol 25, 1181-1190, 2010)。
米国ロックフェラー大学の腫瘍生物学グループは,より転移しやすい腫瘍細胞には血管内皮細胞と関連性を追究し,転移を促進するためには内皮細胞におけるSlitが大きく関わっていることをマウス乳癌・肺癌モデルマウスにて明らかにした。
まず転移性の低い腫瘍よりも高い腫瘍melanomaで内皮細胞におけるSlit2が高発現であることを確認している。そして内皮細胞に特異的なSlit2のノックアウトマウスでは循環している腫瘍細胞数が少ない事や,乳癌や肺癌モデルのSlit2ノックアウトマウスにおいて転移巣の個数が著しく少なく生存期間も延長していた。また乳癌モデルマウスのリンパ節転移例では,原発巣におけるSlit2の発現比率(内皮細胞内/腫瘍細胞内)が高く,また原発巣よりも転移巣でのSlit2発現比率(内皮細胞内/腫瘍細胞内)も高かったことを示している。内皮細胞Slit2は腫瘍細胞のRobo1受容体を介して,腫瘍細胞の脈管への移動や血管侵入を促進している。それに反して腫瘍内Slit2のノックアウトマウスでは転移が促進されるという現象がある。これは以前から腫瘍内Slit2がプロモーターの過剰メチル化や対立遺伝子の欠失などの抑制に働くことや,脱メチル化剤アザシチジンが腫瘍内Slit2発現を誘導するなど報告されている。腫瘍細胞からの二本鎖RNAが内皮細胞のTLR3を活性化させ,内皮細胞Slit2のmRNA発現量が増加する。そして治療による腫瘍抑制ではSlit2のmRNA発現量も減少する。つまり腫瘍細胞由来の二本鎖RNAが,内皮のSLIT2の発現を誘導する上流シグナルであることがわかった(Fig.4J)。
そして,転移性の腫瘍細胞では内在性レトロウイルスエレメントRNAの一群の発現が上昇しており,これらのRNAは細胞外で検出された。これは,腫瘍細胞は生得的なRNA感知を利用して,内皮で血管内侵入と転移を促す走化性シグナル伝達経路を誘導している。これらの知見は,内皮細胞が転移性播種に有益な直接的役割を担っていること,そして単一の遺伝子(Slit2)が,供給源である細胞に依存してがんの進行を促進したり,抑制したりし得ることを明らかにしている。
1)ウイルス学
SARS-Cov-2のスパイクは3つの蝶番を介して柔軟性をもつ構造になっている(In situ structural analysis of SARS-CoV-2 spike reveals flexibility mediated by three hinges) |
コロナウイルスはエンベロープに洋梨状のスパイクをもち,その形態が太陽のコロナを思わせることから名称されている。このスパイクタンパクはヒト細胞上のACE2受容体に高い親和性で結合し,ウイルス膜がヒト細胞膜に融合することでウイルスゲノムがヒト細胞に入り感染が始まる。つまり,スパイクタンパクは,コロナウイルスの付着,融合,侵入に最も重要なものであるから,ワクチンやウイルス侵入阻害薬のターゲットになっている。
ドイツのハイデルブルクにある欧州分子生物学研究所の構造生物学研究室の研究で,SARS-CoV-2のスパイクタンパクには可動性がありウイルス表面での柔軟性が高く,宿主細胞への付着・融合・侵入を容易にさせていることを明らかにした。その柔軟性は各スパイクタンパクにおける3つの蝶番部位により作られている。それはクライオ電子線トモグラフィー,サブトモグラム平均化,および分子動力学シミュレーションを組み合わせて,スパイクタンパクを構造的に分析している。エンベロープから洋梨状に飛び出しているスパイクタンパクは高度にグリコシル化されて十分に保護されており,その茎領域は3つの蝶番でつながっていて,各蝶番の角度も可変的で柔軟性をもつ(Fig.3)。ウイルス粒子の表面には約20〜40のスパイクタンパクがあり,その複数のスパイクが協調して蝶番の角度を調整しながら宿主細胞の平らな表面により付着しやすくしていることが理解できる(Fig.5H)。
SARS-CoV-2に対する獲得免疫を識別するにはスパイクタンパクのreceptor binding domain(RBD)に対する適切な抗体を標的とすることが重要とされている。宿主細胞へのウイルス侵入開始におけるRBDの重要な役割を考えると,RBDでの中和抗体の位置も示されており,本研究結果はSARS-CoV-2感染の理解を高め,ワクチン開発に大きく貢献している。
1)抗血小板薬療法
経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)後のアスピリン療法におけるクロピドグレル併用の必要性について(Aspirin with or without clopidogrel after transcatheter aortic-valve implantation) |
長期抗凝固療法の適応がない患者の経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)後の出血および血栓塞栓イベントに対して,抗血小板療法を単剤で行った場合と2剤併用で行った場合とで効果の十分な比較検討は行われていない.この2剤抗血小板薬併用療法(dual anti-platelet therapy: DAPT)は冠動脈ステント留置後,カテーテルアブレーション後,そしてTAVI後に血小板血栓症の予防に行われるが,出血イベントの問題が生じるために投薬期間の問題やアスピリンのみの単剤療法(single anti-platelet therapy: SAPT)の位置づけなど議論が重ねられている。
ヨーロッパにおける無作為化比較試験(POPular TAVI 試験)で,TAVI が予定されている長期抗凝固療法の適応がない患者サブグループを,アスピリン単独群(SAPT)とアスピリン+クロピドグレル(プラビックス®)群(DAPT)に1:1の割合で割り付け,TAVI術後3カ月間投与した。SAPT群331例,DAPT群334例において,主要評価項目である12カ月間における全出血(小出血,大出血,生命を脅かすか障害を伴う出血を含む)は,SAPT群15.1%に対しDAPT群26.6%とリスク比0.57で有意にSAPT群の出血リスクは低かった。手技に関連しない出血イベントもリスク比0.61と有意にSAPT群で低かった(図)。また副次評価項目である1年時における心血管系の原因による死亡・手技に関連しない出血・脳卒中・心筋梗塞の複合(副次的複合転帰1)と,心血管系の原因による死亡・脳梗塞・心筋梗塞の複合(副次的複合転帰2)は,共に2群間で有意差なく非劣性が証明された。
本試験では平均年齢約80歳で4割程度に冠動脈疾患を有しており,抗血小板薬療法の出血イベントと転帰を評価するのに適切な対象である。出血イベント累積数は両群ともに3週目以降ほぼプラトーであり,TAVI手技に関連した出血がDAPTでリスクが上がるのであろう。投薬終了した3カ月以降,心疾患での死亡率は両群とも4%程度である。それゆえTAVI後の抗血小板薬療法がSAPT管理になっていくことは,高齢者における出血イベントや医療費(プラビックス錠1人あたり3カ月で約15,000円)において臨床的には重要なデータである。
(石井晴之)